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桜問題提起スレッド
国家神道の呪縛
投稿者:リベラルさん投稿日時: 2013/04/06(土) 22:38:54
日本人は、大昔から古代から伝わる神道(古神道)
によって、日本人の国民性が形成されて来たと言えるだろう。
それは、宗教の原点とも言える、「アニミズム)=「万物には
全て霊が宿っている」という考え方である。
日本人のこの基本的な考え方の上に、外来の
宗教が取り入れられても、それらをうまく調和させ、共存させて
きた。これが日本の神道の基本とも言える、「調和精神」
であると言える。ところが、明治維新政府は、この伝統を
壊したのである。日本古来のアニミズム的思想は
国策に合わないと言う理由で、あるいは、低級な習俗として
蔑ろにされた。
132 リベラルさん 2013/05/24(金) 22:51:10
国家神道が皇室に及ぼす危険性について
述べていこう。
そもそも国家神道とは、言わば明治になって
作られた人口の宗教である。その目的は、
欧米に習って列強の仲間入りを果たすために、
国民を一致団結させる必要から、明治の元勲達が
天皇を持ち出して来た事に始まる。
ヨーロッパには、キリスト教があり、国民の精神的な
心棒としての役割を果たしていたが、日本には
そういうものが無かった。そこで、皇室を
引っ張りだして来たのである。それまでの皇室は
権威はあれど、権力は持っていなかった。
むしろ、皇室や公家からしてみれば、
権力等というものは、汚辱の世界のもの
とも言えるものだろう。

133 リベラルさん 2013/05/24(金) 23:01:28
こういう言わば、汚辱の世界に皇室を
引っぱりださざずにはいられない
日本のおかれた明治時代の状況と
いうものは、一つの時代のやむを得ない
ことであったとしても、今後の日本のあり方としては、
あってはならないことである。
政治の実権を握る権力者からみれば、
権力はあれども、権威が無きが故に
国民を心から従順に従わせる「装置」が
必要なのだろうが、皇室をその道具に使う事は、
皇室の存続を危うくすることになることは
眼に見えている。保守の連中は、片方で
万世一系の皇室の存続を叫びながら
片方で、天皇に軍服を着せようとする
愚かさに気が付かねばならない。
134 リベラルさん 2013/05/28(火) 10:46:44
では、次に川瀬貴也氏のホームページより引用させて頂きます。

「日本における政教関係−残存する神道=非宗教論的心性への問題提起」

第1章 プロローグ
 
 今、私の周りには様々な宗教が存在する。一人暮らしの私の下宿を尋ねてくる『エホバの証人』の伝導者、繁華街で「あなたの健康と幸せを祈らせてください。」と近付いてくる『神慈秀明会』の、私と同世代の若者。そして、もちろんこの様な新宗教のみならず、神社、寺院、教会など既成宗教の施設も数多く存在し、日本はありとあらゆる宗教がひしめいていると言っても過言ではあるまい。「おもうに、『宗教学』は日本ではじまってもよい学問であった(1) 。」という岸本英夫の言葉もこの日本の状況に由来する。だが、宗教学の存立が、このように諸宗教が並存している社会状況にのみ由来するのではないのは少し考えれば分かることである。
135 リベラルさん 2013/05/28(火) 10:48:16
宗教学の始まりが、啓蒙主義と帝国主義による世界各地についての見聞の拡大が原因であるのは事実であるが、諸宗教が同一社会で並存しており、かつ宗教活動が自由に行われる社会状況下になければ、宗教学は存在自体が不可能であろう。例えば宗教的活動が制限されている(制限されていた)社会主義国や、国教体制が敷かれている(いた)イスラーム教国や過去のヨーロッパなどでは、神学は存在できても宗教学は存在しない(しなかった)。大体、宗教的活動が制限されている国では、学問の自由も制限されているものである。それは歴史の示すところである。

日本の信仰形態について、ほとんど決まり文句と化しているものに「習合」、つまりシンクレティズムがある。この言葉は複数の教理や実践が接触し、重層的な結合を成していることを指す。しかしこの言葉は内的な信仰形態、もしくは宗教変容を指しているのであって、先に私があげた様々な諸宗教が並び立っている社会状況を解説するものではない。確かに複数の宗教が混在している状況下においてシンクレティズムは発生するのだが。
 
136 リベラルさん 2013/05/28(火) 10:49:32
私が最初に挙げた社会状況を指すならば、「『信教の自由』が保証された社会」と呼ぶべきものである。確かに日本には古来から様々な宗教が存在し、それがシンクレティックな信仰形態を形成したが、『政治的な力』から迫害を受けずに諸宗教が自由に活動できるようになったのは、『信教の自由』と『政教分離』を明記した日本国憲法が施行されてから、つまりここ四十数年のことにすぎない。

こういう言い方もできるだろう。日本は『事実として』諸宗教が並び立っていたが、政治勢力がその状況をそのまま認めたことは、今の体制になるまで無かった、と。つまり政治権力側も国民の側も同時に諸宗教の『横並び(多元状況)』を認めたのは、今回が始めてだ、と。どんな宗教を信じても、あるいは信じなくても良い(信じなくても良い、という自由が存在することが実は大変重要なのである。戦前は天皇を頂点とする国家神道の教義を拒否することができなかった。)という現在の状況があまりにも自明視され過ぎているような気がするので少し強調してみた。これは紛れもなく新憲法の精華である。我々はその精華を享受している。
137 リベラルさん 2013/05/28(火) 10:51:36
宗教と政治はそれぞれ『聖』と『俗』を担当し、分離しているものであると考えられがちであるが、宗教活動が現世における社会的活動であるかぎり、政治との関係は無視できないものなのである。

諸宗教が一つの社会内で並存しており、かつ互いに激しく敵視し合うこともないような状況を「宗教の『温和な』多元状況」と呼ぶことにしよう。日本においてはこの状況が世界的にみても、最も実現されていると思われる。少なくとも、宗教がらみの殺し合いなどは聞かないし、今は国家によってある宗教が弾圧されることもない。弾圧されるとしたら、それは大体マスコミの力によってである。しかし、日本人が全て宗教的に寛容であるかというと、その様なことは決してない。「あの人はいい人なんだけど、宗教やっているからねえ。」というような言葉に代表される、信仰自体に対しての世俗主義からの『柔らかい』不寛容はれっきとして存在する。特に靖国神社問題で明らかにして行くつもりであるが、「国のために死んだ人を祀らないでどうする。靖国公式参拝は全国民の意志である」「日本人は元もと神様と仏様を共に祭ってきた。
138 リベラルさん 2013/05/28(火) 10:53:43
だからあなたがどんな神様を信じていようが靖国へ参拝できるはずだ。」というような主張に孕まれている「少数派の無視」「寛容を説きつつ実は不寛容」という志向性にも着目したい。

実はこの宗教多元社会という状況の成立には、いわゆる『世俗化』の流れが無視できない。そこで、シンプルにまとまっているK.ドベラーレの世俗化の定義を引用してみよう。 「社会全体を大きく覆う超越的宗教システムが、社会のほかのサブシステムと並ぶ一個のサブシステムとなり、社会全体を覆った宗教からの要請が縮小する社会的なプロセスを指す(2) 。」
 これにしたがって宗教の多元状況の出現を説明するなら、まず『社会全体を大きく覆う宗教システム』とは、P.L.バーガーの用語で言う『聖なる天蓋(sacred canopy )』である。その宗教システムが崩壊,もしくは衰退しないことにはその他の宗教が自由に活動することなどおぼつかない。しかしこの定義は、キリスト教が『聖なる天蓋』として機能していたヨーロッパ世界を説明するのには都合が良いが、日本を振り返ってみた時、果たして日本にはキリスト教に匹敵する超越的宗教システムがあったのかと言う疑問が生じてくる。
139 リベラルさん 2013/05/28(火) 10:55:10
ある論者(3) によれば、政治権力が宗教権力より優位に立つという意味での世俗化は信長が比叡山を焼き討ちした戦国時代、遅くとも江戸時代の初めに完了したと言う。この論は、『世俗化=近代化』というヨーロッパの図式が日本では意味をなさないということを示している。

徳川幕府は、仏教寺院を戸籍管理所と為し、政治の道具と化した。そして宗派を重視し本寺末寺制度を徹底して各宗派ごとに法度を作成した。これにより、仏教各宗派、神道、修験道、陰陽道などの系列化が進むこととなり、宗教は、他の宗教との共存、住み分けを旨とする世俗的宗教に変貌した(4) 。そしてこの近世における『世俗化』が今日の『宗教の多元状況』へと繋がっているという。そして、その諸宗教の上に立ち、『超宗教』としての性格を付与され、『非宗教』とされながら、実は国家によって創唱された『新宗教』が『国家神道』であった。この事は次章で触れることにする。
140 リベラルさん 2013/05/28(火) 10:57:04
一般的にいって他宗教との住み分けには、『宗教的寛容の精神(tolerance,toleration)』が不可欠になってくると思われる。『寛容の精神』の教科書的な意味は、「特定の教義だけを絶対的なものとして他を排除するのではなく、他の宗教・宗派にもその存在を容認すること(5) 」と言えるだろう。これがもともとヨーロッパにおける概念であることは良く知られているし、この概念は、カトリックとプロテスタントの間の争いの結果、勝ち取られたものであることも良く知られていよう。またイギリスではピューリタン革命と名誉革命という二つの革命と通して自由主義が興隆し、それに伴って寛容の精神、信教の自由が要求され、それを保証する制度として、ジョン・ロックに代表される政教分離論が出てきたと言う歴史がある(6) 事も知られていよう。
 しかし日本を振り返って見るに、『寛容の精神』はいかにして生まれ、またいかにして語られているのだろうか。ある論者は、「多神教の風土であった日本ではもともと寛容の精神があった」と言う。ここでは、『一神教=不寛容』『多神教=寛容』という単純な図式が見て取れるが事実はそんなに簡単ではない。
141 リベラルさん 2013/05/28(火) 10:58:26
日本の過去において数々の宗教弾圧があったのは厳然とした事実であるし、世界を見ても、典型的な多神教世界と言われるインドにおいて、何百人もの死者を出す宗教紛争が勃発している。しかし、その宗教弾圧から日本において寛容の精神が生まれたとも思えない。実際のところ、ヨーロッパ的な意味での『寛容の精神』は日本には存在しないのではないかという気がしている。

今現在の政治体制下において、一つはっきりと言えることがある。今まで触れてきた 『信教の自由』『政教分離』『宗教的寛容』の三者は切り離せない関係にあるということである。換言すれば相補的であると言うことである。『政教分離』が存在しなければ、 『信教の自由』は存立不可能であるし、政治的にも個人相互にも『寛容の精神』が根本に無ければ『信教の自由』は有り得まい。「人間個人の問題である『信教の自由』と、政治と宗教団体との間の問題である『政教分離』は違うレベルの事象であり、並べて論じることに疑問を持つ(7) 。」、という向きもあるようだが、私には承服しがたい意見である。
142 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:00:01
では日本独特の『寛容の精神』が存在するのであろうか、またその可能性はあるのだろうか。そのことは後で述べることになるだろう。この両者は、同じ事を二つの方向から眺めたものととるのが自然ではなかろうか。「たとえばある特定の教会が、国家から特権的地位を認められ、それによって事実上排他的な優先権が自己の信徒のみに与えられるばあい、およそ信教の自由の要求は、擁護困難になる(8) 。」というイギリスの歴史から出た知恵ある言葉は、端的に両者の関係を表していると言うべきだろう。この言葉はある程度の普遍性を持つように私には思われる。そして、この言葉は、『国家神道』という恐ろしい制度を経験した日本に勿論当てはまるものであろう。

では、次章で江戸時代から戦前までの政治(法)と宗教との歴史的関係を大掴みに、遡って見てゆくことにしよう。それは戦後の政教関係の『特別さ』は、戦前との比較によってより一層明らかになるからである。また、江戸時代から明治憲法下まで一貫した政治権力側の意図(志向)も歴史から読み取れるだろう。
 
143 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:01:36
第2章 日本近世・近代における政教関係

プロローグで少し触れたように、江戸幕府は寺院を統治機構の一つとしたことは周知の通りである。まずは、その事を少し振り返ることにしよう。そして続いて、明治維新後の政教関係を、神仏分離、排仏毀釈が行われ神道国教化政策が執られた「明治維新直後から帝国憲法制定まで」、『信教の自由』が一応明文化されながらも国家神道が制度的に確立して行く「憲法制定後」、そして軍国主義ファシズム期下の「宗教団体法制定から敗戦まで」というように大きく三つに時代を区切って、時代順に見ていこう。
 
<江戸時代の宗教政策>
 応仁の乱から戦国時代は、民衆にとって苦難の時代であったに違いあるまい。その様な時代背景のせいか、室町時代後半から江戸時代初期にかけて各地で民衆のための寺院が数多く建立されている。これは、菩提寺によって葬儀が執行され、家の墓に納められたいと言う民衆の欲求と同時に、その欲求に応じるべく仏教各派が葬祭・祈祷などの活動を通じて教勢を拡大していったことによる。これが江戸時代の『寺檀制度』の基礎となった(1) 。
144 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:02:44
 幕府は檀那寺に檀家の寺請証明をさせることで、民衆のキリスト教信仰や日蓮宗の不受不施派などを厳しく取り締まった。また、檀家を持つ寺院は宗門人別帳作成の際、寺請証文を出す務めを持ったほか、檀家の転出や移動の際には寺送り証文を発行するなど、統治権力の一端を担い個々人を掌握する役目を負っていた。

また幕府は各宗派を管理するため、『本末制度』を完成した。これは寛永九、十年(1632、33年)に諸宗末寺帳を作成提出させたことから始まる。各宗派の寺院が本山・本寺の台帳に記載され、本末関係を確定させそれを幕府が掌握するシステムであった。つまり 『寺檀制度』によって民衆を特定寺院に縛り、『本末制度』によりその寺院を統制したのである。この『本末制度』は、それまで一国あるいは郡レベルの地域組織を持っていた地方寺院・大社などを解体させ、本山・本所を頂点とした全国的な組織に再編成しなおそうとしたところが、今までに無かった点として注目される。そして、寛文五年(1665年)に全宗派を対象とした『諸宗寺院法度』が制定され幕府による仏教支配制度は完成した。
 
145 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:04:03
この様な統制は、既成の仏教宗派のみならず、神道、または修験者やあるき巫女、陰陽師など、流動的な形態をとっていた宗教者にも及んだ。具体的に言うと、彼等は葬儀の場から締め出されその結果定着し、衰退していった。幕府はこれらの宗教にも仏教と同じような統制を施行しようとして、例えば神道には『神社及禰宜神主法度』を制定し、吉田・白川両家の支配下に、陰陽師は土御門家の組織下に入ることを強制し、各々組織化・系列化を大幅に進行させた。これらの宗教統制は全て、幕府がよりきめ細かな人別掌握を企図したからに他ならない。そして各宗教は法の枠内で生存し、ここに他の宗教と『住み分け』る『宗教の多元状況』の包芽が見られるのである。
 しかし幕府は、宗教活動の大枠は非常に厳しく設定していたが、その中での宗教的活動は放任していた(2) 。幕府の支配が磐石の構えであった時代においてはそれで問題はなかったのだが、幕藩体制が揺らぎ、加えて外国からの圧力なども意識されるようになってくると、人々の宗教心にもいくばくかの変化が起きたと思われる。
146 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:05:06
その一つが幕末から次々と現れた新宗教であり、もう一つが後期国学や水戸学の影響下に出現してきた復古神道または国体神学である。そして維新後にはこの国体神学が政祭一致の公的イデオロギーとなってゆくのである。
 一つここで指摘しておきたいのは、江戸時代に現世の権力者やそれに仕えて功績のあったものを祀るという思想が台頭してきたことである(3) 。これは後に皇族とそれに使えて功績あったものだけを祀るという国体神学の原理の源流となって、後に述べることになる『靖国神社』の原理となってゆくことは銘記されて良い。
147 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:06:10
<明治維新から憲法制定まで>
 明治維新直後、維新政府は神祇官を復活させ、神道国教化政策が推進されることとなった。そしてこの神祇官には、復古主義的な国学者、神道家が登用された。神道国教化主義は、当時過剰なまでに恐れられていたキリスト教への対抗手段としての性格があった。維新当初の政府のキリスト教に対する態度は、キリシタンを邪宗門とするなど幕府と何等変わるところがなかった。しかしこれが外国の反発を引き起こさないはずがない。政府には、キリスト教が燎原の火の如く広がってしまう前に民衆の心を捕らえる信念体系の確立こそが焦眉の急だという意識があった。具体的には、天皇を記紀神話と結び付け、宗教的にとらえる意識を再生産させる全国的組織を早急に造り上げ、その組織の細胞と位置付けた神社から神仏習合的要素を徹底的に払拭し、新たな『神話』を創作することであった。そして神仏分離、廃仏毀釈が行われるのである。この神仏分離、排仏毀釈は、江戸時代に仏教の下風に甘んじていた神道の復権という色合いが濃厚であった。また、神道側からのシンクレティズムに対する拒否とも言えるであろう。
148 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:07:46
またこの事実は、今我々が想像するところの神道という宗教が、実は近代になって『創作』されたということの証拠でもある。それまでは、神社と寺院が一体であることが当たり前であったのだ。その名残は、幾つかの大寺院の中に残る神社や、『神宮寺』と呼ばれる神社内の寺院に見られる。「創唱宗教は、民間信仰を基底にしつつも、これをむしろ否定し、変革させる向きにおいて止揚しながら、新たに発明されたものだと言って良い(和歌森太郎)。」という指摘は神社神道、殊に靖国神社に当てはまるものと言えよう(4) 。
 神道を国教とするために、仏教勢力の力を殺ぎ、神社から仏教的色彩を一掃し神道の絶対的優位を確立すべく、廃仏毀釈は行われた。実施の度合いは地域によってまちまちであったが、仏教側に多くの傷跡を残したことには変わりなかった。廃仏毀釈の嵐は明治四年(1871年)の廃藩置県を境にして沈静に向かった。
149 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:09:07
この政策の全国的な展開によって、各地の神社と祭神はそれぞれの地域住民との精神的紐帯や土着性といったものを失い、急速に国家的・天皇的なヒエラルキーに従属させられ、あるいは抹殺されていった。
 結局神道国教化政策は挫折せざるを得なかった。それは、祭政一致や神祇官制が近代国家として出発しようとしていた明治の国家体制の原理になると考えていた幻想の帰着として当然であった。しかし、この時期に伊勢神宮を頂点にする神社のヒエラルキーが形成され、天皇崇拝は国民の道徳であり、神社神道は宗教ではなく「国家の祭祀」であると、神道=非宗教論が展開されて行き、祭礼日の制定などにより国体論的イデオロギーが広く国民に内面化されていったことは重要であろう。神社神道は国家と結び付くことにより、宗教と名乗る必要がなくなり(逆に宗教と名乗ることは神道の絶対性を失わせることでもあったので、神道の神話体系の上に乗る天皇にとっては不都合が生じる)、『実質上の国教』として終戦まで諸宗教の頂点に君臨することになる。
150 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:10:33
政府は仏教、神道諸教派を含めた教化運動を展開することになった。そこで神祇官を神祇省に、ついで明治五年(1872年)教部省に改組しその実行組織として中央に大教院、地方に中教院・小教院という準公的機関を設置し、その運動の中心にした。大教院は神仏二教が合同して設立したものである。この事は、神道主導の宗教体制を神仏平等にした点で意味があった。教部省は国民教化の任に当たる宗教家を教導職とし、『三条の教則』を国民に宣布させた。ちなみに、この『三条の教則』は次のようなものである。宗教色よりは、倫理的な色合いが強いのが特徴であろう。
 第一条、敬神愛国ノ旨ヲ体スヘキ事
 第二条、天理人道ヲ明ニスヘキ事
 第三条、皇上ヲ奉戴シ朝旨ヲ遵守セシムヘキ事
 この教部省時代に仏教各宗派が公認され、明治六年(1873年)にはキリスト教も禁制を解かれた。また同年、『教会大意』を制定し、黒住、御嶽、富士、吐普加美などの新宗教系の各講社が「一派之教会」として許可されるようになったことも、見逃せまい。新宗教的な運動が曲がりなりにも政府から認知されたのはやはり画期的であるからである。
151 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:11:35
そしてこの認知された幾つかの講社は、後の教派神道となった。

大教院の運動は神道と仏教の合同布教であったため、多くの矛盾と齟齬があった。その矛盾は島地黙雷に「政教混淆」と指摘され、欧米流の政教分離・信教の自由を求める運動となっていった。そして明治八年(1875年)には浄土真宗四派の大教院離脱がきっかけとなり、大教院布教運動を停止することとなった。同年、『信教の自由保証の口達(教部省口達書)』が出された。ついで明治一〇年(1877年)には教部省は廃止され、その責務は内務省社寺局に移されることになった。
 大教院解散により各宗派はそれぞれ布教に乗り出すことになったが、その資格が政府に認可された教導職に限定されていることには変わりなかった。これでは、結局布教の自由は確保されない。そこで政教分離による布教の自由をと、年々教導職廃止の声は高まり、遂に明治一七年(1884年)に教導職は廃止された。
152 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:12:58
<帝国憲法制定後>
 さて、明治政府の宿願は、近代国家であると西洋諸国に認められ、追い付くという事であったのは言うまでもない。具体的には富国強兵政策と、不平等条約改正、そして憲法の制定であった。明治二二年(1889年)に大日本帝国憲法が発布されたが、その第二八条には『信教の自由』が制定された。これは、西洋諸国において、国教制度の国が幾つかあるが、等しく信教の自由が保証されており、信教の自由と政教分離は先進国の象徴、メルクマールと見なされていたことに由来する(5) 。その条文は以下に記す通りである。
 第二八条、日本臣民ハ安寧秩序ヲ妨ケス及臣民タルノ義務ニ背カサル限リニ於テ信教ノ自由ヲ有ス
 この条文の特徴は、他の条文では、「法律ノ範囲内ニ於テ」とか「法律ニ定メタル場合」という条件で制限が付いているのに、憲法それ自体がすでにその制限を定めていたことである。
153 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:14:27
美濃部達吉の『逐条憲法精義』によると、「安寧秩序」とは、「社会的秩序、殊に社会の善良な風俗」を指し、「臣民タルノ義務」は「国家及び皇室に忠順なる義務」と、それに伴う「国家及び皇室の宗廟たる神宮、歴代の山陵、皇祖皇宗及び歴代の天皇の霊を祭る神社などに対し不敬の行為を為さざる義務」の他、「兵役義務、国民教育を受くる義務」を意味するとされ、解釈者の主観によって著しい伸縮の幅を持った広範な制限を許す規定であった。臣民の義務として、国家神道信仰が挙げられているわけであるから、言い換えれば、この二八条は国家神道体制をそれと明言しないで前提としているのだから、この「信教の自由」は矛盾したもの、あるいは極めて不充分なものであったと言えよう。美濃部は、皇室に関係する祭祀は法律上宗教でないと言ってもやはり疑いもなく一つの宗教であり、「而してそれはわが帝国の国教である」との感想を述べている。これは憲法学の立場から神道=非宗教論の欺瞞性を突いたものである。もっとも帝国憲法の起草者たちは、国家神道をもって日本の国教とする考えは持っていなかった。
154 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:15:55
政府は、発布後も一貫して、日本には国教制度はないとの公式見解を取り続けた。この立場から、国家神道以外の宗教に対する疑似政教分離主義は導かれ、帝国政権は天皇崇拝を中心に据えるという宗教的性格を本質的に持っていた故に、「反」宗教的性格と「親」宗教的性格の間を、その時々の政治上の必要から揺れ動くことになった。
 
 さて、国家神道について少し述べてみることにする。国体神学が新政府の公的イデオロギーとなったことは前に述べた通りである。明治維新以降、伊勢神宮を頂点とする神社ヒエラルキーの形成と共に、政府によって国体神学に基づく神社が数々創建された(6) 。これらの神社は古制で装われ、本来の神道の伝統との断絶は覆い隠されていた。創建神社には大きく分けて四つのタイプが存在する。一つ目が、招魂社(後の靖国神社)や護国神社のような近代天皇制国家の戦死者を祭る神社。二つ目が、湊川神社(楠木正成)、藤島神社(新田義貞)など、南朝側の忠臣を祭る神社。三つ目が平安神宮、橿原神宮など、皇族を祭った神社。最後が、少し時代は後になるが、朝鮮神宮、建国神廟など植民地に皇民化政策の一環として創建された神社である。
155 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:17:42
このほかにも、数々の天皇陵が明治時代になって確定、もしくは造営されたことも、根本の思想は同じである。

この中でも、天皇制イデオロギーにとって最も重要な役目を果たしたのは言うまでもなく靖国神社である。靖国神社の他神社との一番の相違点は、(1)軍に直接属しており、(2)過去の『忠臣』だけでなく将来にわたって祭神が増加することを見越した神社である、という二点であろう。(2)について詳しく述べるなら、『靖国(招魂社)』はもともと維新前後の官軍側の戦死者の霊を慰めるために造営されたものである。従来、戦争における死者は敵味方の区別なく祭られるのが常であったが、味方だけが祭られるという特異な思想がここにおいて始まった。そして戦死して『靖国』に祭られるという『結果』が、次第に『目的』となってしまったことが一番の問題点である。つまり、「靖国で祭られる為に死んでこい」「靖国でまた会おう」との思想が生まれてしまったのである。
156 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:18:48
日清・日露戦争、第一次・第二次世界大戦という大きな戦争に国民が巻き込まれ、全国民がいやおうなしに身近な人の『戦死』という事態に直面せざるを得なくなった時、その『戦死者の霊』を全て掌握している靖国神社との関わりを持つ羽目になったのは致し方なかったことといえるだろう。この『靖国』の思想は県レベルでは護国神社、村レベルでは忠魂碑というように末端まで浸透していった。現在問題になっている『忠魂碑訴訟』も、この歴史を鑑みて考慮せねばならない。この事は後にまた触れることになるだろう。

また、国家神道の核をなす天皇崇拝(Mikado worship)自体も、国家によって創唱された『新宗教』の一つの局面と言って良いであろう。特に公教育において、この『新宗教』は国民に注入された。天皇の写真は、『御真影』という名で各学校に配布された。これはいわゆる「イコン」の一種である。そして『教育勅語』という「教義」が内面化され、この二つのものに対する最敬礼などの「儀礼」が存在し、それらを祀る奉置所などの「施設」が存在した。これが「宗教」でなくて一体なんなのだろうか。
 
157 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:20:13
明治三三年(1900年)、二十年に渡って存在していた内務省社寺局が分割されて、内務省神社局と宗教局が設置された。このことが行われたのには複雑な理由があった。一つは、神社界により神祇官復興の運動が絶えず続けられていたことである。もう一つの理由は、不平等条約を改正するために、事実上国教の地位を与えられていた神道を「宗教に非ず」と諸外国に対してアピールする必要であったことである。神道が国家から特別の待遇を受け、一方キリスト教は相変わらず白眼視されていると言うことが諸外国の不満となっており、条約改正の障害になっていた。そこで政府は神道を他の宗教と同じ管轄から切り離し、神道は他の宗教とは違うものであるという形を執り、もって政教分離が行われているということを装うことに努めた。神社の法的性格については法規の上で明記されていなかったと言っても、神社には国家施設として公法人の地位が、神官神職には官吏待遇の地位が与えられていた。これをもって政府は「神道は宗教に非ず」「神社は国家施設」としたのであるが、しかし施設などの管理、または監督行政面では、神社は他の寺院と同じ宗教法規のもとにおかれていたのである。
158 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:21:36
このことは、政府が「神道は宗教に非ず」と内外に詭弁を弄していても、本音では神社を宗教施設として取り扱っていたことを端なくも告白している。

 明治四十年代には、国家神道を補助する宗教団体の翼賛体制の包芽が見られた。これは、日露戦争時に宗教界をあげて戦争協力するといった国策奉仕の姿勢が定着したことに端を発する。明治四五年(1912年)、政府は神仏基の三教の代表者を集めて、三教会同を開いた。そして代表者たちは「皇道ヲ扶翼シ益々国民道徳ノ振興ヲ図ル」決議を行い、国家神道体制への忠誠を表明した。この会議は既に近代天皇制の枠内で地歩を確立していた仏教や教派神道に続いてキリスト教の主流が政府に妥協と従属を表明した点で、政府の宗教政策の大きな成功を意味した(7) 。
159 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:22:44
大正二年(1913年)に内務省にあった宗教局は文部省に移管された。文部省宗教局が神道以外の公認宗教を統括することとなったが、前述した通り、政府は無制限の信教の自由を許したわけではなく、『国体』に反する宗教は厳しく取り締まられた。その根拠は勿論憲法の条文中にある『安寧秩序』『臣民タルノ義務』であるが、実際に行使された法規は刑法に存在していた『不敬罪』、あるいは警察犯処罰令であった。特に警察犯処罰令はその発動が容易であったため警察当局から『淫祠邪教』と見なされた宗教(特に一部の新宗教)はこれにより組織の拡大を制限された。不敬罪が初めて宗教団体摘発に適用されたのは大正一〇年(1921年)の第一次大本事件の時であった。この事件が大正デモクラシー華やかなりしときに起こったのは、日本の政教関係を考える上で実に示唆的である(8) 。日本流に換骨奪胎された『信教の自由』の行き着いた先がこの事件であったのだ。日本流の『信教の自由』とは言葉を換えるなら、ヨーロッパにおけるように人権、もしくは自ら勝ち取ったものではなく、国家が与える恩恵としての『信教の自由』と言うことである。 『与える側』は同時に奪うこともできる。
160 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:24:04
国家に生殺与奪の権を奪われている宗教団体は常に国家の監視の目を感じて自己規制することになり、宗教としての生命力を喪失して行くことになった。弾圧されるからこそ燃え上がる信仰も確かに存在したであろうが、その前に立ちはだかる国家権力は余りに強すぎた。

<宗教団体法成立から敗戦まで>
 帝国憲法発布から敗戦まで、憲法二八条の規定、刑法の不敬罪、警察犯処罰令などによって、今日我々が使う意味の『信教の自由』は事実上存在しなかった。否、憲法からして、統制の契機を内包していたので、二八条は、空虚な条文であったとも言える。しかし、文部省による間接支配を受け入れた公認宗教の教職者や信者は、帝国憲法下における『信教の自由』の存在を疑わなかった。天皇制国家への忠誠を誓う限り、その活動を制限されることはまれだったからである。しかし例外も存在する。『大本』や『ひとのみち』は、天皇制イデオロギーを内面化して、反って当局から目をつけられる結果を招いた。『大本』は記紀神話と大本の神話をオーヴァーラップさせ、異端的な読み替えを行ったと見なされ、『ひとのみち』は教育勅語を卑俗に解釈したといって弾圧された。
161 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:25:25
『正統』が『異端』の存在を許さなかったのは歴史の示すところである。

元号が昭和に代わり、軍国主義ファシズムは高揚し、日本は中国に侵略し、満州国なる傀儡国家を建設し国際的に孤立し、ついには太平洋戦争を引き起こしたこの時期、国家神道はますますファナティックに信奉された。明治維新直後の四、五年間と、第二次世界大戦中の二つの期間がまさに国家神道の最盛期であったと言えるであろう。満州国皇帝溥儀に天照大神を拝ませるということすら行われたのだ。
 日中戦争下の昭和一四年(1939年)、政府の長年の懸案であった『宗教団体法』が公布された。この法律は明治維新以来初めての統一的な宗教法であった。それまでも何度か総合的な宗教法の制定が企図されたのだが、その度にキリスト教を神仏両教と同等に扱うことなどを理由に、仏教を中心とする反対運動が起こり、法案は流産を続けていた。
162 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:26:44
この法律の目的は、制定時の首相平沼騏一郎が言うように「(前略)しかしいずれの宗教に致しましても、わが国に行われます以上は必ずや我が国体観念に融合しなければならぬと言うことは、これは申すまでもないことでございます。(中略)宗教の横道の走るということは、これは防止しなければならぬが、それが為にはそれに対して監督を加えることが必要であろうと思います(昭和一四・二・八、貴族院特別委員会にて)。」というものであった。この法律において、宗教団体は『仏教』『教派神道』『キリスト教その他』に三分割され、政府の完全な統制下におかれた。それまでも行われてきた行政上の締め付けや、昭和一〇年(1935年)の『大本』に対しての大弾圧(第二大本事件)など苛烈な宗教弾圧の示威効果もあって、もはや宗教界からの反対運動は見られなかった。この法律の性格は代表的な条文を引用するだけで容易に推測され得る。では同法一六条と一九条を引用してみよう。
163 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:27:42
第一六条 宗教団体又は教師の行う宗教の教義の宣布若は儀式の執行又は宗教上の行事が安寧秩序を妨げ又は臣民たるの義務に背くときは主務大臣は之を制限し若は禁止し、教師の業務を停止し又は宗教団体の設立の認可を取り消すことを得
 第一九条 主務大臣は命令の定る所に依り本法に規定するその権限の一部を地方長官に委任することを得
 
 一六条にも、帝国憲法二八条にある『臣民たるの義務』『安寧秩序』という美辞麗句がまたもや使用されている。この二つの言葉は限りなく拡大解釈され政府は恣意的に宗教団体の全活動を制限、もしくは弾圧することが可能であった。一九条の意味するところも大きかった。と言うのも、権限の一部を受ける地方長官は警察権を一手に握る内務官僚であった。つまり、宗教団体はそれぞれの地方の警察の監督下におかれることになった。
164 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:28:59
同法が施行された昭和一五年(1940年)は神武天皇即位二千六百年に当たるということで式典が盛大に挙行された。これを機に内務省神社局は廃止され、内務省の外局として神祇院が設置された。神道に関する独立した中央の官衙の復活は、神社界にとって神祇官の神祇省への格下げ以来の失地回復であり、国家神道はまさに絶頂期を迎えた。そして前述の法律に加え、天下の悪法として名高い『治安維持法』の改悪(昭和16年)があり、宗教団体は徹底的に管理された。弾圧された新宗教で代表的なものでは、『大本』『ひとのみち』『ほんみち』『灯台社』『創価教育学会』等が挙げられる。彼等は文字通り殉教者をも出したのである。一方既成宗教も連帯して国家に奉仕するようにと命ぜられ、『大日本戦時宗教報国会』という翼賛団体も結成された(昭和19年)。幾つかの神社では、神風祈願が行われ、靖国神社の『祭神』は増える一方であった。
 国家神道は敗戦まで『超宗教』として日本を戦争へと駆り立てる精神的根拠の支柱でありつづけ、神はその様子を見ておられたのであろうか、遂に『神州』日本に神風は吹かなかった。
165 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:30:09
そして昭和二〇年(1945年)八月、日本はポツダム宣言を受諾し、日本は敗北し、近代天皇制は崩壊した。これは国民が国家神道その他の思想統制の桎梏から解放されたことを意味した。

<まとめ>
 こうして見てくると、江戸時代から敗戦時まで、政治権力は宗教団体に対して、一貫して抑圧的且つ統制的であったことが伺えよう。政治権力にとって、「宗教」とは支配体制に奉仕することによって初めて存在価値が生まれてくるものであった。日本は歴史上、宗教より政治権力が強いという伝統があり、この政治権力が歯止めを失った時代が軍国主義ファシズム期であった。宗教団体も、遡れば江戸時代から余りに上意下達に慣れ過ぎ、政治権力に抵抗しなかった点も見過ごせない。政治権力に抵抗してきた歴史を持つ浄土真宗でさえ、真俗二諦論(仏法と王法の協力・相互依存を説く教説)によって、比較的早い時期から国家神道的イデオロギーを内面化し、戦争協力の道を開いたとの厳しい指摘、反省がある(9) 。
166 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:31:55
「無拘束な権力が必ず権力者を害うとは歴史の一致した結論である(10)。」ということや「統制されぬ権力自体は、常に自由の宿敵となる(11)。」ということを一番骨身にしみて理解したのは、内的な良心を、常に外部規範、すなわち天皇制ファシズムによって押し潰された多くの「宗教者」であろう。

明治政府は、やはり現在から見ると擬制的な近代政権であり、その実態は絶対君主制と、近代化との不幸な結婚によって生まれたものであった。しかも国教たる神道が、天皇絶対主義をその重要な柱としていた。この歴史を念頭におかねば、新憲法下の『信教の自由』の真の意義は分かるまい。政治と宗教の関係についての模範解答は未だに出てはいないかもしれぬが、我々は歴史上の経験からそれを模索して行くしかないのだ。今の所、戦前の経験から言えることは、日本において政教一致はやはり『良くないもの』であったということである。歴史を忘れるものは歴史によって裁かれるのを忘れてはなるまい。
167 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:33:02
さて、次の章では、占領期の宗教政策、日本国憲法における『信教の自由』と『政教分離』の概要と、政教関係の一般論をしてみようと思う。つまり、今我々が享受している 『信教の自由』、またその信教の自由を可能ならしめる『政教分離』の意味を確認するのが次の章の目的となろう。
168 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:35:04
3章 信教の自由と政教分離
 
 <国家神道の終焉>
 ポツダム宣言を受諾して、日本はGHQに占領され、民主主義国家の道を歩むことになった。このポツダム宣言は、日本における思想、信教の自由を要求していた。その第十項に曰く、「(前略)日本国政府は、日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去すべし。言論、宗教及思想の自由並に基本的人権の尊重は、確立せらるべし。」と。この精神に則り、一九四五年(昭和二〇年)十月には『政治的、社会的及び宗教的自由に対する制限除去に関する件』なる覚書−いわゆる『人権指令』−が発せられ、治安維持法と宗教団体法の廃止が宣言され、同年十二月『国家神道、神社神道に対する政府の保証、支援、保全、監督並びに弘布の廃止に関する覚書』、いわゆる『神道指令』が発令された。これにより、国家神道の廃止(神祇院の廃止や神宮皇学館の閉鎖も含める)、国家とあらゆる宗教との結び付きの禁止、そして神社神道が今後は民間の一宗教として存続できることなどが明らかにされた。
169 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:36:32
それとほぼ同時に、宗教団体法の廃止が正式に命ぜられ、その代わりに宗教法人令が発せられた。『神道指令』発令当時のGHQ内部の経過は、岸本英夫が述懐しているように(1) 、比較的日本に対して配慮のあるものであったと言えるであろう。勿論岸本を始めとする日本側の努力も評価すべきであろう。当時神道は狂信的な愛国心の源泉であると諸外国に考えられており、即座に壊滅させるべしと言う意見も諸外国のみならずGHQ内部にも存在したが、GHQ宗教課は神道を潰すことはかえって日本人の信教の自由を犯すことになるとして、慎重な政策を執ったのである。結局、GHQの宗教政策は、一九四五年十月に、SWNCC(国務・陸軍・海軍三省調整委員会)の国務省代表J.ビンセントが述べたように、「神道が日本人個人の宗教であるかぎり何ら干渉されるものではないが、国家の強制する神道は廃止される。日本人は国家神道を支えるための税金を支払わなくても良くなるし、学校にも神道の付け込む余地はなくなるであろう(2) 。」という方針が貫かれた。GHQ宗教課課長W.K.バンズも、宗教としての神道は、廃止できないという結論に達した。
170 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:38:33
彼は国家神道の危険性は、①その国家による主宰、支援、普及、②日本政府及び神道国家主義者達による領土、天皇、及び国民の起源の神聖性についての多かれ少なかれ曖昧な神話による説明、③その神話を表象する儀式の遵守を強制し、その神話の述べるところを歴史上の事実として受け入れることを全ての日本人に強いた厳格な体制、にあると考え(3) 、神道指令の対象はあくまで 『政府によって支援され自国の政治組織を尊崇する宗教的な仕組み』であると自覚していた。まとめていうならGHQは『国家神道(State or National Shinto)』は厳しく禁止しようとしたが、『神社神道(Shrine Shinto )』に対しては神社界が想像する以上に寛大な処置を取ったと言えるだろう。実際神社界が恐れていたような神社の取り壊し、廃止などは一つも行われず、国家神道の最たるものであった靖国神社でさえ無事であったのだから。要するに、占領当初における合衆国政府の宗教に関する政策は、信教の自由を宣言すべきこと、
171 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:39:42
宗教活動を制限する全ての法令を廃止すること、国民に信教の自由を希求するように勧奨すべきこと、宗教が超国家主義及び軍国主義の隠れ家にならないようにすべきこと、重要な宗教的財宝を保護し保存すべきこと、連合国軍をしてすべての宗教制度を尊重せしむべき事などであった(4) 。

神道指令により神社は宗教法人としての地位を確保して、翌年の一九四六年にはその連合体である宗教法人神社本庁が設立された。神社神道は他の宗教と同じ地平に落ち着いたのである。靖国神社は、神社本庁には加入せず、同年東京都の単立宗教法人となった。
 『神道指令』と並んで政教分離に重要な役目を果たしたのが、昭和二一年(1946年)元旦の天皇の『人間宣言』である。これは、国家神道の核をなす『天皇崇拝』の終焉を意味した。天皇が自らの神聖性を否定したこの宣言により現人神としての天皇は『死ん』で、翌年新憲法下における「国家の象徴」としての天皇が新たに『生まれ』た。
172 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:40:45
宗教法人令は、信教の自由の精神に則り、宗教法制の簡素化、自由化(具体的には、許可制から届出制への移行)を促進し、いわゆる『神々のラッシュアワー』を出現させた。しかしこの宗教法人令は欠点を持っていた。最大の欠点は、宗教法人に認定する基準や指針が何一つ作られず、文部省は無審査で申請を受け付けるという方針を取ったことである。そして既成宗教団体内の分裂なども促進され、膨大な数の新宗教団体が生じ、その中にはとても宗教とは言えないような団体も免税などの優遇を目当てに認可を求める事態も発生したのである。まさに自由を放埒と取り違えた時期であった。そこでそれに代わる法律の制定が強く望まれ、昭和二六年(1951年)宗教法人法が制定された。宗教法人法の内容にはこの論文では踏み込まないが、基本的性格は宗教法人令を踏襲し、届出制から認証制へと変更され、宗教団体は審査を経て法人格を獲得することとなったのを指摘しておこう。 神道指令によって国家神道はその約七十年に及ぶ歴史に幕を閉じた。この神道指令は昭和二七年(1952年)の平和条約の発行と同時にその効力を失ったが、その趣旨は日本国憲法と宗教法人法に色濃く残っている。
 
173 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:41:51
<日本国憲法第二〇条と第八九条>
 昭和二一年(1946年)一一月に日本国憲法は公布され、翌年五月から施行された。戦後日本の宗教政策は新憲法施行前から、『ポツダム宣言』『神道指令』によって既に明らかにされていたが、信教の自由と政教分離が憲法中に明文化されて始めて、その基されたと言っても良いであろう。その条文をここに記してみよう。なお、この時点で触れておくが、いわゆる『押し付け憲法論』というものが存在するが、これは占領時の日本政府の新憲法制定者たちが、余りにも時代錯誤的で憲法草案をGHQに押付けられる結果を自ら招いたのである(5) ということを指摘するにとどめる。さて、信教の自由と政教分離を定めたのは、周知の通り、第二〇条と第八九条である。その条文は以下の通りである。
174 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:42:56
第二〇条[信教の自由、国の宗教活動の禁止]信教の自由は、何人に対してもこれを保証する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
  ②何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。
  ③国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない。
 第八九条[公の財産の支出利用の制限]公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育、若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。
175 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:44:15
一見して分かるように、二〇条において、人権としての『信教の自由』と、それを保護し、確実にする手段としての『政教分離』が明記されている。八九条は、経済的な部分における政教分離を規定しており、この二つの条文により、諸外国にも例がないほど、厳格な政教分離が実現している。このように厳格な政教分離が規定されているのは、戦前の国家神道体制の反省からであることは言うまでもないことである。
 『信教の自由』とは、G.アンシュッツの古典的定義によると一般に次の三つから成り立っていると言われる。(1)信仰告白の自由、(2)宗教的活動・礼拝の自由、(3)宗教団体・結社を結成する自由、の三つである。(1)が最も狭義の『信教の自由』である。内的自由と言っても差し支えない。後の二つは、社会的場面における自由である。 (1)は、日本国憲法第一九条の「思想及び良心の自由」と重なると考えられる。(2)と(3)は、「集会・結社・表現の自由・検閲の禁止・通信の秘密」を定めた第二一条と重なる。ヨーロッパにおいて『信教の自由』が人権思想のの嚆矢であった歴史を考えるとこの重なりは不思議ではない。
176 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:45:24
そして勿論『信教の自由』には不信仰の自由が含まれるし、自分の信仰について沈黙する自由も−例えば『踏み絵』のような制度の禁止−含まれる。

また、宗教上の教育の自由も忘れてはならない。これは能動的に宗教教育を施す自由、及び受動的にそれを受け、または受けない自由を含む。この宗教教育の自由の蹂躙は、戦前特にキリスト教系の学校において深刻な問題であった。教育基本法の第九条には、「国及び地方公共団体が設置する学校は特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。(第二項)」という憲法第二〇条第三項と同じ規定と、もう一つ「宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。(第一項)」とあるのは、信教の自由と政教分離、または宗教的寛容の精神の重要性を生徒に示す教育のことを指している(6) 。これらは、公立私立の区別なく学校で教えられるべき内容だからである。以上が憲法学上の見解である。
177 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:46:41
ここで注意しなければならないのは、憲法の条文中にある「宗教」の定義が明確にされておらず、何やら「宗教的なもの」が暗黙の内に了解されている形で第二〇条と八九条が書かれていることである。この定義されざる「宗教」もしくは「宗教団体」を巡って、戦後、政教分離に関する数々の訴訟が引き起こされたのである。日本におけるこの問題の発生基盤は、まず第一に日本が先進諸国の中でも最も宗教の私事化が進み、膨大な数の宗教団体・宗教法人の存在する社会状況であること、そして第二に最も厳格な政教分離規定を定めている憲法、この二つが宗教関係訴訟を多発させ、持ち込まれた訴訟に対して裁判所が取り組む際の微妙な難しさを生じさせているのだということができよう(7) 。また、原告側と被告側、そして裁判所の「宗教認識(何が宗教で、何が宗教ではないか)」の乖離と齟齬が原因と言い直すこともできよう。
 また、「宗教」を政府が恣意的に解釈するという問題も発生している。特に、自民党の靖国神社公式参拝問題がそれである。政府と歩を一にして、裁判所の判断も恣意的と言わざるを得ない例が存在する。
178 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:48:06
この様な事態が発生する原因は、政治学的に言うと、議院内閣制による「立法府」と「行政府」の一体化と、憲法第七九条により最高裁の裁判官が全て内閣によって任命されることの二点であるといえる(8) 。結局、自民党の長期政権で最高裁判所が硬直化してしまったのだと言える。つまり三権分立のはずなのに実際には緊密化してしまったのである。
 しかし宗教学で言う「宗教」と判例で言う「宗教」は違うものなのだろうか。また、大きく違って良いものなのだろうか。又その根拠は何か。この問題は次章で具体的な事例を通じて考察してみたいと思う。

179 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:49:13
<政治と宗教の関係類型>
 政治と宗教との関係はこれまでも論じられてきたし、これからも論じていかねばならぬ命題の一つであろう。というのも、政治と宗教は共に人間生活の根幹に関わり、両者は 「共通の価値意識の共有」、つまり共通の価値や意味が個人のパーソナリティーの中に内面化されるという場面でオーヴァーラップするからである。また、宗教的理念が、具体的方策としての政治を作り出すと言うこともできるであろう。共に「生活様式」を構築するという意味で、極論すれば宗教と政治は「似た者同士」ということが言えよう。
 近代化、もしくは世俗化の特徴の一つに、政治勢力が宗教的権威の支配下から離れることは繰り返し述べられてきた。しかしここにこそ、近現代の政教関係を複雑にしている原因があると思われる。即ち、政治権力は宗教的権威から離れたと同時にそれによる権威付けを失うことになった。そこで、政治権力は自らの権威を保つために反って一種の宗教的権威(精神的権威と言ったほうが良いか)を自ら作り出す衝動に駆られることになったと思われる。
180 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:50:20
権力は、被支配者の真の服従を勝ち取るためにはその内面に侵入し、その奥底まで支配しなければならないからであり、そのためにイデオロギー注入装置としての公教育が重要視されたのである。政治権力による新たな『神話』の創造は近代天皇制やナチスの「二十世紀の神話」に典型的に見られる。
 
 さて、『政教分離』が、政治と宗教の間の関係の『ひとつ』であることはいうまでもないが、政教分離とは違うタイプの関係が存在する(した)のも事実である。そこでまず、政教分離問題を論じる前に、政治と宗教の関係を類型化してみよう。それによって、政教分離の本質が明らかになるからである。一般には、次の三つのタイプが存在すると言われている。
181 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:51:29
①政治と宗教が一致・融合するタイプ
 ②政治あるいは宗教が他を利用し、従属させるタイプ
 ③政治と宗教が対立もしくは分離しているタイプ(9)
 ①の例としては、部族社会の宗教や、古代の祭政一致やビザンティン帝国の皇帝教皇主義があげられよう。
 ②は細かく見ると二つのパターンに分けられる。まず政治権力が宗教を利用した例(②−a)としては、江戸時代の寺請制度や、戦前の国家神道があげられよう。いわゆる『国教』はこの典型例である。逆に、宗教が政治を利用、従属させた例(②−b)としては、中世ヨーロッパの絶頂期のローマ法王に典型例を見て取れよう。②の後者の例は、宗教的権威が世俗権威を上回っている状態、つまり宗教が『聖なる天蓋』となっている状態と言い換えても良かろう。現代においては、コーランやシャリーアを政治の根本原理にしているサウジアラビアや革命後のイランの政治体制などがこれに当たるであろう。
182 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:52:34
③は、明らかに信教の自由と政教分離が確立された近代国家において普遍的にみられるものである。また過去における宗教を基盤にした反乱(日本で言うなら『一向一揆』など。ヨーロッパなら、宗教改革時の『ミュンツァーの乱』『フス戦争』等が挙げられようか。中国においては、王朝が滅びるときに何等かの宗教を基盤にした−例えば後漢末の『黄巾の乱』、元末の『白蓮教徒の乱』−農民反乱が頻繁にみられる。)もこの類型の典型例であろう。
 ①、②のタイプは、政治と宗教が相互依存、共存していると特徴付けられる。③は政治と宗教が分離、乖離しており、歴史においては多く対立関係が見られ、近現代の政教分離国家においては、戦後の日本、アメリカ合州国、フランスなどに見られるように政治の 『非宗教化』(laicite、a-religious)が眼目とされる。また、①は一元論に、②と③は二元論に立脚していると見ることができよう。
183 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:54:20
 政治と宗教の関係は、実際には上記の諸類型が複雑にからみあっている様相を呈しているものであるが、あえて①のタイプを除外して単純化して言えば、常にパラレルな二元論的対抗関係として捉えられる。政治と宗教を二元論に基づいて把握する方法は、社会学においては、テンニースのゲゼルシャフトとゲマインシャフトの区別や、デュルケ−ムの言う機械的連帯と有機的連帯のギャップ、ウェーバーの合理(法)的権威とカリスマ的権威の葛藤などに同様のものがみられる(10)。
 さて、宗教が社会の統合機能を司るという『機能論』は、デュルケーム以来宗教社会学の一大テーゼとなっているが、このことを念頭において上記の諸類型の②を検討すると、政治機構が宗教を利用し道具化している状況と、宗教が社会統合の機能を果たしている状況とは峻別しがたい(11)ということがわかる。立場を代えてみれば、利用されているとみなされている側が実は他方を利用しているということもあり得るのである。例えば、明治維新直後の神道は、神道側から見れば政治権力を利用して自己の勢力を拡大させようとしたと見ることもできよう。
184 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:55:41
(中略)

<政教分離の一般的考察>
 政教分離の原則を大まかに言えば、「国家は国民の世俗的生活のことだけに、自己の要求を限るべきであり、国民の内面的信仰生活については国民の自律にゆだねるべきである」ということである。「国家は世俗的事項と関わるときだけ−例えば財産問題など−宗教または宗教団体と関係を持つべきである。また逆に宗教団体は、自己のよって立つ神の名において、国家ないし政府に命令してはならない。宗教団体として許されるのは、国民の精神に感化を及ぼすことを通じて、いわば間接的に国家に対して影響を与えることだけである(15)」。そして、政教分離は、信教の自由に奉仕する制度的保障であるという見方が一般的である。制度的保障とは、ある抽象的な命題を間接的に達成するために、具体的な制度を遵守することを言う。例えば、『学問の自由』という命題を達成するために、『大学の自治』を国が認める、などがそれである。であるから、「政教分離を遵守すること」が信教の自由のための至上課題なのである。信教の自由と政教分離の不可分性はこれに尽きる。
185 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:56:59
また、政教分離、そしてこの制度により確実になる信教の自由には、『宗教的寛容の精神』が不可欠である。宗教的寛容には二つのタイプがあり、一つは、ある宗教が他の宗教を排除するのではなく同一社会内において並存することを認めること。もう一つは国家などが宗教の内容には触れず、宗教多元状況を認め、その状況を保護することである(16)。政教分離に直接関係があるのは言うまでもなく法的、政治的寛容である後者であるが、社会のエトスとしての前者も重要であることは論を待たないであろう。重要なのは、この 『寛容』は、自然と生まれたものではなく、作り出されたということである。「寛容の習慣は本来自然には存在しない。それは社会的遺産に由来するものであり、文明の進歩に伴い繰り返しその価値を学び直してこそ維持されるものである。これこそ、不断の監視が自由の代償であるというあの有名な格言の意味である(17)。」という言葉を改めて思い出さねばなるまい。
 政教分離が遵守されず、数々の弾圧を生みだしたということは第鵺章や、先程の政教関係の類型論で述べてきた通りであるが、もう一つ重要なことがある。それは、宗教側の堕落ということである。
186 リベラルさん 2013/05/28(火) 11:59:05
一口に政教分離と言っても、どの国においても同様の形態をしていることはない。大きく分けて三つのパターンがあげられる。一つは個人レベルの「信教の自由」が制度レベルでの「政教分離の原則」によって裏付けられているもの。これはアメリカや現在の日本が典型例である。もう一つはイギリスや北欧諸国のように国教が存在するが、その信仰の強制が行われないというパターン。最後は、ドイツ、イタリア、オーストリアのように国家と教会が互いに尊重し合い、教会が公法人としての資格を持ち、協定(コンコルダート)を締結しているパターンである(18)。
 さて、ヨーロッパにおいてはイギリスのように国教が存在するにもかかわらず『信教の自由』が保障されているとされる国家が幾つか存在する。この様な例を挙げてそれをそのまま日本に対応させ、日本においても、神道という「国教」が存在しても、不都合はないとする意見が散見される(19)が、日本とヨーロッパではまるで事情が違う。
187 リベラルさん 2013/05/28(火) 12:00:13
これらの国はどちらかと言うと例外的存在であって、イギリスにおいてはラスキが言うように十八・九世紀の非国教徒を中心とした、寛容のための戦いが勝ち取った成果として、現在の状況があるのである。信教の自由が恩恵的に与えられている日本とは全く事情が異なるのである。

また、政教分離は、世界的にみると少数の国でしか施行されておらず、普遍的な制度ではないとする意見も存在するが、問題は「数」ではなく、どんな制度がその国家と国民に相応しいかであって、日本においては政教分離こそが相応しいのは歴史的にみて明らかであると言って良い。それに政教分離から導かれる信教の自由は、普遍的な価値を持つものであろう。日本国憲法前文において、憲法理念は普遍的な原理に基づくものであると明らかにされている。
188 リベラルさん 2013/05/28(火) 12:01:17
<まとめ>
 さて、この章では、信教の自由と政教分離を共に規定した憲法の意味すること、即ち両者の関係がコインの表裏のようなものであることを述べてきた。第鵯章の最後に少し触れておいたが、両者を切り離して考える論者も存在する。確かに、信教の自由の侵害は、直接的且つ個人的にその侵害が感じられることを契機にして、訴訟が起こされる。政教分離違反訴訟は、個人の信仰心の痛みもさることながら、違反している事実指摘が契機となることが多い。政教分離違反は、たとえ個人的な侵害が無くても、違反の事実が存在すれば、それだけで結局信教の自由を脅かすことになるのである。信教の自由は、極めて個人的な問題であるのと同時に、極めて社会的な問題なのだ。これは、宗教が現代において極めて個人的なもの(私事)とされるのと同時に、極めて社会的な事象であるとされることと対応している。であるから、信教の自由と政教分離を別次元の事象であると考えたり、「政教」の「政」は、「政治」か「政府」のどちらかとか、「教」は「教団」か「宗教」か 「信教」かなどという議論(20)は、いたずらに議論を混乱させるだけであるといえよう。
189 リベラルさん 2013/05/28(火) 12:02:25
これに似た議論をもう一つ紹介しよう。
 政教分離を英語では、“separation of church and state”というのは良く知られている。直訳すれば、『教会(教団)と国家との分離』となる。この原語を基に、日本における政教分離も(特定)教団と国家との分離であって、『宗教と国家との分離(separationof religion and state )』を要求するものではないという意見が、津地鎮祭の名古屋高等裁判所での審議で、鑑定人の一人であった小野祖教国学院大学教授(当時)の意見として提出されている(21)が、筆者には疑問に思える。と言うのも、宗教の要素として、よく「教え」「儀礼」「信者集団(church)」、そして「個人的な体験」があげられるが(22)、これらの要素は、全体として「宗教」を形作るのであって、ばらばらに切り離してそれぞれが単独で国家と結び付くことなど出来るだろうか?「教会(教団)」だけほかの要素を置き去りにして、国家と結び付くことなど出来ようか?不可能である。
190 リベラルさん 2013/05/28(火) 12:03:33
であるから、教会と国家が結び付くということは、即ちその「教え」「信者集団」とも結び付くということであり、separation of church and stateの意味することは、結局、separation of rel-igion and state なのである。もしも小野が言うように本当に歴史に鑑みると言うならば、GHQの宗教政策は、国家と神道という「特定宗教」との結び付きを断ち切る意図を持っていたのだから、日本における政教分離を英語で言うなら、少しアレンジして、separat-ion of shrine and state と言っても良いのである。勿論日本には仏教を始め数々の宗教があり、それら全てが国家に奉仕するように仕向けられた戦中の翼賛体制を考えるにつけ、やはりshrineのみならず、全てのreligionがstate と分離されなければならないとするべきであろう。
191 リベラルさん 2013/06/01(土) 10:05:19
真の宗教精神というものは、国家の軍事とか
武装とかには何の関係もない。

出口王仁三郎の言葉を掲げてみる。

「無始無終の宇宙間において、もっとも強く美(うるわ)しきものは愛の発動なり。大虚空中に愛の発動ありて始めてスの言霊は生まれ、天地の万神は生まる。ゆえに神は愛なり力なりと称するゆえんなり。

 愛あるがゆえに宇宙は創造され、万物は発生す。宇宙間一切のものはこの愛に左右され、創造も、建設も、破壊も、滅亡も、混乱も生ずるものなり。愛はもっとも尊むべく、かつ恐るべきものとす。…」
192 リベラルさん 2013/06/01(土) 10:07:24
「愛の情動にしてその度合よろしければ、生成化育の神業(みわざ)は完成し、愛の情動の度合過ぐれば、ついには一切を破壊するに至る。

 しかして、愛には善あり、悪あり、大あり、小あり。神の愛は「愛善」にして、世間一切の愛は「愛悪」なり。神の愛は大愛にして世間の愛は小愛なり。

わが身を愛し、わが家を愛し、わが郷土を愛し、わが国土を愛するはいわゆる自己愛にして、神の大愛に比して雲泥の相違あり。…世間の愛は他をかえりみず、ひたすらにわが身を愛し、わが家を愛し、わが郷土を愛し、わが国家を愛するがゆえに、他よりもし不利益を加えらるると見る時は、たちまち立って反抗し争闘し、身を破り家を破り国家を破るに至る。恐るべきは愛の情動の度合なり。
〜『霊界物語』第74巻第14章「真心の曇らひ」〜
193 リベラルさん 2013/06/01(土) 22:34:33
「原発マフィアに神々の土地を売り渡した神社本庁」

中国電力が計画を進めている上関原発だが、これに関して神社本庁が原発屋に神々の土地を売り渡すという、聞き捨てならない事が為されていた。

上関原発予定地は、瀬戸内海に延びる室津半島の先にあり、海上交通の要所であり、豊かな漁場である。 海を挟んだ向かい側には、四国電力の伊方原発がある。

こうして見ても、いかに日本には原発が密集しているかが分かるというものである。

原発予定地の四代地区に四代正八幡宮があることを承知の上で、中国電力は神社の土地を原発予定地に組み入れたのである。

ミリオン出版 怖い噂 vol.11 小池壮彦 「山口『上関原発』計画で明らかになった狂気の"神殺し"」より 一部引用 神社地の買収計画は、平成10年から進められた。
194 リベラルさん 2013/06/01(土) 22:35:46
当時の四代正八幡宮宮司、林春彦氏は、当然ながら神社所有の土地売却を認めなかった。

宗教法人法においても神社地の処分は厳格に戒められている。

ましてや林宮司は日本の神官として、地元の聖地を金と引き換えにするような人ではなかった。

すると中国電力は、県知事や自民党の有力政治家や県神社庁やマスコミを利用して、林宮司に圧力をかけた。

県神社庁の神職が突然やってきて祭祀を妨害することもあったという。

中国電力は神々の土地の破壊に執念を燃やし、ついに「神社本庁」に働きかけて、宮司の解任を画策した。
195 リベラルさん 2013/06/01(土) 22:36:56
これを受けて林宮司は、雑誌に手記を発表し、あくまで圧力に屈しない覚悟を次のように述べた。

「法律上の最高権限を持つ神社本庁の代表役員が神社地の売却を承認することにでもなれば、それは自らが制定した法規を自分の手で破壊することであり、神社本庁自体の瓦解を意味しよう。瀬戸内海地域に暮らす多くの人々を塗炭の苦しみに陥れる、人間の生死にかかわる問題を、いったい誰が責任をとるというのであろうか。

これが犯罪でないならば、世の中に犯罪というものはない」 (平成14年5月「現代農業」増刊号より) この翌年、神社本庁は原発政策の支持を打ち出す。

社地を中国電力に売却するよう「四代正八幡宮」に命じたのである。

それにともない、林宮司は一方的に解任された。
196 リベラルさん 2013/06/01(土) 22:38:16
代わりに昇格したのは原発賛成の宮司であった。
この時に何者かが偽造の「退職願」を作ったとして、林宮司は山口県神社庁を相手取って裁判を起こす。
そして、この訴訟の最中の平成19年3月、林宮司は突然倒れて帰らぬ人となった。

心労が重なっての憤死と見られるが、裁判で事実が明るみに出ると困る連中が何らかの手を下したという風評もある。

裁判は平成21年に一審判決が出され、「退職願」が偽造文書であることは認められた。
だが、山口県神社庁の犯罪関与は否定された。
翌年の二審判決でも、やはり県神社庁による違法手続きは否定されたが、ならば誰が偽造文書を作ったのかは明らかにされなかった。
197 リベラルさん 2013/06/01(土) 22:39:24
以上、怖い噂より 日本の裁判所に真実を明らかに出来る能力は備わっていないので、このまま偽造文書の問題は闇に葬られるのだろう。
神社の本家本元まで、金に目がくらみ利権屋に組み込まれるのをよしとするようでは神も何もあったもんではない。

日本の国土と自然をマフィアの金儲けの為に破壊するのが保守のやるべきことではないはずた。
真正保守であればこそ、闇雲な原発建設とマフィアのエゴに真っ向から異を唱え、国土と自然と国民の幸福を守るために原発は必要なのか、これからの代替エネルギーは如何にすべきか、日本の防衛はどうすべきか、考えていくべき時代になってきているのだ。
神道は古来から自然、祖先を大切にしてきたはずの日本固有の民族宗教である。
198 リベラルさん 2013/06/01(土) 22:40:30
それゆえ例えば新たにビル、マンション建設をする場合でも、稲荷神社の土地には手を出さないように配慮をしてきたのである。
全国八万神社の大元がマフィアに神々を売り渡すとは何事なのか。
日本の権威を装っている銭ゲバをのさばらせておくだけの事ではないのか。
199 リベラルさん 2013/06/05(水) 22:48:44
「宗教右翼」「つくる会」「日本会議」

これまで、日本社会における反動勢力として、日本を守る国民会議、日本遺族会、英霊にこたえる会、軍恩連盟などがよく知られてきた。しかし、これらの団体には、近年、大きな変化が起こっている。その背景の一つに、構成員が高齢化し、組織的力量が急速に減退していることがある。たとえば日本遺族会の中心を担ってきた婦人部の平均年令は、すでに85歳となり、その政治的な影響力を急速に減退させつつある。
 いっぽう、最近、教科書問題や教育基本法の改悪、あるいは女性や在日の人々の権利伸長に対抗し、反動的な運動を活発に進めている勢力に、宗教団体が目立つようになってきた。彼らは、豊富な資金力や組織力を活かし、さまざまな運動を支えているばかりでなく、その大きな動員力によって、選挙において国会議員や一部の首長などにも影響をもつに至っている
200 リベラルさん 2013/06/05(水) 22:50:39
多くの方が御存知でしょうが、文教族議員は、しばしば新興宗教団体を票田とし
て持ってます。たとえば神道議員連盟なんかに参加している議員が多いようで
す。神社本庁と関係があります。戦中に戦争協力した新興宗教と文教族は、戦後
も「左翼潰し」で協力関係にあります。
  参照;K・V・ウォルフレン『日本/権力構造の謎』(早川文庫、1994
年)上巻167P。H・ビックス『昭和天皇』(講談社、2002年)上巻
253p。下巻267−268P。277P。

また文教族の選挙区は、かつて戦犯が政治家していた選挙区としばしば重なりま
す。たとえば森喜朗の選挙区は、ノモンハンの幕僚・辻政信が戦後政治家をして
いたときの選挙区と重なります。
201 リベラルさん 2013/06/05(水) 22:52:18
戦後の文教族は、しばしば特高警察・憲兵上がりが就任してます。1953年に
文部大臣になったのは元内務官僚で日本軍占領下でのシンガポール市長大達茂雄
です。戦後文部官僚には、内務省官僚の流れがあります。
「指導要領」は、1957年から文部大臣をした、旧内務官僚灘尾弘吉が、「占
領政策の行きすぎた民主化を是正するために」教科書統制を目的として、はじめ
ました。教師の「勤務評定」も、校長が日教組教師を恫喝する道具として、灘尾
が導入しました。導入の際には流血もありました。1959年ワシントンでの世
界教職員団体総連合総会で、「日本の、教員の勤務評定」は教育にとっても教員
にとっても有害だと決議され、日本政府に抗議電報が送られました。
参照;K・V・ウォルフレン前掲書 上巻182−185p。
202 リベラルさん 2013/06/05(水) 22:53:43
戦中戦前、機密費をもらった暴力団が右翼としてスト破りなどの暴力行動してい
た流れが戦後も続いて、文教族から依頼されたのであろう暴力団が教職員組合を
しばしば襲撃してます。1968年9月には270の右翼団体が2620人の団
員を動員して日教組大会を妨害しました。児玉誉士夫の右翼組織『全愛会議』は
松葉会などヤクザの支援を受け60年代に15万人以上の会員数となり、労働争
議で680人を入院させてます
203 リベラルさん 2013/06/07(金) 18:56:19
ネットでこういうのをみつけました。
日本でもこういう風にならないように
権力の監視が必要です。

【彼らが最初共産主義者を攻撃したとき】

『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』は、ドイツのルター派牧師であり反ナチス行動で知られるマルティン・ニーメラーによる詩。
たくさんのバージョンが存在するが、その内容は基本的には、迫害ターゲットグループを徐々に拡大していくナチ党に恐怖を感じつつも、「自分には関係ない」と見て見ぬふりをしていたら、自分がいざそのターゲットとなったときには、社会には声を上げることができる人は誰もいなくなっていた、というもの。自分が属するプロテスタント教会に手が伸びる前に次々と迫害されるターゲットグループとしては、共産主義者、社会主義者(社会民主主義者)、労働組合員、ユダヤ人、障害者、カトリック教会、などがあげられる。
強いメッセージ性を持つため、政治への無関心層へ政治への呼びかけとして世界の多くの場所で引用されてきた。
204 リベラルさん 2013/06/07(金) 18:57:35
ナチ党が共産主義を攻撃したとき、私は自分が多少不安だったが、共産主義者でなかったから何もしなかった。

ついでナチ党は社会主義者を攻撃した。私は前よりも不安だったが、社会主義者ではなかったから何もしなかった。

ついで学校が、新聞が、ユダヤ人等々が攻撃された。私はずっと不安だったが、まだ何もしなかった。
ナチ党はついに教会を攻撃した。私は牧師だったから行動した―しかし、それは遅すぎた。

― 『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』,
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206 リベラルさん 2013/06/08(土) 21:51:26
【日本の保守派はなぜ非常識で頭が悪いのか】

ときおり日本の新聞など読んでいると、表題のような疑問が浮かぶ。たとえ相容れない思想であっても、ちゃんと聞けばそれなりに納得のいく話にはなるものなのだが、どうも日本の保守派はまったく理解できないことを言いはじめることが多い。

先日は以下のような記事が新聞に載っていた。

【末代までの教育論】五輪で金メダル獲っても噛むな
特集:末代までの教育論 野々村直道(前開星高校野球部監督)
 「父上様母上様 三日とろろ美味しうございました。干し柿もちも美味しうございました」
こう始まる遺書を残して円谷幸吉選手は自らの命を絶った。
207 リベラルさん 2013/06/08(土) 21:52:35
1964(昭和39)年の東京五輪。マラソン(当時は男子のみ)で銅メダルを獲得、日本中を沸かせた男である。

 国立競技場に、先頭のアベベに続いて入ってきた円谷選手はトラック内でドイツのヒートリーに抜かれ銅メダルに終わる。最後の最後に抜かれたが、彼は一度も後ろを振り向かなかった。父親から「男は後ろを振り向くな!!」と言われ続けてきたからだという。

 東京五輪最終日に展開されたこの劇的なドラマは、中学1年生であった私に鮮明な記憶として残っている。特別に華々しいパフォーマンスをすることもなく淡々と表彰台に登り、少し照れ臭そうに優しく手を挙げて大観衆に応えていた。開催国日本の陸上界唯一のメダルであった。
208 リベラルさん 2013/06/08(土) 21:54:00
そして、期待と重圧の中で迎えた4年後のメキシコ五輪、68(昭和43)年の新年に人生を終えた。享年27。遺書は兄姉や親戚の子どもたちに語りかけたあと次のように締めくくられる。

 「父上様母上様 幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。気が休まる事なく御苦労、御心配をお掛け致し申し訳ありません。幸吉は父母上様の側で暮しとうございました」
彼が陸上自衛隊所属であり“国家の為”を強く意識していたとはいえ、この責任感と自尊心の美しさは何なのだろう。

国を守るため毅然として死地に赴く特攻隊員と似たものを感じる。自殺と呼べば簡単だが、これは“走れない”ことで国家に迷惑をかけるという武士道の“恥”の概念からの「切腹」と同意である。
209 リベラルさん 2013/06/08(土) 21:55:20
ロンドン五輪が始まった。野々村から十箇条の応援メッセージを発信する。

一、選手よ! 自分のためだけに闘うなかれ!

二、国家の栄誉と誇りのために闘え!

三、国に殉ずる覚悟で闘え!

四、国を代表しているのなら国旗と国歌に真摯に向かえ!

五、斉唱中に体をゆすったり首を回したりするなかれ!

六、国旗国歌に敬意を示さぬ者は国民でもなく代表でもない!

七、最高の栄誉である金メダルを獲ってもメダルを噛むなかれ!(メダルは名誉ある勲章)

八、拳拳服膺(けんけんふくよう)して厳かに振る舞え!(こころの扱い方で物にも品格は生まれる)

九、民族としてその精神性を世界に示せ!

十、日本人として振る舞い世界にその格調を知らしめよ! (毎週水曜日掲載)

(紙面から)
210 リベラルさん 2013/06/08(土) 21:56:34
本当に最悪の文章だ。自殺讃美だけでも最悪だが、オリンピック選手への「応援」と称した薄っぺらく中身の無い十ヶ条とやらの醜悪さは正視に耐えるものではない。

よく言われる国旗国歌問題にしてもそうだ。保守派の主張はとにかく「それがあたりまえだ」としか言わない。なぜ国家が国民を守るものであり、国民ひとりひとりが国を愛し国を守ることの大切さを説かないのか。

海外で暮らしたものはみな日本のパスポートを通して国に守られてることを自覚している。日本人であるというだけで、よい思いをしたことも1度や2度ではないはずだ。それは先達が作り上げて来た歴史であり、信頼なのだ。

ところが保守派の主張は「日本はすごいんだ! 信頼されてるんだ!」と言うばかりで「なぜ信頼されてるのか」ということを問わない。どうも先達が作り上げて来た信頼に乗っかっているだけのようにしか見えない。
211 リベラルさん 2013/06/08(土) 21:57:43
ある人がこう言っていた。「いい時代に育った世代は、どうしても出来が悪い。豊さの代償だね」。
いい時代に育った世代とは、言うまでもなく団塊世代とバブル世代である。さらに歴史を遡ると、大東亜戦争の時代の人々もイマイチだったようだ。
彼等はそれぞれ、明治維新から日露戦争の時代、戦後復興の時代、高度経済成長の時代と、日本のよい時代に育ち、はっきり言えば楽して生きて来た世代である。本人たちは苦労したというだろうが、その時代を作り上げて来た世代の苦労に比べればたいしたことあるわけがない。

というわけでふと思って先の記事の著者の年齢を調べてみると……

野々村 直通(ののむら なおみち、1951年12月14日 - )は、島根県出身の高等学校教員、野球指導者、画家。

野々村直通 - Wikipedia
212 リベラルさん 2013/06/08(土) 21:58:53
なるほど60歳、団塊世代の直後くらいか。やはりこのあたりはだいぶ楽して生きられたのであろうなあ。高度経済成長の70年代、80年代に20代30代を過ごしていれば、それは仕事がないということもなかろうし、働けば働いただけお金が入って来る時代であったろう。

しかし、その時代を作り上げたのはその前の世代である。

確かにどうもおかしなことを言うなという人は、バブル世代とその前後や団塊世代とその前後に多い印象はある。根性論のようなことを言いだす人が多い印象は、確かにある。

もちろん世代論の妥当性がどこまであるのかという問題はあるにせよ、概ねおかしな判断をする人たちが多い世代というのはあり、大東亜戦争のようにそれが国を転覆させかねない大失敗を引き起こして来たのも事実と言えば事実である。
213 リベラルさん 2013/06/08(土) 22:00:10
どうも日本人の国民性として、環境要因を否定しがち、あるいは軽視しすぎなのではないかという疑念がある。うまくいかないことを環境のせいにしてはいけない、というようなことは非常に強い倫理観として機能している。
だが実際には環境を乗り越える程の個人の力というのはそうそう身につくものではない。逆に言えば、環境がよければ凡人でもそれなりのスキルも身についていくし、よい業績は残せるのである。

もちろん悪い環境にいるからといって突破口も探さず文句ばかり言ってるのはよろしくないが、冷静に環境を分析しなければ、環境要因による成功も自分の力だと思い込んでしまうのではないか。
よい国はよい国民が作り、よい国民はよい国が作るのだと思う。戦後世代やロストジェネレーションは、バブル世代や団塊世代にきっちり説教してあげたほうがいいのではないか。君たちの成功は時代のおかげ、君たちの能力ではないのだよ、と。

これ以上醜悪に変形したナショナリズムをまき散らす前に。
214 リベラルさん 2013/06/14(金) 14:26:20
日本よい国 きよい国 世界に一つの神の国 日本よい国 強い国 世界にかがやく えらい国
(文部省唱歌)

この歌には、間違いが一つある。
確かに、日本は神国と言われていて、その通りであろうが、
日本だけが神国であるという証拠は何もないし、
第一この宇宙は創造主である、神が創造したものであるならば、
特定の国だけが神国であるということはあり得ない。
もちろん、それぞれの国によって、天命の違い(使命の違い)
はあると思う。もし、日本の国だけが神国ならば、神の
公平性はないということになる。他の国は、動物の国か、という
見方に陥ることになり、人種差別の原因になりかねない。
この宇宙を一つの家と考え、「八紘為宇」を説いた
神武天皇の考えと違うということになる。
215 リベラルさん 2013/06/15(土) 13:52:01
●清き明き心

【くもりなく、すがすがしい心】

日本には古来、神道(しんとう)という宗教があります。神道は、私の知る限り、世界中でユダヤ教にのみ、きわめてよく似ています。また、とくに古代ユダヤ教に非常によく似ている、といってよいと思います。
 この神道の中心的な伝統として、「清き明(あか)き心」(清明心)があります。清く明るい心と書く。くもりなく、すがすがしい心です。やましさのない、晴れ渡った心。邪心のない、二心でない、清らかな心です。神様の前にそういう心でいることが一番大切なのだ、という教えです。
 この清き明き心は、日本人が美徳とする正直、誠実、思いやり、忠実などの土台となったものです。また、卑怯(ひきょう)なことをしないなど、人間の様々な徳の基礎となるものです。私は、清き明き心という神道の教えが古来、日本人というものをつくってきたと考えています。 
216 リベラルさん 2013/06/15(土) 13:53:25
日本人が大切にしてきた心

 かつて1976年、中国で唐山大地震という巨大地震がありました。死者が数十万人出たといいますから、関東大震災の約二倍も死んだ。しかし、その本当の災いは地震のあとに始まったのです。
 被災地の近辺の農民たちが、被害者の家々を次々に襲い始めました。まだ息の絶えていない人たちを横目にみながら、彼らは次々に略奪を始めました。家財道具から腕時計まで、ありとあらゆるものを盗んでいきました。被災地には、中国の軍隊が出動しましたが、いくら銃撃を続けても、農民たちは屍を踏み越えて襲ってきたといいます。
 このようなことは中国では珍しいことではなく、昔からよくある光景だという。日本では考えられない光景ですね。ですから、かつて日本で阪神淡路大震災が起きたときに、中国文壇の最長老、柏 楊氏が、テレビで神戸の市民たちの状況を見て驚嘆したそうです。
217 リベラルさん 2013/06/15(土) 13:54:31
略奪行為が全く起きない。そして救援活動が整然とした秩序の中に行なわれていました。その光景を見た彼は、深く感動を覚えたと語りました。
 「日本人はすごい! 中国は日本に勝てない」
 と彼は言いました。日本人の優しい心と、法と秩序を守る精神に、彼は舌を巻いたというのです。ここに、私たちがふだん気づかない日本人の「清き明き心」があります。
 また今から一八〇〇年近く前、三世紀に、中国で書かれた『魏志倭人伝』という本があります。中国人が当時の日本をみて、その生活や風習を記しているものです。その古代の本に、日本人は、
 「窃盗をせず、訴訟も少ない」
 という記述があります。日本人が古来、穏健で道徳的な生活をしていたことがうかがえるのです。反対にいえば、それだけ中国には窃盗や訴訟が多かったということでもあります。
218 リベラルさん 2013/06/15(土) 13:55:55
日本では古くから、清き明き心を大切にしてきたのです。
 かつて第二次世界大戦の末期、まだ戦争が終わらない頃に、アメリカのルーズベルト大統領が病気のために急死しました。そのとき、ニュースを耳にしたドイツのヒトラーは、
 「運命が史上最大の戦争犯罪人、ルーズベルトを地上から取り除いた」
 と発表して、ドイツ国民は大喜びしました。バンザイを叫んで躍り上がった。
 ところが日本はどうだったかというと、日本の鈴木貫太郎首相は、そのときアメリカ国民に向けて、謹んで心からお悔やみ申し上げますという、弔意を表す談話を発表したのです。そして心を込めた弔電を打ちました。
 戦争中のことですよ。日本は敵国アメリカの国民に対し、深い哀悼の意を表しました。これは当時、アメリカ人に、日本の武士道精神の発露として大きな感銘を与えたのです。

また当時、アメリカに亡命していた作家のトーマス・マンというドイツ人がいたのですが、彼も、
 「ドイツではみな、万歳万歳と叫んでいるのに、日本の首相は敵国の大統領の死を悼む弔電を送ってきた。やはり日本はサムライの国だ」
 と言って、日本人の礼節の心に賞賛の言葉を送りました。
219 リベラルさん 2013/06/15(土) 13:57:46
日本には昔から、死ねば敵も味方もない、安らかに眠ってくださいという死者への弔いの気持ちがあるのです。これも、清き明き心です。

聖書の伝統でもある、この「清き明き心」を大切にする日本の伝統は、いったいどこから来たのだろうかと、私はよく疑問に思ったものです。しかしどうもこれは、いろいろ調べてみても、中国から来たものではない。朝鮮半島から来たものでもない。
 ところが、聖書にこう書いてあるのです。申命記一〇章一七、一八節に、
 「あなたがたの神、主は……かたよって愛することなく、わいろを取らず、みなしごや、やもめのためにさばきを行ない、在留異国人を愛してこれに食物と着物を与えられる」
 と。これは「清き明き心」の源泉ではありませんか。
 神は「かたよって愛することのない」かたである。敵でも味方でも、また善人にも悪人にも太陽をのぼらせ、雨を降らせてくださる。さらに「わいろを取らず」、私利私欲では動かないおかたである。日本の明治維新を成功させた人々をみると、どの人も、私利私欲では絶対動かない人でしたね。わいろを幾ら積んでも、ビクとも動かない。国のため、公のためでないと動かない人たちでした。
220 リベラルさん 2013/06/15(土) 13:59:13
また、神は思いやりのあるかたである。みなしごや、やもめ、在留異国人に対しても、思いやりを示すおかた。だからイスラエル人も、そのような者でありなさい、と教えられているわけです。神に似た者になりなさい。神がこのようなおかたなのだから、あなたがたも、そのような者になりなさいという教えです。

 そのために、イスラエル人の中に「清き明き心」が形成されました。
 たとえば、清き明き心は、あのイスラエルの王ダビデにもみることができると思います。ダビデが罪を犯してしまい、王位を追われ、エルサレムの山を下ろうとしていたときのことでした。シムイという男が近づいてきて、ダビデに向かって悪口と、のろいの言葉をさんざん言い放ちました。そのときダビデは言ったのです。
 「ほうっておきなさい。彼にのろわせなさい。……たぶん、主は私の心をご覧になり、主は、きょうの彼ののろいに変えて、私にしあわせを報いてくださるだろう」
 と。ダビデは、いさぎよい心を持っていました。
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222 リベラルさん 2013/06/15(土) 14:02:36
源実朝が詠んだ歌に、
 「山は裂け 海はあせなむ 世なりとも 君に二心わがあらめやも」
 とあります。たとえ山が裂け、海が干上がってしまうような世の中が来ようと、吾が君に二心を持つようなことがありましょうか。謀反の心を持つようなことがありましょうか。いや決してありません、との歌です。二心のない、清き明き心を持って主君に仕える。それはダビデの信条であり、また多くの日本人が信条としてきたものです。
 ユダヤ人は、二心というものを嫌いました。新約聖書にも、
 「二心の人たち。心を清くしなさい」(ヤコ四・八)
 と書かれています。二心のない、清らかな、すがすがしい心が、清き明き心なのです。

イスラエルの出エジプトの指導者モーセも、その清き明き心を持った人でした。あるときイスラエルの民が罪を犯して、神の裁きが下りました。しかしそのときモーセは、神様の前に出て祈りました。、
 「この民は大きな罪を犯してしまいました。…… 今、もし、彼らの罪をお赦しくだされるものなら……。しかし、もしも、かないませんなら、どうか、あなたがお書きになったあなたの書物から、私の名を消し去ってください」(出エ三二・三一〜三二)
223 リベラルさん 2013/06/15(土) 14:04:19
モーセは、自分が身代わりになってもいいですから、どうか民の罪を赦してくださいと願い出たのです。彼は熱誠の人でした。無私の人、曇りなき愛の心の人だった。清き明き心を持った人でした。
 モーセは本当に偉大な人でしたね。出エジプトの栄光のときも堂々としていました。また民が罪を犯してしまい、イスラエルがみじめな状況に陥ったときも、清き明き心を失わなかった。
 まわりの状況がどう変わろうと、彼の清き明き心、清らかな堂々とした大きな心は変わりませんでした。白隠禅師が詠んだ歌に、
 「晴れて良し 曇りても良し 富士の山 元の姿は変わらざりけり」
 とあります。晴れても曇っても、富士山の美しさは変わらないと歌いました。周囲の状況に関係がない。私もそのような者でありたいと思います。日本人が、清き明き心という言葉で表してきた理想の姿というものがそこにあるのです。
224 リベラルさん 2013/06/15(土) 14:16:38
こうして見ると,
日本の神道も、イエスの言わんとしている事も
結局は同じ事のようです。
神の前には、敵も味方も無い、全ては同じ生命を
神と言う名の大生命から頂いてこうして生きている
いや、生かされていると言うことなのでしょう。
従って、何時もマスコミを賑わわす、靖国の参拝問題も
この視点から鑑みれば、日本人の真の宗教精神とは
何かが判るのではないかと思います。
右も左も靖国の問題でくだらない対立をしていると言うのは、
神の眼からみれば、何をバカバカしい争いをしているのか
と言いたくなるでしょう。

日本人が真の宗教精神を把握し、マスコミのくだらない
報道に一喜一憂しないで、又、政治家も国のために亡くなった
人たちだけを英霊扱いせずに、真の弔いの精神で、
上記に述べたような精神を持つ事が大切なのです。
225 リベラルさん 2013/06/15(土) 14:23:51
日本文明の根幹

 清き明き心は、日本神道の中心です。土台です。ちょうどユダヤ人に「ユダヤ教」という民族宗教があるように、日本人には「神道」という民族宗教があって、清き明き心は、その日本神道から来ています。
 民族宗教とは、特定の民族に固有の宗教をいいます。キリスト教や、イスラム教、仏教などは、民族を超えた宗教なので、世界宗教といいます。それに対して、ユダヤ教は「ユダヤ人のための宗教」です。神道は「日本人のための宗教」です。これらを民族宗教といいます。
 そして、ユダヤ人におけるユダヤ教、また日本人における神道は、それぞれの民族性を形成する上で決定的な役割を果たしました。またユダヤ教と神道は、互いに非常によく似通った宗教です。
 このような決定的な影響を与えた民族宗教は、中国や韓国にはありません。中国や韓国には、仏教や儒教はありましたが、神道のような民族宗教はありませんでした。これは日本に特有のものなのです。
226 リベラルさん 2013/06/15(土) 14:25:11
サミュエル・ハンチントン教授は、その著『文明の衝突』の中で、世界を七大文明圏に分けて考えています。教授によると世界は、西欧文明、東方正教会文明、イスラム文明、ヒンドゥー文明、ラテンアメリカ文明、中華文明、そして日本文明という七大文明圏に分けられるという。日本だけが単独で文明圏をつくっているというのです。日本の文明は、中華世界つまり中国や韓国などの文明圏とも全く違うという。一緒にくくることはできない。
 日本人と中国人は、顔は似ているかもしれないけれども、民族性も文化も全く違うわけです。両者は同じ漢字を使ってはいますが、考え方も感じ方も全く違うわけです。
 そして日本文明というものは、ユダヤの文明と同じく、世界に巨大な影響を与えてきたのです。以前、人種差別世界を打ち壊したのが日本だと話しましたが、それも日本が与えた影響の一つです。日本人の多くは気づいていませんが、日本は世界史的な働きをしてきたのです。

227 リベラルさん 2013/06/15(土) 14:26:25
この日本の文明、またその特有の民族性を築いてきたものが、神道であり、清き明き心です。もう少し、清き明き心の実例をあげましょう。
 日露戦争中のことでした。日本軍に捕まったロシア人捕虜の収容所が、四国の松山にありました。そこには約六〇〇〇名のロシア人捕虜が収容されていました。そのとき、県は、
 「捕虜は罪人ではない。祖国のために奮闘して敗れた心情をくみとり、一時の敵愾心(てきがいしん)にかられて侮辱を与えるような行動はつつしむこと」
 と県民に訓告していました。この松山に来た捕虜の大半は、傷病兵でした。彼らに対し赤十字の医師や看護婦らは、懸命に治療と看護に当たりました。手足を失った者には、当時の皇后陛下より、義手や義足が贈られました。
 当時捕虜だったF・クブチンスキー氏は、日記にこう書き記しました。
 「敵国でこのようなやさしい思いやりを予期したであろうか……。医師や看護婦の献身的な心配りは、真の人間愛の表れである。それは神聖にして不滅のもので、キリストの愛と名づけられるものである」
228 リベラルさん 2013/06/15(土) 14:31:33
もちろん、当時そこで看護に当たった医師や、看護婦たちのほとんどはクリスチャンではありませんでした。しかし彼らは、日本に伝わる「清き明き心」に従って、行動したのです。その行動は、ロシア人捕虜の目には「キリストの愛」があふれたものに映りました。

「あなたがたの神、主は……かたよって愛することなく……在留異国人を愛してこれに食物と着物を与えられる」
 との聖書の御言葉が、インナー・トーラーとして日本人の中で生きていたのです。
 当時、ロシア軍といえば、占領した地域を略奪し、強奪の限りを尽くした強盗のような野蛮な軍隊として恐れられていたものです。しかしそのロシア軍にいたロシア兵が、日本に捕らえられて、捕虜収容所でみた日本人たちの姿は、まったく別世界のものでした。
 キリストの愛を持っているように見えた。その秘訣は、清き明き心だったのです。これは神から来たものです。
229 リベラルさん 2013/06/15(土) 14:33:10
敵の忠魂碑さえ建てる心

 また日露戦争後の明治四〇年、日本政府は、戦死したロシア兵たちのための忠魂碑を建てています。慰霊のための碑、慰霊碑ですね。まず敵兵のために碑を建てた。そしてその二年後に、戦死した日本兵のための忠魂碑を建てています。
 ロシアの戦死者たちのためのその碑は、旅順の二〇三高地の東側の山の麓にあります。山口県からわざわざ大理石を運び、非常に大きなロシア正教風のチャペルと共にそこに建てました。除幕式にはロシア側も呼んで、日本の乃木大将も参列しました。ロシア人は非常に感激して、
 「いままで世界の歴史において、敵の忠魂碑を建てた国は日本が初めてである」
 と、みな感涙にむせび、ロシア語で「ウラー」(バンザイ!)と叫んだといいます。

こういう歴史は、日本では昔からあるのです。たとえば鎌倉時代に、モンゴル軍が攻めてきた「元寇」がありましたね。そのときモンゴル軍にもたくさんの戦死者が出ました。モンゴルと一緒に来た高麗軍にも、また日本の武士たちにもたくさんの戦死者たちが出ました。そのとき、北条時宗は、戦死した敵味方を弔うための寺を建てました。それが鎌倉の円覚寺です。
230 リベラルさん 2013/06/15(土) 14:34:26
またその後、楠木正成が後醍醐天皇を奉じて兵をあげて、鎌倉勢と戦ったことがあります。大阪の赤坂村という所に行ってみると、そこに楠木正成が建てた墓があります。味方の墓と、敵の墓が並んで建っている。味方の墓は「味方塚」と書いてありますが、敵の墓は「寄せ手塚」と書いてあります。敵とは書いていない。そしてなんと、その敵の墓の方が大きくて立派です。敵も死ねば、味方あるいはそれ以上に弔うという気持ちが、日本人の心だったのです。
 私は日本を思うとき、一体このような民族がいったい他にあっただろうかと思います。何という清き明き心だろうか。わけ隔てしない。偏って愛することをしない。日本文明というのは、そういうところから生まれてきたのです。
 また、かつて幕末の時代に駿河湾沖で、政府軍と幕府軍の船が戦ったことがありました。そのとき、幕府軍の船は敗れて、沈没しました。しばらくして、駿河湾にその戦死者たちが打ち上げられました。
231 リベラルさん 2013/06/15(土) 14:36:42
政府軍からみれば、幕府軍の戦死者たちは賊軍でした。しかしそのとき、戦死者たちを集めて丁重に葬ったのが、清水の次郎長です。彼は実在の人物で、本名を山本長五郎といいますが、
 「死んでしまえばみんな仏じゃないか、野ざらしにするなんてとんでもねぇ」
 と言って、彼らを丁重に葬ったのです。死人に対して温情を示す日本の文化がそこにあります。旧約聖書のルツ記に、ナオミがボアズのことを聞いてルツに言った言葉として、
 「生きている者にも、死んだ者にも、御恵みを惜しまれない主が、その方を祝福されますように」(二・二〇)
 と記されています。

ユダヤ人は、神は「生きている者にも死んだ者にも御恵みを惜しまれない」かただと理解していたのです。神は生者にも死者にも温情のあるかたである。だから私たちユダヤ人も、生者にも死者にも温情のある者とならなければならない、という観念がありました。
 同様に日本にも、古来、生者にも死者にも温情を示す風習が伝わっているのです。これも清き明き心の表れと言ってよいでしょう。このように日本の伝統は、ユダヤ人、また聖書の教えに不思議にも深くつながっているのです
232 リベラルさん 2013/06/27(木) 23:16:42
●国家神道の実体

日本を戦争へ暴走させた原因は国家神道を抜きにしては考えられない。
 天皇を現人神(あらひとがみ)として絶対化し、古事記・日本書紀を唯一の神典とした国家神道は、明治維新から昭和20年の敗戦に至るまで約80年間、国民全体を支配していた。しかも他の宗教を超越した国教として、その教義に合致しない信仰を排除・禁圧し、国民の生活や意識のすべてにわたって深い影響を及ぼした。
 戦後、アメリカの民主主義が導入されると、まるで憑(つ)きものがとれたように日本人はアマテラスオオミカミを忘れ去り、天皇は人間宣言によって象徴的存在となり、政教分離による平和憲法が神道に取って代わった。
 それにしても、もともと神道とは何であったのか、参考文献をもとにさかのぼって考え直してみたい。
 本来、古神道には文書として記録した教義はない。それは日本の風土に密着した生活習慣であったという。つまり、豊かな自然ときれいな水に恵まれた島国である故に、山川草木に神が宿る自然崇拝が生まれ、ハライ、ミソギによって身心の穢れを浄めることが何より大切な伝統となった。
 
233 リベラルさん 2013/06/27(木) 23:18:02
さらに1万年前までさかのぼる縄文時代の遺跡発掘やアイヌ文化によって推定されるところでは、火と水の神を中心として「独り占めしないオキテ」のもとに共同体を形成し、魂の生まれ替わりを信じて生活していた。例えば青森県の三内丸山遺跡では、約2千年にわたって500人ほどの縄文人たちが同じ地域に生活していたことが推定されている。

やがて3世紀に入ると、強大な権力者の支配を示す古墳が造営されるようになり、海外から渡来した部族によって縄文人が追い払われ、8世紀には天皇の祖先を祀る天つ神を中心とする記紀神話がつくられる。その中には古くからの自然神の他に生殖や創造の力を表すムスビの神とともに、天皇の祖先となる人格神が天孫降臨によって日本を治める使命を与えられる。
 これらの神話に共通するのは、八百よろづの神といわれる多神教であり、神と人との間に断絶がなく、人を神として祀ることは当然とされたことである。
 
 村上重良氏(宗教学者)によれば、神道は自然発生的な神社神道、仏教や儒教と混合した習合神道、天皇の祖先神を祀る皇室神道に分類される。
 
234 リベラルさん 2013/06/27(木) 23:19:32
明治維新の原動力となった王政復古・尊皇攘夷の思想は、万世一系の皇室を比類のない日本の伝統として「一君万民」を希求する幕末の志士を奮い立たせた。それまでの時代は朝鮮・中国から伝わった儒教が学問の中心であったが、日本にしかない天皇の歴史的な自覚から国学がもてはやされるようになった。

当時の国際情勢は、欧米の帝国主義はアジアに触手を伸ばしていた。イギリスは中国とのアヘン戦争に勝って中国を侵略し、帝政ロシアは樺太から北海道を窺っていた。ついにアメリカが浦賀に黒船を乗り入れて通商を強要するに至ったが、鎖国の夢を破られた幕府はまともに対応する能力を失って右往左往するだけであった。
 尊皇の志士・吉田松陰は、その黒船に乗り込んでアメリカへ密航を企てて果たせず、幕府の禁を犯して捕らえられたが、日本を統一して植民地化から守ろうとする大志は、後に続く倒幕の志士たちに強烈な影響を与えた。明治維新によって日本は初めて民族国家となり、欧米と対等に外交する文明国の仲間入りをした。
 
 
235 リベラルさん 2013/06/27(木) 23:21:04
但し、欧米の制度や文明文化を輸入することはできても、その精神的なバックボーンとなっているキリスト教だけは取り入れるわけにはいかない。欧米諸国はキリスト教の伝道を使命として植民地拡大を正当化している。そこでキリスト教の代わりに、国家神道を国教として徹底的に国民を教化し、帝国主義国家の体制を固めようとした。

それは皇室神道の下に神社神道を再編成した政治的な作為による国教であった。古くから権威を保っていた京都の吉田神道も廃止された。神仏分離を掲げて寺院を破壊する極端な行為も是認された。例えば奈良の興福寺五重塔は個人に250円で売られたが、壊す費用が高くつくので破壊を免れたという。

さらに明治政府は、イエス・キリストの代わりに天皇陛下を、聖書には古事記を当てはめて、一神教のごとく他の神々を異端として抑圧した。皇室の祖先である天照大神を最高神とし、それ以外の信仰を禁圧した。思想や言論の自由も同様に抑圧し、国家神道に違反する者を投獄した。小学校に天皇陛下の御真影(写真)や勅語を奉安殿に祀り、神として最敬礼すること、天皇のために命を捧げることが強制された。
236 リベラルさん 2013/06/27(木) 23:22:25
天照大神を祭神とする伊勢神宮が聖地となり、皇室神道に儒教をプラスした教育勅語を教典として国粋主義の教育が行われた。忠君愛国、滅私奉公、忠孝一致、一億一心、、神州不滅、武運長久等々、今ではすっかり忘れられた標語が全国民の耳目を覆いつくした。
 事実、国内では極度の耐乏生活にもかかわらず泥棒その他の犯罪は殆どなかったが、その代わり戦地では戦死者が200万を超え、南方戦線の島々で戦死した兵士の6割ほどが、じつは餓死であったという悲惨な地獄絵図がくり広げられた。

国家神道は、まさに疑似キリスト教であった。これは個人の主観的な主張ではなく、小室直樹氏ほか専門の学者が指摘しているところでもある。
 中世以来のキリスト教は、十字軍をはじめとして異教徒の処刑・殺害を見許していた。そのキリスト教を国教とする西欧諸国は、アジアをはじめ世界各地の植民地化に乗り出し、伝道者がその先兵となっていた。アメリカの悲惨な奴隷制度は、すべて西欧のキリスト教国による人種差別の産物であった。「
237 リベラルさん 2013/06/27(木) 23:23:28
八紘一宇」(天皇の威光を世界の八方に拡げ一つの家にする)を旗印に掲げた超国家主義の軍部独裁による「聖戦」は、まさに欧米諸国の模倣であった。しかも国内では、天皇の名の下に一切の自由を抑圧して無謀な戦争へ突入し、民衆を赤紙一枚で戦場へ駆り立てた。治安維持法、不敬罪、宗教団体法などの悪法が次々に制定施行された。国民の人権は全く認められず法律で禁圧された。

こうした社会を正当化する大日本帝国は、前述の通り疑似キリスト教というべき国家神道を根底にしていた。植民地獲得の戦争を聖戦と信じさせるために国家神道が果たした役割は大きい。
 
 明治以来の大日本帝国は欧米の尻馬に乗って、欧米に遅れじと武力による植民地獲得と支配の野望を追求しようとした。しかし、満州・中国への勢力拡大が英米両国の利害と衝突するのは当然であった。ついにアメリカは日本に対して石油の禁輸を通告し、満州・朝鮮・中国における権益からの全面的な撤退を要求した。この強硬な外交方針が日米開戦の直接的なきっかけとなった。
 
238 リベラルさん 2013/06/27(木) 23:24:40
日本人だけでも310万人の死者と都市の破壊、衣食住の苦難を国民に与えた軍部政権が敗戦によって崩壊したことは、結果として民主主義による再生を可能とした。それまで日本人の心を縛っていた国家神道は憑きものが落ちたように忘れ去られた。
 皇室以外に身分制度はなくなり、天皇も人間宣言をして権力から分離された。男女同権、差別撤廃、農地解放、福祉充実など自由・平等の政策が推進された。その代わり、それまで日本人の心を一つに結集していた天皇を中心とする一体的観念(アイデンティティ)が失われ、精神的な空白状態が今に至るまで続いている。
 戦後の日本人は、戦時中に味わった困窮の裏返しで、経済的・物質的繁栄を目標に走り続けてきた感がある。

本来、自由とは“権力からの自由”であり、平等とは“人権の平等”を意味している。この民主主義の原則をはき違えて、社会を無視して己れの欲望を満足させる自由や、努力を無視して結果の平等を求める現状では、社会の混乱が増大するばかりである。
 
239 リベラルさん 2013/06/27(木) 23:25:45
本来の日本の伝統は、一神教を基盤とする欧米と違って、自然・社会と自分が一体となって共生する多神教的な「和」のシステムにあることを改めて想起しなければならないと思う。<参考文献>
村上重良『国家神道』(岩波新書・1971)

 国家神道についての客観的な論文は、上記の村上氏の本しか見当たらない。過去を「水に流す」日本人の体質が、ここにも現れている。敗戦と同時に、それまで大日本帝国の精神的基盤となっていた神道は敝履(破れた履物)のごとく捨て去られたのである。
 
240 リベラルさん 2013/06/28(金) 22:51:21
前にも述べたように、靖国神社は日本人本来の精神的
伝統にそぐわない。英霊を祭ると言えば聞こえは良いが
これを管理していたのは軍部である。天皇に忠誠を尽くしたものだけが
祭られると言うのはおかしな話だ。これは、天皇自身の
御心にも反する。日本の天皇は、天の御心である神の御心を
反映している存在なのである。神の御心には敵も味方もない。

この事は、合気道の開祖の植芝翁も合気の精神と天(創造主)の
御心は同じであり、その心は、「万有愛護・生成化育」であると
言われているのだ。それが真の神道の心である。
天地の理法は、誰もこれを変更する事は出来ないのである。
我々人間側がこの理法に従って生きていかねばならないように
なっているのである。それが真の日本の伝統であり、宗教の
真髄であり、誰もこの道から外れては生きられないのだ。
それを過去の聖者方は教えていたのである。
241 リベラルさん 2013/07/10(水) 23:26:57
●靖国神社の性格

靖国神社はもちろん国家神道の中の一つの神社としての位置づけをもつわけですが、この神社は他の神社と違った特別な性格をもっています。

他の神社は過去の神さまを祀ったお宮であるわけですが、この靖国神社だけは過去の神さまだけではなくて、未来の神さま、つまり、新しく次々と祀られる神さまが増え続けていくという仕細みになっています。

神社には例大祭とか、新嘗祭といった大きな重要な祭りが定められていますが、靖国神社、各道府県の護国神社だけには「合祀祭」という大祭が設けられています。

つまり、靖国神社は常に新しい神さまがつくられ、それが神さまとして祀られていく神社であるわけです。
242 リベラルさん 2013/07/10(水) 23:28:23
●神様になる資格

そこで、靖国神社の新しい神さまになる資格は何かということが問題になります。
先ず天皇に忠義を尽くして死んだということが第一の条件ですが、その上に戦争で死んだということが条件になっています。

それでは、戦争で忠義を尽くして死んだら誰でも祀られるかというと、必ずしもそうはいきません。
祀られるには天皇に直属しているという身分が必要です。
その身分のない人は、軍隊と一緒に戦っても靖国神社の神さまには祀ってもらえません。

つまり、あくまでも天皇の軍隊に所属する軍人として、あるいは天皇の官吏、お役人として戦事の公務に従事していて死んだ、戦争で死んだということが条件です。
身分とか死に方によって祀られるか祀られはいかという差があります。
こういう宗教はめずらしいと思われます。
243 リベラルさん 2013/07/10(水) 23:29:35
まず神として祀られるか祀られないかという条件、身分が問題になり、それから、祀られるにしても、同じ戦没者であっても、戦闘中に弾に当たって亡くなったのか、あるいは病気で亡くなったのかでは差がつけられます。

靖国神社に神さまに祀られた人の名簿である祭神名簿がありますが、その名簿には、病気で亡くなった軍人については「特旨をもって合祀」と、つまり本来ならば、病気で死んだのは犬死だから靖国神社の神さまになる資格はないのだが、天皇の特別のお恵みをもって神さまに祀るのだという意味が、そのように書き分けられています。

弾に当たって亡くなった戦没者と病気で亡くなった戦没者とでは、はっきりと差別待遇されているのです。
(現在は、こういう差別はないとの御指摘もありました)
もちろん、祀られた日付も違います。

必ず戦病死した戦没者の合祀は、弾に当たって亡くなった戦没者よりも遅らせて祀り、わざと時期を遅らせることによって、扱いの違いを示すことが行なわれています。
このように何重にも差がつけられたかたちで靖国神社の神に祀られるのです。
244 リベラルさん 2013/07/10(水) 23:30:44
これは同時に、天皇のために忠義を尽くしたということが、どういう死に方をしたかということで判断されるということです。
天皇の軍人・公務員として戦場で弾に当たって死んだとき、最も天皇に対する最大の忠節を尽くしたという評価になるのです。

その次が天皇の軍人・官吏として戦争に行って、病気にかかって亡くなったときで、それ以外はいくら戦闘の最中に弾に当たって死んでも、一般の民間人であれば靖国神社の神さまに祀られる資格はないという差がつけられています。
245 リベラルさん 2013/07/10(水) 23:32:05
●靖国神社の目的

そういう資格が要求されるのは、戦没者を神に祀るということは、もちろん忠魂を慰めるという意味が込められていますけれども、それ以上に、あとに残った生きている国民に、天皇に対して今後ますます忠義を尽くせという意味をもっています。

そのためには、忠義を尽くすとはどういうことなのかをはっきりさせておく必要があるということで、神に祀られる条件を厳しく決めたといえます。
天皇の官吏・公務員・職業軍人は、自ら希望してそういう職に就くのですが、それ以外は徴兵制度によって義務として軍隊に入った人で、靖国神社の神さまとして祀られている大部分は、徴兵によって戦争に連れて行かれて死んだ戦没者です。

したがって、ますます忠節を抽きんでよということの意味が、天皇に直属する身分であって、民間人ではないという身分が限定されることにより、徴兵制度のもとで兵隊にとられ兵役の義務に服し、戦争に行って天皇のために戦って死ぬということが国民の最大の天皇に対する忠義なんだということを際立たせるのが、靖国神社の一つの目的であります。
246 リベラルさん 2013/07/10(水) 23:33:16
国家宗教・軍隊宗教としては、神道は死者の霊魂を慰めるよりは、むしろまだ生きている軍人兵士・国民を励ますお祭りということが重要なわけで、したがって、靖国神社の神さまが増え続ければ増え続けるほど、逆に生きている国民に対しての天皇に忠義を尽くせという励ましが大きくなります。

だから、単に死者の霊を慰めるのではなく、生きている人間が喜んで天皇のために死んでいく、そのための励ましとする神社、それが靖国神社なのです。
護国の兵士たちの霊である靖国の神々は、わが父や、母や、妻や、子、そして美しい郷土を守る兵士では駄目なのです。
護国の神とされるのは、万世一系の国体を守る天皇の兵士であるということに限らざるをえなかったのです。

昭和60年の夏、公式参拝のおり、
「戦没者を祀る靖国神社を国の手で維持しないで、これから先、誰が国のために死ねるか」
ということを当時の中曽根総理大臣自身が発言しています。
247 リベラルさん 2013/07/10(水) 23:34:30
これから将来、国のために命を捨てさせるために過去の「忠魂」を靖国神社に祀るのだということです。

昭和四十四年、国会に初提案されて以来、五回も廃案になった靖国法案が、最近、天皇や首相が公人として参拝できるようにという、靖国公式参拝という形で、再び戦前の靖国神社がそのまま復活をする方向が出てきています。
この動きの行きつくところは、靖国に祀る新しい神々を生み出すこと、つまり、再び戦争への道へとひた走る結果となってしまいます。
248 安保さん 2013/07/11(木) 22:04:05
リベラルさんへ

★『だから、単に死者の霊を慰めるのではなく、生きている人間が喜んで天皇のために死んでいく、そのための励ましとする神社、それが靖国神社なのです。』

この文言からは靖國神社への悪意しか感じないが、「よろこんで国(天皇陛下)の為に死んでいく、その励ましの神社」が靖國神社だと私は思っているが、貴方はそれに何か文句があるのか?このような悪意に満ちた靖國解説は読んで気分が悪い。
249 安保さん 2013/07/11(木) 22:07:39
リベラルさんへ

★『最近、天皇や首相が公人として参拝できるようにという、靖国公式参拝という形で、再び戦前の靖国神社がそのまま復活をする方向が出てきています。この動きの行きつくところは、靖国に祀る新しい神々を生み出すこと、つまり、再び戦争への道へとひた走る結果となってしまいます。』

戦争への道をひた走る?・・・一体何を寝言を言っているのか?「日本国民の命を守り領土領海、誇りと名誉を守るために、それを侵そうとする敵対国と、一朝有事あれば戦うことも辞さず」という覚悟と備えを磐石にすることこそが戦争を防ぐ道だろう。靖国神社公式参拝は、英霊への感謝と哀悼の意を表すと共に、「後に続く者」としての覚悟を誓う参拝でもあるはずです。

観念的平和論者のつまらぬ言動こそが敵国からの戦を誘い靖國に祀る新しい神々を生み出す。それすら分からないですか?それこそ少年少女の平和幻想であり、現行憲法の前文だ。「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」・・・貴方の知識には敬意を表すが、読んで気分の悪い文章からは得るべき物はない。
250 安保さん 2013/07/11(木) 22:25:05
リベラルさんへ

212 
★『大東亜戦争のようにそれが国を転覆させかねない大失敗を引き起こして来た』

大東亜戦争が大失敗か?百年或いは二百年後には世界史に燦然と輝く誇らしい「戦争」となると私は思っている。先人が「やむにやまれぬ戦い」として開戦に踏み切り、国民一丸となって戦った大東亜戦争をそんな風に中傷するしか出来ない日本人を不幸に思う。

大東亜戦争を「国を転覆させかねない」というが、それは大東亜戦争に限らないだろう。戦争とはどんな戦争でも、開戦後は何が起きるか不確定要素が多く、国を転覆させかねないのは当然だ。勝てるから戦い、負ける可能性が少しでもあれば、戦わず敵の軍門に下り奴隷になるのか?それとも隷属の道を歩むのか?

日露戦争はどうだ、戦前の勝算はどれほどあったと思うのか?日清戦争も同じだ。日本人なら先人が大儀を掲げて戦った戦争を軽々に「大失敗」などと言うな。恥を知れ!私の文言の失礼の程はいつもことだ。詫びない。無視するもよし。
251 リベラルさん 2013/07/11(木) 22:29:49
靖国神社の存在は、その生い立ちからもお判りのように、
明治政府が国家神道という、疑似宗教を欧米のキリスト教
のような一神教的なタイトな信仰形態を日本に持ち込み、
イエスの代わりに天皇を持ち出して来て、国民の精神的な
支柱と為し、富国強兵策を補完するために、従来の
多神教的な日本民族の信仰形態を封じ込めた、
所謂、「国家神道」のシンボル的な存在として
あるのです。

日本人の伝統的な信仰形態は、決してそういう明治政府の
作り上げた疑似神道ではありません。日本の真の伝統的
信仰形態は、明治以前の素朴な多神教的な民族宗教としての
「神道」であります。小生が何時も言うように、真に天皇や
皇室を尊崇する気持ちが在るのであれば、
「天皇に軍服を着せようと考えるな」という
精神です。
252 リベラルさん 2013/07/11(木) 22:37:11
明治時代としては、欧米列強から日本を
防衛せんがために、やむを得ず天皇を中心とした
国民の意識を統一するため、天皇を皇室を
陸・海・空の三軍の長として、そういう形態を
取ったのでしょうが、それは過去のことであって、
今後のあり方としては、望ましいあり方とは
言えません。何度も言うように、今後も皇室の存続を望むのであれば、
皇室と軍事を結びつけてはなりません。理由は言わずもがな
です。そういう意味で、天皇に忠誠を尽くしたものだけが
祭られる神社なんぞがあるということ自体がおかしいのです。
253 リベラルさん 2013/07/11(木) 22:53:20
靖国神社が今後も政治的・軍事的な意味で
利用される事は、決して日本の為にならないと思います。
戦死者は、戦死者として、天皇や皇室とは関係なしに
お祭りすれば良いだけの事です。
本当の事を言えば,国の為に生命を投げ出した
人たちは、大きな国家と言う存在のために
個としての生命を投げ出した、いわゆる
「武士道精神」、「騎士道精神」の持ち主で
あるから、あちらの世界では、高い世界に
昇華しているので、地上の人間が祭らなくても
成仏しているのです。しかし、それでは、我々地上の
人間としては、気が済まないので、慰霊塔を建てたり
供養をしたりするのです。
254 安保さん 2013/07/11(木) 23:09:53
リベラルさん

国家神道が擬似宗教とは貴方の言い分だろう。勝手にほざけば良いが・・・私はそうは思わない。宗教観なんて百人百様だ。勝手に決め付けるな。私の宗教は「八百万の神」であり「ご先祖教」であり、我が家は一応「真言宗」だ。

イエスの代わりに天皇を持ち出して・・・なんてバカバカ限りだが、それも貴方の主観だから“勝手にほざけ”と言うだけだ。

★『真に天皇や皇室を尊崇する気持ちが在るのであれば、「天皇に軍服を着せようと考えるな」という精神です。』
それも貴方の勝手だが、皇室を尊崇うする私は、戦後皇室の方々が誰一人軍服を着ないことにガッカリしている。皇室男子全員とは無論言わないが、学習院大学だけではなく防衛大学に入学される皇室の方も一人くらい出て欲しいのが正直な気持ちだ。
255 安保さん 2013/07/11(木) 23:22:24
リベラルさん

★『何度も言うように、今後も皇室の存続を望むのであれば、皇室と軍事を結びつけてはなりません。理由は言わずもがなです。そういう意味で、天皇に忠誠を尽くしたものだけが祭られる神社なんぞがあるということ自体がおかしいのです。』

「皇室と軍事を結びつけるな?」、日本人の心情として分からぬでもない。だが、しかしそれはありえないのが日本の国体だ。「天皇に忠誠」と貴方は言うが、普通の日本国民は「天皇陛下=日本」だ。貴方はそんな意味でも例外的日本人だろう。これは私の無論、勝手な見解だが。

日本国と天皇陛下:皇室を切り離して考える人間は、貴方のような講釈を垂れたがる。戦争とは国家の命運を賭ける。そこに明らかに天皇の存在があってこそ日本人は、農耕民族として大人しい資質を持ちながら、勇者として戦える。日本国と天皇陛下は不可分だということが分からぬものは日本人として不幸だ。
256 安保さん 2013/07/11(木) 23:40:04
リベラルさん

★『靖国神社が今後も政治的・軍事的な意味で利用される事は、決して日本の為にならないと思います。』

それは貴方の能書きに過ぎない。宗教は政治にも軍事にもあらゆることに利用されてきたし、未来永劫利用され続ける。そんなことくらい誰でもわかるはずだろう。理想主義者の観念ほどつまらぬものはない。問題は利用の仕方が行き過ぎてはならないことだけだ。イスラム原理主義たちの行動を見れば分かる・・・。

★『戦死者は、戦死者として、天皇や皇室とは関係なしにお祭りすれば良いだけの事です。』

そう思う人間がそう実践すればよいだけの話だ。大多数の日本人は靖国神社に特別の想いを抱き、真摯な気持ちで参拝し、総理大臣は無論、天皇陛下のご親拝を切望している。宗教心を他人が勝手な講釈をしてつまらぬ言辞を垂れるな。外国なら内政干渉であり、日本人同士なら内心干渉だ。
257 安保さん 2013/07/12(金) 07:06:12
Re:4,5
リベラルさん

★『本質を見極めずに他人の真似をすることは、「学習」とは言いません。「猿真似」と言うのです。』『欧州諸国の諸制度を、その前提条件や本質を吟味することなく、無批判にゴチャゴチャと取り入れたのです。』

「猿真似か?」・・・パクリでゴチャゴチャと取り入れた結果が、日清日露を勝ち抜き、台湾・朝鮮併合をはじめ白人列強国に唯一有色人種国家として肩を並べるまでに世界の列強国の仲間入りをした。自分の粗末な知識をもって父祖をこき下ろして面白いのか?親・先祖の悪口に似たり、誰がそんな論に同意する。

人間のすることだ。何処の国、どこの民族にも完璧はありえない。歴史を学び現在・未来に生かすための反省は大切だが、貴方の文言には起承転結をもっての独断に過ぎない嫌味がある。過去があっての今だろう。父祖を馬鹿にする前に己の今を振りかえろ。父祖の成したことを批判するなら言葉を考えろ・・・まあ、これは人に言える筋ではないが。
258 安保さん 2013/07/12(金) 07:23:23
Re:9.10
リベラルさん

★『そういう意味では、昭和の最大の戦犯は、アホウな規定を造った明治の元勲だったと言えないこともありません。』『ところが、欠陥憲法(及び法解釈)が足を引っ張ったのです。』

そもそも大東亜戦争を大失敗という前提の人間の論に組できることは何もない。不毛の議論でしかないのだろう・・・が。
「欠陥憲法が足を引っ張った?」・・・これこそ歴史を学べない者のつまらぬ言辞だ。戦争は国家を転覆させるものなら、その抑止に憲法なんて屁のツッパリにもならないことは子供でも分かる。

その良き例が今の憲法9条であり、軍事力の保持など憲法違反は明らかだ。ダッカのハイジャックでの時の首相福田の超法規的措置だ。他にも似たようなことは幾らでも起きるのが現実社会だ。憲法も法律も時の政権にかかれば、なんとでもなる。

何とでもなることが一概に悪とは言えない。それを越えての決断も必要だからだ。特に戦争はそうだ。もう少し現実的観点にたって歴史を語れ。過去を悪意で裁いてなんになる。
259 安保さん 2013/07/12(金) 07:33:54
Re:14
★『「軍務経験者は、政治家になってはいけない。省益に目がくらんで、国事を忘れてしまうからだ」』

「木を見て森を見ず」の典型だ。一人の言辞を取り上げてもっともらしいことを言うな。日本は鎌倉幕府以来武家社会だった。私は軍人こそ政治を司るべきだと思っている。
戦後日本は経済人が政権を担ぎ、政治家も商人政治家の如くだ。

それが戦後日本の誇りや名誉をないがしろにした経済優先の国家経営となり、歴史認識・戦争認識・自虐史観に苦しめられ、金はあっても支那朝鮮に舐められ、面白くない昭和・平成の時代を過ごしている。

軍事国家を望むが、大事なのは誰が政権を担っても行き過ぎはダメだということに尽きる。今は商人国家として経済優先が行き過ぎている。省益に目がくらむのは人間の証だ。

260 リベラルさん 2013/07/12(金) 16:00:26
憲法何ぞは、時の政権にかかれば何とでもなるですか?
いやはや、そういうアホな憲法観や権力観を
お持ちの人はどうも保守を自認する人間には多いようだ。
そういう考え方が是認されるのならば、憲法なんか
在って無きが如しと言えます。それなれば、憲法の改正なんかに
血道を上げる必要もあるまいて。解釈改憲でどうにでもなるということに
なる。まさしく戦後の自民党が行って来た道だ。憲法の
なし崩し的解釈で建前は、日本は法治国家などと言いながら
国民を誤摩化して来た道と同じだ。臨機応変とか言う
孫悟空の如意棒よろしく伸びたり縮んだりの伸縮自在
の方法論ですね。

それから、省益に眼がくらむのは人間の証かね。
では、現在の官僚のタテ割り行政の省益重視の
行政にもマンセーと言う訳だ。自分達の省の権限拡大と
予算の増大しか眼にない中央省庁の税金・公金の
無駄遣いにも眼をつぶろうと言うことだな。
それが保守の本音か?
261 リベラルさん 2013/07/12(金) 16:15:09
今度の震災の復興予算のバカげた使い道にも
文句を言わぬのか?それでよく、日本人の伝統だ
国体だとかのご立派な能書きを垂れていられる
ものだ。霞ヶ関の官僚をさんざん甘やかして
今のような状態にしたのは、そういうバカ保守の
考え方や自民党の官僚に遠慮した政治家としての
能無し連中のせいだということがどこまで
わかっているのか。

それから、天皇や皇室の人たちに未だに軍服を
着せて、見かけだけの閣下や元帥として奉って
皇室を批判の矢面に立たせたいようだ。
軍事にしろ、政治にしろ、失敗は付きものであり、
その結果責任を問われる。戦後に昭和天皇が
戦争責任の問題を追及されかかったのを
よもや忘れている訳ではないと思うが。
それでも構わないと言うのかな。
追求する方が悪いという屁理屈は
この際、通用しないと言う事を
覚えていた方が良いだろう。
何故なれば、批判は、国内だけとは
限らないからだ。

262 リベラルさん 2013/07/12(金) 16:26:04
靖国神社は日本の伝統精神に合わないから
廃止すべきであるということだ。
詰らぬ国際問題の種にならぬように
廃止した方がよほど国の為になる。
戦死者をお祭りするのであれば、
現在の靖国神社の施設はそのままにして、
名称を変更し、天皇に忠節を尽くそうが尽くすまいが
日本人として戦争で亡くなった人は出来るだけ
お祭りするようにすれば、国外からとやかく
言われなくて済むだろうし、天皇も参拝しやすく
なるのだ。天皇に取っては、自分に忠義を尽くそうが
尽くすまいが、天皇の心の中にはそういう区別は無い。
それは、昭和天皇の言動の中に表れているのだ。
263 安保さん 2013/07/12(金) 21:17:59
Re:260

リベラルさんよ
本性表れる・・・か。

★『いやはや、そういうアホな憲法観や権力観をお持ちの人はどうも保守を自認する人間には多いようだ。』

保守を人くくりにするな。この投稿は全て私の個人としての見解だ。


★『そういう考え方が是認されるのならば、憲法なんか在って無きが如しと言えます。それなれば、憲法の改正なんかに血道を上げる必要もあるまいて。解釈改憲でどうにでもなるということになる。』

ゼロか百かではない。文言の揚げ足をとって「在って無きが如し」か。いつの時代も人間の成すことに完璧はない。憲法も同じだ。貴方の幼稚な反論には、笑うしかない。

★『では、現在の官僚のタテ割り行政の省益重視の行政にもマンセーと言う訳だ。』

ふざけるな!自らの品位を私レベルに落とすのかハハハ。私曰く「科学は進化するが人間に進歩はない。」戦後教育の成れの果てが現在の日本社会であり官僚の姿であり、今の日本人の姿だ。時代背景や社会状況によって人間の資質は様変わりする。
264 安保さん 2013/07/12(金) 21:35:37
Re:261
リベラルさん

★『今度の震災の復興予算のバカげた使い道にも文句を言わぬのか?それでよく、日本人の伝統だ国体だとかのご立派な能書きを垂れていられるものだ。』

誰が文句がないと言った?詭弁を弄して自らを正当化するな。伝統・国体が立派な能書き?ほう?貴方の能書きは立派だとうぬぼれての他人への中傷か?


★『霞ヶ関の官僚をさんざん甘やかして今のような状態にしたのは、そういうバカ保守の考え方や自民党の官僚に遠慮した政治家としての能無し連中のせいだということがどこまでわかっているのか。』

政治家のレベルが国民のレベルであり、メディアのレベルだ。能無しのレベルが貴方のレベルでもある。うぬぼれるな!

★『それから、天皇や皇室の人たちに未だに軍服を着せて、見かけだけの閣下や元帥として奉って皇室を批判の矢面に立たせたいようだ。』

勝手な解釈と憶測はやめてくれ。
265 安保さん 2013/07/12(金) 21:42:05
Re:261
リベラルさん

★『軍事にしろ、政治にしろ、失敗は付きものであり、その結果責任を問われる。戦後に昭和天皇が戦争責任の問題を追及されかかったのをよもや忘れている訳ではないと思うが。それでも構わないと言うのかな。追求する方が悪いという屁理屈はこの際、通用しないと言う事を覚えていた方が良いだろう。何故なれば、批判は、国内だけとは限らないからだ。』

忘れるも忘れないも敗戦の事実によって天皇の戦争責任は、勝者連合国だけではなく日本人からも追及されたのは事実だ。読解力のない貴方に、もう一度言うが、国家の存亡を賭す戦争に天皇陛下を巻き込まずに戦えることはありえない。「日本=天皇陛下(皇室)」だから。

よって天皇をどんな立場に置いても、局地紛争ならいざしらず大戦争ならば天皇陛下と日本・日本国民は一体だ。普通の日本人なら分かるはずだろう。

責任追及は万が一、次の戦争で敗れても国内も国外からも天皇陛下への批判は当然起きる。いつの時代も愚かな日本人も多数居る、負ければ天皇批判は当然だろう。

それがどうした?それが日本だ。そしてどんな場合でも天皇陛下を守り皇室を守ってきたのが日本人だ。しょうもない質問はするな!
266 安保さん 2013/07/12(金) 21:51:58
Re:262
リベラルさん

★『靖国神社は日本の伝統精神に合わないから廃止すべきであるということだ。』

まあ何を言うのも言論の自由がある。勝手にほざけ。本音が出たって言うことか。貴方は宗教関係者か?私の勝手な推測だが。

★『詰らぬ国際問題の種にならぬように廃止した方がよほど国の為になる。』

国際問題?支那朝鮮問題と言ってくれ。それも日本人が作り出したつまらぬ問題だ。能書きをだらだら書き連ねた挙句の結論がこれか、まあ残念だが仕方がない。これが戦後日本の実情だろう。


★『戦死者をお祭りするのであれば、現在の靖国神社の施設はそのままにして、名称を変更し、天皇に忠節を尽くそうが尽くすまいが日本人として戦争で亡くなった人は出来るだけお祭りするようにすれば、国外からとやかく言われなくて済むだろうし、天皇も参拝しやすくなるのだ。天皇に取っては、自分に忠義を尽くそうが尽くすまいが、天皇の心の中にはそういう区別は無い。それは、昭和天皇の言動の中に表れているのだ。』

貴方の持論は分かった。天皇の心を代弁するのか?一体貴方は天皇か?それとも天皇家の一員か?笑止千万に尽きる。国外ではない支那朝鮮の二ヶ国だけだ。ごまかすな。



267 リベラルさん 2013/07/12(金) 22:47:11
靖国神社には、国民として例え国の為に戦死したとしても
故人のあるいは、遺族の希望により祭られない自由も
あるということを忘れないようにしてもらいたい。
神社側は、そういう戦死者やその遺族の宗教的信条の
違いを無視してその希望を踏みにじっているというか、
聞き入れないようだが、これもふざけた話である。

そういう神社側の態度を巡って訴訟も戦後
起きているのである。これは、明らかに
憲法違反の疑いがある。例え戦死者であろうと
本人や遺族の信仰の自由は守られねばならない。
死んでからまで、内面的な精神の自由まで
拘束されては堪らんということだ。
死んでまで天皇という価値観に精神を縛られる
ということはあってはならない。

この世の中の人間は様々な価値観の中で
生きている。どれが良くてどれが悪いとかは
軽々しく言えたものではない。
この世に生きている人間に、神は様々な
価値観を用意し、勉強・体験させてどれが真実かを
本人に悟らせようとしているのだ。

268 リベラルさん 2013/07/12(金) 22:56:23
下は、これでも人間かというような下劣な魂の
持ち主もいれば、仏のような人間もいる。
それがごった煮のような形で存在しているのが
この娑婆世界なのだ。

それは、真の人間性の本質が何であるかを
様々な試練に遭い、悟って行く過程が
この世における人生の意味なのである。
これには一人として例外はない。
全ての人間がそういう道をたどらねば
ならない。只、人により早い遅いの差が
あるだけだ。

それから、現在の保守を自認する殆どの人間が、
いかにも天皇や皇室を尊重するような言動を
標榜しているが、その実は、天皇や皇室を自分達の
都合の良いように、利用したいだけだ。三島由紀夫の
考え方もそうであった。そして、226事件の
青年将校もそうであり、中には天皇に恨みを残して
処刑された将校もいたのである。
269 安保さん 2013/07/12(金) 23:46:53
リベラルさん

★『靖国神社には、国民として例え国の為に戦死したとしても故人のあるいは、遺族の希望により祭られない自由もあるということを忘れないようにしてもらいたい。』

故人の希望?貴方がどこまでその事実を知った上で述べているのか?当てずっぽうなら死者を冒涜するこだ。

遺族の希望か?
「朝鮮人戦死者の遺族、はたまた貴方のような日本人、東北人にもいるようだが・・・」
戦後、日本vs中韓朝鮮関係の変化、日本の自虐史観やその他によって、遺族の気持ちが動揺し靖國神社の合祀に疑問を持ち合祀取り消し裁判の判決もある。

それくらい貴方も知ってのことだろう。取り消し請求は棄却されている。その上でこういった能書きを書き込むのか。戦前は靖國神社に祀られることが栄誉であった。その上で戦地に出征し名誉の戦死を遂げた。それを戦後の人間が己の信条で是非を問うほど傲慢なことはない。


★『死んでからまで、内面的な精神の自由まで拘束されては堪らんということだ。死んでまで天皇という価値観に精神を縛られるということはあってはならない。』

己の価値観で戦死者を冒涜するな。貴方が何を思い、何に価値を置くかは勝手だが、他人の精神にまで踏み込むな。

270 安保さん 2013/07/12(金) 23:50:04
リベラルさん

★『この世の中の人間は様々な価値観の中で生きている。どれが良くてどれが悪いとかは軽々しく言えたものではない。』

なら靖國を誹謗中傷するな。合祀された戦死者は少なくとも生前だれもが、戦死すれば靖國神社に祀られることは分かっていたはずだ。そして戦死し祀られた。それこそが本人の意思だ。それすら貴方は否定するのか?ふざけるな。

★『この世に生きている人間に、神は様々な価値観を用意し、勉強・体験させてどれが真実かを本人に悟らせようとしているのだ。』

神か、キリストか?貴方は真実を知り、貴方と違う価値観の者は真実を知らないといいたいのか?語るに落ちる。

271 安保さん 2013/07/13(土) 00:03:05
リベラルさん

説教が得意なようだが、面白くもない。知識は人を感化するのに役立つ一つでしかない。もっともっと大切なのは人間性だ。貴方の傲慢な文章から何の感化も受けない。
反感がますだけだ。言われる前に、無論私は下司だが。下司に下司呼ばわりされても面白くないだろう。


★『それから、現在の保守を自認する殆どの人間が、いかにも天皇や皇室を尊重するような言動を標榜しているが、その実は、天皇や皇室を自分達の都合の良いように、利用したいだけだ。三島由紀夫の考え方もそうであった。そして、226事件の青年将校もそうであり、中には天皇に恨みを残して処刑された将校もいたのである。 』

勝手な能書きは聞き飽きた。天皇に恨み?それがどうした!そんな人間、戦後日本人のなかにもゴロゴロ居るだろう。

★『それがごった煮のような形で存在しているのがこの娑婆世界なのだ。』
・・・自分が言っておきながら上記の文章は何なんだ。

最近オモロクナイことばかりで、こんな文章になる。どうでもええけど。

272 リベラルさん 2013/07/13(土) 12:44:17
保守を自認している人間が天皇を尊重している
ような上っ面の見せかけで自己主張を
して正義面、愛国者面しているのが
気に食わないのだ。

小生は、保守の連中の欺瞞性を批判するために書いているのだ。
靖国を批判するのは、靖国が保守派の尤もらしい
屁理屈を助長する偽の愛国心を糊塗する役目を
果たしているからである。

この世は様々な価値観で満ちていると書いたが
表面だけをいかにも尤もらしいお化粧で
塗りたくった価値観に騙されぬように
したいものだ。保守派の屁理屈もそれに値するのが
多い。小生の言う事が気に入らぬなら今後は
書き込んでもらわなくて結構。
273 リベラルさん 2013/07/13(土) 13:59:36
●日本の保守派と宗教教団

日本における保守派や右翼勢力に付いては、
従来より関係が深いのでその辺を検証してみる。

以下ネットより引用

http://d.hatena.ne.jp/rainbowring-abe/20061124

●保守を支える神々達

共産主義の脅威に対抗するために国家と手を結んだ団体には、かつて太平洋戦争に協力した宗教団体が多く含まれています。そこで、はじめに太平洋戦争に協力した宗教団体について見てみましょう。
これには前述の伝統宗教のほか、霊友会、生長の家などの新興宗教団体も含まれています。

霊友会は家族の価値を強調するなど保守的な価値観を重んじる宗教団体です。戦時中は華族を代表に頂いて弾圧を逃れていました。
一方生長の家はより国粋色が濃い神道系団体です。教祖は有名な「生命の実相」を記した谷口雅春でした。生長の家は常に右翼と親密な関係にありました。
戦争が敗戦に終わると、生長の家の谷口が軍部に協力した廉で公職追放処分を受けるなど、太平洋戦争遂行に協力した宗教団体は、GHQの方針により一時国政から遠ざけられてしまいました。
274 リベラルさん 2013/07/13(土) 14:00:57
しかし、朝鮮戦争が始まると日本国内では保守回帰、いわゆる逆コースが始まりました。日本赤化の脅威が現実のものになり、政府は対策を迫られたからです。これに対応し、50年代、かつて太平洋戦争を支えた諸宗教を反共の目的のため、再び「政治化」する動きが活発になりました。

この動きを先導したのが保守系大物政治家、木村篤太郎です。児玉誉士夫を右翼界のフィクサーとするなら、木村篤太郎は政界のフィクサーにあたります。木村篤太郎は法務大臣・保安庁長官などを歴任した自身の政治力と、霊友会との緊密な関係を梃子にして(※注3)日本国内の宗教組織を纏め上げました。
木村のほかにも、生長の家の信者だったとされる当時の鳩山一郎首相なども尽力したとされます。

彼らの努力が実り、50年代国内の保守系宗教は「日本青少年善導協会」を結成して組織化しました。この団体はのちの「日本を守る会」の母体となります。これらの会に参加したのは、霊友会政治部門のIIC及び霊友会から分裂した立正佼成会と仏所護念会のほか、生長の家、念法眞教、神社本庁、仏教の諸宗派が含まれています。
275 リベラルさん 2013/07/13(土) 14:12:15
なお、木村は宗教団体だけでなく、ヤクザ組織利用を考案した張本人でもあります。木村は吉田内閣末期に反共抜刀隊(関東会として実現)を構想。後に児玉に依頼してヤクザを纏め上げた実績があります。

ただし、日本国粋会を設立した辻宣夫は反共抜刀隊構想・日本青少年善導協会双方に関与するなど、両者の人脈は極めて近いものがあります。保守系宗教・ヤクザ・自民党の三者が、右翼というフィクサーを介してあたかも三位一体の様相を見せていることがお分かりいただけるのではないでしょうか。

●統一教会の上陸

統一教会(世界基督教統一神霊協会)はその反共的教義を買われ、韓国KCIA・軍事政権(とりわけ朴正煕)によって育成された宗教です。開祖は文鮮明。のちに世に名高い合同結婚式で社会問題を引き起こしました。世界日報はここが発行する新聞です。
かねてから統一教会と交流のあった大物フィクサー笹川良一は、60年代一貫して同教を日本国内に進出させることに尽力。1968年4月には文鮮明、劉孝之、笹川良一、児玉誉士夫代理白井為雄らが参加して会合が持たれました。
276 リベラルさん 2013/07/13(土) 14:13:48
話し合いの結果、統一教会の反共運動を日本国内で受け入れることが決まり、同教政治部門としての国際勝共連合が活動を始めました。
国際勝共連合の初代会長は久保木修己です。久保木は元首相・岸信介の支援を得て日本国内で統一教会=勝共連合の勢力拡大を推進。また、自民党の支持団体として。選挙協力も積極的に行いました(※注4)。勝共連合の支援を受けている議員は勝共推進議員として公開されています。(資料・1)
中曽根康弘、安倍晋太郎(安倍晋三の親)、亀井静香らがとくに統一教会と親密でした。
この統一教会の人脈は以前取り上げたCIA系人脈と一部重複しており、統一教会の日本進出は米国の意向でもあったことが伺えます。

統一教会は現在でも日本国内で活発な動きを見せています。

※注3…木村篤太郎と霊友会の親密な関係は、霊友会が53年に当局に摘発を受けた際に明らかになった。木村が霊友会から多額の献金を受け、事件の揉み消しを図っていたことが報道されたからである。なお、この件に関して木村は証拠不十分とされた。
※注4…野党の中でも、民社党は統一教会と交流があった。
277 リベラルさん 2013/07/13(土) 15:17:36
以上にて引用終わり

上記の事は、一般の人はあまり知らないかも知れないが
政界通ならば知られた事である。マスコミは、何故か
これらの事を報道しようとしない。
統一教会の合同結婚式とか霊感商法の事は熱心に
取り上げて、いかにも大変な事のように問題にするが
そんなことは枝葉の事であり、統一教会と日本の保守が裏で
繋がっている事のほうが本筋の問題である。

又、保守とヤクザ、暴力団との関係でも
報道される事は殆どない。これらの事があるが
故に、マスコミは偏向していると言われても仕方があるまい。
マスコミにしろ、他のメディアにしろ,正義面して
報道しているが、視聴者は最近これらのメディアが
どうもおかしいと気づき始めている。

インターネットの発達によって、新聞やテレビなんかよりも
豊富な情報が何時でも手に入る時代になったからである。
278 安保さん 2013/07/13(土) 17:50:20
リベラルさん

★『小生は、保守の連中の欺瞞性を批判するために書いているのだ。』

そうか、なるほどアンタはこの桜掲示板に巣食うお邪魔虫だったのか。


★『小生の言う事が気に入らぬなら今後は書き込んでもらわなくて結構。』

気に入らんが、アンタに言われる必要はない。好きにする。旧掲示板から書き込んでいるようだが、アンタのように「保守の欺瞞を批判する」と能書きを垂れる輩にも、この掲示板は開かれているということだ。

そんなチャネル桜に感謝してるのだろうな・・・。
279 リベラルさん 2013/07/13(土) 18:20:15
そうだ、当掲示板にはむかーしから
(旧掲示板のNo.1からだ)
書き込んでいる。保守派の掲示板では
貴重な存在なのである。
保守の裏側とかも大変に興味がある
人間である。だから、保守だの日本の伝統だのと
きれいな御託を並べている人間の舞台裏が
どういう構造になっているか興味津々なのだ。
チャンネル桜様にはお世話になっています。
しかし、この管理者様から警告を受けた事は
一度もない。
280 リベラルさん 2013/07/13(土) 18:31:03
それからついでに言っておくと、
旧掲示板において、他の投稿者からの
削除の依頼の対象者になったこともない。
281 安保さん 2013/07/13(土) 18:39:58
リベラルさん

ハハハ貴重な存在?か、つまらん文章の原因が分かって少しはすっきりした。

まあ桜に感謝しながら、自らの恥を晒し続けてくれ。

また気が向いたら罵倒する。
282 駿河山人さん 2013/07/13(土) 19:27:05
米国は国家キリスト教国家だ。中東は国家イスラム国家だ。日本は国家神道だ。

283 リベラルさん 2013/07/13(土) 20:06:27
罵倒仲間が増えてご満足であろう。
めでたし、めだたし!
おや!駿河山人さん!未だご健在でしたか?
284 リベラルさん 2013/08/04(日) 21:35:52
週刊ダイヤモンド (2011年6月20日)

消えた被災者支援用の“神のコメ”
行方は神社本庁職員の胃袋へ

神社界のトップに立つ伊勢神宮が、東日本大震災の被災地へ送った“特別なコメ”を、全国約8万の神社を管理・指導する立場の神社本庁の職員が無料で食べていたことが本誌の取材で分かった。

 このコメは、「御料米(ごりょうまい)」と呼ばれるもの。伊勢神宮が天皇に代わって栽培するものと位置付けられており、祭典や神事に使う最も神聖なコメとされる。

伊勢神宮の神田へ御料米の苗を植える「お田植えまつり」 Photo:JIJI
 伊勢神宮は3月下旬、神社本庁を通じてこのコメ5トンを東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手、宮城、福島の3県に食糧支援として送った
285 リベラルさん 2013/08/04(日) 21:37:20
しかし、福島第1、第2原子力発電所の事故による混乱で、神社本庁の下部組織である福島県神社庁が県内の各神社への配布を断念、福島に割り当てられたコメ2トンの受け取りを固辞する事態となった。

ところがである。複数の関係者によると、神社本庁は福島に送られるはずだったコメを保管したり伊勢神宮に戻したりせず、職員に無料で配ることを決めたというのだ。

職員らは、5キログラム程度ずつ袋に小分けして自宅に持ち帰ったとされ、すでに食べてしまったとみられている。
この件について、神社本庁は「そのような事実は確認していない」としているが、外部から問題視された後、「事実関係をごまかそうとしていた」(関係者)疑惑もあるという。
286 リベラルさん 2013/08/21(水) 13:58:12
保守派・右翼民族派に絶大な人気のある
小説家の三島由紀夫について述べてみよう。
彼のような世間的に人気のある作家の思想と
いうものは、周囲に大きな影響を良い意味でも
悪い意味でも与えるものである。

世間的に有名な人間であるというだけで、
それらの有名人の思想をよく咀嚼しないで
鵜呑みにするようなオバカな保守派や右翼民族派
は居ないと信じたいがどうもそうでもないようだ。
287 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:04:37
この三島由紀夫の有名な事件で、自衛隊の市ヶ谷駐屯地における
割腹事件について考えてみる。

ネットより引用させて頂く。

ところで、三島由紀夫が東京市谷の自衛隊駐屯地に乗り込み、自衛隊員にクーデターへの決起を促し、割腹自殺をとげたのは、昭和45年(1970年)11月25日、五井先生のお誕生祭の直後でした。今度の25日で事件から35周年となります。三島由紀夫は今でも右翼の人々の間には、愛国者として絶大な人気があります。11月25日は「憂国忌」として毎年、記念行事が行なわれています。

私は事件の日のことをよく覚えています。

この日は東京都内のある会館で白光の集会がありました。講師はSさんという方でした。Sさんはもとはお坊さんでしたが、僧侶をやめて白光の職員になっていました。仏教の造詣の深い理論派の講師でした。
288 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:06:59
私が会場に少し早めに着くと、まだあまり人気のない和室でSさんは夕刊紙を床に広げて読んでいました。私の顔を見ると、「今日、三島由紀夫が自殺したんですよ」とSさんは言いました。私はその夕刊紙を見せてもらい、彼の割腹自殺を知り、驚きました。

著名な作家で、ノーベル文学賞の候補にもなっていた三島由紀夫が、自衛隊に乗り込み、切腹をし、介錯を受けて首を切られたという猟奇的事件に、日本中が驚愕しました。

次の聖ヶ丘統一会のとき、さっそく五井先生に対してこの事件について質問が向けられました。その当時、五井先生は、「何か質問はありませんか」と会場から質問を受け、それに答えるという形で講話会を進めていました。五井先生のお答えは、当時の私には驚くべきものでした。

(五井先生とは、宗教法人「白光真宏会」の初代教祖で霊覚者)

289 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:08:15
「これは自殺ではありません。いわば他殺ですね。三島由紀夫の背後にある霊がとりついていて、その霊が彼に割腹自殺させたんです。切腹というのは、普通、腹を横に切るんですよ。しかし、三島由紀夫は、横に切ったあと、さらに下から上に縦にも切っていますね。そんなこと、苦しくて普通では絶対にできません。ものすごい力です。じゃあ、なぜそんなことをしたのかというと、自分の力じゃないんです。彼の背後にいた霊が切腹したくてしかたなかったんです。その霊は二二六事件のとき、恨みを残して死んだのだけれど、いさぎよく割腹自殺できなかったんです。それで、三島の肉体を借りてその思いを遂げたんです。だから、これは自殺じゃない、と私は言うんです。皆さんは、そういうよこしまな霊にとりつかれないように、いつでも守護霊・守護神に感謝し、世界平和の祈りを祈ることが大切ですね。というようなお話でした。

五井先生の本願は、人間の本心開発、霊性の開発であり、憑依などの霊的現象については、めったに具体的なお話はなさらなかったので、この話は強く印象に残りました。
290 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:09:27
事件のあと、週刊誌には、三島の背後に悪霊がついていた、という記事が出ました。五井先生のお話を聞いていた私は、好奇心に駆られて週刊誌を買って読みましたが、古雑誌は今ではもう捨ててしまいました。

週刊誌でそういうことを語っていたのは、俳優の美輪(丸山)明宏さんです。美輪さんは霊能者で、ときどき霊も見えるということです。

美輪さんと瀬戸内寂聴さんの対談『ぴんぽんぱんふたり話』(集英社)に、三島由紀夫事件のことが語られています。その当時、週刊誌に出ていたのと同じ内容です。以下では本から該当箇所を引用してみます。(107〜113頁)

瀬戸内:

三島さんは、霊的なものは信じた方なんですか。
291 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:10:41
美輪:

初めは信じなかったから、私の言うことは聞いてくれなかったんです。鼻で笑ってました。

実は、亡くなる一年ほど前のお正月に三島さんの家に行ったときに、天草四郎の霊を霊媒で呼び出したときのテープを持っていったんです。それを聞かせてもまるっきり信じなかったんだけれど、そのとき、三島さんが私をからかい気味に「この中の誰かになにか憑いているのがいるか?」とおっしゃったの。で、私はぐるりと見回して、「あなた」と言ったら、冗談だと思ったらしく、「うわあ、おっかねえ、おっかねえ」と。「じゃあ、どんなのが憑いてるんだ、おれには」と笑ったんです。

私には三島さんに、戦時中の憲兵みたいな格好している男が憑いているのが見えたんです。カーキ色の服を着て、帽子をかぶっていた。三島さんに「思い当たる節はない?」と聞いたら、「ある」と。「思い当たる人をあげて」と言うと、三島さんは、小林、甘粕と名前をあげたけれど、磯部と言ったときに、その男の姿がパッと消えた。その人が憑いてたんですね。二・二六事件の反乱軍の将校の一人で、天を恨み、国を恨み、親を恨みと呪いに呪いまくった遺書が出てきた人だと言ってました。
292 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:12:17
奥さんの瑤子さんが、「そういえば、この人、どんな長編を書いてもやつれることはなかったのに、『英霊の声』を書いたときに、書斎から出てきたら、幽霊みたいに痩せこけて大変だったのよ」と言ったんです。そしたら、三島さんも「おれも心当たりがある」と。

あの人は、原稿は必ず夜中の十二時に書き始めて、少しでも眠くなれば、脇に置いてある長椅子に横になって、五分でも十分でも寝て、それから改めて書くようにしてたらしいの。眠気を催しながら書くことは、自分として許せなかったんですって。それが、『英霊の声』を書いてるとき、眠くて眠くてしょうがないのに筆だけが闊達に動いた、と。そして、自分の表現でも言葉でも書体でもないから書き直そうとしても、絶対書き直せないある力が働いた」とおっしゃったの。

瀬戸内:

磯部の霊というのはわかる感じがするわね。私は、『英霊の声』を読んだとき、なんかすごい迫力で、とても感動したんですよ。それで、三島さんに「今度の『英霊の声』もすごい」とファンレターを出したの。そうしたら、三島さんが、「ほんとうに自分じゃないような力がのり移って書いた。瀬戸内さんはひいきの引き倒しだ」とそうおっしゃいました。
293 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:13:22
美輪:

不本意だったんですね。自分は推敲して書き直したいと思っているんだけれども、それをさせない力が働いた。

瀬戸内:

あれが掲載された『文藝』の編集長の寺田博さんも、当時、「原稿をもらって怖かった」と言ってましたよ。三島さんは、寺田さんにも、やはり「何かがのり移って、自分じゃないものが書いた」って言ったそうですよ。

美輪:

三島さんが亡くなった後、お母さんが、「公威さんが公威さんじゃなくなったのは、『英霊の声』あたりからです」と、おっしゃったの。私が霊視したときのことはご存じないのに、偉大な母性本能の直観でわかったんですよ。

※三島由紀夫(ペンネーム)の本名は、平岡公威(ひらおか・きみたけ)。
294 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:14:34
瀬戸内:

でも、三島さんは美輪さんが霊視なさったことは信じたんでしょ?

美輪:

いや、そのときは半信半疑だったんじゃないですか。私が、「これは大変なことになるからお祓いしましょう。でも、これをとるのはもの凄い霊能力が必要ですよ」と言うと、その席にいた女優の村松英子なんか、「丸山さん――当時、私は丸山だったから――、なんとかしてあげて。三島さんにへんなことがあったら大変だから」と泣きだしちゃった。けれど、奥さんの瑤子さんに「冗談じゃない。そんなお祓いなんかされたら、『楯の会』も解散することになるかもしれない。制服もつくったばっかりでお金もかかっているのよ」と冗談にされてしまったの。で、私もしょうがないなと思ったから、「そうですね、余計なお世話ですね」と、それ以上は言いませんでした。

瀬戸内:

そのとき、楯の会を解散してたらよかったのにね。
295 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:15:40
美輪:

でも、私、気になったから、三島さんのところに何度も電話をするわけ。それまで通じないことはなかったのに、全然通じないの。で、「三島さんが、ずいぶん、丸山さんのところに電話しているらしいよ」ということを共通の友達から聞いたのに、その電話は一度も私には通じなかったんです。

そして、結局、会ったのは一年後。三島さんが死ぬことを覚悟して、最後の別れに日劇に見えたときでした。結局、悪霊のほうが強かったんですよ。私の力が足りなかったんですね、あのとき。

瀬戸内:

一緒に亡くなった森田という人には悪霊は憑いてなかったんですか。

美輪:

憑いてなかった。森田さんは、前世で三島さんとやはり因縁があった人なんでしょうね。霊というのは、三島さんみたいに純粋な人に取り憑きやすいのね。あの人とずっとつき合っていて感じたのは、本当に純粋で、幼な児みたいな魂の持ち主だってことなんです。
296 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:17:05
この本では、美輪明宏さんは、ほかにも三島由紀夫のエピソードをたくさん語っています。美輪さんが三島由紀夫を心から敬愛していたことがうかがわれます。

美輪さんが霊視した「磯部」というのは、2・26事件の首謀者の一人で、死刑になった磯部浅一(いそべ・あさいち)という人です。以下では、三島由紀夫と2・26事件の関係を簡単に述べてみます。

三島由紀夫と2・26事件(1)

2・26事件というのは、1936年(昭和11年)2月26日に起こった皇道派青年将校らによるクーデター事件です。

その当時、陸軍の中には、対外問題(満州問題、対米英問題)と国内問題(貧富の差の拡大、とくに農村の疲弊)をめぐって、統制派と皇道派と呼ばれる二つの派の対立がありました。統制派(軍幕僚ら)は、官界・財界と連携しながら、軍主導による国家改造を目指しましたが、皇道派(主として青年将校)は、官界・財界と天皇取り巻きの重臣らこそが腐敗の元凶であるとして、既存支配体制を打倒し、天皇親政の「昭和維新」を目指しました。皇道派の理論的背景は北一輝の『日本改造法案大綱』だと言われています。
297 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:18:12
昭和天皇はこのクーデターに激怒し、クーデター軍を反乱軍と見なし、鎮圧を命じます。結局、クーデター軍は天皇に否認され、2・26事件は失敗に終わり、首謀者らは非公開の軍事裁判で極刑に処せられます。しかし、この事件をきっかけに、軍部の政治介入がいっそう強まり、議会制民主主義は完全に息の根を止められ、日本は戦争に突入していくことになります。

三島由紀夫は2・26事件に関心をもち、この事件に関係した作品を数篇書いています。彼は1966年(昭和41年)に、『英霊の声』、『憂国』、『十日の菊』という、2・26事件関係の3篇を合わせた本を河出書房から出していますが、この本は今年、河出文庫版『オリジナル版・英霊の声』として刊行されました。

この本に三島は、「二・二六事件と私」という解説文をつけています。

これを読むと、2・26事件が起きたとき、三島は11歳で、学習院初等科の生徒でした。彼は子供心に、蹶起将校らを「英雄」として憧れ見ていたようです。
298 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:19:31
ちなみに、三島は大正14年=1925年生まれで、彼の年齢は昭和の年号と同じになります。まさに昭和とともに生きた作家でしたが、あとでも述べるように、彼における最大の問題は昭和天皇その人であったのです。

文学者になってからも、彼は2・26事件に関心をもちつづけ、ときどき関係文献に目を通していたようです。その彼がこの事件と本格的に取り組むようになったのは、4部作の長編『豊饒の海』を書き始めたときだと、「二・二六事件と私」(1966年)に書いています。

たまたま昨年〔1965年、昭和40年〕からかかった四巻ものの長篇の、第一巻を書いているうちに、来年からとりかかる第二巻の取材をはじめた。たわやめぶりの第一巻「春の雪」と対蹠的に、第二巻「奔馬」は、ますらおぶりの小説になるべきものであり、昭和十年までの国家主義運動を扱う筈であった。それらの文献を渉猟するうち、その小説では扱われない二・二六事件やさらに特攻隊の問題は、適当な遠近法を得て、いよいよ鮮明に目に映ってきていた。

299 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:20:54
しかし、彼の2・26事件関係の最初の本格的作品である『憂国』は、それ以前の1960年に書かれています。戯曲『十日の菊』は1961年の作です。『英霊の声』は1966年です。

三島由紀夫と2・26事件(2)

『憂国』は、2・26事件に際して、武山信二という中尉が、反乱軍と鎮圧軍が「皇軍相撃」の事態になり、自分も友を殺さざるをえなくなることを潔しとせず、割腹自殺をとげる、という内容です。

しかし、この作品は2・26事件そのものを描いたものではなく、筋らしい筋もありません。武山とその新妻の交情場面と、武山の切腹の場面が生々しく描かれるだけです。

この武山には具体的なモデルがあります。2・26事件当時の新聞には、輜重兵中尉青島健吉が割腹自殺をし、その妻もまた後追い自殺をしたというが記事が出ました。また、岡沢謙吉という軍曹が、反乱軍の中に自分の恩師がいるので、心苦しく思い、拳銃自殺をした、という記事もありました(松本清張著『二・二六事件』)。三島はこの二人を合体させて、武山という人物像を創りあげたものと思われます。
300 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:22:19
三島はとくに青山の切腹に関心をもち、彼の検死をした医師に細かい状況を尋ね、それを作品中に利用していると言われています。切腹の場面描写が非常にリアルなのもそのためでしょう。この場面を読んで、私は気分が悪くなりました。こういう記述をする三島は、かなりマニアックな性格であると言えるでしょう。

2・26事件においては、反乱軍が帰順したことによって、実際には「皇軍相撃」という事態は起こりませんでした。そのことを知らず、事件収拾の前夜に割腹自殺した武山中尉は、ひたすら生きることを尊しとする人命尊重の立場から見れば、死を早まった愚か者ということになります。しかし、三島の評価はまったく逆です。

301 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:23:50
『憂国』は、物語自体は単なる二・二六事件外伝であるが、ここに描かれた愛と死の光景、エロスと大義との完全な融合と相乗作用は、私がこの人生に期待する唯一の至福であると云ってよい。しかし、悲しいことに、このような至福は、ついに書物の紙の上にしか実現されえないのかもしれず、それならそれで、私は小説家として、『憂国』一編を書きえたことを以て、満足すべきかもしれない。かつて私は、「もし、忙しい人が、三島の小説の中から一編だけ、三島のよいところ悪いところすべてを凝縮したエキスのような小説を読みたいと求めたら、『憂国』の一編を読んでもらえばよい」と書いたことがあるが、この気持には今も変わりはない。(新潮文庫版・解説、昭和43年9月)

三島は「エロスと大義との完全な融合と相乗作用」と書いていますが、「大義」の中には「死」も含まれています。

302 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:25:03
『憂国』は、エロスと死を融合させる三島美学の極致だと言えるでしょう。このような美学がどこから生じてきたのか――ここでは、それは三島自身の個性ということにしておきますが(その背後にはおそらく彼の特殊な生い立ち、とくに過干渉の祖母の存在があったと思いますが、ここではそこまで立ち入る余裕はありません)、彼はその美学を山本常朝の『葉隠』に見出しています。

三島由紀夫と2・26事件(3)

三島によれば、戦後日本の文化は、死を忘れた文化です。『葉隠入門』(1967年、昭和42年)の中で三島はこう書いています。

********************
われわれは死を考えることがいやなのである。死から何か有効な成分を引き出して、それを自分に役立てようとすることがいやなのである。われわれは、明るい目標、前向きの目標、生の目標に対して、いつも目を向けていようとする。そして、死がわれわれの生活をじょじょにむしばんでいく力に対しては、なるたけふれないでいたいと思っている。
303 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:26:05
このことは、合理主義的人文主義的思想が、ひたすら明るい自由と進歩へ人間の目を向けさせるという機能を営みながら、かえって人間の死の問題を意識の表面から拭い去り、ますます深く潜在意識の闇へ押し込めて、それによる抑圧から、死の衝動をいよいよ危険な、いよいよ爆発力を内攻させたものに化してゆく過程を示している。死を意識の表へ連れ出すということこそ、精神衛生の大切な要素だということが閑却されているのである。
********************

三島のこの批判は当たっています。死を忘れた文化は、平板で浅薄な現世主義に埋没します。その極致は、「稼ぐが勝ち」というホリエモン主義です。現代日本はまさに、この金銭万能の現世主義に染まっています。

しかし、忘却された死は、消え去るわけではありません。人間はすべて死を定められた存在です。死から目をそらせていれば、それは「いよいよ危険な、いよいよ爆発力を内攻させた」ものとなって、社会に復讐します。現代社会が恐ろしい犯罪に満ちているのはそのためなのかもしれません。
304 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:27:10
三島にとって、現代日本文化の死の忘却の対極に位置するのが、「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」という葉隠武士道でした。

********************
われわれは西洋から、あらゆる生の哲学を学んだ。しかし生の哲学だけでは、われわれは最終的に満足することはできなかった。また、仏教の教えるような輪廻転生の、永久に生へまたかえってくるような、やりきれない罪に汚染された哲学をも、われわれは親しく自分のものとすることができなかった。

「葉隠」の死は、何か雲間の青空のようなふしぎな、すみやかな明るさを持っている。それは現代化された形では、戦争中のもっとも悲惨な攻撃方法と呼ぱれた、あの神風特攻隊のイメージと、ふしぎにも結合するものである。神風特攻隊は、もっとも非人間的な攻撃方法といわれ、戦後、それによって死んだ青年たちは、長らく犬死の汚名をこうむっていた。
305 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:28:16
しかし、国のために確実な死へ向かって身を投げかけたその青年たちの精神は、それぞれの心の中に分け入れば、いろいろな悩みや苦しみがあったに相違ないが、日本の一つながりの伝統の中に置くときに、「葉隠」の明快な行動と死の理想に、もっとも完全に近づいている。
********************

「われわれ」=近代日本人は、西洋から必ずしも「生の哲学」だけを学んだわけではありません。明治以降に日本に再導入されたキリスト教は、死に対する新しい見方を教えてくれましたし、三島が生きていたころ流行していた実存哲学も、一種の死の哲学です。

したがって、「われわれは西洋から、あらゆる生の哲学を学んだ。しかし生の哲学だけでは、われわれは最終的に満足することはできなかった」と言っている「われわれ」とは、日本人一般というよりも、三島自身にほかなりません。
306 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:29:46
「仏教の教えるような輪廻転生の、永久に生へまたかえってくるような、やりきれない罪に汚染された哲学をも、われわれは親しく自分のものとすることができなかった」という主張も、一般化することはできないでしょう。なぜなら、仏教が明治近代にいたるまで、日本人の精神生活を長らく支配していたことは、否定できない事実であるからです。そして、仏教を「やりきれない罪に汚染された哲学」とする見方も、仏教に対する一面的な見方と言わざるをえません。ですから、仏教を「親しく自分のものとすることができなかった」のも、やはり三島自身にほかなりません。

※その三島が最後の作『豊饒の海』で仏教的輪廻転生をテーマとしたのは、興味深い矛盾です。

西欧哲学も仏教も受け入れることができない三島が選んだのが、葉隠武士道の死の哲学でした。そしてそれを彼は、「神風特攻隊」と結びつけ、特攻隊員の死を「日本の一つながりの伝統の中に置く」のです。
307 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:30:51
すなわち、「合理主義的人文主義的思想」、私の言い方では「浅薄な現世主義」へのアンチテーゼとして彼は、葉隠的=神風特攻隊的な潔い死を称揚するのです。

※「人文主義」という語を、学習院高等科や東大でドイツ語を学び、ニーチェやヘルダーリンに親しんだ三島はおそらく、そのドイツ語の原語「Humanismus」を意識して使っています。これは、ルネッサンス期のギリシャ・ローマ文化の再興(いわゆる「人文主義」)、ギリシャ・ローマ文化を範とした古典語教育、そして人間(中心)主義、さらには人道主義といういくつかの意味がありますが、三島は「人間中心主義」というニュアンスを込めて使っていることは確実です。

「合理主義的人文主義的思想」に対する三島の批判それ自体はたしかに正当なものですが、しかし、それに対する彼の対案に私は同意することはできません。私が見るところ、彼の最大の過ちは、「死」の理解の浅さにあります。
308 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:32:30
三島においては、個人の死はやはり、その先には無しか存在しない終局、行き止まりです。肉体の消滅を超える永遠の生命は存在しません。したがって、「死を意識の表へ連れ出す」としても、それは究極的には虚無主義(ニヒリズム)につながらざるをえないものなのです。この点において彼は、彼が批判する西欧近代の人間観を抜け出ることはできなかったと言えます。

死を虚無=無意味さから救う手だてとして、彼は二つの道を考えます。その一つは、「日本の一つながりの伝統」への復帰です。個人の死が、たとえそれ自体としては無への消滅にすぎなくとも、それが「日本の一つながりの伝統」の中に置かれたとき、それは大きな全体に包摂され、その中で意味と居場所を見出すことになるでしょう。特攻隊員の死は、そのようにしてのみ名誉回復されるでしょう。ここに、彼が天皇制に体現される日本の伝統に回帰する必然性が生じてきます。

309 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:34:20
次に彼は、生の終わりとしての死をできるかぎり荘厳に飾ろうとします。死は、武士の切腹のような潔い死、特攻隊員の華々しい「散華」であってこそ、美しい出来事となりうるのです。それは有限な生を輝かせる最後の美しい燃焼です。そして、それがさらに「エロス」と結びつくことができれば、「至福」であるというのです。

しかし、エロス(性の衝動)とタナトス(死の衝動)の融合に「至福」を見るこのような観念は、はたして日本人の死生観の正しい理解なのでしょうか?ここに私はむしろ、三島のあまりにも西欧的な美学を感じてしまいます。

三島由紀夫と2・26事件(4)

三島の葉隠解釈の特徴は、彼がこれを恋愛論としても読解することです。

第二に「葉隠」は、また恋愛哲学である。恋愛という観念については、日本人は特殊な伝統を経、特殊な恋愛観念を育ててきた。日本には恋はあったが愛はなかった。西欧ではギリシャ時代にすでにエロース(愛)とアガペー(神の愛)が分けられ、エロースは肉欲的観念から発して、じょじょに肉欲を脱してイデアの世界に参入するところの、プラトンの哲学に完成を見いだした。
310 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:36:00
一方アガペーは、まったく肉欲と断絶したところの精神的な愛であって、これは後にキリスト教の愛として採用されたものである。
したがって、ヨーロッパの恋愛理念にはアガペーとエロースが、いつも対立概念としてとらえられていた。ヨーロッパ中世騎士道における女性崇拝には、マリア信仰がその基礎にあったが、同時に、そこにはエロースから断絶されたところのアガペーが強く求められていた。

ヨーロッパ近代理念における愛国心も、すべてアガペーに源泉を持っているといってよい。しかし日本では極端にいうと国を愛するということはないのである。女を愛するということはないのである。日本人本来の精神構造の中においては、エロースとアガペーは一直線につながっている。もし女あるいは若衆に対する愛が、純一無垢なものになるときは、それは主君に対する忠と何ら変わりはない。このようなエロースとアガペーを峻別しないところの恋愛観念は、幕末には「恋闕(れんけつ)の情」という名で呼ぱれて、天皇崇拝の感情的基盤をなした。いまや、戦前的天皇制は崩壊したが、日本人の精神構造の中にある恋愛観念は、かならずしも崩壊しているとはいえない。
311 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:37:42
それは、もっとも官能的な誠実さから発したものが、自分の命を捨ててもつくすべき理想に一直線につながるという確信である。
三島は西欧思想を十分に学んだ知識人でした。彼はここでは、アガペー(精神的愛)とエロース(肉体的・性的な愛)という西欧的概念を用いて、日本人の恋愛観を説明しようとします。三島が言いたいのは、日本人の恋愛観は、アガペーとエロースを区別する西欧人のそれとは違う、ということです。

三島によれば、「日本人本来の精神構造の中においては、エロースとアガペーは一直線につながっている」ので、その両者を区別することはできないというのです。
三島は、「エロース(愛)」と書いていますが、三島の文脈では、むしろ「エロース=恋」と読むべきでしょう。そのように読んではじめて、「日本では極端にいうと国を愛するということはないのである。女を愛するということはないのである」という文章が理解できます。すなわち、日本におけるいわゆる「愛」は、純粋に精神的な愛=アガペーではなく、むしろ「官能的な」要素、すなわちエロース=恋を強く含んでいる、と三島は言いたいのです。
312 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:38:46
もし彼が言うとおり、「日本には恋はあったが愛はなかった」のであり、「日本では国を愛するということはない」のであるとしたら、日本にあるのは「国を恋する」ことだけ、ということになります。そして、国への恋=愛国心を、彼は最終的には、天皇への恋、「恋闕の情」へと結びつけていきます。

私はここでは、三島が説く日本人の恋愛観が正しいかどうかは問いません。また、彼が日本では「国への愛」は「天皇への恋」になるという彼の愛国心解釈が正しい解釈なのか、それも問いません。ここではただ、彼が、天皇への崇敬の念を、エロス的な恋愛の一種(恋闕の情)として理解したかったのだ、というそのことのみを確認しておきます。

このように見てくると、『憂国』は、死とエロスの融合(そこに「至福」が生じます)という、三島が理解した葉隠武士道的美学(見方によればきわめて西洋的な美学であることは、もう一度強調しておきます)の作品化であることが、あらためてよくわかります。彼がこの作品を自分の代表作とした所以です。
313 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:39:56
憂国』の翌年に書かれた戯曲『十日の菊』は、美しい死とは反対の醜い生の描写です。この作品では、「十・一三事件」(二・二六事件を暗示)で、反乱軍の襲撃をかろうじて逃れた重臣が、自分が青年将校に命を狙われた瞬間こそが、自分の生の最高の瞬間であり、その後の生はただの退廃であるにすぎないことを回顧します。彼の想起の中で、「十・一三事件」は、だらけた日常を打ち破る、非日常的な輝かしいオーラに包まれるのです。

三島由紀夫と2・26事件(5)

三島は、「エロスと大義(=死)との完全な融合と相乗作用」が、「書物の紙の上にしか実現」されることに飽きたらず、それをさらに映画という形でも表現しようとしました。彼は、自分が主演・監督で『憂国』を映画化し、その中で切腹を演じています。映画『憂国』(1966年、昭和41年4月)です。

三島由紀夫の奥様の瑤子さんは、三島の死後、割腹事件を予告するようなこの映画を廃棄することを望んだのですが、たまたま今年になってそのネガフィルムが発見されました。
314 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:41:06
作家の三島由紀夫が自らの小説を基に監督、主演などを務めた映画「憂国」(昭和41年公開)のネガフィルムが東京都大田区の三島邸から見つかったことが19日、分かった。

三島が陸上自衛隊市ケ谷駐屯地(東京都新宿区)で割腹自殺することを予告したような内容の“幻”の作品で、新潮社が刊行している「決定版三島由紀夫全集」(全42巻)の別巻として、来春DVD化される予定。

「憂国」はモノクロ、約30分の短編。三島が選んだワーグナーなどの音楽で物語が進行し、二・二六事件をめぐり中尉が切腹する場面がある。

三島と共同で製作に当たった藤井浩明プロデューサーによると、三島が自決した翌年にあたる46年、瑤子夫人(平成7年死去)の要望で上映用のプリントは回収され焼却処分された。しかし、藤井氏がネガフィルムだけは保存するよう瑤子夫人に頼んだため、茶箱に入れ三島邸に保管された。瑤子夫人が亡くなった後の8年、藤井氏が三島邸の倉庫で捜し出した。
315 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:42:11
藤井氏は、「保存状態はほぼ完璧(かんぺき)で、運命的なものを感じる。海賊版がネットオークションなどで出回っていて、粗悪な画面だったので、いずれ発表しなくてはいけないと思っていた」と話している。

映画評論家の佐藤忠男さんの話「『憂国』は三島由紀夫の死に方を予告したような内容で、短編ながら劇場公開時は大ヒットした。三島本人が主演していて、本気でやっているかと思えば、芝居がかっているところもある。その本気と芝居っ気の間に、見ていて割り切れないものを感じる。三島の割腹自殺を解釈する鍵が含まれていると思う」

私はこの映画を見ていませんが、写真は見たことがあります。グロテスクな印象がありました。三島由紀夫が切腹に魅入られていたことがよくわかります。

三島は子供のころから2・26事件の反乱軍将校を肯定的に見ていました。そのような彼が映画の中で2・26事件の青年将校を演じたということは、2・26事件の青年将校たちとの完全な自己同一化を目指した、ということになります。
316 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:43:14
美輪明宏さんは、「霊というのは、三島さんみたいに純粋な人に取り憑きやすい」と言っていますが、これは言葉足らずです。たしかに憑依というのは、起こりやすい体質の人と、起こりにくい体質の人があります。ただし、前者の場合でも、憑依はただ一方的に起こるものではありません。憑依される側に、憑依する霊と似た波動があるからこそ起こるのです。憑依とは、いわば一種の共鳴現象です。三島の精神的・文学的遍歴を見てくると、彼の中に、2・26事件関係者の霊を招き寄せる心的波動が存在していたと言わざるをえません。

これは私の仮説ですが、磯部浅一の三島への憑依は、すでに短編『憂国』のあたりで徐々に始まり、映画『憂国』の出演で決定的になったのではないかと思います。演ずるというのはその役柄になりきることですから、三島は演ずることによって完全に2・26事件の青年将校と合体してしまったのでしょう。その憑依によって書かれたのが『英霊の声』です。この作品は、映画『憂国』の直後に執筆され、昭和41年6月に発表されています。
317 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:44:20
美輪さんに限らず、演劇や映画の役者さんには霊感の鋭い人が多いようです。霊視能力のある人も少なくありません。彼らの談を聞くと、歴史上の事件をテーマにした劇を演ずると、関係の霊が集まってくるようです。扱うのが悲劇的事件の場合は、演劇関係者に不幸や事故が起こると言われています。これは波動の共鳴による現象と考えられます。有名なのは『四谷怪談』の場合です。そのため、『四谷怪談』の上演の前には、スタッフが必ず神社でお祓いを受けるということです。

芸術活動には共鳴現象がよく起こります。また、そのような共鳴現象が迫真の演技・演奏になるものと考えられます。逆に言えば、そのような共鳴現象のない芸術活動は浅薄ということにもなります。

「憑依」というと否定的なニュアンスを含んだ語ですが、芸術活動の中では高い神霊が共鳴してくる現象もあります。五井先生は、ピアニスト、エミール・ギレリスの背後ではフランツ・リストが演奏していたし、映画『キング・オブ・キングス』の主役俳優の中にはイエス・キリストが入ってきた、と述べています。
318 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:45:25
「神わざ」とも呼ばれるような演奏・演技には、神界・霊界からの援助があるのでしょう。そのようなバックアップを受けるためには、もちろんたゆみない稽古が必要であることは言うまでもありません。高級神霊と波動を共鳴させるためには、日頃からの錬磨が必要なのです。これとは反対に、どのようにテクニックがすぐれていても、神界の波動との共鳴がない演技・演奏は、感動を呼ぶことはできません。それは、肉体人間の技術に過ぎないからです。その一線を超えられるか超えられないかが、天才と凡才の違いなのかもしれません。

高級神霊との共鳴は望ましいことですが、浮遊霊・不成仏霊との共鳴は、憑依された人の運命を狂わせます。三島は、自分の美学と、二・二六事件の青年将校らへの長年のシンパシーのために、彼らの霊と共鳴し、映画『憂国』で一線を超え、そこから抜け出せなくなってしまったのです。
319 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:46:29
三島由紀夫と2・26事件(6)

『英霊の声』はまさに憑依現象を描いた作品です。

作品の語り手である「私」は、「木村先生」が主催する「帰神(かむがかり)」の会に出席します。「帰神の会」とは、神道的な一種の降霊会のことです。そこでは、「神主」(霊媒)に「神」がかかってきて、肉体界にメッセージを伝えます。そのとき降りてきた「神」のメッセージが、この作品の主題です。

※松本健一氏の近著『三島由紀夫の二・二六事件』(文春新書)は、この降霊会が大本教の「鎮魂帰神法」に由来することを指摘しています。なお、この本は主として北一輝との関連で三島と二・二六事件の関係を思想史的に論じています。

ただし、「神」といっても、キリスト教の神のような絶対神でもないし、「神々しい」高級神霊でもないことに注意しなければなりません。ここに憑かってきた「神」は、恨みの念をいだいたまま肉体を去り、行くべき階層に行けず、地上に執着する幽魂なのです。
320 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:47:33
降りてきた「神」は2種類のグループに分かれます。「兄神」と「弟神」です。

最初の「兄神」(「われら」という複数形で語ります)は、二・二六事件で「裏切られた者たちの霊」です。すなわち、二・二六事件を起こし、死刑にされた皇道派青年将校らの霊です。「弟神」は、第2次世界大戦で死んだ神風特攻隊員の霊です。

まず、二・二六事件関係者。彼らは肉体にありしころ、天皇への「恋」に燃え、君側の奸である「醜き怪獣ども」を征伐しました。この「義兵」により、「現人神」は牢獄から救い出され、天皇親政により「神国は顕現し」、「わが国体は水晶の如く澄み渡り」、「国には至福が漲る」はずでした。それが彼らの目的でした。

維新挙兵のあと、彼らに待ちうけている運命について、彼らは二つのシナリオを想い描いていました。

(1)挙兵が成功し、陛下から「よくやった」というお褒めの言葉を受ける。
(2)目的としていた国体の明徴は成功するが、陛下から名誉の自決を命じられる。
321 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:48:36
たとえ「昭和維新」が成功したとしても、彼らは陛下の軍を勝手に動かしたのですから、軍規を破ったという事実は否定できません。彼らは、その咎めとして、喜んで死ぬ覚悟はありました。ただしそこには、陛下の次のような言葉がなければなりませんでした。

「その方(ほう)たちの志はよくわかった。
その方たちの誠忠をうれしく思う。
今日よりは朕の親政によって民草を安からしめ、必ずその方たちの赤心を生かすであろう。
心安く死ね。その方たちはただちに死なねばならぬ」
われらは躊躇なく軍服の腹をくつろげ、口々に雪空も裂けよとばかり、「天皇陛下万歳!」を叫びつつ、手にした血刀をおのれの腹深く突き立てる。かくて、われらが屠った奸臣の血は、われらの至純の血とまじわり、同じ天皇の赤子の血として、陛下の御馬前に浄化されるのだ。(『英霊の声』)
322 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:49:39
文学的粉飾がなされてはいますが、これは二・二六事件の青年将校らの想いを実際に反映していると言えるでしょう。彼らは、蹶起した当初、昭和維新が成功する見込を持っていましたが(軍の上層部にも彼らを支持する勢力がいた)、やがて情勢が自分たちに不利に展開してきたことを知ります。追い込まれた彼らは、最後の道として、天皇の勅使派遣による名誉の自決を賜わりたいと願い出ますが、それに対する昭和天皇のお言葉は、

「自殺するならば勝手に為すべく、此の如きものに勅使など以ての外なり」(『本庄繁日記』)
という断固たる拒否でした。

青年将校らが天皇の自分たちへの否定的評価を知るのは、クーデターが失敗に終わり、逮捕されたあとです。その場で自決した数名を除いて、彼らの大部分は、当初の計画が失敗したにもかかわらず、あえて生き延び、法廷闘争の場で自分たちの主張を、軍上層部、国民世論、そして天皇に訴えようと考えたのでした。しかし、軍法会議は、彼らを死刑にすることを最初から決めていて、非公開の、形だけの裁判しか行ないませんでした。
323 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:50:43
彼らには、自分たちの主張を述べる機会は与えられませんでした。しかも、彼らを指嗾(しそう)した皇道派の軍上層部(真崎甚三郎や荒木貞夫)に累が及んでは、軍の威信に関わるというので、最も責任重大な上層部は無罪放免で、青年将校のみが極刑に処せられました。

このような一方的な裁判は、彼らの憤り、無念、恨みをどれほど強めたかしれません。彼らが死後、強烈な怨念をいだいた霊となったの原因の一端は、軍の暗黒裁判にあったことは否めません。

三島由紀夫と2・26事件(7)

青年将校らが牢獄に入っているとき、「日本もロシヤのようになりましたね」という天皇の言葉が彼らに漏れ伝わってきました。

これは、自分たちを共産主義者と同一視する言葉として、青年将校らに衝撃を与えました。磯部浅一は「獄中日記」にこう書いています。
324 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:52:03
陛下が私共の挙を御きゝ遊ばして、
「日本もロシヤの様になりましたね」と言ふことを側近に言はれたとのことを耳にして、私は数日間気が狂ひました。
「日本もロシヤの様になりましたね」とは将(はた)して如何なる御聖旨か俄(にわ)かにわかりかねますが、何でもウハサによると、青年将校の思想行動がロシヤ革命当時のそれであると言ふ意味らしいとのことをソク聞した時には、神も仏もないものかと思ひ、神仏をうらみました。

『英霊の声』では、「このお言葉を洩れ承った獄中のわが同志が、いかに憤り、いかに慨き、いかに血涙を流したことか!」と書かれています。

青年将校らの想いと昭和天皇のお考えは、最初から最後まですれ違いでした。そもそも事件勃発のとき、天皇は、

「朕が股肱(ここう)の老臣を殺りくす、此の如き兇暴の将校等その精神に於て何ら恕(じょ)すべきものありや、と仰せられ、又、朕が最も信頼せる老臣を悉(ことごと)く倒すは、真綿にて朕の首を締むるに等しき行為と漏らさる。」(本庄繁日記)
325 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:53:08
とおっしゃいました。青年将校らが殺戮した「醜き怪獣」は、天皇陛下にとっては「股肱の老臣」、もっとも頼りにする臣下だったのです。憲法を守る天皇は、法を無視した暴力を断じて認めることはできませんでした。

そして、反乱軍への対処をめぐって軍当局の意見が割れ、事態収拾が進まなかったとき、陛下は、
「朕自らが近衛師団を率ゐこれが鎮圧に当たらん」(本庄繁日記)

とまでおっしゃったのです。天皇陛下の断固たる意志によって、軍の一部には同情を集めていた蹶起軍は賊軍と見なされ、鎮圧されたのです。
これは、天皇への「恋闕の情」によって、命を捨てても昭和維新を目指した青年将校らにとっては、青天の霹靂、思いもかけない無惨な結末、まさにどんでん返しとしか言いようのない「天皇の裏切り」だったのです。
326 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:54:17
「天皇の裏切り」を知った磯部浅一は、死の直前まで、天皇を呪い続けます。
だが私も他の同志も、何時迄もメソメソと泣いてばかりはゐませんぞ、泣いて泣き寝入りは致しません。怒つて憤然と立ちます。
今の私は怒髪天をつくの怒りにもえてゐます。私は今は陛下を御叱り申し上げるところに迄、精神が高まりました。だから毎日朝から晩迄、陛下を御叱り申してをります。
天皇陛下何と言ふ御失政でありますか、何と言ふザマです、皇祖皇宗に御あやまりなされませ。(「獄中日記」)

処刑のとき、多くの青年将校は「天皇陛下万歳!」を叫んで銃殺されました。しかし、磯部浅一と、もう一人の首謀者・村中孝次は、無言のままでした。彼らは、「天皇陛下万歳!」を唱える気になれないほど、天皇を憎んでいたのです。このような強い怨念をだいた人間は、死後、仏教的に言えば成仏できず、地上を徘徊する地縛霊になります。
この呪詛は『英霊の声』では次のように述べられています。
327 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:55:20
かくてわれらは十字架に縛され、われらの額と心臓を射ち貫いた銃弾は、叛徒のはずかしめに汚れていた。
このとき大元帥陛下の率いたもう皇軍は亡び、このときわが皇国の大義は崩れた。赤誠の士が叛徒となりし日、漢意(からごころ)のナチスかぶれの軍閥は、さえぎるもののない戦争への道をひらいた。
われらは陛下が、われらをかくも憎みたもうたことを、お咎めする術(すべ)とてない。
しかし叛逆の徒とは!叛乱とは!国体を明らかにせんための義軍をば、叛乱軍と呼ばせて死なしむる、その大御心に御仁慈はつゆほどもなかりしか。
こは神としてのみ心ならず、
人として暴を憎みたまいしなり。
〔・・・・〕
などてすめろぎは人間(ひと)となりたまいし。

まさにこれは、天皇に裏切られ、賊軍として処刑された、磯部らの無念の想いそのままです。ここには、三島由紀夫の文学的修辞を超えた、いまだ行くべき階層に行くことができない地縛霊の怨念が感じられます。『文藝』の編集長の寺田博氏が、「原稿をもらって怖かった」と言ったのも、むべなるかなです。
328 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:56:24
三島由紀夫と2・26事件(8)

『英霊の声』という作品は、三島由紀夫の肉体を借りての、磯部ら地縛霊の昭和天皇への訴えかけでした。その内容は、

(1)自分たちは、天皇への恋闕の情、赤誠をもって、昭和維新を目指した「義軍」であり、決して「叛乱軍」=「賊軍」ではない、と認めよ。
(2)日本が戦争に突入し、そして敗れたのは、天皇陛下が、正義軍であるわれわれを叛乱軍と見なし、「ナチスかぶれの軍閥」=統制派に味方したときに、国の大義が崩れ、国体が汚されたからである。したがって、日本の敗戦は天皇陛下の責任である。
(3)自分たちの行為に怒りを発し、自分たちを暗黒裁判によって極刑に処した天皇の心は、現人神としての「仁慈」に背き、単なる肉体人間の想いである、と認め、反省し、われらに謝罪せよ。
ということになります。
329 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:57:41
共産主義者であれば、天皇にこれほどの憎しみをいだけば、あとは天皇制の打倒に向うだけですが、しかしながら、彼らは天皇への恋闕者として、昭和天皇を全否定することはできません。そこに、彼らのどうすることもできない矛盾と悲劇があります。

そこで、天皇への恨み辛みをさんざん述べたあと、霊たちは一転、泣き叫びます。

そのとき私は、急に川崎君〔神主=霊媒〕の口から発せられた異様なひびきに愕かされた。
それは鬼哭としか云いようのない、はげしい悲しみの叫びであった。彼はそれまで一度も崩さずにいた膝のまま、畳に打ち伏して、身をよじって哭きはじめた。
私は今まであのような、痛切な悲しみに充ちた慟哭の声をきいたことがない。

この慟哭は、まさに磯部らの慟哭です。

霊たちはこのように、『英霊の声』という作品を通して、自分たちの想いを一応肉体界に伝えました。しかし、それだけでは彼らは満足できないのです。昭和天皇が『英霊の声』を読まなければ、彼らの想いは天皇に伝わりません。読んだとしても、それだけでは、自分たちの怨念を訴えただけで、自分たちの赤誠は証明できません。
330 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:58:44
それを証明するためには、われらは躊躇なく軍服の腹をくつろげ、口々に雪空も裂けよとばかり、「天皇陛下万歳!」を叫びつつ、手にした血刀をおのれの腹深く突き立てる。かくて、われらが屠った奸臣の血は、われらの至純の血とまじわり、同じ天皇の赤子の血として、陛下の御馬前に浄化されるのだ。

というあの願望を成就しなければなりません。そして、彼らは同時に、怨念に駆られて、陛下を恨み奉ったあげく、「天皇陛下万歳!」も唱えずに死んだ、あの不義・不忠・不敬をも雪(そそ)がなければなりません。「天皇陛下万歳!」を唱えながら、赤誠の証しとして天皇陛下の御前で割腹自殺することによってのみ、彼らは天皇と和解ができるのです。この目的を果たすために、彼らは三島の肉体を利用したのです。三島は「天皇陛下万歳!」を叫んで割腹自殺をとげましたが、こう叫んだのは実は磯部浅一だったのです。
五井先生が「他殺」と呼ぶ所以です。
331 リベラルさん 2013/08/21(水) 14:59:50
しかし、昭和天皇は、三島の、そしてその背後にいる磯部らの行為と想いを、「その方たちの志はよくわかった。その方たちの誠忠をうれしく思う」と嘉(よみ)したでしょうか?おそらくそうではなかったでしょう。法を無視した二・二六事件を嫌悪した天皇は、三島事件をも嫌悪したに違いありません。これは私の推測にすぎませんが、昭和天皇は、あの異様な三島割腹事件に、二・二六事件との不吉な関連をお感じになったのではないかと思います。

青年将校らの天皇への「恋闕の情」は、天皇陛下の本心を知らない、まったく一方的な「片想い」であったと言わざるをえません。

三島は『葉隠入門』で「恋闕の情」について、「もっとも官能的な誠実さから発したものが、自分の命を捨ててもつくすべき理想に一直線につながるという確信」であると解説しています。『英霊の声』では、「あれほどまでの恋の至情が、神〔=天皇〕のお耳に届かぬ筈はなかった」と言われています。
332 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:01:17
しかし、「自分の命を捨て」るほど「誠実」であれば「理想につながる」という彼らの「確信」は、錯覚です。なぜなら、その「理想」はあくまでも「自分の」理想でしかないからです。男女の恋愛において、恋愛者は往々にして、自分が作り上げた理想像に恋愛しているのであって、現実の相手を見ていないことがよくあります。そういう人は、恋愛が結婚となって現実化したとき、つまり、理想につながった瞬間に、相手の現実の姿が理想とは違うことを知り、幻滅することになります。

真実の愛は、その幻滅から始まります。相手の長所も短所も素直に認め、受け入れ、許せるようになってこそはじめて、それは真実の愛となるのです。自分が勝手に作り上げた理想像にいつまでも固執している人は、結局、相手がその理想像に合致しないという理由で、相手を憎み、非難し、責めはじめることになります。熱烈な恋愛が、成就したあと、しばしば破綻につながる所以です。

理想が抽象的な観念や目に見えない神であれば、そういう幻滅はありません。人は、ドン・キホーテのように、現実にならない理想をいつまでも追い続けることができます。
333 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:02:35
言い換えれば、いつまでも錯覚にひたることができます。しかし、理想が現実の肉体を備えた存在であれば、いつかは自分が作り上げた理想像と、肉体をもった存在とのズレを認識せざるをえません。

磯部らの「神」は、肉体を持たない「神」、抽象的な観念ではありませんでした。肉体を持った神、昭和天皇でした。「現人神」という、神性と肉体性を兼ね備えた存在を、自分たちが勝手にでっち上げた理想像と同一視したところに、磯部らの根本的な誤りがありました。そして、「現人神」という観念は、戦前の日本を誤らせた誤謬でもあります。近代日本の歴史の秘密は、まさに「現人神」の観念にあるといっても過言ではありませんが、これについては別に詳しく論じなければなりません。

磯部らの天皇への「恋闕の情」は、「股肱の老臣」を殺害された天皇陛下にとっては、迷惑千万な、一方的な片想い以外の何ものでもありませんでした。殺人犯が、「私は、人殺しをするほどあなたを深く愛しているのだから、あなたも私を同じように愛するべきだ」と迫ってきたようなものです。。
334 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:03:38
その上、相手が自分の愛を受け入れてくれないなら、相手を憎む、というのでは、まさにストーカーです。磯部らが、死後、怨念霊になったのもよくわかります。怨念霊とは、まさに幽界のストーカーだからです

※「stalker」というのは、「面識もないのに、後を追ったり待ちぶせをしたりして、しつこくつきまとう偏執狂的な人」という意味です。

「われらは躊躇なく軍服の腹をくつろげ・・・」の文を、三島(その背後に憑依している磯部)は、赤誠の証しとして書いています。しかし、この文は実に幼児的で自己中心的な幻想です。それはまさに、磯部らの未熟な精神状態を暴露しています。

ドイツの社会学者マックス・ウェーバーは『職業としての政治』の中で、「責任倫理」と「心情倫理」を区別しています。政治的行為において問われるのは、結果責任、「責任倫理」です。自分たちは善意で行動したのだ、という「心情倫理」は、政治的失敗の言い訳にはなりません。
335 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:04:45
現支配体制を暴力によって打ち倒すという青年将校らの行為は、紛れもなく政治的行為です。ところが、「恋闕の情」によって立つ彼らは、自分たちの想いが誠実である以上、天皇は自分たちの行為を認めるべきだ、という「心情倫理」しか知らないのです。そして、君側の奸である「醜き怪獣ども」を取り除きさえすれば、天皇親政ですべてはよくなる、と思いこんでいたのです。

しかし、あの時代に天皇親政を導入すれば、日本がよくなり、対外関係もうまく行き、戦争を避けられた、あるいは戦争に突入しても、「神風」が吹いて日米戦争に勝利できた、とはとうてい思えません。天皇親政などをしいたら、経済も軍事も外交も、一切の政治的責任はすべて天皇に降りかかってきます。もし彼らのクーデターが成功し、天皇親政が実現していたら、日本の敗戦によって、天皇の戦争責任と政治責任は否定しようがないものとなり、昭和天皇は戦犯として処刑され、天皇制自体も廃止されていたかもしれません。青年将校らの考えは、現実(責任倫理)を無視した自己陶酔でしかありませんでした。

336 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:05:48
これは、青年将校だけの思考ではなく、彼らを唆した皇道派の幹部の思考でした。皇道派の荒木貞夫大将は、こう言っていたのです。

「現在の日本では真の日本精神が蔽われている。これを顕わしさえすれば各方面の行詰りも自然と解消してゆく。自分は思想、教育、経済、財政、外交等について具体的な意見を持っているが、それは今言うべき時期ではない」

これについて松本清張は、

つまり、「一切の問題を皇道精神で解決できる」というのである。また、具体的な意見はあるが言うべき時期ではないと答えたのは、実は言うべき具体案が何もなかったのである。しかし、彼のこうした日本精神的な派手な発言は青年将校たちに喜ばれた。
荒木は国軍を「皇軍」といい、国威を「皇威」といい、日本を「皇国」といって、何でもかでも「皇」をつけた。なかでも外人記者団に語った「竹槍三千本論」は傑作で、竹槍があれば列強恐るるにたらずという説である。
337 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:07:06
と揶揄しています。

政治・経済・外交・軍事が複雑に絡まり合う日本で、具体的な政策もなく、国体を明徴にし、天皇親政にすれば問題がすべて解決する、というのはなんとも短絡的な思考ですが、こういう人物がその当時、国民大衆の人気を集めていたのです。青年将校らの信念もそれと同じでした。

皇道派は二・二六事件で派閥としては権力の座から追放されましたが、その後の軍部はますます皇道派的な精神主義に傾斜していき、戦争末期には、まさに竹槍で本土決戦を戦うとまで言い出したことはよく知られています。このような精神的背景がなければ、神風特攻隊もつくられることはなかったでしょう。

三島由紀夫と2・26事件(9)


さて、『英霊の声』で、二・二六事件の将校らの次に神主=霊媒に憑依してくるのは、まさに神風特攻隊の死者たちです。彼らは、二・二六事件関係者(兄神)のあとに死んだので、「第二に裏切られた霊」、「弟神」と呼ばれています。

死を覚悟した出撃前の心境を、特攻隊員の霊はこう語っています。
338 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:08:20
『陛下は神風特別攻撃隊の奮戦を聞こし召されて、次の御言葉を賜わった。
《そのようにまでせねばならなかったか。しかしよくやったと》』
そして飛行長はおごそかにつづけた。
『この御言葉を拝して、拝察するのは、畏れながら、我々はまだまだ震襟(しんきん)をなやまし奉っているということである。我々はここに益々奮励して、大御心を安んじ奉らねばならぬ』
われらは兄神のような、死の恋の熱情の焔は持たぬ。われらはそもそも絶望から生れ、死は確実に予定され、その死こそ『御馬前の討死』に他ならず、陛下は畏れ多くも、おん悲しみと共にわれらの死を嘉納される。それはもう決っている。われらには恋の飢渇はなかった。

彼らは、「兄神」=二・二六事件の青年将校らのように、天皇に否認されたわけではありません。「そのようにまでせねばならなかったか。しかしよくやった」という天皇陛下のお言葉には、特攻隊員への深い悲しみがあふれています。「陛下は畏れ多くも、おん悲しみと共にわれらの死を嘉納される」のでありますから、彼らには、二・二六事件将校らの満たされぬ恋の苦しみはありません。
339 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:09:40
しかし、青年たちが特攻攻撃という壮絶な死を遂げるにあたっては、その死を根拠づける宗教的信念が必要です。それは、天皇は神である、という教義です。

しかしわれら自身が神秘であり、われら自身が生ける神であるならば、陛下こそ神であらねばならぬ。神の階梯のいと高いところに、神としての陛下が輝いていて下さらなくてはならぬ。そこにわれらの不滅の根源があり、われらの死の栄光の根源があり、われらと歴史とをつなぐ唯一条の糸があるからだ。そして陛下は決して、人の情と涙によって、われらの死を救おうとなさったり、われらの死を妨げようとなさってはならぬ。神のみが、このような非合理な死、青春のこのような壮麗な屠殺によって、われらの生粋の悲劇を成就させてくれるであろうからだ。そうでなければ、われらの死は、愚かな犠牲にすぎなくなるだろう。われらは戦士ではなく、闘技場の剣士に成り下るだろう。神の死ではなくて、奴隷の死を死ぬことになるだろう。

こうして彼らは、天皇は神であると信じて、その命を天皇陛下に捧げました。
340 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:11:09
しかし、彼らが期待した「神風」は吹かず、日本は惨めにも敗戦の辱めを受けました。「神界」に行った「弟神」たちは、なぜ神風が吹かなかったのか、と疑問に思います。
日本の現代において、もし神風が吹くとすれば、兄神たちのあの蹶起の時と、われらのあの進撃の時と、二つの時しかなかった。その二度の時を措いて、まことに神風が吹き起り、この国が神国であることを、自ら証する時はなかった。そして、二度とも、実に二度とも、神風はついに吹かなかった。
何故だろう。

彼らの結論は、天皇陛下ご自身が国体を裏切ったから、というものです。天皇の裏切りは、昭和21年1月1日に出された詔勅、いわゆる「人間宣言」にも現われている、と彼らは言います。

……今われらは強いて怒りを抑えて物語ろう。
われらは神界から逐一を見守っていたが、この『人間宣言』には、明らかに天皇御自身の御意志が含まれていた。天皇御自身に、
『実は朕は人間である』
と仰せ出されたいお気持が、積年に亙って、ふりつもる雪のように重みを加えていた。それが大御心であったのである。
341 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:12:12
忠勇なる将兵が、神の下された開戦の詔勅によって死に、さしもの戦いも、神の下された終戦の詔勅によって、一瞬にして静まったわずか半歳あとに、陛下は、
『実は朕は人間であった』と仰せ出されたのである。

われらが神なる天皇のために、身を弾丸となして敵艦に命中させた、そのわずか一年あとに……。
あの『何故か』が、われらには徐々にわかってきた。
陛下の御誠実は疑いがない。陛下御自身が、実は人間であったと仰せ出される以上、そのお言葉にいつわりのあろう筈はない。高御座(たかみくら)にのぼりましてこのかた、陛下はずっと人間であらせられた。あの暗い世に、一つかみの老臣どものほかには友とてなく、たったお孤りで、あらゆる辛苦をお忍びになりつつ、陛下は人間であらせられた。清らかに、小さく光る人間であらせられた。
それはよい。誰が陛下をお咎めすることができよう。
だが、昭和の歴史においてただ二度だけ、陛下は神であらせられるべきだった。何と云おうか、人間としての義務(つとめ)において、神であらせられるべきだった。
342 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:13:23
この二度だけは、陛下は人間であらせられるその深度のきわみにおいて、正に、神であらせられるべきだった。それを二度とも陛下は逸したもうた。もっとも神であらせられるべき時に、人間にましましたのだ。

一度は兄神たちの蹶起の時。一度はわれらの死のあと、国の敗れたあとの時である。歴史に『もし』は愚かしい。しかし、もしこの二度のときに、陛下が決然と神にましましたら、あのような虚しい悲劇は防がれ、このような虚しい幸福は防がれたであろう。
この二度のとき、この二度のとき、陛下は人間であらせられることにより、一度は軍の魂を失わせ玉い、二度目は国の魂を失わせ玉うた。

御聖代は二つの色に染め分けられ、血みどろの色は敗戦に終り、ものうき灰いろはその日からはじまっている。御聖代が真に血にまみれたるは、兄神たちの至誠を見捨てたもうたその日にはじまり、御聖代がうつろなる灰に充たされたるは、人間宣言を下されし日にはじまった。すべて過ぎ来しことを『架空なる観念』と呼びなし玉うた日にはじまった。
われらの死の不滅は涜(けが)された。……
343 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:14:27
ここには、驚くべき歴史観が表明されています。それは昭和天皇の2度にわたる裏切り・過ちが、昭和史のすべての悲惨の原因である、という歴史観です。

昭和天皇は時々、左翼陣営から戦争責任者として非難されました。天皇が開戦に反対していれば、日米戦争は回避できたはずであり、天皇の命令なしには戦争は起こりえなかった、そしてアジア各地の戦争犯罪は天皇の命令で行なわれた、だから天皇が戦争の一切に責任がある、天皇は戦争犯罪人である、という非難です。その典型は、NHKの番組改変問題で話題になった「女性国際戦犯法廷」(バウネット)です。

※バウネットの主体は北朝鮮系の団体であることが明らかになっています。

『英霊の声』は、これとはまったく異なった形で、天皇を戦争責任者として非難しています。昭和天皇の国体への2度の裏切りが日本の戦争と敗戦を招いた、というのです。こういうことを明言したのは、後にも先にも三島由紀夫しかいません。戦前的な言い方をすれば、これは明らかに、天皇陛下に対する「不敬」です。このことを、三島を尊皇家・愛国者として高く評価する右翼天皇主義者はどう見るのでしょう?
344 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:15:30
三島由紀夫と2・26事件(10)

三島は、天皇の罪は、天皇が二・二六事件の蹶起将校を賊軍ととして裁いたことによって「軍の魂を失わせ」たこと(第一の裏切り)と、「人間宣言」によって「国の魂を失わせ」たこと(第二の裏切り)の二つであると言います。一度目の裏切りにより、「御聖代が真に血にまみれ」(戦争と敗戦)るという「悲劇」が起き、二度目の裏切りにより、「御聖代がうつろなる灰に充たされた」(戦後の浅薄な現世主義)というのです。

「弟神」らのこの告発は正当なものでしょうか?

第一の裏切りについて。三島も書いているように、「歴史に『もし』は愚かしい」ことですが、もし天皇が二・二六事件の蹶起将校を正義軍と認めていれば、「軍の魂」が守られ、それによって戦争が回避されたのでしょうか?そのようなことはまず考えられません。中国大陸をめぐる当時の日米の利権抗争が解消されない以上、いずれ日米が衝突することは不可避だったと思われます。
345 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:16:34
日本がアメリカとの戦争を回避する唯一の道は、日本が、中国大陸から全面撤退を求めるハル・ノートを無条件で受け入れ、中国大陸の既得権益をすべて放棄することでした。それは可能だったでしょうか?

その当時の日本人は、中国大陸の利権を、日清・日露戦争の血によって獲得したものと考えていました。日清戦争後の三国干渉によって、遼東半島を放棄せざるを得なかったことに日本人が激怒し、臥薪嘗胆を誓ったのは、そのためです。日露戦争の賠償金を取ることができなかったポーツマス条約に、日比谷焼き討ち事件が起こったのも、そのためです。文字通り血をもって獲得した利権をむざむざ放棄することは、日清・日露戦争の戦死者を冒涜することだと信じられていました。その当時の大部分の日本人にとっては、ハル・ノートを受け入れることは、戦わずしてアメリカに全面降伏することに等しかったのです。いわば、大きな借金をしてせっかく手に入れたマンションから、弁償金もなしに即座に退去してくれ、と要求されたようなものです。
346 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:17:50
他方、アメリカも日本との戦争を強く望んでいました。その理由は、

(1)中国大陸、アジアから日本を駆逐し、米英の覇権を確立することができる。
(2)1939年9月の欧州大戦勃発に際して、アメリカは中立を宣言していました。戦況はナチス・ドイツの圧勝で、イギリスは苦境に陥っていましたが、アメリカはイギリスを支援する大義名分がありませんでした。しかも、アメリカ国民は孤立主義的で、欧州大戦への参戦に反対していました。ドイツ、イタリアと3国同盟を結んでいた日本と戦争することによって、アメリカはドイツに公然と宣戦布告することができる。

アメリカは日独との戦争を起こすために、意図的に、日本が絶対に受け入れることができない無理な要求をつきつけたのです。これはまさに「挑発」でした。


1937〜42年、駐日イギリス大使であったロバート・クレーギー卿は、日本の提案した妥協案をアメリカが交渉の材料として取り上げていたら、日本の開戦はなかっただろう、アメリカの「最後の回答」は日本が拒否することは確実だった、という報告書をイーデン外相に提出しています。
347 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:19:23
チャーチルはこの報告書を読んで怒り、日本のアメリカへの宣戦は「大きな幸運」なのだと述べています。(武田清子『天皇観の相克』)

「軍の魂」がありさえすれば日米戦争が防がれたというのは、明治以降の歴史の流れを無視した、まったく成り立たない議論です。先に、「軍の魂」を重視する皇道派が、軍閥としては追放されても、その後も皇道派的妄想が強まり、ついには竹槍的国土防衛論や特攻攻撃にまで至ったことを見ました。「軍の魂」論は皇道派的妄想以外の何ものでもありません。

次に、皇道派が正義軍と認められていたら、たとえ戦争になっても、「神風」が吹いて、日本が勝利したのでしょうか?そのような「確信」を特攻隊の霊たちは何によって根拠づけるのでしょうか?その根拠は、日本は神国なので、蒙古襲来のときに神風が吹いたように、今回も必ず吹くはずだ、という思い込みしかありません。それはたしかに、戦争末期に軍部や日本国民がいだいていた観念かもしれません。霊たちはその観念に固執し、その観念が現実化しなかった原因・罪を、天皇の中に求めているのです。
348 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:20:27
しかし、彼らは、「日本は神国なり」「必ず神風が吹く」という観念自体が正しいかどうかを検証することはしません。いったい「神国」とは何でしょう?日本の「神国」思想は、自国・自民族が他国・他民族に優越しているという、自国・自民族中心主義の一種です。このような思想は、世界中のいたるところに存在しています。中国の中華思想、ユダヤ民族の選民思想、ナチス・ドイツのアーリア民族至上主義などがそうです。こういう観念が人類の歴史上どれほど多くの災いをもたらしてきたか、はかりしれません。

「神」が一国・一民族を特別に依怙贔屓し、他国・他民族を支配する権利を与える、という考えは、きわめて幼稚かつ自己中心的です。自国・自民族を特別に愛顧する神というのは、自民族中心主義の投影、集団的エゴイズムの実体化にすぎません。「神」なるものがあるとすれば、そういう幼稚な観念からほど遠いところに存在しているに違いありません。

「神」とは無限なる叡智、無限なる愛、無限なる調和、無限なる生命です。そういう状態が一国の中に現われてこそ、真の「神国」と呼べるはずです。
349 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:21:29
客観的に見て、朝鮮を併合し、中国大陸に利権を求めていた戦前の日本が、「神国」からはほど遠い状態であったことは、否定できません。日本は、アジアの解放という看板を掲げてはいましたが、実際には欧米列強に伍して植民地獲得を目指す覇道国家の一つに成り下がっていたのです。もし日本に本当に神がいるならば、軍国主義におごり高ぶっていた日本にきついお仕置きを与えるでしょう。神が神風を吹かせなかったのは、当然です。私の見方では、むしろ原爆と敗戦こそ神の厳しい愛、真の神風でしたが、これについては別に論じなければなりません。

特攻隊の霊たちは「神界」にいるはずなのですから、高い神意、宇宙の摂理を知り、日本がどのような意味で「神国」であるのかを、もう少し語ってくれてもよさそうなものですが、そういう説明は一切ありません。彼らにあるのは、自国中心主義的な神国妄想への固着と、天皇に裏切られた恨みだけです。この霊たちは、「神界」にいると称しておりますが、彼らがいるのは低い幽界、迷いの世界なのです。
350 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:22:33
三島由紀夫と2・26事件(11)

三島ともあろう知識人が、こんなに妄想に陥るとは信じられないほどです。いいえ、日本の敗戦にこんな狂信的な理由づけを行なっているのは、三島ではなく、その背後にいる憑依霊に違いありません。それははたして特攻隊員の霊でしょうか?

物語ではたしかに特攻隊員が語っていることになっていますが、しかし、物語全体は磯部浅一によって書かれているのです。そもそも、特攻隊員の告発は、磯部の告発――

(2)日本が戦争に突入し、そして敗れたのは、天皇陛下が、正義軍であるわれわれを叛乱軍と見なし、「ナチスかぶれの軍閥」=統制派に味方したときに、国の大義が崩れ、国体が汚されたからである。したがって、日本の敗戦は天皇陛下の責任である。

という告発とまったく同じです。すなわち、「川崎君」(神主=霊媒)に憑依しているのはいかにも「弟神」=特攻隊員のように見せかけていますが、その実体は磯部浅一らに違いありません。
351 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:23:37
磯部が言いたいのは要するに、「お前(天皇)が俺たちを裏切ったから、日本は負けたのだ。みんなお前の責任だ」ということです。それをさらに、特攻隊員の霊になりすまして、二重に語っているだけなのです。磯部の昭和天皇への恨みはかくも深いのです。

霊媒にもレベルがあり、高い神霊を降ろせる霊媒もあれば、幽界の浮遊霊がかかってくる霊媒もあります。『英霊の声』の「川崎君」は、磯部ら地縛霊と同調する低い霊媒です。そのような霊媒に、高い神霊は降りることはできません。

特攻隊員の霊は本来、磯部らのレベルよりもはるかに高いところ、文字通り神界にいます。

五井先生は戦没将兵について、『純朴の心』の中で次のように書いています。
352 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:25:03
日本は第二次大戦で負けましたが、その戦争のために多くの将兵が、国の犠牲になったわけです。その死を無駄死であった、と今日の人たちはいいますが、私は決して無駄死であったなどとは思っておりません。一人の個人が国家という大きな存在の中に、死をかけて融けこんでいったということは、その人の魂が小さな個の魂から、大きく広く拡大されていったことなのでありまして、小さな人間が、大きな神の姿となって、神霊の世界で働くことになったということなのです。要は死んでいったその人その人の、その時の想いの在り方によるのでありまして、死ぬのは嫌だ、こんなところで死ぬのは無駄死だなどと思っていた人は、死後の世界であまり高い所にはゆけないと思いますが、真実国家のために身心を捧げる気持で昇天していった人々は、正に犠牲精神そのものでありまして、神霊の世界で大きく生きることになるのです。」(121頁)

国家のために命を捧げた特攻隊員は高い神界で日本守護のために働く神となっている、と五井先生からうかがったことがあります。神なる特攻隊員の霊が、いつまでも天皇への恨み辛みを述べているはずはありません。
353 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:26:35
『英霊の声』の「弟神」はにせものの神であり、彼らがいるという「神界」は、実は迷界なのです。
もちろん、肉体身に執着したまま、恨みをいだいて死んだ兵も大勢いただろうと思います。そういう人々はいまだ神界に行くことができず、迷界に彷徨っていると考えられます。しかし、彼らの迷いの想いを承認し、神国妄想を根拠に昭和天皇を非難することは、彼らにとっても日本にとっても、何の益もありません。こういう迷界にいる人々をどう救済するかは、また別の問題です。

次に「人間宣言」という第二の裏切りの問題に移ります。敗戦後も「陛下が決然と神にましましたら、〔・・・・〕このような虚しい幸福は防がれたであろう」というのは、戦後のの日本が浅薄な現世主義、唯物的な金銭至上主義におおわれたのは、天皇の「人間宣言」のせいだ、という非難です。


三島由紀夫と2・26事件(12)

「人間宣言」というのは、昭和21年1月1日に出された次のような詔勅です。(原文は片仮名ですが、読みやすくするために平仮名に直してあります。また、旧仮名遣いを新仮名に直し、難しい漢字を一部平仮名に直しています)
354 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:27:39
年頭の詔書

ここに新年を迎う。顧みれば明治天皇明治の初め国是として五箇条の御誓文を下し給えり。曰く、

一、広く会議を興し万機公論に決すべし
一、上下心を一にして盛んに経綸を行うべし
一、官武一途庶民に至る迄おのおのその志を遂げ人心をして倦まざらしめんことを要す
一、旧来の陋習を破り天地の公道に基くべし
一、智識を世界に求め大いに皇基を振起すべし

叡旨公明正大、また何をか加えん。朕はここに誓を新たにして国運を開かんと欲す。すべからくこの御趣旨に則り、旧来の陋習を去り、民意を暢達し、官民挙げて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、もって民生の向上を図り、新日本を建設すべし。

大小都市の蒙りたる戦禍、罹災者の艱苦、産業の停頓、食糧の不足、失業者増加の趨勢等は真に心を痛ましむるものあり。しかりといえども、我が国民が現在の試練に直面し、且徹頭徹尾文明を平和に求むるの決意固く、よくその結束を全うせば、独り我が国のみならず全人類の為に、輝かしき前途の展開せらるることを疑わず。
355 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:28:42
それ家を愛する心と国を愛する心とは我が国において特に熱烈なるを見る。今や実にこの心を拡充し、人類愛の完成に向い、献身的努力をいたすべきの秋(とき)なり。

おもうに長きにわたれる戦争の敗北に終わりたる結果、我が国民はややもすれば焦燥に流れ、失意の淵に沈綸せんとするの傾きあり。詭激の風ようやく長じて道義の念すこぶる衰え、為に思想混乱の兆あるはまことに深憂にたえず。

しかれども朕は爾(なんじ)等国民とともに在り、常に利害を同じうし休戚(きゅうせき=喜び悲しみ)を分たんと欲す。朕と爾等国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説とによりて生ぜるものに非ず。天皇をもって現御神(あきつみかみ)とし、且日本国民をもって他の民族に優越せる民族にして、ひいて世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基づくものにも非ず。

356 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:29:49
朕の政府は国民の試煉と苦難とを緩和せんが為、あらゆる施策と経営とに万全の方途を講ずべし。同時に朕は我が国民が時艱に蹶起し、当面の困苦克服の為に、また産業および文運振興の為に勇往せんことを希念(きねん)す。我が国民がその公民生活において団結し、相より相たすけ、寛容相許すの気風を作興するにおいては、よく我が至高の伝統に恥じざる真価を発揮するに至らん。かくのごときは実に我が国民が人類の福祉と向上との為、絶大なる貢献を為す所以なるを疑わざるなり。

一年の計は年頭に在り、朕は朕の信頼する国民が朕とその心を一にして、自ら奮い自ら励まし、もってこの大業を成就せんことを庶幾(こいねが)う。

御名御璽
昭和二十一年一月一日

この詔書の、

「朕と爾等国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説とによりて生ぜるものに非ず。天皇をもって現御神とし、且日本国民をもって他の民族に優越せる民族にして、ひいて世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基づくものにも非ず。」

という一節のためにこの詔書は、「人間宣言」と呼ばれることになりました。
357 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:30:52
英霊の声』が問題にするのは、まさにこの一節です。

〔・・・・〕彼〔総理大臣・幣原喜重郎〕は恐懼して、こう申上げた。
『国民が陛下に対し奉り、あまり神格化扱いを致すものでありますから、今回のように軍部がこれを悪用致しまして、こんな戦争をやって遂に国を滅ぼしてしまったのであります。この際これを是正し、改めるように致さねばなりません』
陛下には静かに肯かれ、
『昭和二十一年の新春には一つそういう意味の詔勅を出したいものだ』
と仰せられた。
一方、その十二月の中頃、総司令部から宮内省に対して、
『もし天皇が神でない、というような表明をなされたら、天皇のお立場はよくなるのではないか』
との示唆があった。
かくて幣原は、改めて陛下の御内意を伺い、陛下御自身の御意志によって、それが出されることになった。
幣原は、自ら言うように『日本よりむしろ外国の人達に印象を与えたいという気持が強かったものだから、まず英文で起草』したのである。
358 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:32:43
その詔書の一節には、英文の草稿にもとづき、こう仰せられている。
『然れども朕は爾等国民と共に在り、常に利害を同じふし休戚を分たんと欲す。朕と爾等国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、単なる神話と伝説とに依りて生ぜるものに非ず。天皇を以て現御神とし、且日本国民を以て他の民族に優越せる民族にして、延て世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基くものに非ず』

三島由紀夫と2・26事件(13)

「人間宣言」は、ハロルド・G・ヘンダーソン中佐という人が書いた英文の草稿が元になっていると言われています。それを宮内省に取り持ったのは、学習院の英語教師であったR.H.ブライス(妻は日本人)でした。

〔・・・・〕GHQよりブライスが受け取った最初の英語の草案〔・・・・〕が日本語に訳され、それが天皇に届けられた。天皇は、この声明は私の考えと全く同じであるが、自分がはじめから持っていない神格を否定するということはどうだろうかと言ったという。しかし、世界各国の人々が、天皇が現人神を以て自認していると信じている今日、天皇がみずからそれを否定されることは重要であり、意味があると側近は伝えた。
359 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:35:13
すると天皇はそれに同意するとともに、「万機公論に決すべし」と世論を重視した祖父明治天皇の「五箇条御誓文」を付加して宣言することを希望したといわれる。

このようにして用意された草案をもとにして幣原喜重郎首相と前田多門文部大臣がこの詔書(英文と日本文)を書き上げたということである〔・・・・〕。いずれにせよ、この「人間宣言」の内容は、天皇自身の考えを示すものであることは確かだと理解してよいであろう。(武田清子『天皇観の相克』)

「最初の英語の草案」がどのような文言だったかはわかりませんが、そのメインは、まさに「人間宣言」の部分であったと思われます。この英文草案は、その当時高まっていた「天皇を戦犯として裁け」という国際的圧力を緩和するために、GHQ(その背後には当然、マッカーサーがいました)と親日派米英人が天皇の身を守るために工夫した声明であったのです。それは元来、天皇ご自身の発案ではありませんでした。
360 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:36:42
ところが、それを陛下にお見せしたところ、それは「私〔昭和天皇〕の考えと全く同じ」であったのです。しかし、陛下にとってはそれはあまりにも当たり前のことなので、「自分がはじめから持っていない神格を否定するということはどうだろうか」と、いったんは躊躇しましたが、「世界各国の人々が、天皇が現人神を以て自認していると信じている今日、天皇陛下がみずからそれを否定されることは重要であり、意味がある」という側近の意見を入れたのです。

しかし、天皇陛下ご自身にとっては、新年の詔書でもっと重要だったのは、「五箇条御誓文」のほうであったのです。それが詔書の冒頭にあることも、天皇陛下のお考えをはっきりと示しています。

昭和天皇ご自身、のちに記者会見で、この詔書を出した目的を以下のように語っています。
記者
ただそのご詔勅の一番冒頭に明治天皇の「五箇条の御誓文」というのがございますけれども、これはやはり何か、陛下のご希望もあるやに聞いておりますが。

天皇
そのことについてはですね、それが実はあの時の詔勅の一番の目的なんです。神格とかそういうことは二の問題であった。
361 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:37:58
それを述べるということは、あの当時においては、どうしても米国その他諸外国の勢力が強いので、それに日本の国民が圧倒されるという心配が強かったから。

民主主義を採用したのは、明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。そうして五箇条の御誓文を発して、それがもととなって明治憲法ができたんで、民主主義というものは決して輸入のものではないということを示す必要が大いにあったと思います。
それで特に初めの案では、五箇条の御誓文は日本人としては誰でも知っていると思っていることですから、あんなに詳しく書く必要はないと思っていたのですが。
幣原がこれをマッカーサー司令官に示したら、こういう立派なことをなさったのは、感心すべきものであると非常に賞讃されて、そういうことなら全文を発表してほしいというマッカーサー司令官の強い希望があったので全文を掲げて、国民及び外国に示すことにしたのであります。

記者
そうしますと陛下、やはりご自身でご希望があったわけでございますか。

天皇
私もそれを目的として、あの宣言を考えたのです。

362 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:39:06
記者
陛下ご自身のお気持ちとしては、何も日本が戦争が終ったあとで、米国から民主主義だということで輸入される、そういうことではないと、もともと明治大帝の頃からそういう民主主義の大本、大綱があったんであるという……。

天皇
そして、日本の誇りを日本の国民が忘れると非常に具合が悪いと思いましたから。日本の国民が日本の誇りを忘れないように、ああいう立派な明治大帝のお考えがあったということを示すために、あれを発表することを私は希望したのです。

(『陛下、お尋ね申し上げます』、高橋紘+鈴木邦彦、徳間書店)

すなわち、昭和天皇がこの「年頭の詔書」を出した目的は、

(1)「五箇条の御誓文」を再確認することが第一の目的であり、「神格とかそういうことは二の問題」であった。
(2)日本にはすでに明治憲法によって民主主義が存在していたのであって、あらためてアメリカから輸入するものではない、ということを示す。
363 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:40:14
ということです。「人間宣言」の部分は、いわば「刺身のつま」だったのです。しかし、天皇は現人神であるというイデオロギーを危険視していた諸外国や、そのイデオロギーを否定したいと考えていた日本のマスコミは、その部分のみを強調して、この詔書を天皇の「人間宣言」と呼ぶようになってしまったのです。それはある意味では、天皇ご自身の意に沿わない誤解であったのです。三島もこの誤解に引きずられている部分があります。

三島由紀夫と2・26事件(14)

このインタビューからもわかるように、昭和天皇は、お祖父様である明治天皇を非常に尊敬していて、いつも「明治大帝」とお呼びになっています。

昭和16年9月6日の御前会議において、昭和天皇は明治天皇の、

「四方の海みなはらからと思ふ世になど波風の立ち騒ぐらむ」

という御製を読み上げ、

「余は常にこの御製を拝唱して、故大帝の平和愛好の御精神を紹述せむと努めておるものである」(近衛手記)
364 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:41:30
と仰せになったことは有名なエピソードです。昭和天皇にとって、明治天皇は常に心の指針でした。

昭和天皇は、「民主主義を採用したのは、明治大帝の思召しである。しかも神に誓われた。そうして五箇条の御誓文を発して、それがもととなって明治憲法ができた」とおっしゃっていますが、これはまさに「欽定憲法」どころか、「欽定民主主義」とでもいうべき考え方で、民主主義になれた現代人の多くは、違和感をいだくと思います。さらに、「神に誓われた」という部分は、かなり神話的・宗教的で、もっと違和感があるでしょう。しかし、これは昭和天皇にとってはごく自然な発想だったのです。

そもそも明治以降の近代天皇には、次の二つの機能があります。

(1)宮中にて神事を執り行なう神道の大祭司。
(2)近代世俗的(=非宗教的)国家における立憲君主。

(1)は過去から現在に至るまで、変わることなく執り行なわれている天皇家の伝統行事です。しかし、(2)は明治以降になって天皇に与えられた新しい役目です。近代世俗国家は政教分離を建前としていますので、厳密に考えると、この二つの役目は矛盾します。
365 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:42:35
近代天皇は、常にこの相矛盾する役割を両立させねばならないという困難な立場に置かれているのです。

戦争末期の天皇陛下がご自分の身を犠牲にしても成し遂げねばならないと思ったのは、「赤子(=国民)の保護」と「国体護持」でした。この二つを護ることが、(1)としての天皇の「皇祖皇宗」に対する義務であったのです。

※「皇祖」とは天照大神のことで、「皇宗」とは歴代の天皇を指します。

国民のことを「赤子(せきし)」と呼ぶのは、神道的家族国家観です。「国体」には「三種の神器」が含まれていました。「三種の神器」が失われてしまえば、「国体」も滅びるので、本土決戦は避けねばならない、と昭和天皇は考えていたのです(『昭和天皇独白録』)。これはきわめて神話的な観念であると言えます。


366 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:43:43
結果的には、昭和天皇がこの神話的な観念を強く持っていたからこそ、終戦の御聖断を下せたとも言えます。

三島の「などてすめろぎは人間となりたまひし」というのは、「すめろぎ」=天皇が、(1)の役割を放棄し、もっぱら(2)になってしまった、という非難であると思います。

屈辱を嘗めしはよし、
抗すべからざる要求を潔く受け容れしはよし、
されど、ただ一つ、ただ一つ、
いかなる強制、いかなる弾圧、
いかなる死の脅迫ありとても、
陛下は人間なりと仰せらるべからざりし。
世のそしり、人の侮りを受けつつ、
ただ陛下御一人、神として御身を保たせ玉い、
そを架空、そをいつわりとはゆ宣(のたま)わず、
(たといみ心の裡深く、さなりと思(おぼ)すとも)
祭服に玉体を包み、夜昼おぼろげに
宮中賢所のなお奥深く
皇祖皇宗のおんみたまの前にぬかずき、
神〔=天皇〕のおんために死したる者らの霊を祭りて
ただ斎(いつ)き、ただ祈りてましまさば、
何ほどか尊かりしならん。
などてすめろぎは人間となりたまいし。
367 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:44:47
「英霊」はこのように昭和天皇を非難します。

しかし、たとえ昭和天皇が、のちに「人間宣言」と誤って呼ばれるようになった詔書を出したとしても、神道の大祭司の役目を放棄したわけではありません。天皇が、

「祭服に玉体を包み、夜昼おぼろげに
宮中賢所のなお奥深く
皇祖皇宗のおんみたまの前にぬかずき、
神〔=天皇〕のおんために死したる者らの霊を祭りて
ただ斎き、ただ祈りて」

いらっしゃることには、戦前も戦後も毫も違いはありません。皇祖皇宗の神前にて祈ることは、天皇の最も大切なお役目なのです。

三島は、「ただ斎き、ただ祈りてましまさば、何ほどか尊かりしならん」と、あたかも昭和天皇が自分の保身のために(1)の役目を捨て、その聖性を失い、(2)になりきったかのように非難していますが、まったくの誤りです。三島もそんなことは当然知っていたはずですが、三島はこう非難をせずにはいられなかったのです。なぜなら、それは三島の背後の磯部の深い怨念から湧き出てきたものであったからです。
368 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:45:52
三島由紀夫と2・26事件(15)

昭和天皇は、明治憲法とそれに基づく民主主義は、明治大帝の神への誓いによって定められた大切な国是である、と信じていました。まだ皇太子のころには、6ヶ月にわたりイギリス(昭和天皇はとくにイギリス王室との親善を大切にしていました)をはじめヨーロッパ諸国を歴訪し、自由と民主主義の大切さを実地に見聞していました。

先に、近代天皇には、

(1)神道の大祭司(宗教的)
(2)立憲君主(世俗的)

という二つの機能がある、と述べました。昭和天皇は、近代立憲君主としての役割を、明治大帝の「神への誓い」に由来するものと理解することによって、この二つを統一しようとしたのです。したがって、憲法を遵守し、立憲君主としてのご自分の立場を逸脱しないことは、いわば尊い神の掟に従うことにも似ていたのです。昭和天皇は、立憲君主という世俗的義務を、あたかも宗教的・神的義務のように遂行なさったとも言えるでしょう。
369 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:47:31
昭和天皇が立憲君主の立場を守ろうと強く意識したのは、張作霖爆死事件とその後の田中義一内閣の辞任がきっかけになっています。

昭和3年の張作霖爆死事件は、河本大作大尉を首謀者とする軍部の謀略でした。田中首相は最初、河本大佐を処分し、支那に対しては遺憾の意を表するつもりだ、と昭和天皇に奏上したのですが、閣議で河本の処分をうやむやにすることになり、その旨を天皇に奏上したところ、昭和天皇は、

「それでは前言と話が違ふではないか、辞表を出してはどうか」

と田中に強い語調で言ったのです。昭和天皇は謀略や嘘を心から嫌っていました。

田中は恐れ入ってただちに辞表を提出しました。天皇の一言はそれほどの重みがあったのです。田中はその2ヶ月後に急死していますが、自害の可能性もあります。そうでなかったとしても、天皇の叱責が精神的ショックとなって、命を縮めた可能性は否定できません。田中義一の辞任後の早すぎる死に、昭和天皇は大きな衝撃を味わったことでしょう。
370 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:48:57
この辞任事件のあと、イギリス式の立憲君主制を理想とする西園寺公望は、「天皇たる者は自分の意見を直接に表明するべきではない」と昭和天皇を戒められました。のちに天皇は、「あの時は自分も若かったから」(当時27歳)と若気の至りを反省していますが、それ以来、昭和天皇は、立憲君主として、たとえ自分の意に染まぬ案件でも、政府や軍の決定に「不可」を言わないようになったのです。

「天皇機関説事件」でも天皇は明白に立憲君主制の立場に立っています。

「天皇機関説」というのは、「統治権(主権)は法人たる国家にあり、天皇はその最高機関として他の機関の参与・輔弼(ほひつ)を得ながら統治権を行使する」という学説です。これに対立する学説は、天皇に主権があるとする「天皇主権説」でした。大正デモクラシーの時代には、天皇機関説が一般的な学説でした。

しかし、軍部の力が増大した1935年、貴族院本会議の演説において、菊地武夫議員が、美濃部達吉議員(東京帝国大学名誉教授)の天皇機関説を、国体に背く学説であるとして攻撃しました。二・二六事件の前年のことです。
371 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:50:07
この事件について、昭和天皇は侍従武官長・本庄繁に、「美濃部説の通りではないか。自分は天皇機関説で良い」と言っています。つまり、自分は立憲君主であって、主権を主体的に行使する専制君主ではない、ということです。

昭和天皇は戦後、天皇の命令で戦争を終えることができたのであれば、なぜ戦争の開始を抑止できなかったのか、という質問をたびたび受けました。つまり、天皇は、戦争の開始も終了も一存で決められる専制君主ではなかったか、という詰問です。これに対して天皇は以下のように答えています。

開戦の際、東条内閣の決定を私が裁可したのは、立憲政治下における立憲君主として已むを得ぬ事である。もし己が好む所は裁可し、好まざる所は裁可しないとすれば、これは専制君主となんら異る所はない。終戦の際は、しかしながら、これとは事情を異にし、廟議がまとまらず、鈴木総理は議論分裂のまま、その裁断を私に求めたのである。そこで私は、国家、民族の為に私が是なりと信ずる所によりて、事を裁いたのである。(『昭和天皇独白録』)
372 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:51:41
天皇陛下は、「二・二六の時と終戦の時と、この二回だけ、自分は立憲君主としての道を踏み間違えた」とおっしゃっています(入江相政『天皇さまの還暦』)。政治(内閣)が機能しなくなった非常事態に、やむなく立憲君主としては行なってはならないことをしてしまった、と言うのです。

※二・二六事件は、立憲君主制それ自体に対する挑戦でした。しかも岡田首相は暗殺されたと思われていて(実際には助かっていた)、内閣が機能しなかったのです。終戦の時も、廟議で戦争継続派と終戦派が同数で、決断が下せなかったのです(というよりも、鈴木貫太郎首相がそういう形にもっていったというのが正確です)。天皇の決断がなければ、戦争はずるずると続き、もっと多くの日本人が死んでいたでしょうし、国体の保持どころか、敗戦後は日本もドイツと同じように米ソの間で分割占領され、戦後も悲惨な運命をたどらなければならなかったでしょう。終戦の御聖断は、日本国民を破滅の淵から救った決断でした。

ここには、「律儀」と言えるほど憲法に忠実に立憲君主であろうとした昭和天皇のお姿を見ることができます。
373 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:53:07
しかし、この2回はまさにやむを得ざるもので、それによって昭和天皇を非難することはできません。

三島由紀夫と2・26事件(16)

昭和天皇は昭和21年の年頭の詔書の冒頭に「五箇条の御誓文」を掲げ、日本が戦争に敗れても、日本人が日本の伝統を決して見失うことなく、日本人としての誇りを忘れないで、民主的な平和国家の建設に邁進してほしい、と念願されたのです。「人間宣言」の部分は付録でした。しかし、付録の部分も大切なことを語っています。

「朕と爾等国民との間の紐帯」が「単なる神話と伝説とによりて生ぜるものに非ず」、「終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ」ているというのは、天皇と国民との結びつきは「神話と伝説」だけで生じているものではない、もっと大切なものは「終始相互の信頼と敬愛」である、ということです。

これは至極当然なお考えです。天皇家が天照大神の子孫であるという「神話と伝説」に基づいていることはたしかですが、どんなに古い「神話と伝説」があろうと、「天皇」を肯定し支持する国民がいなければ、「天皇」という制度は存続できません。
374 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:54:16
昭和天皇は、「天皇」という制度について、当たり前のことをあらためて確認しているだけです。

また、「天皇をもって現御神とし、且日本国民をもって他の民族に優越せる民族にして、ひいて世界を支配すべき運命を有す」という観念を、昭和天皇は「架空なる観念」として否定しています。この観念には、先にも述べたように、幼稚な自民族中心主義が表われており、まさに否定されてしかるべきです。

「現御神」について、昭和天皇は『昭和天皇独白録』の中で、

又現神〔現人神と同意味。あきつかみ〕の問題であるが、本庄だったか、宇佐美〔興屋〕だったか、私を神だと云ふから、私は普通の人間と人体の構造が同じだから神ではない。そういふ事を云はれては迷惑だと云つた事がある。

と語っています。まったく当たり前のことです。ですから、天皇にとっては「神格とかそういうことは二の問題」であり、「自分がはじめから持っていない神格を否定するということはどうだろうか」と思ったのです。しかし、昭和天皇が「現御神」であることを否定しても、神道の大祭司であることまでを否定したわけではありません。
375 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:55:19
私は今回、この詔書をあらためて読み、昭和天皇の平和への願いを確認し、深く感動しました。

「旧来の陋習を去り、民意を暢達し、官民挙げて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、もって民生の向上を図り、新日本を建設すべし。」
「我が国民が現在の試練に直面し、且徹頭徹尾文明を平和に求むるの決意固く、よくその結束を全うせば、独り我が国のみならず全人類の為に、輝かしき前途の展開せらるることを疑わず。」
「それ家を愛する心と国を愛する心とは我が国において特に熱烈なるを見る。今や実にこの心を拡充し、人類愛の完成に向い、献身的努力をいたすべきの秋なり。」

「我が国民がその公民生活において団結し、相より相たすけ、寛容相許すの気風を作興するにおいては、よく我が至高の伝統に恥じざる真価を発揮するに至らん。かくのごときは実に我が国民が人類の福祉と向上との為、絶大なる貢献を為す所以なるを疑わざるなり。」

ここに表われているのは、軍国主義との決別、平和国家建設の願いです。
376 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:56:23
もし日本人が天皇陛下のお心を深く理解し、「官民挙げて平和主義に徹し」「人類の福祉と向上との為、絶大なる貢献を為す」ことに努力していたならば、世界平和に貢献する素晴らしい「新日本」が建設されていたことでしょう。しかし、その後の日本は、東西冷戦の中でアメリカの属国と化し、昭和天皇が示された高い理想を忘れ、ひたすら経済発展に邁進することになります。そこに、三島の言う「ものうき灰いろ」が始まったのですが、その原因は、決して天皇陛下の「人間宣言」にあるのではありません。

三島由紀夫と2・26事件(17)

昭和天皇と三島由紀夫の相違は、

(1)憲法への忠実と憲法無視
(2)平和主義と軍国主義

の2点において際立っています。

昭和天皇がいかに明治憲法(大日本帝国憲法)に忠実であろうとなさったかは、すでに詳述しました。昭和天皇は、憲法を無視した二・二六事件の青年将校らの暴挙を断じて許すことはできなかったのです。また、新憲法、すなわち戦後の日本国憲法も昭和天皇は、その発布を「深くよろこび」、終始、憲法に忠実でありました。
377 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:57:26
これに対して、三島は二・二六事件の青年将校らを英雄視しています。そして、テロリズムは宮廷の「みやび」文化の一形態であり、国家危急の場合には、法を無視したテロも是認されるべきだ、と主張していますが(『文化防衛論』)、テロリズムを「みやび」に結びつける議論は、あまりにも論理飛躍していると言わざるをえません。

三島はさらに、

菊と刀の栄誉が最終的に帰一する根源が天皇なのであるから、軍事上の栄誉も亦、文化概念としての天皇から与えられなければならない。現行憲法下法理的に可能な方法だと思われるが、天皇に栄誉大権の実質を回復し、軍の儀杖を受けられることはもちろん、聯隊旗も直接下賜されなければならない。

と述べ、戦前のように天皇が軍との直接的結びつきを回復すべきだ、とも主張しています。現代でも三島の影響を受けた、こういう考え方はなくなっていません。
378 リベラルさん 2013/08/21(水) 15:59:14
しかし、日本の歴史を振り返ると、天皇が「大元帥」として軍服をまとったのは、日本が対外侵略をはかった明治から昭和20年までの一時期のことで、これは例外と見なすべきで、天皇は日本史の大部分において、それこそ「みやび」という「文」(菊)の中心であり、「武」(刀)の中心でなかったことは明白です。三島はここでも日本の歴史と文化をねじ曲げています。

五井先生は、著書の中で一度だけ三島由紀夫に言及しています。『日本の天命』(白光出版)の中の「私の愛国心」の章です。この文章は、昭和46年の初め、つまり三島割腹事件のすぐあとに書かれています。

三島氏割腹事件以来、憲法改正、再軍備の問題が、表面にはっきり浮び上がってきて、外国でも日本の軍国主義化を警戒の眼でみはじめている。四次防防衛費の急速なる増大予算は、保守的な人々の心にも、左傾の人々の心にも、本格的軍隊の姿を感じさせてきた。

三島氏を愛国者とみる人々は、愛国ということと天皇中心ということ、それに軍備増強ということが結びついて離れないようである。
379 リベラルさん 2013/08/21(水) 16:00:18
天皇を元首として表面に出す、ということと軍隊ということを、どうして結びつけて出さねばいけないのか。私にとっても不思議でならないし、天皇ご自身にとっても甚だ迷惑なことではないのか、と思うのである。

天皇をはっきり日本の元首と打ち出すことに私はなんの異論もない。しかし、天皇元首ということも軍隊ということも、すべて憲法改正に結びつく。そこで、天皇元首ということと軍隊ということが憲法改正というところで一つに結びついてしまう。かえって結びつけて考えようとしている人々も随分とある。

自衛隊をすっきり軍隊として取扱うための憲法改正、これはまた別の話として、それと同時に天皇元首説が出てくるので、天皇が主権を握れば、また再び軍隊が生れ、軍国主義に日本がなってゆく、というように連想されてゆくのは、日本にとって実に不幸なことといわねばならない。天皇はあく迄、平和の天皇であって、軍国主義の天皇ではないのだから、こんな想い違いを多くの日本人や諸外国にさせてしまっては、大変なことになる。
380 リベラルさん 2013/08/21(水) 16:01:26
五井先生が書くように、「天皇はあく迄、平和の天皇であって、軍国主義の天皇ではない」のです。三島由紀夫は、天皇を根本的に誤解していたと言わざるをえません。それは、磯部浅一ら二・二六事件将校らの誤解と同じ誤解でした。

今年は三島由紀夫と2・26事件に関係する出来事が奇妙に集中しました。不思議な偶然の一致ですが、その背後には霊的な意味があると私は感じています。私がこのような文章を書いたのもそのためです。

私が気がついただけでも、

(1)河出文庫版『オリジナル版・英霊の声』の刊行

(2)映画「春の雪」の完成と上映
381 リベラルさん 2013/08/21(水) 16:02:40
「2・26事件」(1936年2月26日)で、処刑された陸軍の青年将校ら17人分の遺書45枚が69年ぶりに見つかった。処刑前に入っていた陸軍刑務所の看守にあてたものなどで、自宅に保管していた仙台市太白区の平田俊夫さん(77)から、将校らの遺族で作る「仏心会」に届けられた。七十回忌が営まれる12日、東京・港区の賢崇寺で関係者に公開される(神奈川県葉山町で)。

(3)三島由紀夫研究会事務局長の三浦重周氏の割腹自殺

三島由起夫と二・二六事件は、日本のあるべき姿、とくに天皇、憲法、靖国問題への鋭い問いかけを行なっていますが、女系天皇問題、自民党の憲法改正草案の作成、靖国神社問題にも見られるように、過去は現在と共鳴しているのです。

これらの出来事はまさに、三島由起夫と二・二六事件関係の「英霊」の、現代日本人への呼びかけであると私は理解しております。本論は、仏教的に言えば今なお成仏できていない彼らに語りかける、鎮魂と慰霊の諭しです。
382 リベラルさん 2013/08/21(水) 16:03:44
この三島由紀夫論は、ちょうど1ヶ月前の11月23日に始まり、12月23日に終わりましたが、今日はまた今上陛下の誕生日でもあります。この日に当たり、明仁陛下は、皇室のあり方とは「国民と苦楽をともにすることに努め、国民の幸せを願いつつ、務めを果たしていくこと」だとおっしゃっておられますが、これは昭和天皇のお心そのものでもあります。昭和天皇は明治天皇を鑑とし、今上陛下は昭和天皇を鑑とされているのです。

皇室のあり方は時代によって変化しますが、その根本に流れている日本国民への愛情と、世界平和を願うお気持ちは一貫して不変のものです。それを言い換えれば、天皇とは、無私・無我の中心空の存在だということになります。この務めを果たすことは困難なことですが、明治以降の日本が、その任にふさわしい天皇をもってきたということは、大変幸せなことです。

私は、三島由紀夫と2・26事件を背景にして、天皇の本質について書きたかったのです。

以上、「三島由紀夫と2・26事件」を思いもかけず長々と書いてしまいました。書き残した論点は多々ありますが、それについては別の機会に取り上げ、今回は一応これで終わりにしたいと思います。
383 リベラルさん 2013/08/21(水) 16:12:16
以上、引用終了です。

上記の引用文は、小生が旧掲示板のNo.2で小生の前H.Nの自由居士
の名前で投稿したものを再掲したものです。
何故、しつっこく二回も同じものを投稿したかというと、
天皇についての保守派や右翼民族派の誤った考え違いを
指摘したかったからです。三島由紀夫のような著名な
人間の思想によって、天皇や当スレッド名にも
あるように、国家神道や誤った「天皇親政主義」、「天皇主権主義」
といった日本の国を地獄に引きずり落としかねない
考えに共鳴するようなことの無きようにして欲しいと思います。
384 リベラルさん 2013/08/21(水) 16:23:58
特に、2.26事件の青年将校を三島由紀夫のように、
英雄視することの危険性を指摘しておかねば
ならないと考えました。但し、軍事クーデターを
起こした青年将校と、特攻隊で亡くなった方を
一緒にしてはならないと思います。真の英雄は、
青年将校ではなく、特に不平も言わずに
従容として死地に赴いた彼らの
健気な精神であります。そこを保守派は
間違えないようにしたいものだと思います。
そうでないと、特攻で亡くなった方に申し訳が
ありません。神界から我らの言動を見守っていると
思うのです。
385  [Delete]
386 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:32:50
ちょうど1年前、滞在先で『信濃毎日新聞』を読んでいる時、一冊の本の広告が目にとまった。「明日は自由主義者が一人この世から去って行きます」。特攻服の若者の写真。タイトルは『あゝ祖国よ恋人よ−きけわだつみのこえ 上原良司』(中島博昭編、信濃毎日新聞社、2005年新版)である。すぐに知り合いの信毎記者に電話をしたところ、翌日、滞在先に宅配便で届いた。穂高出身で、慶応大学経済学部在学中に学徒出陣となり、特攻隊員として22歳で死んだ若者の遺書である。穂高の山々を思い浮かべながら、一気に読み終えた。熱い感動が体を貫いた◉靖国神社には行かないよ ―― ある特攻隊員の遺書 2009年8月10日

2年前、この直言で映画「TOKKO― 特攻」について書き、特攻出撃して生き残った人たちのことを紹介したことがある。また、ちょうど渡辺洋三(東大名誉教授)のタイ・ビルマ体験についての原稿を執筆中だったこともあって、渡辺とほぼ同世代の上原のことも紹介しようと思ったのだが、最終的に原稿から削除した。以下、その時の読書メモを用いて、『あゝ祖国よ恋人よ』(以下、本書という)を紹介したいと思う。やや引用が多くなるが、お付き合い願いたい。

387 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:33:56
上原良司が出撃した鹿児島県知覧にある「特攻平和会館」。小泉純一郎元首相がここを訪れ、展示された遺書に涙を流す場面がテレビに映し出された。私も鹿児島講演のおりに訪れ、それらの遺書を見ている。靖国神社の「遊就館」にも同種の遺書がある。死を強制された人々は、その遺書に「靖国の花の下で神と祭られ…」「大日本帝国万歳!これあるのみです」といった勇ましい言葉を書き連ねている。だが、上原のものは明らかに違っていた。

彼は遺書を3通書いていた。本書にはそれら遺書のほか、彼が書きためてきたさまざまな手記が収められている。特に「最後のメモ・ノート」(昭和19〜20年)には、「第二の遺書」や「所感」(「第三の遺書」)にあらわれる彼の思考が率直に綴られている。

彼が書いた最初の遺書は昭和18年9月22日付で、これはよくある普通のタイプのものだった。上官に遺書を書くようにうながされ,彼も「正式の遺書」を書いたのだろう。ただ、「私は戦死しても満足です。何故ならば、私は日本の自由のために戦ったのですから」という下りは注目される。「自由のため」という表現は、当時としてはきわめて異例だった。
388 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:35:16
本書に収められている上原の「最後のメモ・ノート」という手記には、彼の自由への熱き思いが随所にみられる。例えば、昭和19年6 月8 日付のメモは「国家主義(全体主義)と個人主義」というタイトルで、次のように書かれている。

「個人が国家に尽くすというのは、結局、個人のためである。国家のためではない。この意味において、国家主義は個人主義の中に入る。自由は人間性なるが故に、自由主義国家群の勝利は明白である。日本は思想的に既に敗れているのだ。何で勝つを得んや。しかし吾人が、彼のアメリカの学生がその独立を守らんがため闘っていると同じく、日本の独立のためにあくまで闘うのだ。日本の自由のために、独立のために死を捧げるのだ」。
「最後のメモ・ノート」の昭和19年11月19日にはこうある。

「日本軍隊においては、人間の本性たる自由を抑えることを修業すれど、謂く、そして自由性をある程度抑えることができると、修養ができた、軍人精神が入ったと思い、誇らしく思う。およそこれほど愚かなものはない。…いわゆる軍人精神の入ったと称する愚者が、我々に対しても自由の滅却を強要し、肉体的苦痛もその督戦隊としている。
389 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:36:20
しかしながら、激しい肉体的苦痛の鞭の下に頼っても、常に自由は戦い、そして常に勝利者である。我々は一部の愚者が、我々の自由を奪おうとして、軍人精神という矛盾の題目を唱えるたびに、何ものにも屈せぬ自由の偉大さを更めて感ずるのみである。偉大なる自由、汝は永久不滅にて、人間の本性、人類の希望である」。

昭和20年1月23日。

「近き将来において日本は敗れるかも知れぬ。何故ならは、既に権力主義は敗退の一途をたどりつつあるからだ。権力主義の国においては、外からの圧迫が強くなり、締めている力が弛んだ時が滅亡である。即ち、内からの猛烈な力によって敗退するのである」。
同年2月7日。

「2・26以来、日本はその進むべき道を誤った。…権力主義者は己の勝利を願って、日本を永久に救われぬ道に突き進ませた。彼らは真に日本を愛せざるのみならず、利己に走って偉大なる国民に、その欲せざる方向を強いて選ばしめ、アメリカの処置をその意に訴えるが如き言辞を以て、無知なる大衆をだまし、敢て戦争によって自己の地位をますます固くせんとした。勿論、そは国民の犠牲においてであるが。
390 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:37:24
かくて彼等は、一度は無知な国民の眼をあざむき得たが、時の経つに従い、天は自然の理を我々に示してくれたのである。彼等は、ジャーナリズムを以て、あくまでも国民の眼をあざむかんと努めたるも、自然の力にはその前に頭を下げざるを得なくなりつつある」。

「自由の国アメリカが、その最後の勝利を信じているのは当然であり、これこそ歴史の示す必勝の信念である。必勝の信念は思想の必勝の基礎の上におかるべきものであって、単に不敗であるということを基礎とするのや、科学力を無視した訓練等を基礎として生まれるべきはずのものでない」。

上原は、「ジャーナリズム」という横文字を使って、当時の「大本営発表」を繰り返していた新聞・ラジオに対して厳しい眼差しを向けている。それにしても、「自由の国アメリカ」の勝利をおおらかに書く上原の思考は、当時でいえば、「国賊・非国民」の典型である。軍部が「科学」を無視した精神主義に陥っていたことも、鋭く衝いている。

「最後のメモ・ノート」は昭和20年4月5日で終わる。その最後はこう結ばれている。
391 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:38:42
「特攻隊員(振武隊)となりて…悠久の大義に生きるとか、そんなことはどうでも良い。あくまで日本を愛する。祖国のために独立自由のために闘うのだ。天国における再会、死はその道程にすぎない。愛する日本、そして愛する冾子ちゃん」。

上原は「最後のノート・メモ」に示された思考を、昭和18年に書いた最初の遺書とは別に、「第二の遺書」としてまとめている。そのことを、手記のなかに次のように示唆している。

「左の引出に遺書があります。右にある釘をぬいてから引出して下さい。良司」(原文は片仮名)。
その引出しにあった「第二の遺書」には、家族への感謝の言葉が綴られているが、それ以上に自分の思考の吐露が行われている。「私は明確にいえば自由主義に憧れていました。日本が真に永久に続くためには自由主義が必要であると思ったからです。これは馬鹿な事に聞こえるかも知れません。それは現在日本が全体主義的な気分に包まれているからです。しかし、真に大きな眼を開き、人間の本性を考えた時、自由主義こそ合理的なる主義だと思います。戦争において勝敗をえんとすれば、その国の主義を見れば事前において判明すると思います。
392 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:39:51
人間の本性に合った自然な主義を持った国の勝戦(かちいくさ)は火を見るより明らかであると思います。日本を昔日の大英帝国の如くせんとする、私の理想は空しく敗れました。この上は、ただ日本の自由、独立のため、喜んで命を捧げます」。

この「第二の遺書」の末尾には、

「離れにある私の本箱の右の引出しに遺本があります。開かなかったら左の引出しを開けて釘を抜いて出して下さい」
とある。
こうした何重ものガードの末、親しいものだけが読むことのできた本当の遺書、「第三の遺書」が「所感」である。これは上原が出撃前夜(5月10日)に書いたもので、そこには、彼の思考の到達点が示されている。
393 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:41:08
「権力主義、全体主義の国家は一時的に隆盛であろうとも、必ずや最後には敗れる事は明白な事実です。我々はその真理を、今次世界大戦の枢軸国家において見る事が出来ると思います。ファシズムのイタリアは如何、ナチズムのドイツもまた、既に敗れ、今や権力主義国家は、土台石の壊れた建造物のごとく、次から次へと滅亡しつつあります。真理の普遍さは今、現実によって証明されつつ、過去において歴史が示したごとく、未来永久に自由の偉大さを証明して行くと思われます」。

「空の特攻隊のパイロットは一器械に過ぎぬと一友人がいった事は確かです。操縦桿を採る器械、人格もなく感情もなくもちろん理性もなく、ただ敵の航空母艦に向かって吸いつく磁石の中の鉄の一分子に過ぎぬのです。理性をもって考えたなら実に考えられぬ事でも強いて考えうれば、彼らがいうごとく自殺者とでもいいましょうか。精神の国、日本においてのみ見られる事だと思います。一器械である吾人は何も云う権利もありませんが、ただ、願わくば愛する日本を偉大ならしめられん事を、国民の方々にお願いするのみです。こんな精神状態で征ったならもちろん、死んでも何にもならないかも知れません。
394 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:42:48
故に最初に述べたごとく、特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思っている次第です」。
「飛行機に乗れば器械に過ぎぬのですけれど、いったん下りればやはり人間ですから、そこには感情もあり、熱情も動きます。愛する恋人に死なれた時、自分も一緒に精神的には死んでおりました。天国に待ちある人、天国において彼女と会えると思うと、死は天国に行く途中でしかありませんから何でもありません。明日は出撃です。過激にわたり、もちろん発表すべき事ではありませんでしたが、偽わらぬ心境は以上述べたごとくです。何も系統だてず、思ったままを雑然と述べた事を許して下さい。明日は自由主義者が一人この世から去って行きます。彼の後姿は淋しいですが、心中満足で一杯です。云いたい事を云いたいだけ云いました。無礼を御許し下さい。ではこの辺で。出撃の前夜記す」。

何という矛盾に満ちた、切ない言葉だろう。ナチズムの敗北を見抜く知性と理性がありながら、「一器械」として人間を扱う特攻という非人間的方法に対する鋭い批判を行いながら、自らはそれに従って死ぬ。特攻を拒否するという選択肢もあり得ただろうが、彼は一切それには触れていない。
395 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:44:21
非科学的な精神主義の日本を批判し、「国民の方々にお願いするのみ」という言葉を残すところは、吉田満『戦艦大和ノ最期』に出てくる臼淵大尉の言葉と重なる。すなわち、「日本ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ。…敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ。今日覚メズシテイツ救ワレルカ。俺タチハソノ先導ニナルノダ。日本ノ新生ニサキガケテ散ル。マサニ本望ジャナイカ」と。

なお、上原は出撃前の昭和20年4月、最後の別れのため帰郷した夜、家族や近所の人々に対して、「俺が戦争で死ぬのは愛する人たちのため、戦死しても天国へ行くから、靖国神社には行かないよ」と語ったという(中島博昭「上原良司とその時代」本書解説)。

上原のこの態度は出撃直前まで一貫していたようだ。知覧飛行場で上原の出撃を見送った陸軍報道班員高木俊朗はいう。出撃を待つ隊員のなかに、ただ一人ほとんど口をきかない青年がいた。慶応大学の上原少尉だった。彼の言葉は私をおどろかせた。
396 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:45:26
「全体主義で、戦争に勝つことはできません。日本も負けますよ。私は軍隊でどんなに教育されても、この考えを変えることはできません」。「私は、軍隊のなかにいても、自由主義者です」といって、澄んだ目をふせた…(中島解説より引用)。

上原は、私が教えている学部4 年生の年齢である。何と知的で、素敵な人物だろう。それにしても、上原の自由主義への熱い思いには感動を覚える。中島博昭によれば、上原は自由主義思想家・河合栄治郎を尊敬し、その死に対しては、最愛の恋人石川冾子の死と並ぶほどの大きな衝撃を受けたという。上原の遺書や手記にたびたび出てくる自由主義。ただ、それは深い理論的記述を伴ったものではなく、やや唐突なところもないではない。「この遺書ではまだ自由主義の論理は体系的にとらえられず、実証性も弱く、…彼のめざす『体系的思想家』の理想には、まだかなりの努力が必要であった」と中島は書いている。上原がもし生き残っていたら、戦後、どんなすばらしい仕事をしただろうか。

穂高、安曇野が生んだ一人の慶大生が残した遺書は、時代の閉鎖的な空気のなかにあっても自由な思考をやめない知の力を感じさせてくれる。

397 リベラルさん 2013/08/23(金) 21:46:31
「上原良司、陸軍特別攻撃隊第56振武隊員として沖縄嘉手納湾上の米海軍機動部隊に突入戦死、22歳。陸軍大尉に特進」(本書年表)。

今週は64回目の「8.15」である。

以上、ネットより引用。
398 リベラルさん 2013/08/23(金) 22:02:02
上記のタイトルは、

◉靖国神社には行かないよ ―― ある特攻隊員の遺書 2009年8月10日
399 リベラルさん 2013/08/24(土) 10:44:14
上記の遺書の中で、下記の部分は素晴らしい。

「日本軍隊においては、人間の本性たる自由を抑えることを修業すれど、謂く、そして自由性をある程度抑えることができると、修養ができた、軍人精神が入ったと思い、誇らしく思う。およそこれほど愚かなものはない。…いわゆる軍人精神の入ったと称する愚者が、我々に対しても自由の滅却を強要し、肉体的苦痛もその督戦隊としている。

しかしながら、激しい肉体的苦痛の鞭の下に頼っても、常に自由は戦い、そして常に勝利者である。我々は一部の愚者が、我々の自由を奪おうとして、軍人精神という矛盾の題目を唱えるたびに、何ものにも屈せぬ自由の偉大さを更めて感ずるのみである。偉大なる自由、汝は永久不滅にて、人間の本性、人類の希望である」。

「近き将来において日本は敗れるかも知れぬ。何故ならは、既に権力主義は敗退の一途をたどりつつあるからだ。権力主義の国においては、外からの圧迫が強くなり、締めている力が弛んだ時が滅亡である。即ち、内からの猛烈な力によって敗退するのである」。
同年2月7日。

400 リベラルさん 2013/08/24(土) 10:45:46
「2・26以来、日本はその進むべき道を誤った。…権力主義者は己の勝利を願って、日本を永久に救われぬ道に突き進ませた。彼らは真に日本を愛せざるのみならず、利己に走って偉大なる国民に、その欲せざる方向を強いて選ばしめ、アメリカの処置をその意に訴えるが如き言辞を以て、無知なる大衆をだまし、敢て戦争によって自己の地位をますます固くせんとした。勿論、そは国民の犠牲においてであるが。

かくて彼等は、一度は無知な国民の眼をあざむき得たが、時の経つに従い、天は自然の理を我々に示してくれたのである。彼等は、ジャーナリズムを以て、あくまでも国民の眼をあざむかんと努めたるも、自然の力にはその前に頭を下げざるを得なくなりつつある」。

「自由の国アメリカが、その最後の勝利を信じているのは当然であり、これこそ歴史の示す必勝の信念である。必勝の信念は思想の必勝の基礎の上におかるべきものであって、単に不敗であるということを基礎とするのや、科学力を無視した訓練等を基礎として生まれるべきはずのものでない」。

401 リベラルさん 2013/08/24(土) 10:48:12
上原は、「ジャーナリズム」という横文字を使って、当時の「大本営発表」を繰り返していた新聞・ラジオに対して厳しい眼差しを向けている。それにしても、「自由の国アメリカ」の勝利をおおらかに書く上原の思考は、当時でいえば、「国賊・非国民」の典型である。軍部が「科学」を無視した精神主義に陥っていたことも、鋭く衝いている。

「最後のメモ・ノート」は昭和20年4月5日で終わる。その最後はこう結ばれている。

「特攻隊員(振武隊)となりて…悠久の大義に生きるとか、そんなことはどうでも良い。あくまで日本を愛する。祖国のために独立自由のために闘うのだ。天国における再会、死はその道程にすぎない。愛する日本、そして愛する冾子ちゃん」。

上原は「最後のノート・メモ」に示された思考を、昭和18年に書いた最初の遺書とは別に、「第二の遺書」としてまとめている。そのことを、手記のなかに次のように示唆している。
402 リベラルさん 2013/08/24(土) 10:57:30
「左の引出に遺書があります。右にある釘をぬいてから引出して下さい。良司」(原文は片仮名)。
その引出しにあった「第二の遺書」には、家族への感謝の言葉が綴られているが、それ以上に自分の思考の吐露が行われている。「私は明確にいえば自由主義に憧れていました。日本が真に永久に続くためには自由主義が必要であると思ったからです。これは馬鹿な事に聞こえるかも知れません。それは現在日本が全体主義的な気分に包まれているからです。しかし、真に大きな眼を開き、人間の本性を考えた時、自由主義こそ合理的なる主義だと思います。戦争において勝敗をえんとすれば、その国の主義を見れば事前において判明すると思います。

上記のように、人間は本来、自由、真善美等のものを求める事が
本性である。それは何故か、それは、人間と言うものが
そうしたものを内部に持っているからである。
自由とか真善美とか言うものは、人間が大生命(神)の分け生命として
神の神性、仏教的に言えば、仏性という神仏の特性を
内蔵しているからであり、現在は、その神性とかが
表に現われていないが、やがてはそれが魂の進化によって
表に現われてくることになる。
403 リベラルさん 2013/08/24(土) 11:06:00
そうした神仏の末としての
特性を現わさねば人類は滅亡の危機にさらされるだろう。
いや、既にその兆候が現われつつある。
世界的な異常気象や地震等の自然災害と言われるものが
それである。自然と人間は、本来一つのものであり、
分離しているように見えるが、大元の世界では繋がっているのだ。
人間の自分勝手な生き方が、周りの自然に悪影響を与え。
その結果として、地震、津波、台風、大雨、洪水、戦争等の
不調和な事態が発生する。自然は、常に法則として「調和」を
取り戻そうとする力が働くので、その際に不調和な
エネルギーを浄化させるのである。その際に
様々な人類を脅かす災害が発生するのだ。
人間側がそういう自然の法則である「調和」を
乱すような生き方をしなければ、そういう災害もなくなる。
404 リベラルさん 2013/08/24(土) 11:15:07
では、どうしたらそういう生き方が
出来るか。それの一番簡単な方法は、
天地・大自然は、神道的に言えば、神々が
司っていると考えて、大自然に感謝すると言う
生き方を全人類が実行すれば良いのである。
そうでなくても、我々は、自然の様々な恵みに
よって生かされている。自然は何も言わないが
人間がそれを当然のように勘違いしているのだ。
昔の日本人は自然の恵みに、少なくとも今の日本人よりも
感謝していた。天地自然の背後には、神々の存在を
例え、漠然としていても感じていた。そう、理屈抜きにだ。
小生のオヤジも神は存在すると言って、子供の小生と
ケンカしたことがあった。
405 安保さん 2013/08/24(土) 18:28:06
誰も相手にしてもらえないのか?
つまらん能書きは不要だ!


279 リベラルさん 2013/07/13(土) 18:20:15
そうだ、当掲示板にはむかーしから
(旧掲示板のNo.1からだ)
書き込んでいる。保守派の掲示板では
貴重な存在なのである。
保守の裏側とかも大変に興味がある
人間である。だから、保守だの日本の伝統だのと
きれいな御託を並べている人間の舞台裏が
どういう構造になっているか興味津々なのだ。
チャンネル桜様にはお世話になっています。
しかし、この管理者様から警告を受けた事は
一度もない。
280 リベラルさん 2013/07/13(土) 18:31:03
それからついでに言っておくと、
旧掲示板において、他の投稿者からの
削除の依頼の対象者になったこともない。
406 安保さん 2013/08/24(土) 18:34:55
リベラルさんよ

////////////
チャンネル桜様にはお世話になっています。
///////////

チャンネル桜の「二千人委員会」や「友の会の会員」として、それなり貢献はしているんだろうな、それなら下らん能書きもやむおえないが・・・。

そうでないなら、恥を知れ
407 リベラルさん 2013/08/24(土) 21:17:32
あんたら保守を標榜している人間こそが
恥を知るべきだ。あんたはどうか知らんが、
今でも三島由紀夫みたいな思想の持ち主に憧れて
三島先生等と持ち上げ、いかにも愛国者ぶっているような
当スレッドにも指摘しているように、2.26事件の
反乱将校等の行動を美化し、いかにも日本の
国家のための止むにやまれぬ行動を起こした
ように賛美する感覚がおかしいのである。

彼らは、軍事クーデターを起こしたのであって、
賛美されるような筋合いは微塵もないのである。
だから、天皇を恨み、国家を恨み、天を恨んで
迷える世界から成仏出来ないのだ。
彼らと特攻で死んで行った者を同一視してはならぬ。
天と地ほどの差があるのだ。

霊的な世界は、この世と違い、ごまかしは効かないので
ある。自分の想いで、自分の住む世界を創造しているので
自分の想念が低級であれば、そういう世界に自動的に
行くのだ。他者に対する恨み、憎しみ、争いの想いがあれば
そういう想念を持った人間ばかりが集まった
世界に行く。この事をしっかりと認識しないと
自分も不幸になる。まあ、余計なお世話かも知れんが。
408 安保さん 2013/08/24(土) 22:30:53
余計なお世話だ。

わかった風なつまらん能書きは己のブログで書けばよい

保守を馬鹿にしながら

「チャネル桜様にお世話になってます」・・・か

恥ずかしくないのか?
一体何様だと思っている

409 リベラルさん 2013/08/24(土) 22:52:43
保守派にはバカが多いから、その間違いを
様々な例を引用しながら指摘しているのだ。
あんたみたいに、何の例も示さずに
只、罵倒するだけなら小学生でも出来る。
その方がよほど恥ずかしいはずだと
思うが違うかね。

「愛国と言うは、無頼漢の隠れ蓑である」
410 安保さん 2013/08/24(土) 23:58:15
つまらん能書きを偉そうに垂れるなよ!

411 リベラルさん 2013/08/25(日) 16:35:25
保守派のバカと言う「病気」を
治療するには、薬が必要であり、且つ
その薬には能書き(効能書き)が当然である。
偉そうに見えるか見えないかは、書いている
内容が真実であるかないかが大切であって
大した問題ではない。
412 リベラルさん 2013/08/26(月) 22:32:17
世界観が真っ向から対立することの多いリベラル派と保守派ですが、そもそも脳の構造から異なっていたとする研究成果が、2013年5月7日の米科学誌カレント・バイオロジー(Current Biology)に発表されました。

イギリスのロンドン大学ユニバーシティー・カレッジの研究チームは、健康で若い成人90人を対象に脳スキャンをする実験を行いました。

実験は、自分の政治的志向を1の「非常にリベラル」〜5の「非常に保守的」までの5段階で自己評価してもらったあと、脳をスキャンするというものでその結果、リベラルであるほど前帯状皮質の灰白質の容積が大きく、保守であるほど右へんとう体の容積が大きい傾向にあることがわかりました。
 前帯状皮質は複雑性の理解に関連していて、不確実性や対立をチェックする機能を持っています。そのため、前帯状皮質が大きい人ほど不確実性や対立への認容性が高く、リベラルな物の見方を許容しやすくなると考えられるといいます。
413 リベラルさん 2013/08/26(月) 22:33:59
一方、へんとう体は恐怖心の処理に関連していて、これが大きい人ほど反感や脅すような表情に敏感で、危機的状況に際してはリベラル派以上に攻撃的に反応する傾向があるそう。

日本でもよく見られる、リベラルな議案に対する保守、ことさら「ネトウヨ」と呼ばれる人たちで顕著に見られる排外主義やレイシズムや暴言は、不確実なことに対する恐怖心からでしょうか。
 これまで、一定の心理的特性でその人の政治的志向を予測できることは知られており政治的志向を脳活動と関連付けた研究はありましたが、脳の構造と結びつけた研究は今回が初めてとのことです。
414 リベラルさん 2013/08/26(月) 22:46:15
なるほど!リベラルと保守派は脳みそに違いが
あるということか。保守派の方が恐怖心に
対して、過敏に反応しやすく、すぐに攻撃的に
なりやすいということなのか。何となく分かるような
気がする。逆ギレしやすいのかも。排外主義、人種差別主義(レイシズム)
に陥りやすいということはその通りだろう。
右翼なんかに暴力を好む傾向があることは
こういうことが影響しているのかも知れない。
脳みその変化によって思想傾向が決まるのか、
それとも思想傾向によって脳みそが変化するのか
どちらだろう。こういうのは一種の病気なのか
そうであるならば、治療薬が必要になる。
415 リベラルさん 2013/09/27(金) 14:53:39
ネットより引用

忠君愛国の後遺症 ─生きる知恵としての修身、道徳─ 水口 義朗

本日は、1890年10月30日に教育勅語が発布されてから、ちょうど120年目です。
(2010年10月30日)

本書「忠君愛国の後遺症」では、かつて広く親しまれた「修身」や「教育勅語」という、具体的なマナーやモラルについて紹介しています。
単なる復古や懐古ではなく、その成り立ちや内容、なぜ失われてしまったかの歴史的経緯などまで語られています。

著者がコラムニストのためか、論旨がやや散漫で、全体を通してどのような結論を導きたかったのかハッキリしない印象はありますが、参考になるポイントが多々ありますし、後半3分の1には尋常小学校の「修身」教科書が当時のままに添付されています。この部分だけでも所蔵する価値があります。
416 リベラルさん 2013/09/27(金) 14:55:17
近年、さまざまな価値観の見直しが行われているが、自由平等への再考もそのひとつ。個人の権利や自由のみが拡大解釈され、他人にも自分と同様な個人の尊厳があることを見落とした身勝手な理屈が多い。

かって日本には「修身」という具体的な方法論があり、小学校で教えられていた。
これは、日常生活をスムーズに、家族が仲良くし、地域や学校でゆずりあい助けあって生活する知恵とマナーであり、自然法に近い内容であった。(「ヨク マナビ ヨク アソベ」「トモダチハ タスケアヘ」など)

終戦と共に、戦争に関わりのありそうなものは全て抹殺される風潮の中、日本人として、人として、必須のマナーやモラルまで吟味せずに全部捨ててしまった。「修身」も、公共への奉仕・協力や、献身という美徳が、軍国主義や全体主義と混同されたまま否定されてしまった。

代わって「公」への反発や否定から「私」の優先、個人の自由、が強調されていった。

この修身・道徳教育の根本規範とされたのは明治天皇の「教育勅語」であった。以下は、教育勅語の口語訳と、重要とされる12の徳目。
417 リベラルさん 2013/09/27(金) 14:56:32
「私は、私達の祖先が、遠大な理想のもとに、道義国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道を全うして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、見事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。 

国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲睦まじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合い、そして自分の言動を慎み、全ての人々に愛の手を差し伸べ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格を磨き、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また、法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心を捧げて、国の平和と安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは、善良な国民としての当然の努めであるばかりでなく、また、私達の祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、さらにいっそう明らかにすることでもあります。

418 リベラルさん 2013/09/27(金) 14:57:49
このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、間違いのない道でありますから、私もまた国民の皆さんと共に、祖父の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。」

1. 親に孝養をつくそう(孝行)
 2. 兄弟・姉妹は仲良くしよう(友愛)
 3. 夫婦はいつも仲むつまじくしよう(夫婦の和)
 4. 友だちはお互いに信じあって付き合おう(朋友の信)
 5. 自分の言動をつつしもう(謙遜)
 6. 広く全ての人に愛の手をさしのべよう(博愛)
 7. 勉学に励み職業を身につけよう(修業習学)
 8. 知識を養い才能を伸ばそう(知能啓発)
 9. 人格の向上につとめよう(徳器成就)
 10. 広く世の人々や社会のためになる仕事に励もう(公益世務)
 11. 法律や規則を守り社会の秩序に従おう(遵法)
 12. 正しい勇気をもって国のため真心を尽くそう(義勇)

419 リベラルさん 2013/09/27(金) 15:00:07
このように、教育勅語には人が生きるための基本的なモラルが含まれており、現代にも充分通用する。発表後には各国語へと翻訳され、世界でも非常に高い評価を得た。

しかし、1930年代になると無闇に神聖視され、本来の趣旨から離れて軍国主義の教典として利用されてしまう。結果、終戦後は教育の表舞台から排されてしまった。

「教育勅語」を復活させれば、現代のアノミー(無規範)状態が解決されると考えるのは粗雑に過ぎるが、このように普遍的な価値を持つ規範を教育に取り入れることは必要ではないか。
と、分りやすい提言をしています。

さらに感心したのは、「修身」や「教育勅語」の普遍的価値を認めながらも、戦前の日本では、これらによって秩序と道徳が保たれていた・・と単純に結論していない点です。

420 リベラルさん 2013/09/27(金) 15:01:28
例えば、戦争が終わった途端に、昨日まで「忠君愛国」「滅私奉公」を唱えていた将校たちが、大量の軍事物資を横領して山分けし姿をくらましてしまった事例などをあげて、指導者達に真の愛国心が育っておらず、戦争をするためだけのまやかしの愛国教育が行われており、本当に「教育勅語」や「軍人勅諭」の精神がひとびとの内面に確立されていたのかは疑問である、としています。

そもそも、「教育勅語」そのものが、明治維新後の西洋文明流入によって乱れた社会風俗を憂えて発布されたという背景があるようですから、真の問題は、日本固有の文化を急角度で方向転換したあたりにありそうです。

近代国家建設にあたって、キリスト教という強力な一神教で武装した西洋の侵蝕に対抗するため、天皇に政治・軍事・道徳のすべての権威を集中させた「天皇一神教」を人為的に作り上げていった日本ですが、もともと日本的でなかったこのシステムは、やはり根付いていなかったのでしょう。
421 リベラルさん 2013/09/27(金) 15:02:39
敗戦と共に天皇が人間宣言をすると、簡単に結束点がくずれ無効化しました。(やはり天皇陛下には、古来よりほとんどの時代がそうであったように、聖なるものの権威の象徴として存在していただき、軍事だの政治だのの雑事に煩わされるべきではないと思います。)

やがて、ひとびとの意識は、明治以前のムラ社会を基盤にした共同体レベルの大きさへと戻り、一部を宗教が、一部を社会主義運動が、一部を終身雇用の企業が吸収していったのではないでしょうか。時系列で見ると、こんな感じです。

----------
江戸時代の「村」「藩」といった、地域レベルの共同体
 ↓
明治以降の「天皇」「国家」への集中・一元化
 ↓
終戦後の「(終身雇用の)会社」単位の共同体
 ↓
新自由主義的な個人主義?

つまり、「ムラ社会」から「国家レベル」へ強引にまとめたが、また「ムラ的共同体」へ戻り、現代はさらに分解して個人レベルへ孤立しつつある。その過程で、アノミー(無規範)状態が顕著になってきた。
422 リベラルさん 2013/09/27(金) 15:03:58
そもそも日本には、論語をベースにした内面的な道徳心の現れである「恥」の感覚がありますが、「恥」は「世間さまに対して恥ずかしい」・・という様に、対象に向かったかたちで発動します。「世間さま」と呼ぶのにふさわしいような、互いに助けあい、また監視しあう、ムラ社会的な共同体が私たちの道徳心の対象であり、その世間がなければ、恥じる対象がないため、恥そのものもない。つまり、現代の道徳低下の原因は、私たちが道徳心を向けるべき世間=身近な共同体が存在しない事なのではないでしょうか。

そして、今後ますます、共同体の力は弱められてゆく可能性が高い(コミュニティ 〜安全と自由の戦場 ジグムント・バウマン)・・もしかすると、解決策は、教育基本法に愛国心を書き込む事などではなく、新しい共同体のカタチを作り出すこと・あるいは家庭という最小単位の共同体や、個人個人の模索から出発すべきなのかもしれません。本書に収録されている、尋常小学校「修身」教科書は、なんらかのヒントを与えてくれると思います。
423 リベラルさん 2013/09/27(金) 15:12:35
武道をたしなんでいると「型」の重要性が分ります。初心者はまず型を学ぶわけですが、これは技を究めた先人が究極の奥義として残したものですから、初心者がいきなりマスターできるわけはありませんし、やっている事の意味も理解できません。それでも、型を磨いてゆくうち、やがて技の真髄に到達するものですし、それ以外に至る道はありません。
道徳や徳育というものも、理屈からではなく、型・具体的な振るまい方から教えるべきではないでしょうか?

引用終わり

ここで大事な事は、道徳や宗教を政治的・軍事的な意味で国民を一定の方向に向かわせる
ための手段として悪用しない、させないということであろう。
大体において、時の権力者が国民に道徳を説いて聞かせると言うこと事態がおこがましいと
言える。宗教者か哲学者、学者が人の道を説くのは構わない。
424 リベラルさん 2013/10/02(水) 13:34:49
ネット上の意見より


神社界が大好きな「伝統」の中身の多くは近代以降に創出したものであります…

それから「神社神道」史について少し学べば分かることですが、
神道人は「日本が悪くなったのは外国のせい」とすぐに考える癖があります。
国学のころは「唐意」・戦前は「耶蘇・アカ等の外来思想」・戦後は「GHQ」のせいと。

なんでもかんでも時代のせいにしていたら進歩無く衰退あるのみです。
時代情勢にうまく迎合してこそ「伝統」は護られるわけであり、無理に
伝統護持しようとするならばそれらは「旧来の陋習」と化し、多くの人
々を苦しめるでしょう。

神社界の多くは保守を謳っておりますが、肝心なことは「保守とは歴史的
感覚を重視しつつ漸進的な改革を進める立場」ということです。
単なる伝統墨守は保守でもなんでもなく、頑迷固陋といえるでしょう。
425 リベラルさん 2013/10/02(水) 13:36:38
「神社合祀令」の時点で、明らかにカルトどころか単なる利権集団なんだよ
国家神道は・・・・・・。

困ったのは、「神社本庁」と名を変えて、そのカルトどころじゃない利権集団が今でも存続してる件
カルトに加担しない、伏見稲荷や、武蔵御嶽神社は立派だと思う

そもそも「伊勢」wwwとはなんなんだぜ?
元伊勢には歴史的価値がありすぎけど
426 リベラルさん 2013/10/02(水) 13:50:19
国家神道とは、政治保守派の頼りとする
カルト宗教である。
つまり、宗教とは、本来、極めて個人的なものであり、
時の権力者や政府が立ち入るべき筋合いのものではない。
しかし、戦前における国家的神道体制は、日本国家の
一神教的「国策カルト宗教」であり、国民の
学校教育において、その精神的な内面を支配し、
且つ、その信仰を強要するカルトであったのである。
そういう意味では、オーム真理教よりも始末が悪いのである。
少なくとも現在においては、特定の信仰を他者から
強要されると言う事はない。もし、強要されても
拒否する自由がある。しかし、戦前の国民には
その自由はなかった。天皇教だけは拒否出来なかったのである。
ここが一神教の恐ろしさである。最も日本人の
信仰形態に馴染まないもののひとつである。
427 リベラルさん 2013/10/02(水) 15:34:14
本物の神道とは

これが弥生人の神道

古代の日本人の霊魂観によると、人は肉体と霊魂からなり、また霊魂を「タマ(魂・玉)」と呼びました。生命の維持はタマの働きによって保たれ、死はタマの離脱することだと考えられていたのです。病気や怪我などはタマの一時的離脱であり、死はタマの永遠の離脱(脱出)を意味していました。つまり、「タマ(魂・玉)」は生命活力の根源とされてきたのです。

「タマフリ(魂振り)」は、「タマ(魂・玉)」を振り動かして、その霊威を高める働きです(魂振・魂殖・魂触・魂降などは少しずつニュアンスが違いますが、生命エネルギーの活性化という意味では同じです)。神や人のタマを人の中府(ちゅうぶ・体内)に鎮め結び付けること(「タマシズメ(魂鎮め)」)は、霊威が活き震うことの前提であり、「タマフリ(魂振り)」により人の生命力と活動力が強化されると考えられたのです。
428 リベラルさん 2013/10/02(水) 15:40:08
「タマフリ(魂振り)」いわゆる鎮魂(ミタマシズメ・ミタマフリ)は、禊祓(みそぎはらい)と並ぶ神道の重要な行法で、枯渇する人の魂を振り起こし、衰微する魂の生命力を再生する救霊の呪法です。そして鎮魂祭は、人の肉体から遊離しようとする「タマ(魂・玉)」をしっかりと中府(ちゅうぶ・体内)に鎮め固定し(「タマシズメ(魂鎮め)」)、「タマフリ(魂振り)」をすることによって人の生命力と活動力を強化すると考えた古代信仰から生まれた神事(祭祀)なのです

靖国神社と本来の神道とをはっきりと別物であると
認識する事が大切であり、日本人の神道に対する正しい認識
を育てる事に繋がるのである。それが、日本人の
正しい誇りを取り戻す事になるのである。
429 リベラルさん 2013/10/03(木) 11:45:48
わたしたち日本人は、宗教というものの本質がよくわかっていません。だから平気で「無宗教」を標榜します。それが、まじめなキリスト教徒やイスラム教徒にとってどのような意味になるのかを、まったく考えないのです。無神経ですよね。
 ですが、これは無理もないことです。なぜかといえば、日本人は明治維新以後の近代において、
 ――天皇を現人神とする国家神道――
 を無理矢理信奉させられました。有無を言わさず強制的に国家神道を押し付けられ、その信者にさせられたのです。
 わたしは、宗教というものには、
 1 ホンモノ宗教
 2 ニセモノ宗教
 3 インチキ宗教
 4 インポテ宗教
 の四種があると思っています。最後のインポテ宗教というのは、ドイツ語の“インポテンツ”を略したもので、本来の意味は性的無能力ですが、転じて宗教的救済力のなくなった宗教をいいます。
 もっとも、この四つの分類は、一つの宗教がどれか一つに対応するものではなく、同時に二つの性格を持つことがあります。たとえば現代日本のいわゆる「葬式仏教」と呼ばれるものは、たしかにホンモノ宗教なんでしょうが、同時にインポテ宗教になっていると思います。
430 リベラルさん 2013/10/03(木) 11:46:56
て、問題の国家神道ですが、これはニセモノ宗教であると同時にインチキ宗教です。そのようなニセモノ宗教・インチキ宗教をわれわれは近代においてずっと押し付けられてきたのです。それを、敗戦の年(一九四五年)の十二月十五日に連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の「国家神道廃止令」(俗に「神道指令」と呼ばれています)によって「解放」されたわけです。この「神道指令」は、
《国家指定ノ宗教乃至祭式ニ対スル信仰或ハ信仰告白ノ(直接的或ハ間接的)強制ヨリ日本国民ヲ解放スル》
 ことを目的としたものです。残念ながら自分たちの力でニセモノ宗教・インチキ宗教を打倒することはできなかったのですが、とにもかくにも忌わしい「宗教」の呪縛から「解放」されました。だから、戦後の日本人が宗教アレルギーを持つのも当然です。
「宗教なんていういかがわしいものをわたしは信じていない」
 と答えたくなる人の気持ちはよくわかります。
431 リベラルさん 2013/10/03(木) 11:48:31
日本人の民族宗教は「やまと教」

 天皇を現人神とする国家神道は、ニセモノ宗教でありインチキ宗教です。でも、わたしがそのように断言すると、「怪しからん」と腹を立てる人がおられるでしょう。だが、考えてみてください。敗戦の翌年である一九四六年の一月一日には、昭和天皇が新年の詔書を発してみずからの神格を否定したのです。
《……朕と爾等国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、単なる神話と伝説とに依りて生ぜるものに非ず。天皇を以て現御神とし、且日本国民を以て他の民族に優越せる民族にして、延て世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基くものに非ず。……》
 この詔書は一般に天皇の「人間宣言」と呼ばれています。“現御神”といった言葉が使われていますが、これは「人の姿を備えた神」といった意味で、“現人神”と同じです。昭和天皇みずからが、
「俺は神じゃないぞ。人間だぞ」
 と言ったのです。そして、天皇を現人神(現御神)とした国家神道は「神話と伝説」によって創作されたインチキ宗教でしかなかったことを明確に宣言しているのです。
432 リベラルさん 2013/10/03(木) 11:49:39
ですから、わたしの断言に腹を立てる人がおいでになれば、その人は昭和天皇のお言葉を否定したことになります。しかし、早合点しないでください。わたしは、国家神道はニセモノ宗教でありインチキ宗教であると断言しましたが、神道そのものがそうであると言っているのではありません。
 神道は、日本人の伝統的な民族宗教です。ですからホンモノ宗教です。
 その伝統的な民族宗教を改悪して、明治政府はニセモノ宗教でありインチキ宗教である国家神道を作り、それを国民に押し付けたのです。それゆえ、われわれは、「宗教」といえばどうしても胡散臭いものに感じてしまいます。そして、いわば羹に懲りて膾を吹くありさまなんでしょう、伝統的な民族宗教である神道までもがいかがわしい宗教であると思ってしまうのです。困ったことです。
 そこでわたしは、本書においては、“神道”といった言葉を避けて、日本人の伝統的な民族宗教を、
 ――やまと教――
 と命名しました。
433 リベラルさん 2013/10/03(木) 11:50:41
“やまと”といった語は、漢字で“大和”あるいは“倭”の字が宛てられますが、日本国の異称です。だから日本人の民族宗教の呼称にふさわしいと思います。じつはわたしは、その“やまと教”といった言葉に別の意味を込めているのですが、それについてはのちに明らかにします。ユダヤ人の民族宗教は“ユダヤ教”と呼ばれ、インド人の民族宗教は“ヒンドゥー教”と呼ばれます。“ヒンドゥー”といった語は“インド”と同義です。ですから“ヒンドゥー教”は“インド教”とも呼ばれます。それと同じように日本人の民族宗教は“日本教”と名づけたほうがよいでしょう。その“日本教”と同じ意味で“やまと教”といった呼称を考えました。だから、やまと(大和)教は日本人の民族宗教です。
434 リベラルさん 2013/10/03(木) 11:54:33
靖国神社「合祀取り消し訴訟」より引用

意見陳述

                          原告 菅原龍憲

私は浄土真宗の僧侶であり、先のアジア・太平洋戦争の戦役者遺族です。
20年来、私は靖国神社に赴き、敷皮にわたって戦役者である父・菅原龍音の名前を靖国神社の宮里簿より削除されるよう要請してきました。
それは私自身の宗教的信念に基づくものでありますが、神社側はこの間、私の要請を一切拒絶し続けてきました。
 ここに至って、私は靖国神社と、合祀に深く関与した国に対して、「合祀取り消し」の訴訟を提訴する決意をいたしました。
すでに靖国神社と国家の癒着は明白であり、そのように国家を後ろ盾に、なお生き続けている靖国神社が、
遺族の意思を無視して祀り続けている戦役者合祀は、もはや耐え難く、法的においても遺族としての人権を深く侵害するものであると確信し、提訴に踏み切りました。
 このような訴訟は遺族としてさまざまな重圧を被りますが、遺族として私たちが最後の世代となります。
435 リベラルさん 2013/10/03(木) 11:56:02
国家の恣意によって悲惨な犠牲を強いられ、今なお低め続けられている戦役者の「いのち」の尊厳を回復していくことは、私たち遺族が担うべき責任であると考えました。
 しかし一方で、同じ遺族でありながらも、戦役者を国家が称えるという行為を積極的に受け入れている遺族がいることも現実であります。
 国家によって不条理な死を強いられたのが戦役者の実態でありますが、国家は靖国神社への合祀によって戦役者を「英霊」として褒め称え、
感謝することで、行き場を失った遺族の怒りや悲しみを吸収し、遺族の被害意識を「お国のために役立った犠牲者」とすり替えていきました。
 1985年8月15目、当時の中曽根首相が多くの閣僚たちを引き連れて、靖国神社公式参拝を行った時、神社の境内で拍手と歓声をもって彼らを迎え入れた遺族たちの姿が忘れられません。
その光景は同じ遺族である私にとって、とても切ない悲しい光景として今なお胸に焼きついております。
 このような倒錯した構造をつくり続け、その残忍さを感じさせないところに、靖国思想の本質のようなものを感じます。
 
436 リベラルさん 2013/10/03(木) 11:57:20
私が父の合祀の取り下げを靖国神社に要請するたびに「靖国神社にも祀る自由がある」(神野藤権宮司)と、神社側はそれを拒絶する理由にしてきましたが、
「祀る自由」とは、あくまで公権力の宗教介入を許さないという宗教の自由権をいったものではないでしょうか。

そのことは宗教が個人の内面の尊厳を根底から支えるものとして位置づけられているからでありましょう。
信教の自由は何よりも個人の選択が重要視されねばなりません。「祀られたくない」という遺族の意思を一切無視して、神社側が「祀る自由」を主張することは、論理においてもすでに破綻しているといわねばなりません。
 1988年6月1目、「自衛官合祀拒否訴訟」において、最高裁大法廷判決は、信教の自由が何人にも保障されている規定を一般化し、
原告の訴える信教の自由権の侵害を認めることは「かえって相手方(山口護国神社など)の信教の自由を妨げる結果となるに至る」として、
むしろ原告に対して神社側などにもっと寛容であることを求め、原告における信教の自由権の存在を否認いたしました。
437 リベラルさん 2013/10/03(木) 11:58:23
個人の尊厳を蹂躙した国家神道体制をあくまで否定し、すべての個人はかけがえのない存在であり、
そのようなものとして尊重されるというのが憲法の基本的理念ではなかったのでしょうか。
そのことは憲法制定の歴史的背景からも明らかであります。にもかかわらず、このような転倒した判断が示されることは、
裁判官自らが、憲法の精神を担うに足る主体の確立をあまりにも怠ってきたといわざるをえません。

個々人の死はひとしく追悼されるものであります。しかし死者を選別し、選別された死者をひとくくりにする思想は深く人権を侵害するものといわねばなりません。
 靖国神社の場合は、「公務死」ということが合祀基準といわれます。合祀対象者はあくまで軍人軍属、及び国家総動員法に基づく徴用などの公務死であって、
同じ戦死者であっても原爆、空襲などによる一般民間人75万人以上の犠牲者は、合祀の対象ではありません。
 「国のための死]という、きわめて恣意的な基準を立てて、それを満たせば強制的に祀り、満たさなければ排除する。
これこそ「選別・排除・強制」の論理そのものではないでしょうか。
438 リベラルさん 2013/10/03(木) 12:01:00
神社側は「靖国神社は遺族の方々に、靖国に参拝しなさいと強制は何もしていない。祭祀によって、あなたの信仰を侵すことはない」(神野斎座宮司)と主張してきました。
 強制とはそのような内面の問題を遊離させた単なる現象をもっていわれるものでしょうか。
遺族の意思にかかわりなく、勝手に祭神として合祀し、遺族の霊璽簿からの削除の要請を一切認めようとしない、これが強制でなくてなんなのでしょうか。
公務における戦死者は自動的に祀られ、例外は許されない。この例外を許さない構造こそ「強制」そのものといわねばなりません。
 靖国神社祭神名簿の記録によりますと、私の父について次のように記載されています。
「菅原龍音命、階級・陸軍上等兵、死没年月日・昭和19年1月10日戦病死、死没場所・ニューブリテン島、合祀年月日・昭和26年10月9日」。
 私の父は、ニューギニア領・ニューブリテン島において戦死いたしました。
439 リベラルさん 2013/10/03(木) 12:03:39
そのニューギニア戦線において住民虐殺に聞わったとして、BC級戦犯として死刑を宣告されたという飯田進(82才)さんは、
ニューギニア戦線における日本軍は「上陸と同時に補給路を断たれ、ほとんどの兵士がジャングルの中で飢え死にをした」という悲惨な実態を証言されました。(「私の視点」朝日新聞2006年8月3日付)

その内容は「遺族にとって、最愛の肉親が野たれ死にしたとは思いたくない。それは人情である。誰も非難できない。
しかし野たれ死にした兵士を『英霊』と呼び、『御遺徳を顕彰する』との靖国神社の社是には見逃すことのできない、戦争美化の作為と欺隔がある」
「そこからは、あれだけの兵士を無意味な死に追いやった戦争発起と戦争指導上の責任の所在は浮かび上がってこない。
 
440 リベラルさん 2013/10/03(木) 12:04:46
『英霊』という語感の中に見事に雲散霧消してしまっている」というものです。
 私の父は戦病死と記録されていますが、まさしくそれは餓死であったと確信いたしました。武器も食料も薬も与えず、国家は南の島に兵士たちを捨てたわけです。
これが小泉首相の言うところの「心ならずも戦場に赴いて戦死した人たち」の実態なのです。国家が見捨てた兵士たちをその国家が褒め称えるという欺瞞は底なしではありませんか。
神社側は「太東亜戦争は日本の自存自衛のための戦争であり、アジア諸国を欧米の植民地から解放するための正義のだたかいです」(三井権宮司)と明言されました。
今なおアジア太平洋諸国への侵略を「大東亜聖戦」と規定し、植民地解放に貢献したという歴史観を持ち続けているのが靖国神社であります。
 私は神社側との対応のなかで、現在なお国家神道の思想が貫かれている靖国神社の実態をまざまざと見せつけられる思いでした。 

国家神道によって、国民の内面収奪をはかり、権力を神聖化し、侵略戦争や植民地支配を正当化レていったという歴史的経験への反省から、
441 リベラルさん 2013/10/03(木) 12:06:06
このような国家神道の思想を否定するという課題を担って、生み出されたのが日本国憲法の信教の自由と政教分離の原則ではなかったでしょうか。
 靖国神社は現在なお、戦役者は「英霊」であり、「偉業」をなしたものであると、確固とした意味づけをしています。
戦役者は、戦争に駆り出されて命を失った悲しい死者です。その悲しみを靖国神社はなぜ共にしようとしないのでしょうか。

戦役者の死をどのように受けとめ、どのように意味づけるかは、遺族である私たち一人ひとりの生き方そのものに関わる重大な意味を持っています。
そのような人間一人ひとりの「生き方」「死に方」という人間の存立にかかれる領域に他者は決して介入してはならないという考えによって支えられているのが人権の観念ではなかったでしょうか。
人間の尊厳の意味は、どこまでもそれを受けとめる側において生じるものであります。その権利は何よりも尊重されなければならないものであると思います。
442 リベラルさん 2013/10/03(木) 12:07:15
私は、浄土真宗の僧侶ですが、浄土真宗の宗祖である親鸞はF神祇不祥(神を祥まず)」を宣言し、
神に折ったり、霊をおそれるというような神々の呪縛からの解放を求める実践を、念仏者の証として教えました。
宗祖の著わした浄土真宗の「本典」には、「仏に帰依せば、ついにまたもろもろの天神に帰依せざれ」と記されています。
仏教に帰依するものは、他の神々に帰依してはならないと。そのことは念仏の信仰が神々に支配され、神々を背景として支配する社会のもとで卑小な存在でしかありえなかった人々に、
一人ひとりの人格の尊厳、それは同時に他者も同じ尊厳であることを承認しうるような尊厳性の自覚をうながすものであることを意味します。
 しかし、私たちの教団は戦時下において、国家神道と軌を一にして、戦時の教学を打ち立て、積極的に戦争に加担いたしました。
443 リベラルさん 2013/10/03(木) 12:08:20
教団は自らの意志において宗祖の教えを見事に捨て去ったという拭いがたい歴史を持っています。
 このような歴史的社会的な教団の罪業は、私自身教団に身を置く者として、生涯背負って生きていきたいと思っております。
 現在、私のところの仏間に、軍服姿の父の遺影を掛けています。遺族の家庭ならどこにでもあるめずらしくない光景ですが、寺院の仏間にはやはり異様に映ります。
僧侶であった父の遺影は本来なら身に法衣を纏うているはずです。この父の軍服姿に直面しますと、国家の引き起こした無謀な戦争の被害者であるにもかかわらず、加害国の兵隊として侵略戦争に加担をしたという事実を実感します。
「被害者」と「加害者」という、ひとりの人間の精神をふたつに引き裂くような残忍さ、国家の引き起こす戦争の無惨さを、私自身、心に刻み込むためにこの遺影を掛け続けています。
444 リベラルさん 2013/10/03(木) 12:09:36
僧侶であった父が神社神道の祭神として祀られている、いや現在なお祀り続けられているこの異常な事態は、
父と私自身の仏教徒である名告りを無視しているばかりでなく、その名告りを奪うことでさえあります。
 2001年8月8日、私は父の霊璽簿からの削除を求めて靖国神社に赴いたとき、当時の三井権宮司は「あなたはそのよう言われますが、
あなたのお父さんは靖国神社に神として祀られていることを喜んでいらっしやるかもしれませんよ。」と言われました。
そのときの、あの押さえがたい苦痛と屈辱は、今なお私の思いの中に絶えることなく持続しています。
 この訴訟は私にとっては、国家の「英霊」として祀られている戦役者を、その束ねられた列から解放するたたかいではありますが、
またそれは私たち白身が、現在の日本の精神状況を支配し続けている「靖国」の呪縛から解放されるかたかいでもあります。
                         (2006.8.11)
445 リベラルさん 2013/10/03(木) 12:10:42
すかはら りゅうけん
 靖国合祀取消訴訟原告団長。
 真宗遺族会代表(戦没者遺族)で浄土真宗本願寺派僧侶。
 著書に『靖国」という檻からの解放」(永田丈昌堂)ほか
446 リベラルさん 2013/10/03(木) 13:54:38
小生の感覚では、戦後の敗戦から昭和30年代までが
最も日本人にとって解放された雰囲気を持った
時代であったように感じる。当時は、敗戦の後遺症が
残っていて貧しかったが、頭の上の重しが取れたように
感じた、これから日本が再生に向かって進んで行くのだと
いう、活気が溢れていたように思う。そして、今と違い、
未だ日本人らしさの良い部分が残っていたと思う。

小生にとっては、小学生から中学生までの時代であった。
九州の田舎の百姓家で育ち、農作業を手伝いながら
学校に通っていた。田舎の隣人の助け合いの
精神の残っていた良き時代であった。
447 リベラルさん 2013/10/03(木) 14:06:06
日本が軍国主義の重苦しい重圧から解放され、
我が明治生まれの母親は、戦争はもうこりごりだと
常に口にしていたのを思い出す。
嫁いで来た時に、持参したタンス等の引手の金具は、
戦争の為の金属類の供出の為にひもに代わっていたのを
思い出す。下着類は、兄のお下がりを着せられ、
新しく買ってもらった事があったのかどうか
思い出せない。ズボンには、破れた部分にはツギが当てられ
貧しい子供の家の子は、ノートや鉛筆を買うのもままならなかった。
村長が見かねてそういう子には援助していたようだ。
修学旅行にも行けない子供もいた。学校の帰りには、
帰り道の雑貨屋で、1本10円のアイスキャンデーを買って
食べたのも懐かしき思い出である。
448 リベラルさん 2013/10/07(月) 18:40:48
●愛国烈士・安倍晋三氏が統一教会に祝電を送った理由 ほか

http://www.youtube.com/watch?v=j03v-iAJygg
449 遊さん 2013/10/08(火) 07:02:57
天皇制は近世2回滅ぼされていると思います。

最初は明治政府が作り上げた国家神道が日本古来の神道を破壊したときです。あのとき神道を支えとする天皇を完全に踏みにじることによって、維新政府は天皇を取り囲む勢力を自由にあやつれる革命に成功します。

第2はもちろん日米戦争の結果です。これで皇室は完全に骨抜きにされ、国民の税金で養われるという屈辱的な地位にまで落とされました。

近年になって与野党議員の多くが「天皇を元首に」という運動を始めていて、今年は彼らの最右翼である安倍首相が伊勢神宮に参拝しています。しかし、一度失った偶像を二度と取り戻すことはできないでしょう。
450  [Delete]
451 リベラルさん 2013/10/09(水) 13:33:52
遊さんへ

天皇を元首にすることには、小生も特に
反対は致しません。しかし、天皇を国家元首にしようとする
計画の裏には、只、単に天皇を元首にするという目的以外に、
彼らの陰謀が見え隠れしているのです。要するに
戦前のような制度に戻したいのです。天皇を国民を団結させるための
道具として、その権威を利用したいという思惑があるのです。
それが、日本の保守派・右翼の本音なのです。
戦時中にも、敗戦色が濃くなって来たために、昭和天皇では利用しにくくなり、、徹底抗戦を叫んでいた軍部の一部の連中は、現天皇である当時の皇太子を擁立して
利用しようとしていました。しかも昭和天皇の生命を奪う事さえ
考えていたようです。もし、これが実現していたら、日本の国が
どうなっていたか考える事さえ恐ろしくなります。
ことほど左様に軍部の考える事は、軍部と言うより
軍部官僚と言う方が正確なのでしょうが、
追いつめられたら、とんでもない事を考えるものです。
452 リベラルさん 2013/10/09(水) 13:46:20
●宮城事件

玉音盤強奪未遂事件は、天皇の玉音放送の録音技師が宮中から退出したところを、一部の陸軍幹部将校ら七名が指揮する近衛師団兵卒が拘束し、武力によって皇居を占拠した上で玉音盤の捜索を行ったものである。

昭和天皇を暗殺し、幼い皇太子明仁(今上天皇)を新たに擁立することを計画していた。

首謀者は陸軍省軍務局員畑中健二少佐、椎崎二郎中佐で、近衛師団長森赳中将に参加を断られるとこれを殺害して虚偽の動員命令を行ったものである。

二時間近い捜索にもかかわらず玉音盤は発見出来ず(女官の控室に保管されていた為に注意の外となった)、叛乱部隊は放送会館を武力占拠する事で放送自体を不可能にさせようとしたが、15日未明に第12方面軍司令官兼東部軍管区司令官田中静壱大将が状況を察知し、自ら部隊を説得、首謀者が自決するという結末に終った。

なお15日午前11時にも放送を中止する為、
憲兵が放送会館に闖入する事件が起ったが、取押さえられた。
453 リベラルさん 2013/10/09(水) 14:00:29
日本が無条件降伏すると、日本の国家としての運命が
心配というより、日本の軍隊としての組織が解体され、
自分達の居場所がなくなり、それが非常な危機感に
襲われた結果の行動ではなかったのか、
現在の官僚組織も、自分達の組織が危うくなると
「窮鼠猫を噛む」というようなことを仕出かしかねない
と思われる。現在の官僚組織(警察や検察等の法令遵守が
任務の組織も含む)も自分達の組織が危機にさらされると
平気でウソをつくということの経験からして
充分にあり得る事である。
454 リベラルさん 2013/10/09(水) 14:35:33
●戦に聖戦も邪戦もない
 
大東亜戦争を巡る言論の中の、所謂民族派と呼ばれる右派勢力の中には、大東亜戦争を聖戦視する向きがある。
 戦争には聖戦も邪戦もない。宗教的な行事で戦争を行うわけにはいかないのだ。それではかつての十字軍と同じである。戦争は基本的に破壊と殺戮の行動である。破壊と殺戮に聖なるもの、また邪なるものなどという宗教的な価値観を重ねてはいけない。

 戦争はあくまで政治的な行為であって、そこには用意周到な計算がなければならない。終わりへのシナリオを明確にし、計算された政治的行為としての破壊と殺戮、これが戦争である。この定義からいけば、いたずらに感情を煽るような、聖戦、邪戦という見方はあまりに幼稚であり、国家を滅ぼす原因となるものである。ただ悲しいかな、聖戦などと煽られると人は興奮してしまうという一面を持っているのも事実である。そして、軍隊にはいかなる大義名分も
無用である。軍隊を美化する言葉も不要である。(皇軍等)
455 リベラルさん 2013/10/25(金) 19:35:35
●現憲法における、ある一宗教家の見解

現在の憲法についてのある宗教家の見解を
紹介しよう。

この宗教家は、単なる宗教の学者ではない。
凄絶な霊的修行の末に神我一体の体験をされた方
である。

現在の憲法には様々な不備があり、改正すべき点が多々あることは事実ですが、改正に際しては、「平和憲法」と呼ばれるその根本精神を揺るがせにしてはならないと思います。しかし、現在横行している改憲論は、まさに9条を変えて、日本も他の国々と同じく武力行使できる「普通の国」にしようという議論です。これは、軍事力が大きな役割を演じている国際政治の現実からすれば、しごく当然の考え方です。北朝鮮のミサイルに対しては日本もミサイルを持たなければ危険ではないか、というわけです。

 
456 リベラルさん 2013/10/25(金) 19:37:30
しかし、武力に対して武力で応じるというのでは、戦争の繰り返しのこれまでの歴史から一歩も抜け出すことができません。神はそういう戦いの世に終止符を打つために、世界平和樹立の中心国としての天命を持つ日本に、敗戦と原爆投下という厳しい試練を与え、世界平和樹立の指針として平和憲法を与えたのだ、とこの人はおっしゃっています。

日本は「普通の国」ではありません。日本は「神国」です。神国というのは、第二次世界大戦中に考えられたような、世界の支配者となる覇権国という意味ではなく、神のみ心を素直に現わし、世界平和樹立の模範となる国という意味です。

「日本は幸いに、幸いにというより、天命成就のために神がなさしめ給うたと考えられる敗戦に伴う平和憲法の樹立。この平和憲法が定まりまして、日本は本格的に聖徳太子の大和の精神中心に活動し得る立場に、はっきり立たされたのであります。」
457 リベラルさん 2013/10/25(金) 19:39:04
「何しろ、平和憲法という、全く日本の天命完うのためにうってつけ憲法が自然に与えられているのですから、これを金科玉条として、その線を絶対にくずさず、他のことで、米国に協力してゆけばよいのであります。」

「ですからあくまで日本はこの平和憲法を各国並みの憲法に改めようなどという気持ちを起こさぬことが大事なのです。日本はあく迄軍国主義には反対なのだ、平和憲法を護りぬくのだ、という根本精神を堅持して、各国にもその真意を了解させる運動を続けることが必要なのであります。」

「神は常に悪と見え、失敗と見えるようなところから、人類進化に役立つ大きな道を切り開いてゆかれるのであります。太平洋戦争が日本に最悪の事態をもたらしたと同時に、日本をして真の世界平和創設の中心国としての立場を与えて下さったようなものです。そういう意味で、日本憲法の第九条(戦争放棄、軍備撤廃)は神の降し給った大切な箇条だと思います。今日になって、今こそ一番この第九条が大事なのに、これを改定しようなどという論がしきりに出ているのは、神の大愛のみ心を知らぬ大愚者です。」
458 リベラルさん 2013/10/25(金) 19:40:06
日本が武力行使する「普通の国」になるということは、日本が神から与えられた天命に背くということです。それはすなわち、日本が神にとって必要のない国になるということです。必要のないものはいずれこの世から消滅していきます。憲法を改正して武力を増強することが国を守ることになるというのは、3次元の相対世界しか見ていない、まったくの浅慮です。日本が武力行使を正当化するとき、日本はみずから戦争の波動に巻き込まれていくことになるでしょう。

 これに対し、日本が神から与えられた天命に従うとき、たとえ武力など持たなくとも、日本は神の絶対なる力で守られるのです。
459 リベラルさん 2013/10/25(金) 19:50:25
現在の危険な国際情勢下に置いては、多少の防衛装備は
必要であろうが、そういうこととは関係なく
もっと根本的な意味で、我々日本人は人間の生命と言うもの
に対する探求をなし、この世だけの人間観や唯物論的な
常識に対して疑義を持ち、人間存在の意義というものに
深く関心を持たねばならない。

只、ふわふわと毎日の娯楽や仕事のみに耽溺し、
人間の生きる意義というものに眼を向けない
生き方から脱脚すべきである。人間は生まれて来た
以上、一人の例外もなく死ぬのである。死を考えない
生き方は根無し草であり、地表に生えたカビと同じである。
460 リベラルさん 2013/10/25(金) 19:56:30
そして、日本人に生まれた以上、
日本人としての意義とは何かについて
考えるべきである。その為には、個人の生き方、
人類の生き方等について考察せねばならない。
何時までも古くさい思想にしがみつくことも
かえって害になる。

国家神道もその一つである。もう
そういう思想は今後の日本には
必要ないのである。そういう思想は、クソと同じで
過去に食ったものが尻から出ていくのみである。
新しいものを食わねば病気になるのだ。
461 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:17:06
●賢者の智恵

2013年08月25日(日) 週刊現代
あまりにも多くの「最期の瞬間」を見てきた医師の結論東大病院・救急部長が語る「死後の世界」
――人間は必ず死にます。でも、命には続きがあるのです

生きていれば、必ず死の瞬間はやってくる。だが、その先のことは誰にも分からない。死んだらそれで終わりなのか、それとも―。生と死が交錯する臨床の現場で、医師が体感した「命の神秘」。


最新医学でも説明できない

 私が勤務する東大病院では、年間3000人もの患者が集中治療室で治療を受けています。そこは生と死が隣り合わせの場所であり、私も臨床医として、日常的に多くの「死」に立ち会ってきました。

 現代医療には「エビデンス・ベースド・メディスン(EBM)」、つまり「証拠に基づく医療」という考え方がベースにあります。私たち医師もEBMを踏まえて患者さんの治療に当たるのですが、実は救急外来の現場では患者さんの疾患や障害の原因がどうしても解明できない、ということがしばしば起こります。

462 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:18:23
現役の医師である私が言うのもおかしいかもしれませんが、これだけテクノロジーが発達した時代でも、医療の現場は最新の医学や科学をもってしても、まったく説明のつかない事象に満ちているといっても過言ではありません。

 こう語るのは東京大学医学部附属病院救急部・集中治療部部長で、東京大学大学院医学系研究科・医学部救急医学分野教授の矢作直樹医師(57歳)だ。

矢作医師は'81年に金沢大学医学部卒業後、麻酔科、救急・集中治療、外科、内科、手術部などを経験し、'99年に東京大学工学部精密機械工学科教授、'01年から現職につく。最先端の医療現場で起きる不可解な現象を幾多も経験する中で「死」についての考察を重ね、独自の死生観を主題とした著作を発表し続けている。

 例えば、ある時50代の女性患者が呼吸困難を訴えて来院されました。軽い肺気腫があるだけで、近所の医者から「初期の肺炎」と診断されて入院されたのです。症状はごく軽いものと思われたのですが、入院直後から体調が劇的に悪化して髄膜炎を発症し、私たち担当医も為す術がないまま、わずか1日半後に息を引き取ってしまったのです。
463 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:19:32
これといった基礎疾患のない人が、どうしてこんなにあっけなく逝ってしまうのか。残念ながら現代の医学の観点からはまったくわかりませんでした。

かと思えば、症状が重く、これはとても助からないと思われた患者が奇跡的に回復したりすることもあります。東大病院でも、年1~2回はそうした事例が起きています。心肺停止状態で脳機能に障害が出ているはずなのに、その後、ちゃんと回復し、脳のダメージもまったく残らなかったというケースもありました。どうしてそうなったのかは、誰にも説明できません。

 わからないことと言えば、「身体がこんなひどい状態なのに、なぜ生きていられたのか」と首をかしげざるを得ない遺体を、私は少なからず目にしてきました。それは、遺体を病理解剖する際、身体を開いてみて初めてわかることなのです。ほんの少し前まで命があったなんてとても信じられないほど、臓器をはじめ、どこもかしこもボロボロに傷んでいたりする。
464 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:20:36
医学的に見て助かりそうな人が突然亡くなり、死にそうな人が奇跡的に回復し、肉体的には死んでいるはずなのに何日も生き続けている人がいる---こうした事例を数多く見るにつけ、私は次第に、人間の生死には我々の理解を超えた「何か」が働いているのではないかと考えざるを得なくなったのです。

臨死体験をした人々

 その結果、私は「寿命が来れば肉体は朽ち果てるが、霊魂は生き続ける。その意味で、人は死なない」という考えに至りました。つまり、人間というのは肉体とエネルギー体、いわゆる「霊魂」に分かれているとしか思えなくなったのです。このことをふまえて考えれば、不可思議な遺体も理解ができます。本来ならとうに亡くなっていてもおかしくないような遺体と対面した時、私は「もうこの人は、肉体の中にいなかったのだ」と、理屈抜きに直感で感じることがありました。それはつまり、死を目前にして霊魂が肉体から離れつつあったということではないでしょうか。人が住まなくなった家はすぐに傷むと言います。それと同様に、人の肉体は魂を宿すための「器」であり「入れ物」だから、魂が抜けかけた体はどんどんボロボロになってしまうのだと理解したのです。
465 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:21:41
一体、人の生死とは何なのでしょうか。私はこれまで入院中の患者から臨死体験(本人は臨死体験と認識していない場合もある)を告白されたことが何度かあります。また、臨死体験をした人の話を詳しく聞いたこともあります。それを聞いた時、まさに人には霊魂が存在するという私の考えの裏付けになるものだと確信しました。

 50代男性のAさんは、今から28年前、妹を乗せた車で事故を起こし、その直後に臨死体験をしました。ふと気がつくとAさんは妹と2人、大破した自分の車を空中から見下ろしていたといいます。すると隣にいた妹が突然、「お兄ちゃんは戻りなよ」と言い、その言葉を聞いた瞬間、Aさんは車の運転席に横たわったままの状態で目が覚めたそうです。「戻りなよ」と言った妹は即死状態でした。現場検証した警察官からAさんが聞いた現場状況は、臨死体験中に見た光景そのままだったそうです。

 また、私は知人の医師から興味深い話を聞いたことがあります。彼は担当する患者から夢で別れを告げられることがあるというのです。それも、一度や二度ではなく、数年の間に何度もそうした夢を見たという。
466 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:24:07
こうした夢は正夢だったということが多く、その場合、患者が彼に別れを告げた時間と、病院で息を引き取った時間がほぼ一致していたそうです。別に彼に限ったことではなく、担当していた患者が夢枕に立ってお別れを言われたという経験をした医療関係者は、他にも何人もいます。

 これは一般的に「予知夢」と呼ばれるものですが、私はこうした現象は、霊魂が生きている人の意識と繋がることができる、という事実を示していると思います。つまり、人は亡くなると肉体という枷が外れ、霊魂は自由になり、他者の意識にも共鳴できるようになるのではないでしょうか

●死の間際、人は何を見るのか

 このような臨死体験については、「単なる脳内現象に過ぎない」と否定する向きもあるようですが、実は臨死体験の中には「臨死共有体験」というものが幾つも報告されています。

 ある方が亡くなりかけていて、ご家族が臨終を看取ろうと周りに集まっている。その時、患者が見ている「あの世からのお迎えの光景」を家族の人たちも同時に見てしまうというものです。これは、西洋では既に認知されている現象です。
467 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:25:33
人間には霊魂がある、と言うと理解できない人がいることは百も承知です。しかし、これは過去に多くの患者を看取ってきた私の偽らざる実感なのです。

 また、霊感が強い人は、死ぬ直前の人間の体から何かが抜け出していく、言い換えれば「見えない体」が肉体から出ていくのが分かるといいます。患者の臨終に何度も立ち会った私も、それは分かるような気がします。言葉ではなかなか説明しにくいのですが、いわば肉体から何かが「外れかけている」感覚があるのです。早い方だと、亡くなる3日ぐらい前から少しずつ外れていき、遅い患者さんでも臨終の直前に外れるそうです。私はそれを、いわゆるあの世からの「お迎え」が来たのだと捉えています。

 また、こうした「お迎え現象」の一つに、患者の顔の変化があります。死の数日前になると多くの末期患者の顔が、なぜかほころぶことがあります。2~3日前から亡くなる直前の間、患者は周囲のことにすっかり無関心になり、いよいよ最期の時を迎える瞬間、まるで別の世界にいるような感じで、顔がほころぶのです。よく観察すると、その表情は「えっ」と何かに軽く驚いているようにも見受けられます。
468 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:26:38
残念ながら患者の全員が亡くなってしまうので、彼らがなぜ顔をほころばせ、何に対して驚いたのかは確認できません。でも、私にはあの世から来た「お迎え」に患者たちが反応しているように思えてならないのです。

私の考えをバカバカしいと全否定する人もいるでしょう。しかし、現在、我々人間が解明できている「世界」はごく一部でしかありません。この世界には我々の理解を超えた現象はいくらでもある。言ってみれば、人間は巨大なゾウの体の上を這い回っているアリに過ぎません。アリがいくらゾウの体を探検したり、研究をしたところで、結局、それはミクロな発見でしかありません。マクロなゾウの全体像は、アリの能力では決してつかみきれない。それと同じことなんです。

 では、「死」によって肉体から解き放たれた霊魂はどこへ行くのでしょうか。私は、霊魂が向かう先は我々とは別の次元の意識世界、いわゆる「あの世」であると考えています。
469 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:27:52
死後の世界として、古来から天国や地獄などの概念がありますが、私が考えるところ、「あの世」は決して悪いところではなさそうです。なぜなら、臨死体験をして死後の世界を垣間見てきた人は、その後死を恐れなくなるようなのです。臨死状態に陥った人は、その間、安らぎや解放感を覚えたり、強烈な光を感じたりするようですが、いずれも不快な現象ではありません。
 しかも、「あの世」に行った霊魂は「現世」と完全に断絶してしまうわけでもありません。
これは私事になりますが、私はかつて亡くなった母の霊と会話する貴重な体験をしています。私の母は'07年、独居先のアパートで亡くなったのですが、その2年後、強い霊能力を持つ知人女性のBさんから「お母様があなたと話したがっている」という連絡をもらい、迷った末にBさんを霊媒として、母と交信を試みたのです。結果からいうと、母との交信は圧倒的な体験でした。様々な会話を交わしながら、私は確かに目の前に母がいるのだと感じざるを得ませんでした。以来、私はあの世は決して遠い場所ではないのだと感じるようになりました
470 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:29:04
そのため、「死は、ただただ恐ろしいものではないのかも」という安心感が芽生えるのです。

●魂は永遠に生き続ける

では「現世」と「死後の世界」はどのような関係にあるのでしょうか。私なりの考えでいうと、我々の生きている世界はいわば競技場のようなものです。私たちはこの競技場の中で、人生という苦しい競技に参加し、お互い競い合っているわけです。その中で、「あの世」はいわば競技場の観客席です。観客席と競技場の間にはマジックミラーがあって、こちらから向こうは見えないが、向こうから私たちの様子を見ることはできる。やがて競技が終わると、つまり肉体的に死ぬと、私たちは霊魂となって観客席へと移るのです。そして、もう少し競技をしたいと思う人は、競技場の中に戻るように、再びこの世に生まれ変わることができるのだと考えています。

 間もなく、東日本大震災から2年が経ちます。私は、日本人の死生観は3・11を境に大きく変わったと感じています。災害が起こる前まで、私たちは「人は必ず死ぬ」という真理を忘れていました。
471 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:30:09
しかし、3・11以降、多くの日本人が、それまで縁遠かった「死」を、明日にでも自分を襲うかもしれない身近なものとして意識するようになりました。しかし、死を身近に感じることは、とりもなおさず生を身近に感じることでもあります。だからこそ、私は日本人は肉体だけでなく、魂についてもう一度思いを馳せてほしいと思うのです。

「人は必ず死ぬ」という死生観は、言い換えるなら、人は一回きりの人生しか生きられないということです。でも、それではあまりに自分の人生は理不尽だと思う人はたくさんいるのではないでしょうか。

そこで、「人には霊魂がある」という考え方を受け入れたらどうでしょう。「人は必ず死ぬのは確かだけれど、人間にとって死は終わりではなく、魂は永遠に生き続ける」---この考え方は、現代人にとって大きな救いとなるのではないでしょうか。
472 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:31:13
また、「魂は死なない」というイメージがインプットされれば、この世では自分は理不尽な人生を送っていたけれど、悠久の生の中でみれば、そうした理不尽さという意識を解消することもできるだろう、という視点に立つことができます。そうすれば、死を無意味に恐れることもなくなることでしょう。

 繰り返しますが、私は長いこと救急医療の現場にいて、様々な死を目の当たりにし、嘆き悲しむご遺族の姿を見てきました。しかし、死後も霊魂は消滅しないという考え方に立てば、亡くなった人はなんらかの自分の役割を終え、あの世で幸せに暮らしており、中には次の転生に備えている人もいることになる。この考え方に立ったほうが、遺族を含め、多くの人がより幸せになるのではないでしょうか。

 日本人は古来より、霊的感覚に鋭敏な民族と言われてきました。このような時代だからこそ、私たちは魂の大切さについて理解を深めるべきだと思います。そうなってこそ、我々は本当の意味で、心の豊かさを掴むことができるのではないでしょうか。

「週刊現代」2013年3月16日号より引用
473 リベラルさん 2013/10/26(土) 20:47:19
上記の医師は、東京大学医学部附属病院救急部・集中治療部部長で、東京大学大学院医学系研究科・医学部救急医学分野教授として、約30年間患者の死に立会って来た経歴を持つバリバリの
医師である。唯物論者の多い医学会の中で、非常に珍しい考えを持つ貴重な存在である。
非常に珍しいと言ったが、実は、これが真の正しい人間観である。

彼は、自分自身でも登山が好きで、二回滑落して死の間際までいった経験の
持ち主であり、且つ、毎日患者の死に立ち会う立場にある人間である。
こうした立場にある医師は、他にもいるが唯物論者の多い医療界で
こういう考えを表明するのはかなり勇気が要る事であろう。

他の医師でも同じような考えを持っている人もいるだろうが、
それを口に出す事は相当の勇気が要る事だろう。
人間が肉体の消滅と共に終わりだというのは、
もう時代遅れの人間観なのである。昔の日本人の方が
人間の本当の姿を知識としてでなく、経験で知っていたと
言える。
474 リベラルさん 2013/10/26(土) 21:00:59
尚、氏は、特定の宗教に属しているのでは
ないようである。現在の常識は、外国は別として
日本における状況は、残念ながら唯物論の上に
基礎をおいて成り立っている。中途半端な科学迷信の
上に成り立っている。迷信には、「科学迷信」と
「宗教迷信」とがある。「科学迷信」とは、
何でも科学で割り切れるという考え方である。
現代人は、科学の事を殆ど知らないで科学者のいう事を
信じきっているようだ。しかし、真の科学者はそんな
傲慢な考えは持っていないのである。一方、「宗教迷信」
の方は、教祖の言うことはロクに検証もしないて妄信し、
全て正しいとする人間である。本物と偽物の判断を放棄し、
ただただ、教団の指示に従うだけの奴隷的な
信者の哀れな姿である。そこには、自分の自立的な
判断力を最初から放棄しているのである。
475 遊さん 2013/10/27(日) 16:21:19
私は先日73歳をむかえましたが、外国生活が人生の4分の3を占めていたために、わが国の歴史に大変興味があったものの読むべき本が手に入らず、自分では間違った歴史解釈をしてはいないと思いつつも、その要所要所に大きな穴があることを自覚していました。

今日たまたま暇ができたのでリベラルさんの書かれた投稿を一番初めから読み通してみて、眼を開かれる思いを味わいました。文章は理路整然、一部の無駄も無く、歴史を客観的にしかも真正面から見据えていて、久しぶりに名文にであったなという快さ味わうことができました。

これからも良いものをお書きになっていただきたいと思います。
476 リベラルさん 2013/10/29(火) 18:14:31
遊様へ

お褒めに預かり、大変恐縮でございます。
小生の書いた当スレッドの文章は、大半が
ネットからの引用が多いのですが、実は、ネットからの
引用でありましても、小生に取りましては、
大変に勉強になっています。

自分の考えもこの引用したものに殆どが
近いものでありまして、後、少し補足したものであります。
世の中には、自分でも凄いなと思われる人間が存在する
ものであります。まだまだ知らない事がたくさんあります、

人間は、死なないというのは、本当の事であります。
人間社会の平和というのは、先ず、目先の浅い唯物的な
人間観を基本にした考えでは、平和を招来することは
出来ません。
477 リベラルさん 2013/10/29(火) 18:25:50
宗教という事と、人間の本来の生命が永遠で
あるという事(人間の本体・生命体は霊であるということ)
は、一応、切り離して考えても良いのですが、
(上記に紹介した矢作直樹氏)も、格別に特定の宗教
を想定しているようではなくて、いわゆる、スピリチュアリズム
(霊魂の実在について様々な角度から検証する立場)の立場に
立っているようです。

そのために、様々な関係する文献をお読みになって
自分の職業としている医師の毎日の患者の死について
氏なりの考察を加えて、「人は死なない」という彼なりの
結論を得たということでしょう。フリーのジャーナリスト
の立花隆氏も「臨死体験」という本を書いていまして
海外も含めた様々な臨死体験について、検証されて
います。
478 リベラルさん 2013/10/29(火) 18:32:53
今後は、人間についての常識というものが
肉体を主とした考え方から、人間は、霊であり、
その生命体は、死後も生き続けるということが
常識になる時代が来る事でしょう。

そうなれば、政治も経済も思想も世界観も
人間の生き方も大変貌するでしょう。
そうしなければ、この地球は、人間の不毛な争いに
よって滅亡することは間違いありません。
現在の人類は、一分の目覚めた人を除き、殆どが
真の人間の姿を知らないのです。

宗教も数としては、たくさんあるのですが、
殆どが間違った理解の仕方をしているようです。
日本においても然りであります。
479 こんこんちきさん 2013/10/30(水) 13:40:29
リベラルさんと同意見です。八百万の神という多神教の考え方は、本当の古神道ではありません。川上川下といいますが、血液の流れを川にたとえて、上の方のご先祖様のことを指して神と呼ぶようになりました。西洋のゴットの訳語として神を西周が使ったので、それ以降混同されて誤解を生みました。国家神道も一つの宗教であったし、その誤りをもとにしたものでした。古神道を研究しているある研究所があり、リベラルさんのおっしゃる通り、人間は死後も霊として生きられるといいます。英霊の方々の霊も私たち日本人を守ってくださっています。皆ほとんどの方が、間違った理解をしているというのは同感です。
480 リベラルさん 2013/10/30(水) 20:26:02
こんこんちきさんへ

八百万の神という多神教の考え方は、本当の神道では
ないと言われますか?日本の神は、古事記にもありますように
多種多様の神々の名前が出て来ます。ですから、
日本は多神教の国柄であります。西洋の一神教では
ありませんが、日本は、多神教であると共に一神教の部分も
含まれていると思います。

唯一の絶対神が分かれ分かれて多くの神々に
なったのです。神々に付けられた名称は、その働きに
付けられた名前でありまして、唯一神が直接全てを
動かしているという形にはなっていません。
分かれる事により、それぞれの役割分担を
天命として、神々が働かれているのが実際の姿です。
481 リベラルさん 2013/10/30(水) 20:41:56
そして、我々肉体を持っている現在の
人間は、そういう神々の生命を受け継ぐ子孫
であります。我々はそのことをすっかり
忘れていますが、先にそのことに気がついた
人たちが神仏への道を説いてきました。

我々日本人は、先祖の供養を行うという習慣を
持っています。先祖の供養は、何代か前の先祖が
成仏していないと子孫の運命に悪影響が及んで
困るからとか、先祖があったから現在の自分が
存在出来ているのだから感謝すべきであるとか
の主な理由で先祖供養がなされると思います。

しかし、先祖の系譜をずーっと辿って行きますと
どこにたどり着くでしょうか。それは、生命の大元に
たどり着きます。それが神という事です。生命の
大元の「大生命」と言われる絶対者であり、
全ての我々を含めた、又、神々をも含めた
存在です。
482 リベラルさん 2013/10/30(水) 20:52:05
西洋のゴッドはこの大生命を指しており、
それ以外は、天使としての存在として
認識されています。日本で言うところの
神々に当るでしょう。天使と言い、神々と
言っても、宇宙の主催神の意を受けて
宇宙の調和世界、宇宙の経綸実現のために
活動していると言えます。

過去も現在も地球の人類を真理に目覚めさせる為に
イエスや仏陀、その他の聖者と言われる方々が
肉体を持ってこの世に現われ、道を説きました。
その真意は、宇宙の創造主の意志を地上の人類に
知らせる為であったと言えましょう。

ところが、なかなか地球人類は、業(カルマ)が深くて
未だに真理の道とはほど遠い姿のままです。
483 遊さん 2013/10/31(木) 22:20:44
国家神道のきわみは靖国だと思うのですが、戦死者のなかにはキリスト教や仏教、ほか諸々の宗教を信じていた人々は多いだろうし、神道を毛嫌いしていた人も多いでしょう。もし靖国がそういう個人的事情を無視して、十羽一からげにして、「死んだ人はすべて神」というような無神経な考えでいるのなら、バカにつける薬はないということになります。

当初靖国に祀られた戦没者リストをみると、あきらかに「長州側戦没者神社」であり、反長州派だった人々は除外されています。これでは国を代表する神社とはいえません。あまりにも政治色が強すぎます。敗戦まで陸軍の中心は旧長州派で固められていたことを思えば、彼らを刺激したくなかった天皇が靖国参拝を行った背景を理解できるのですが、しかし靖国はどうしたことか天皇が不快に思ったA級戦犯を祀るなど、独善的行為が目立つようになりました。

靖国はなにを基準に祀る人祀らない人を選定するのかについての説明責任があります。
484 リベラルさん 2013/10/31(木) 22:55:35
遊さんへ

貴兄のおっしゃる通りであります。
戦争で亡くなられた方々は、様々な信仰の持ち主も
ありましょうし、又、無神論者もいるでしょう。
昔、靖国神社に祭られている戦死者の方にクリスチャンが
おられました。その方の遺族が、自分達は、戦死者も
クリスチャンであったから、神社側に祭祀を取り下げて
欲しいと願い出ましたが言う事を聞いてもらえなかった
ということを本で読んだ事があります。

これなんかはまさしく、死後の魂までもを神社側が
無視して故人の意志を貶めていることになります。
こんな神社なんかは必要ありません。
又、天皇陛下もそうせよとは言わないでしょう。

485 リベラルさん 2013/10/31(木) 23:10:04
現在の憲法に明記されている「個人の尊厳」とは、
こうしたこの世においてもあの世においても
その人の魂を尊重するという事も含まれているのです。
何故なれば、人間の魂とは霊、つまり生命体=人格
だからです。それが、人間の主体であるからです。

おこがましい言い方になりましたが、こういうことは
大事な事なので、保守派の人間が間違った思い込みを
しないためにも指摘しておかねばと思いました。

人間は、単なる肉体ではなく、肉体の中に
人格の主体たる生命体(霊)が入り込んで
いるから生きて活動出来るのであり、この生命体が
肉体から去れば、死を迎えるということになります。
天皇を戦前は、現人神と言いましたが、天皇の肉体が
神と言う意味ではなくて、天皇の人格が素晴らしいから
神の御心を表わしているから、そういう表現をするのです。
486 リベラルさん 2013/11/02(土) 17:22:55
園遊会において、山本議員が天皇陛下に
手紙を渡した件について、これは天皇の政治的利用
に当るのではないかと他の議員が騒ぎだした。
確かに、天皇にとっては迷惑な話であって、
天皇には、憲法上、政治的な権能を有しないため
天皇に直訴しても意味がない。

保守派は、この件について常識がない、政治的な
利用だという意見が多数を占めるだろう。
しかしながら、戦前は、天皇は政治的な権能を
憲法上有していたため、そういう政治的利用ということは
当たり前であった。天皇に直訴することが
許されるかどうかは別として。
487 リベラルさん 2013/11/02(土) 17:30:52
戦後の憲法は、天皇が政治的な件に関わる事は
基本的に許されていない。保守派は、憲法を改正して
天皇が政治的な事、例えば軍事的な事とか、政治的な
ことに関われるようにしたいと思っているはずだ。

従って、今度の山本議員の件について、あまりとやかく
言えないのではないか。現在の憲法が禁止している
政治的な権能を持たない件について、これを支持している
人間ならば、この件について問題にする資格はある。
そうでないならば、世間受けを狙っていかにも
問題であるというようなポーズは止めるべきであると思う。
488 リベラルさん 2013/11/02(土) 18:30:22
今まで散々天皇陛下のことを利用していた安倍政権には山本太郎氏を批判する資格は無いはずです。IOC総会では、皇室をオリンピック誘致に政治利用。皇室の政治利用に当たると宮内庁だけじゃなく、天皇皇后両陛下までもが憂慮されていたのに・・・。

その上、今年の4月28日の主権回復記念日では自民党議員たちが「天皇陛下万歳」。これは天皇側にも話が無かったようで、陛下もかなり驚いたというような情報があります。安倍政権はこのようなことを積み重ねて、天皇の存在を政治的にアピールしているわけで、これらの問題を無視して「天皇の政治利用」なんて言葉は言うべきではありません。

山本議員の行動は、批判されるべきだが、自分達のことは棚上げして
他者の批判をするのは、おこがましいと言われても仕方があるまい。
489 リベラルさん 2013/11/10(日) 17:42:36
●戦前の右翼人は懐が深くて包容力があったらしい。

保守なんて自民党を応援することでもなければ、この国はホントはすばらしいと誉め讃えることでもない。四角四面のしゃっちょこばったことばかり言う保守言論人なんて役に立つ代物ではないし、また反左翼反朝鮮反中国というアンチな思想では、破壊は出来るが創出することは出来ない。

なんかね、戦後民主主義にどっぷり浸かって、疑問すら持たなかった人ほど、覚醒するとなんの疑問もなく四角四面の保守的言辞を垂れ流すのには困ったもんだ。バカみたいだ。

我が師匠は左翼から保守へ転向にあたって、10年は公的な場での言論を控えたらしい。自己反省の深い人ほど、新たな展開は本物になるんだなあ。

以前、私が説得して覚醒にむかった親類などが、なんの自己反省もなく翌日からネットで覚醒してないサヨクたちをバカにしてご訓示をたれているのには驚いたことがある。しかも性格はサヨクのまんまだから手に負えない。戦前戦後時代の180度の急転回の軍国教師と同じようなもんだ。戦中も優秀な人は戦争で死んでしまったんだなあ。
490 リベラルさん 2013/11/10(日) 17:45:01
どうでもいいような論理をふりかざすのでなく、何百年かに渡って世界の保守思想家たちが、紡ぎ出してくれていた知見くらいは、せめて一望の下に眺めておくくらいの準備を整えたい。人間の抱く感情は、論理という精神の小刀がなければ、確かな記憶として脳裏に刻み込まれないからだ。

もういい加減、自称保守の陣営が左翼思想への反感を吐露することに終始することはやめたほうがいい。「人を呪わば穴二つ」、その報として、現在、この国が混乱と解体に向かっているのだ。

戦前の右翼人は懐が深くて包容力があったらしいよ。本物の保守思想は四角四面のものじゃない。もっと懐が深いもんだ。
491 こんこんちきさん 2013/11/12(火) 21:02:09
今書いたように本当の保守は日本人は軍人さんたち戦前の人たちだと思います。私も共産党員だったのが、いつの間にか保守派日本人を目指す日本人になっていました。自分の左翼体質を克服するのに手間取っていますが、弱者に対する同情や共感の心と感覚は左翼の方が上で今のままでいいのだと思っています。すべての戦後の日本人が欠陥品ですから、互いに補い合うべきであり、むやみに対立しても始まらないと思います。みんなが寛容で包容力のある懐の深い日本人になるべく努力をしていきましょう。
492 リベラルさん 2013/11/15(金) 23:14:12
●真の自由人とは

真の自由人とはどういう人間を言うのだろうか。
それは、どちらかと言うと、真の宗教人とイコールなのだ。
つまり、仏教的に言うと「解脱」した人なのであります。
仏、如来と一体化した人なのです。こういう人は
あらゆることにとらわれがなく、自由に人生が
送れるのだ。

しかしながら、そういう人間になるのは容易ではない。
この肉体を持ちながら、この世を生きていくのは
実は大変な修行なのである。山の中に籠って世間や社会と
隔絶した生き方をする方が精神的には楽なのだ。
法然上人や親鸞聖人が比叡山を下りて、民衆の中に
生活の居を構えて仏教を説いたという事は、
なかなか出来る事ではない。
493 リベラルさん 2013/11/15(金) 23:29:15
自分一人の悟りを求めて修行するのは、
それはそれで大変なのだが、民衆の中に入って
民衆の悩みや苦しみを我が身に引き受けながら
しかもそれにとらわれず、魂の向上を
目指して指導して行くのは困難なのである。

「小聖は山に住み、大聖は市井に住む」
小聖は山の中で一人自分だけの悟りを求め、
大聖は、民衆の中で、つまり俗世の中に身を置き、
様々な俗世の汚れを身に受けながらも、それに
汚れる事なく、反ってそれを浄めつつ、人々を
神仏の道に引き入れてゆく。

自分だけが悟りを達成しても、それだけでは
人々の救済は実現しない。そういう人は
菩薩にはなれない。
494 リベラルさん 2013/11/16(土) 16:27:50
菩薩行とは、自分も悟りを目指しながら
他の人々と共に同じ目線で共感し合い、
一緒にこの世の苦悩を解脱して行こうと
する魂の持ち主のことであると信ずる。

この世界には、掃いて捨てるほどの宗教が
存在するが、そういう教団の幹部達の信者に対する
指導は、相手の欠点を指摘することに終始し、
それを治せとか、お前がその欠点を治さないから
不幸になるのだとか言うけれど、どうしたら
その欠点を治せるのかの処方箋を言わない。

お前が現在不幸なのは、お前が短気だからとか
亭主に感謝しないからだとか、先祖に感謝しないからだとか
いろいろと指摘するのみである。
495 リベラルさん 2013/11/16(土) 16:37:33
しかし、そういう風に指摘するのは
確かに相手に感謝すべきだとか、自分の短気を治すべきだとか
指摘するのは当っているだろう。間違いではないだろう。
だが、信者自身もそんなことは指摘されなくとも
大体本人が判っているのである。

信者が求めているのは、御利益宗教は別にして、
真の答えとしては、どうしたら人から愛されるような
性格や人格の人間になれるかということなのだ。
人間は自分の性格や人格の欠点が判っていても
自力ではなかなか治せない。そこで、人生論や
哲学や宗教にその答えを見いだそうとする。

つまり、人間が自分の苦しみや悩みを通して
人間存在の本質に迫ろうとするのである。
逆に言うと、そういう苦しみや悩み等がなければ
人間の本質について考えようとしないということも
出来る。
496 リベラルさん 2013/11/16(土) 18:47:50
教団の幹部や信者を指導する立場の人間から
見れば、相手に対して欠点や相手の悪い所を
指摘するのは非常に楽だし、自分達の
優越感も満足させることが出来るから
どうしてもそうなりやすい。

しかし、真に相手の立場になり、人の相談相手になって、
人を指導したり、助言を与えたりするというのは、
実は非常に難しいのである。宗教の教祖で
あっても相手の運命とかを見抜く霊力がなければ
本当の助言は出来ないのだ。

よく霊能力者にありがちな、相手のことが判っても
ズバリと相手の将来についての予言、特に何日先に
病気になるとか、何年先に悪い事が起きるとか
予言力があったとしてもそんなものはクソの役にも立たない。
497 リベラルさん 2013/11/16(土) 18:52:34
かえって、そういうことを聞いた信者は
自分の将来に不安を覚えて生きる意欲を
無くしたりしたら、何の為の宗教か
わからない。

宗教で信者を導く立場にある人間は、教祖であろうが
なかろうが、信者に対して生きる希望が出て来るような
指導をするのが本道である。しかし、実際はなかなか
そんな指導の出来る教祖や幹部は少ないのではないかと思われる。
498 リベラルさん 2013/11/16(土) 21:59:26
●戦後の日本の親米保守の源流について

戦後の日本の保守・右翼の源流を作ったのは
笹川良一、児玉誉士夫、岸信介の巣鴨プリズン
三羽ガラスである。これらが本来ならば
死刑になるところを米国の思惑により、
死刑にならずに出所し、CIAと取引し、CIAの手先として戦後の親米保守の
源流を作った。

政治的には、自民党を立党し、その為の資金を
戦争でかき集めた貴金属、ダイヤモンドを使って
利用した。メディア的には、これも戦前の内務省に
勤務していた警察官僚上がりの正力松太郎を
手先として使い、読売新聞を立ち上げた。

こうして、政治とメディア界を米国が支配する事で
日本の政治をカイライ化することに成功したので
ある。それが現在でも続いているのである。
499 リベラルさん 2013/11/16(土) 22:09:09
そうして、戦後の政治は米国の思うままに
操られ、毎年日本に突きつけられる「年次改革要望書」、
別名「年次改革命令書」によって、日本の政治の
骨格が決められていくのである。自民党だけに
とどまらず、他の野党もそして官僚もこれに逆らう事は
出来ない。というのが実態である。

戦後日本の保守派は、かくのごとき現実を受け入れて
いるのか、あるいは,苦々しく思っているが
受け入れざるを得ないと思っているのかどうなんだろう。
世の中は力が全てだと思うならば、やむを得ない
と観念した方が賢いのかな?

詳しくは、You tube リチャード・コシミズ 【「児玉誉士夫」学習会 09.05.31】
を参照されたい。
500 リベラルさん 2013/11/16(土) 22:43:30
上記の三羽ガラスは、戦後日本の保守の源流を
作った最大の功労者であり、勲章ものなのかも知れない。
親米保守派ならば、この三人には足を向けては
寝られないだろう。

現に調べたら笹川良一は、「勲一等旭日大綬章受章者」なのだ。
それだけでなく、三人とも韓国政府から勲章を貰っていたそうだ。
韓国西部に相当貢献したのだろう。しかし、それにしては
随分と日本は憎まれているようです。不思議や不思議なり。
501 リベラルさん 2013/11/16(土) 23:24:09
上記の三人は、日本の為には東条らと同様に
死刑にしておけば良かったと思う。
戦後の政治が米国のカイライ化したのは
彼らのせいだ。

戦後の保守派がうさん臭くなったのも彼らのせいとしても
間違いあるまい。
学校教育の場において、古代史はどうでも良いから
近・現代史をとことん教えるべきである。
502 リベラルさん 2013/11/18(月) 22:06:44
訂正文 No.500

現に調べたら笹川良一は、「勲一等旭日大綬章受章者」なのだ。
それだけでなく、三人とも韓国政府から勲章を貰っていたそうだ。
韓国(西部×)政府に相当貢献したのだろう。しかし、それにしては
随分と日本は憎まれているようです。不思議や不思議なり。

503 リベラルさん 2013/11/21(木) 23:03:36
平成の治安維持法とも言われる悪法、「特定秘密保護法案」。
「みんなの党」や「日本維新の会」が自民、公明との修正協議で合意しました。
【北海道新聞:11月18日】
『秘密法案、与党とみんな大筋合意 今国会で成立に現実味』

【朝日新聞:11月20日】
『自公と維新が修正協議で合意 秘密保護法案』

どうやら、このとんでもない悪法が、可決・成立してしまいそうな状況です。
どうしてこんなことになっちゃったんでしょうかねぇ?
安倍自民を支援する二つの右翼団体
「国際勝共連合」と「日本会議」。
国際勝共連合」の正体は韓国系カルトの「統一教会」です。
504 リベラルさん 2013/11/21(木) 23:05:22
そして「日本会議」の正体も、「神社本庁」「生長の家」「崇教真光」
「キリストの幕屋」など、国家神道の残党と新興宗教。

安倍自民の別働隊「日本維新の会」に資金援助などをして支えているのは、
「生長の家」「幸福の科学」「崇教真光」・・。
「生長の家」の教祖は元産経新聞記者。

麻生太郎の「ナチス」発言が飛び出した、桜井よし子が理事長を勤め、
石原慎太郎、産経記者などが理事、役員に名を連ねる「国家基本問題研究所」
の実態も「日本会議」。

近代史の改竄を目論む「つくる会」は以前から「キリストの幕屋」の巣窟と
言われていましたが、「生長の家」も入り込んで内部分裂したようです
505 リベラルさん 2013/11/22(金) 22:27:06
直接国家神道とは関係ありませんが、
多少は間接的に関係あります。

●過労死する社畜

宮本政於『在日日本人』より引用

過労死は滅私奉公が与える勲章だ

そもそも仕事はストレスを生む。つまり、ごく普通に仕事をしているだけでもストレスはかかっているのだ。それなのに、組織人間として一人前に扱ってもらうために、仕事がないのに仕事を作り、その結果、仕事量を雪だるま式に増やす。当然、比例してストレスも増大する。過労死が注目されているが、その根元は日本的マゾヒズムを礼賛する価値観が原因だ。自分が会社にとってかけがえのない人物だという錯覚に浸り、"滅私奉公"を当たり前とする社会環境では過労死は決してなくならない。
506 リベラルさん 2013/11/22(金) 22:28:56
自分を痛めつける行為が快感につながる、これがマソヒズムの原点であるが、その究極は江戸時代までは当然の行為として存在していた切腹だろう。そもそも人を前にして自分を殺す、こういった行為ができるということは、狂気の世界に足を踏み入れたことでもある。切腹が社会全体で容認され、しかも美意識にまで高められた。これだけの倒錯に浸ることができた社会は日本だけだろう。だが、こうした美学は自慢できるものではない。なぜなら、切腹という自殺の伝統は"一億玉砕"に代表される思想への変遷を遂げ、狂気の集団を形成するからだ。いやそれは過去の話だと言う人がいるかもしれないが、事実は二十一世紀を目前にして切腹の美学は依然として勢力を誇っている。切腹の代わりに過労死がとって代わっただけなのだ。

過労死は世界各国が日本に特異な現象として注目している。だが「過労死するまで仕事をしている。なんて勤勉な日本人だろう。尊敬してしまう」と思われていると思ったら大間違いである。「日本人は自分の生活も省みず、家族よりも会社のほうが大切だなどというアホくさい価値観に縛られている」とバカにされているのが現実なのである。
507 リベラルさん 2013/11/22(金) 22:30:20
戦前は"忍ぶ"とか"耐える"などマゾヒズムを美化した考え方が浸遂したおかげで"特攻隊"とか"人間魚雷"など人間性を無視した発想が日本社会を風びした。その結果日本的国家主義は瓦解したのである。ところが、驚くなかれ、半世紀たった現在でも組織社会には同様の価値観がまだ生き残っているのだ。どう考えてもきつい仕事環境が招いたとしか思えない突然死とか過労死のケースで、家族が労災を申請してもほとんど認定されない。家族は路頭に迷うのだが組織はそんなことは知らん顔である。これを組織が個人を大切にしない証拠と見ないのであれば、いったいどう考えたらよいのだろう。

"滅私奉公″で賛美される美学は倒錯の心理である。人生選択の自由があるのだから一部の人たちがこの倒錯した世界に浸るのは一向に差し支えない。だが組織の拡大と存続が目的で、国民全員が倒錯の価値観を押しつけられるのであればこれはたたかう以外にない。突然死とか過労死をなくすのは簡単である。日本的集団主義から脱却し人間を中心とした生活が楽しめるように行動を開始すればよいのだから。
508 リベラルさん 2013/11/22(金) 22:42:07
以上にて引用終わり。

滅私奉公は、戦前では大流行りであったが、それは
多分に国家からの強制であった。戦後は、
今度は、企業からの強制に変わった。忠誠を尽くす
対象物は時代によって変化するが、集団のエゴイズムに
忠誠を尽くすのは頂けない。何故なら集団のエゴイズムと
言うのは、多分に反社会的だからである。

最近流行の食品偽装問題なんかはその典型である。
自社の目先の利益のために、小細工を弄して
詐欺に近いような真似をしでかす。しかし、こういうのは、
真の忠誠ではないのは、ちょっと考えれば直ぐに
わかることである。バレれば著しく企業の信用を
損ねる事は小学生でもわかることなのだ。
509 リベラルさん 2013/11/22(金) 22:54:48
しかしながら、「わかっちゃいるけどやめられねぇ」。
どんな業界でも「業界の常識・慣例」というのがあり、
場合によっては、法律よりも強い拘束力を持つのだ。
官僚の世界や政界にも同様に存在する。

法律の世界は、「建前」、業界の常識は「本音」
従って、業界の常識に従っている当事者達は
法令に違反すると言われても「はぁ!」で終わり。
自分達は悪い事をしているつもりはまるっきりないので
ある。

法律の建前論を振りかざす人間は、「世間」知らず、
「業界の常識」知らずであり、「粋も甘みも噛み分けない」
ヤボな人間なのだ。人間として「練れてない」のである。
と、冷笑されることになる。
510 リベラルさん 2013/11/23(土) 12:08:48
人間が忠誠心を捧げる対象としては、様々な
ものがあるが、出来るだけ大きな存在に
対して忠誠を尽くすのが上等な生き方なのだと
思う。個人よりも集団、集団よりも国家・社会
国家・社会よりも人類、人類よりも生命の大元である
神、と言う具合になる。

個人も集団も国家も人類も、残念ながらそれぞれの
カルマ(業、エゴイズム)があるので、真実の世界平和の
ためにはならない。世界の平和を招来するためには
やはり全ての大元である、「神」を基にして
それに忠実にならなければ出来ない。
人間の力も智恵も元はと言えば、全て神と言う
存在者から来ている。
511 リベラルさん 2013/11/23(土) 13:20:00
●非国民とは

戦時中、国策に積極的に協力しない人物、あるいはそうみなされた人物に対して浴びせられた侮蔑(けなし)言葉。日中戦争長期化による物資不足からさまざまな統制が強化された1939(昭和昭14)年頃から広く使われるようになった。
特に1940年以降、江戸時代の5人組に倣って組織された国民監視制度の隣組や大日本婦人会の幹部たち、さらには学校の教師たちに好んで使われるようになり、反戦論や厭戦気分を封じ込める特効薬的効果を発揮し、戦争遂行のための隣組活動に非協力的な者をむりやり動員することに成功する。

戦局が深刻化するにつれて、食糧や衣料品をはじめ生活必需品のほとんどが隣組を通して配絡されるようになると、「非国民」なる言葉は一層猛威をふるい出し、隣組の組長や幹部にいささかでも逆らうならば、「非国民」呼ばわりされた。そしてそれは、村八分に等しい重大な生活危機を意味した。
学校の教師たちも頻繁にこの語を使い、教師の意向に背いた生徒を理屈抜きに屈服させる絶好のスローガンとなった。はては、忘れ物をした生徒も「非国民」なら、左利きの生徒も「右手で箸の持てない非国民」にされた。

512 リベラルさん 2013/11/23(土) 13:27:02
さらには1940年(昭和15)年2月2日、近衛内閣の日中戦争処理について政府を批判する斎藤隆夫の演説(衆議院本会議で代表質間に立った民政党の斎藤は、政府のいう「東洋永遠の平和」「聖戦」といったスローガンは「ことごとく空虚な偽善」であり、具体的な戦争処理方針を示せと追及した)が「聖戦を冒涜(ぼうとく)する」「非国民」的発言として軍部の反発を招き、陸軍に議員の多くも同調し、3月7日、斎藤は議員を除名される事件まで起きた。
つまり、「非国民」という言葉は、国政から町内会に至る日本社会のすべてのレベルにおいて、侵略戦争遂行体制に対する反対・不満を抑圧するのに大きな役割を果したのである。

「非国民」なる言葉以外にも、「アカ」、「国賊」という言葉が氾濫した。
これは、一種の「集団ヒステリー」状態である。
戦時中は国中で精神病が蔓延していたのである。国家神道特有の
精神病なのか。そういえば、S学会の信者にも「うつ病」状態の
信者が一般に比較して多いとか言われている。
これは、学会員である精神科の医師がネット上で述べていることである。
513 リベラルさん 2013/11/23(土) 13:30:30
●敵性語

日中戦争の長期化にともない蒋介石政権を支援する英米への反発・憎悪が高じて外来文化・外来語は「軽佻浮薄(けいちょうふはく)」であり「敵性」だとして排斥が進んだ。
「パーマネントウェーブ」は日中戦争の頃から敵性語のため「電髪」に変更されていたが、1940(昭和15)年、煙草の名称変更(ゴールデンバット⇒金鵄(きんし)、チェリー⇒「桜」、カメリア⇒「椿」)、芸能人の改名強制(歌手・ディック・ミネ⇒「三根耕一」、歌手・ミス・コロンビア⇒「松原操」、漫才師・リーガル千太・万吉⇒「柳家千太・万吉」、投手・スタルヒン⇒「須田博)、音階の改称(ドレミファソラシド⇒ハニホヘトイロハ)が行われた。法律や通達などで敵性用語が禁止された訳ではなく、いわゆる「空気」「流れ」「雰囲気」による自己規制(迎合)が働いたのである。
太平洋戦争がはじまると、英語及びカタカナ排斥、改称はさらにエスカレートし、1943(昭和18)年1月13日には、内務省と情報局が『ダイアナ』や『私の青空』『オールド・ブラックジョー』『ブルー・ハワイ』など米英音楽1,000曲を敵性音楽としてリストアップし、演奏を禁止した。
514 リベラルさん 2013/11/23(土) 13:41:47
中でもジャズは「卑俗低調で、退廃的、扇情的、喧騒的」として徹底的に排斥された。代わって巷には、「加藤隼戦闘機」(空中戦の軍神といわれた加藤建夫少将を称えた歌)「お使いは自転車に乗って」の流行歌が流れた。

●大本營認可敵性語一覧

本項ノ全文章及ヒ全内容ハ完全ニ正シキ事實トシテ大本營ニヨリ認可サレテヲル
大日本帝国臣民ハ正シクコノコトバヲ使用スヘシ コレニシタガワザルベキ
時ハ非国民トミナス 法令ニヨリ処断ス

コンピュータ - 電子情報処理機
OS - 情報処理機の効率化及び資源管理を行うと共に、構成組織における各要素同士の差異を抽象化し算譜の設定を簡略化する基本算譜装置
マイクロソフト - 弱小社
ワード - 文章製作用算譜
iPod - 林檎電蓄
ブラウザ - 猥褻画像閲覧譜
メール - 加入者印刷電信
スピーカー - 高声器、議長
インターネット - 電子式情報伝達網
iPhone - 林檎携帯電話兼音楽再生機
iPad - 林檎接触式電算機

515 リベラルさん 2013/11/23(土) 13:43:05
Android - 人造人間式電算機
フリーズ - 電子情報処理機動作停止
クラッシュ - 電子情報処理機強制終了
キヤノンWonderBJ - 加農砲式驚異的尺八印刷機
また、携帯電話関連の用語の言い換え一覧
NTT DoCoMo - 逓信省式軽便移動無線電話
AU - 金、または英雄、国際第二電話軽便移動式無線電話
SBM - 禿鮮無線、朝鮮電話軽便移動式無線電話
SoftBank - 鮮人銀行、または軟弱銀行、軟らかき堤防
ウィルコム - 未来電波、第二電電簡易軽便移動式無線電話
イーモバイル - 芋無電

ヨーグルト − 白濁液状固体型細菌食品
ファストフード - 高脂肪性食品販売店
サランラップ - 包装膜
ピザ - 伊太利亜焼
ハイチュウ - 高次元接吻
ケンタッキーフライドチキン - 米国式鳥唐揚屋
マクドナルド - 道化師屋
516 リベラルさん 2013/11/23(土) 13:44:36
ヨーグルト − 白濁液状固体型細菌食品
ファストフード - 高脂肪性食品販売店
サランラップ - 包装膜
ピザ - 伊太利亜焼
ハイチュウ - 高次元接吻
ケンタッキーフライドチキン - 米国式鳥唐揚屋
マクドナルド - 道化師屋
ヨーグルト − 白濁液状固体型細菌食品
ファストフード - 高脂肪性食品販売店
サランラップ - 包装膜
ピザ - 伊太利亜焼
ハイチュウ - 高次元接吻
ケンタッキーフライドチキン - 米国式鳥唐揚屋
マクドナルド - 道化師屋
517 リベラルさん 2013/11/23(土) 13:52:59
グリーン車 - 緑等座席
ホームライナー - 帰宅列車
スカイライナー - 空港特急
ジャスコ - 岡田屋
セブンイレブン - 旧自七時至十一時便利商店
ローソン - 牛乳印便利商店
ファミリーマート - 家族便利商店
東京ディズニーリゾート - 東京鼠遊園地
USJ - 日本銀河的映画撮影所
おちんちんランド - 逸物園
らき☆すた - 幸運星
ドラゴンボール - 超級菜野人戦記
ムーミン - 芬蘭河馬顔妖精
テレビ - 電子受像機
カメラ - 写真撮影機
テロ - 強硬的破壊殺戮行為
マイルドセブン - 柔味七
カレーライス-「辛味入り汁掛け飯」(からみいりしるかけめし)
トロンボーン-「抜き差し曲がり金真鍮喇叭」(ぬきさしまがりがねしんちゅうらっぱ)
コントラバス-「妖怪的四弦」(ようかいてきよんげん)

以上、ネットよりの引用でした。
518 リベラルさん 2013/11/23(土) 14:12:13
●愛国心は、ならず者達の最後の隠れ家である
byサミュエル・ジョンソン(イギリスの文豪)

「不思議なことだ、いつの時代においても悪人は自分の下劣な行為に、
宗教や道徳や愛国心のために奉仕したのだという仮面を着せようとつとめている」
byハイネ(ドイツの詩人)

「愛国心を持つなら地球に持て。魂を国家に管理させるな!」
byジミ・ヘンドリックス(“伝説”のギタリスト)

「ナショナリズムは小児病である。それは国家の麻疹(はしか)である」
by アルベルト・アインシュタイン(物理学者、ノーベル物理学賞受賞)

「人類から愛国心を叩き出してしまわないかぎり、あなたがたは決して平穏な世界を持たないだろう」
byバーナード・ショウ(戯曲家、劇作家、ノーベル文学賞受賞)
519 リベラルさん 2013/11/23(土) 14:19:05
「恐怖心や愛国心によって人を殺すのは、怒りや貪欲によって人を殺すのとまったく同じく悪い」
byヘンリー・ミラー (アメリカの小説家)

「国家神道は、日本保守派の最後の精神的拠り所である。」by リベラル
520 リベラルさん 2013/11/29(金) 22:40:46
●昭和の妖怪の亡霊の再来

昭和の妖怪の亡霊(岸信介)が孫に取り憑いて
自分が果たせなかった野望を果たそうとしている。
安倍首相は米国の要請によって、道半ばにして
祖父の果たせなかった野望を成し遂げようと
画策している。恐らく祖父の亡霊が成仏しきれずに
孫に取り憑いて望みを何が何でも遂げようと
しているのだろう。

これは、2.26事件の将校の磯部が三島由紀夫に取り憑いて
自分の執念を果たそうとしたことと似ている。
げに恐ろしきは人間の執念なり。
日本人はかくの如きあの世で迷っている
未成仏霊を供養しなければならないのではないか。
靖国神社に特別の祭壇を設けて、祈祷してもらうように
するか、お寺で高僧に読経を三日三晩上げてもらうように
した方が良いだろう。
521 リベラルさん 2013/12/01(日) 20:29:05
所詮、日本の戦後の保守を名乗る自民党の
源流と言うか、保守本流の原点はかくのごとき
薄汚れたところからスタートしているわけだ。
こういう政党の政治家が日本の国民の「教育改革」
や教育基本法の改正を行う事自体が茶番である。

一度、我が身を振り返ってリセットし直すべきだろうが
残念ながら過去の出来事は取り返しがつかない。
国民の前に全てを吐き出し、懺悔して出直すべきだろう。
恥を知らない人間が国民の教育や憲法改正を叫ぶ
のはおこがましい。まして、「美しい日本」等とは
片腹痛い。統一教会に縁があるようだから
統一教会の神殿の前にひざまずいて、懺悔して
みたらどうだろう。統一教会の神さんも
喜ぶかも知れない。
522 リベラルさん 2013/12/02(月) 19:05:52
●優生思想の本質

優生思想と聞くと、ナチスドイツや旧日本帝国などの軍国独裁政権で行われた、
障害者弾圧のイメージが強いのですが、このような国家レベルの
差別に限らず、個人のレベルにおいても、「障害者は不要」とする考え方を
優生思想と呼んでいます。
正確にいうと「障害の有無や人種等を基準に人の優劣を定め、優秀な者にのみ
存在価値を認める」という思想です。

歴史的な背景としては、ダーウィンの進化論がきっかけとなり、優秀な遺伝形質
を多く残し、劣等なものは排除するのが望ましいとする「優生学」が興り、
それを根拠に、様々な社会問題を解決させる手段としての差別行為を正当化する
「優生思想」が生まれ、戦前の帝国主義者の政策に利用されるようになりました。

経済力や運動能力などの「生産性」のみで、人の価値を計ろうとするから
障害者不要論が浮上してくるのでしょうが、それならば健常者の中にも
随分と多くの不要な存在がいます。
523 リベラルさん 2013/12/02(月) 19:07:03
むしろ数からすると、ろくに働こうともしない怠け者や、人の財産を掠め盗ろうと
するロクデナシは、その殆どが健常者です。
生産性に劣るから障害者は劣悪で、健常者は優秀だとする障害者不要論は、
無知蒙昧な責任転化の論理に過ぎません。

人の価値は生産性のみで決まるものではありません。
個人としての人格が持つ精神性や、他者に与える影響力等、森羅万象に対して
何らかの変化をもたらす根源となる「存在意義」が総合的に評価されるべきです。

さてここで一つの設問をします。
親が我が子の健康を願うのは優生思想でしょうか?
また、生まれてくる子どもが健常であることを願うのは優生思想でしょうか?
524 リベラルさん 2013/12/02(月) 19:08:14
「障害を嫌う」のと「障害者を嫌う」のとは厳密には別のものです。
「病気を嫌う」のと「病人を嫌う」の違いと同じです。
本来なら上記の答えは「否」ですが、この建て分けが出来る人は多くありません。
障害は「現象」であり、障害者は「それを体現している人(当体)」です。
障害を恐れ嫌う余りに、これを混同し、障害者をも恐れ嫌うところに
優生思想の落とし穴があります。

「現象を体現する」のは、障害者だけではありません。
健常者もまた、現象を体現しています。
そうでなければ、実体の無い幽霊のような存在でしかないことになります。

さらに言えば、この世の中に「健常者」というものは存在しません。
誰であっても、何がしかの不具合を有しているものです。
「私は完璧に健常者だ」と言う人が居るとすれば、その人は精神科へ行く必要が
あります。
525 リベラルさん 2013/12/02(月) 19:09:17
「まぁこれくらいならいいか」という「見なし健常者」が、「私は健常者だ」と
言っているに過ぎないのです。
極めて軽度の障害者が、重度の障害者を差別しているだけのことです。

老化現象は誰人も逃れられない、そして確実に死に至る、最も恐ろしい「障害」です。
「老化現象」などとオブラートで包むから、自分が立派な障害者である事に誰もが
気がつかないで居るのですが、全身の筋肉が衰え皮膚が弛み、あらゆる臓器が機能不全
に陥り、記憶力、認識力、判断力に齟齬をきたし、一歩また一歩と死に近づいていく
「老化障害」です。
人に限らず、すべての生き物は、生まれた瞬間から障害生物であることが定まって
いるのです。
(一部の原生生物は老化しませんが、異なる環境に対する適応能力がありません。)
526 リベラルさん 2013/12/02(月) 19:10:53
まず障害者であることが根本としてあり、程度の軽重の差があるのが真理です。
「健常者」とは物理学でいうところの「剛体の棒」のように、人の頭の中にのみ
存在し得るものなのです。

また、「健康な子どもが欲しい=健康でない子どもは要らない」という
等式をよく目にしますが、値を変換するための係数的言葉が無いので不完全です。
「障害者が嫌だから健康な子どもが欲しい」であるならば成立しますが、
「障害が嫌だから健康な子どもが欲しい」であるときの右辺は、
「健康でない子どもを持つのが怖い」です。

「拒絶(障害が嫌)」と「否定(障害者が嫌)」とでは意味が違います。
残念ながら、この区別がちゃんと出来る人も、また少ないと言えます。
527 リベラルさん 2013/12/02(月) 19:11:56
「拒絶」を説明する例えとして、高所恐怖症の人が、バンジージャンプで飛べない様な
ものと言えば解りやすいでしょうか。
いくら「大丈夫だ!」と言っても「飛んだら気持ちが良いから」と勧めても、
出来ないものは、出来ません。

これを無理に突き落としたりしたら、もう何がどうなるか判りません。
心臓が止まるかも知れませんし、発狂するかも知れません。
失禁脱糞して、人前で醜態を晒し、自尊心がズタズタになるかも知れません。
もしそうなったら、私は突き落とした人を、容赦無く責めるでしょう。
「お前は人でなしだ!」と。

「否定」の最たるものと言えば「ホロコースト」でしょう。
「お前など生きる価値がないから抹殺してやる」
これこそ優生思想と言えます。
破滅的優生思想で、もはや正常な状態とは言えません。
明らかに「人格破綻」に陥っています。
528 リベラルさん 2013/12/02(月) 20:02:17
このナチスのホロコーストこそ優生思想の最たるものです。
何処の国でもそうだが、国家というものは、というか、
「国家主義思想」というものは、国力万能主義に
なりやすい。戦争遂行に役立たずの障害者や老人等は
国家のお荷物としての邪魔者扱いを受ける。

全く人間というものをそんじょそこらの動物以下の
存在位にしか考えていない典型的な
唯物論者と同等のレベルである。
共産主義者以下である。共産主義者ならば
未だ、せめて経済的な平等をめざして
搾取階級と戦おうという、義侠心というか
貧困階級を見て見ぬ振りの出来ない
博愛の心があるが、国家主義者には
一部の人間を除いて、そういう人間は
少ない。
529 リベラルさん 2013/12/02(月) 20:06:50
これらの思想の人間は、概ね、保守派や
民族主義者に多いのだ。ナチスは、
まさしくゲルマン民族至上主義であり、
民族浄化のためにユダヤ人を迫害殺戮した。
そして、障害者を安楽死させた。

人間の本質を知らぬ、天をも恐れぬ
所行である。日本人にも同様のバカが
おらぬことを信じたい。
530 リベラルさん 2013/12/05(木) 17:58:36
他民族を蔑視したがるバカが多い世の中で
あるが、他民族を軽蔑したところで、自分達の
民度が上がる訳ではない。
逆に自分で自分の品位を貶めるだけだ。

天(神仏)の御心に忠実な人間・国民・民族だけが
真に品格のある存在として賛美の対象になるのだ。
伝統だ・文化だといくらほざいても、現実の行いが
悪ければ動物以下である。くだらん伝統なんか
捨てちまえば良い。
531 リベラルさん 2013/12/12(木) 23:14:04
このスレッドは、ここで終了と致します。
読んで頂いた方には感謝致します。
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