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| 桜問題提起スレッド |
| 「大東亜戦争」必敗論を排す | |
| 投稿者:三保 平清さん | 投稿日時: 2013/06/08(土) 09:38:53 |
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日本は先の大戦「大東亜戦争」に敗れた。この敗れた後に「大東亜戦争」必敗論が出てきた。所謂「何故あんな負ける筈の馬鹿な戦争をしたのか・・」。これはGHQによる洗脳の結果だ。そしてこれは戦後の右にも左にも殆ど無意識にしみついている。日本の左は今なおその間違いの追求に忙しい・・戦前の日本は間違っていた(戦前の日本は間違っていない・・間違っているのは反日左翼のアンタだ・・)。そして日本の右は殆どが親米保守と言われる疑似保守だ。本当の真性保守は少数派だ。今後の日本に反日左翼も疑似保守もいらない。
さて本当に「大東亜戦争」に日本は敗れるしかなかったのだろうか??。 ここでの戦争は国家間の戦闘行為と言う意味において・・。文明史的に言えば、ある意味で日本は勝っているし、未だ継続して戦っている・・とも言えるが・・。 この「大東亜戦争必敗論」から出発する以上、事実認識も間違っているし、日本の未来は開けない。 | |
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| 9 三保 平清さん | 2013/06/09(日) 21:43:11 |
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日本国民は未だに大東亜戦争」が何だったのかの、自発的価値観に自信がない。これは外国の価値観に関係なく、日本独自の価値観でそれを総括すべきだ。この時初めて「大東亜戦争」の犠牲者の英霊は浮かばれる。今回の「慰安婦騒動」に日本人の歴史に対する不安が見てとれる。歴史に対する不安とは、歴史に対する無知である。歴史に無知な者が社会の中枢にいるのが異常である・・。
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| 10 三保 平清さん | 2013/06/10(月) 13:09:10 |
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☆「敗戦が不可避」となって来たのはいつ頃なんでしょうか?やはり「ミッドウェー」以降?
「ガ島」「サイパン陥落」?私が思うに昭和19年の「トラック島空襲」だと思います。 トラック島の奇襲攻撃は真珠湾攻撃よりインパクトが大きい物でした。 ★トラック島は日本の真珠湾、なのにその防備が全くなってない。そもそも島を敵から防備する・・と言う思想が希薄。敵艦隊を撃滅すればそんな必要はない・・と言う思想で海軍の戦略は出来ている。島を防衛する予算があれば、それを艦隊整備の予算に回せ・・だったのでは。トラック島防衛の直接の責任は、「第四艦隊」にあった。「第四艦隊」もその艦隊整備予算の充実を、まず望むでしょう。そもそも帝国海軍は攻撃一点張りで、防衛には関心が薄い。明治の戦訓が活かされてない。 | |
| 11 三保 平清さん | 2013/06/10(月) 13:39:06 |
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いろいろと戦略戦術では、問題もあったと思いますが、日本の国家戦略が見えない。陸軍と海軍の戦略戦術の統合が全く出来ていない。これは陸海軍の問題と言うよりも日本の国家としての問題だ。緒戦で占領した油田地帯「パレンバン」の石油を、どちらが使うかですら答えが出せない。陸軍がどうの海軍がどうの・・の次元を越えた深刻な問題だ。軍の統帥はどうあるべきかの・・。陸軍と海軍を、統合指揮運用するのは政治の役目、その政治のしくみが、戦前には既に破綻している。「大東亜戦争」では、陸軍と海軍がそれぞれの思惑で、ばらばらに戦争をしている。これでは戦運に見放されるのは当然だ。これは陸海軍の個々の問題と言うよりも、日本の国家の体制の問題だ。
今時大戦の戦勝国はどんな国か・・。個々の国の個々の軍には、それぞれ問題があったとしても、最終的には政治が軍を統帥している。英国に「チャ−チル」米国に「ル−ズベルト」ソ連に「スタ−リン」ドイツに「ヒットラ−」・・。この政治指導者にも問題はあったが、彼らの政治力が軍の統帥権を持っていた。 | |
| 12 三保 平清さん | 2013/06/10(月) 13:58:19 |
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これに対し、日本にはこれに対応する政治家がいない。建前は天皇であるが、あくまでも建前だ。戦後の「中華人民共和国」ですら、共産党の統帥する「人民解放軍」であった。昭和の日本の軍の統帥は、現実としては不明確・・、この体質が最大の問題だったのでは・・。だから陸海軍の統合指揮以前の問題かも・・。
鎌倉幕府が出来る時、「源頼朝」は総大将として鎌倉にいた。承久の乱では「北条義時」がそれを努め、実際に軍を率いていったのは「北条泰時」・・。指揮命令、統帥関係が明確だ。昭和の日本の、軍の統帥はどうなっていたのか・・。統帥権は天皇にあり・・。それは当たり前だ。それで実際には、誰が「北条義時」であり、誰が「北条泰時」なのか?? | |
| 13 三保 平清さん | 2013/06/10(月) 22:16:18 |
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日清日露戦はおくまでも白人文明の枠の中の戦争であった。その白人文明の枠の中の戦争である日露戦争において、非白人の日本が白人のロシアを敗ったので、世界は驚愕したのだ。しかし「大東亜戦争」は、この白人文明と非白人文明の日本文明との、文明間戦争であった。これを今の日本は理解しているのか・・。日露戦争は文明開化の延長戦上で戦えた。しかし「大東亜戦争」はそうはいかなかった。その「大東亜戦争」の国家間の戦闘行為において、日本は白人文明国家に敗れた。しかし文明論的に言えば、文明間戦争は未だ決着していない。
日本文明が優位なのか、白人文明が優位なのか・・まだ決着はついていない。この両者の融合した文明が存在するのかも含めて・・。「大東亜戦争」における日本必敗論が間違っている事だけは確かだ。 | |
| 14 茂さん | 2013/06/11(火) 10:39:09 |
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初めまして。
私は真珠湾攻撃が最大の敗因だったと思ってます。 帝国海軍は、南アジア解放・インド洋制圧という基本戦略を「対米英蘭蔣戦争終末促進に関する腹案」として策定し、昭和16年11月15日の大本営政府連絡会議において正式決定させています。 この基本戦略の骨子は (1)南方に進出することで石油他の資源を獲得し経済的な自立を目指す。 (2)インド洋を制圧することで、  ̄蔣ルートの根絶によるシナ事変を終結に向かわせる ▲▲瓮螢によるソ連支援ルート遮断(ドイツ支援) アフリカのイギリス軍へのアメリカによる武器支援ルート遮断 などの多様な目的を持っていました。 特に(2)のによって、イギリスをアフリカから追い落とせば英本土に追い込まれたイギリスが敗北を認識するのは必至で、そうなればアメリカの参戦目的は無くなり講和に持ち込める、というものでした。 しかし、真珠湾攻撃で全てが狂ってしまった。 アメリカを怒らせないという基本戦略が定まっていながら、寝ていた(振りをしていた)アメリカに、いきなり拳骨で勝負を挑むような真逆の作戦を取ってしまったことが負ける戦争への始まりだったような気がします。 | |
| 15 かずさん | 2013/06/13(木) 14:29:26 |
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こんにちは 三保さん 茂さん 仰せの様に「真珠湾攻撃」が敗因ならば、「負ける為に開戦」した事になりますよ?戦前の「邀撃漸減作戦」で望んだらもっと早く負けていたでしょう。何故ならば明治以降の海軍内での図上演習でも対米「邀撃漸減作戦」による結果は芳しく無い物だったからです。米国は「オレンジプラン」でしたから図演が再現され、「二の矢」が無い海軍は再起するまで時間が係り、米軍は繰り返し進行を行う筈です。
対米英蘭蔣戦争終末促による「大戦略」その物は間違っていませんでしたが、真珠湾を完膚無きまで叩く事をしなかった事が、その後のツケになったのです。 大東亜戦争は海の戦いが主でした。制海権が重要だったんです。アメリカその物が出て来ないと言うのは当事の戦前の戦争指導部の願望でしか無かったのです。東南アジアの英領他を日本が制圧したら米国は当然、真珠湾と西海岸から艦隊を進撃させる計画でした。 | |
| 16 かずさん | 2013/06/13(木) 14:48:21 |
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→このネット情報社会の中でも出ていない事があります。それは米国の「開戦計画」の口実です。南方資源地帯に進攻する日本海軍の鼻先に「元上院議員」を乗せた船を遊弋させ撃沈か拿捕させる計画です。これを口実に世論に訴えかけ「開戦」を行うと言う物です。
つまり「謀略」です。計画は実行されましたが、日本軍の進攻日が予測困難な事と日本軍の真珠湾奇襲を殆ど予知出来なかったので成立しなかったそうです。 米国は昭和14年に「両洋艦隊法」を成立させた事をご存知でしょうか?これで空母や戦艦の大増産が議会で決定していたのです。日本が米国を脅威と感じていた様に米国も日本を脅威に感じていたのです。日系移民への排外・抑圧は戦前から始まっており映画や書籍等で日本を明確に敵国と報じて米政府主導による国内での敵視政策も充分行っていたのです。 戦争は偶然に起こりません。偶然や偶発は「事変」や「紛争」です。 「大東亜戦争」は仕組まれていたのでは無く日露戦争以降、アメリカ政府にとっての最大の仮想敵国になっていた日本との対決を不可避と考えていた政策によります。↓ | |
| 17 かずさん | 2013/06/13(木) 15:19:36 |
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→米国は戦後に自国の都合の悪い事は隠蔽やすり替えに躍起でした。敗戦国を断罪する事で反攻や異論が出て来ない様にして来ました。米国内にも歴史や戦史を客観的に論じたり表現する人は戦争直後にいましたが、大勢の反日意識の中で沈黙を課せられて来ました。
今現在は「大東亜戦争」に至る経緯や戦局その物を客観的に冷静に考察出来る人は国内でも増えて来ました。しかしGHQのプログラムで一番影響があるのが「東京裁判」でした。この史観に基ついて戦後世代は物事を考えさせられたのです。それは「自虐や贖罪」となり未だに影響しています。それが「必敗論」に繋がって来ています。必敗論は教科書の中でデータ主義で行われます。当時の日米の国力差や日米の生活差を殊更強調するらしいです。 何故戦争が起きたか?何故日本が開戦に至ったか?等はまるでおとぎ話の様に「軍国教育や主義」「皇国史観」等が悪いのだと幼い子供に教えます。原因や要因その物は以前から教えようともしないので考察しなくなります。義務教育課程では思い込みによる歴史の結論は教えるべきでは無く考察させるべきなのに日教組に洗脳された教員ほど誤った意識を植え付け考察させようとしています。↓ | |
| 18 かずさん | 2013/06/13(木) 15:41:41 |
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→私は歴史・戦史のブログを7年程やって来ましたが、ブログの友は若い人が多いです。中学生や高校生ですね。女の子も若干います。私なんかは顔負けで詳細な記録や戦史・戦術の考察が多いのです。
とても良い事です。若い世代が自虐史観では無いのですね。自分らの様ないい歳した連中に多いのですね。(この掲示板利用してる方々には居ませんけど) 大人が自虐から目覚まないと子供達に悪影響のみを残します。戦争で散華なされた数多くの方々と魂、そして戦後世代の人が、この国を復興させ繁栄させてくれました。艱難辛苦を超えて忍耐強く頑張ってくれました。そのお陰で私は生きてると実感出来ます。 我々の世代が出来る事は散華の世代を語り継ぎ、国家を繁栄させてくれた世代の軌跡を若い人達に伝えていく事です。心を込めて伝える努力があれば「必敗論」からの考察の誤りに気がついてくれますよね。 長文・駄文になり申し訳ありませんでした。 | |
| 19 三保 平清さん | 2013/06/13(木) 17:11:48 |
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こんな意見もあるようです。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1067312655 この1は結果としては間違っていたようですが・・。2と3が好ましいが、それはしかし何せ相手あっての話しです。そうこちらの思い通りには運ばない。それでも緒戦の戦勝は日本にとって暁光であった。この暁光を、その後にいかせ続けられずに、日本は敗戦した。その中でも最大の敗因は、米国の対戦争への意志を読めなかった事であると思います。まあ米国に、いいように騙されて戦争に追い込まれた・・。のみならず、戦後もその戦争の責任を、糾弾され続けるのは何故・・。米国はその戦争の責任を、日本になすりつける路線からは、今後も変わりようがない。この不条理をなくすのが、戦後に平和を享受している我々の、英霊に対する責任である。 | |
| 20 三保 平清さん | 2013/06/13(木) 17:22:34 |
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軍事的に分析する事も大事ですが、もっと大きく文明論的に見る必要がある。日本と米国とは太平洋を挟んで、にらみ合っていた。これは「ペリ−」来航以来とも言える。この対立を戦争に持ち込ませない為には、大いなる努力が必要であった。日本側の対米認識は甘すぎた。仮想敵国に資源(石油、鉄くず)を依存したままでは、国防が成り立たないと思うのですが・・。これは軍人の役目と言うよりは政治の役目・・。戦前の政治は何を考えていたのだろう・・。「平沼騏一郎」と言い、「幣原喜重郎」と言い・・。
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| 21 マルヒロさん | 2013/06/14(金) 10:32:01 |
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三保平清さん、かずさん
お二人のおっしゃる通りだと思います。 戦争責任は無いが、敗戦責任は指導者にはあるため日本人によって大東亜戦争の総括を真剣に行わなければいけないと思います、未来のために。 これは私的な意見ですが、私は普通の会話で大東亜戦争の話をして自分の考えを述べるとき、この分野はなぜかアンタッチャブルな雰囲気があると感じています。事実、こういう話はするものではないと思っていたという意見も聞きました。 この風潮からまずは取り除かなければいけないと感じます。まずは家族内から始めるべきです。祖父母・父母・配偶者・子供・孫・親戚など様々な年代から様々な意見を聞くべきです。生まれた国の歴史を学ぶことは国民として当然のことなのに、なぜか語ることに躊躇するこの空気を何とかしたいと思っています。 | |
| 22 茂さん | 2013/06/14(金) 11:33:05 |
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かずさん こんにちは
>仰せの様に「真珠湾攻撃」が敗因ならば、「負ける為に開戦」した事になりますよ? 結果論になってしまいますが、仰る通りだと思います。 これに宣戦布告の遅延も重なり、それまで厭戦気分で一杯だったアメリカ国民が「リメン バー・パールハーバー」を合言葉に総決起してしまいました。 3年半の長期間、アメリカが総力戦を維持できたのも、卑劣なジャップを打ちのめせとい う「日本憎し」の感情を全アメリカ国民が共有してしまったからこそと思ってます。 これに対し、海軍軍令部が立案した「腹案」は、アメリカ及びアメリカ国民を極力刺激し ない、ドイツとの戦いで瀕死の状況にあったイギリス軍に早く白旗を挙げさせ世界の戦 局を早期に決定づけることを骨子としており、当時の日本の状況を考えれば、戦略として は唯一無二のものだったと思います。 寝ていた(振りをしていた)アメリカを叩き起こしてしまった、そういう意味で真珠湾は 最大の敗因ではないんでしょうか。 仰る通り、腹案通りに戦争を開始したとしても、結果がどうなったかは分かりませんが、 それはあくまでも結果論だと思います。 | |
| 23 茂さん | 2013/06/14(金) 12:07:06 |
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>真珠湾を完膚無きまで叩く事をしなかった事が、その後のツケになったのです。
仰る通りと思います。こうしておけば、帝国海軍はインド洋に専念でき、地球を半周するような真似をしなくとも、イギリスに白旗を挙げさせることが出来たでしょう。この場合でも、アメリカ国民が「日本憎し」で団結してしまった影響の度合いは私には測れませんが・・・。 しかし、軍令部の腹案を執拗に攻撃し最終的に覆してしまったという、やってはならないことをやってしまった山本連合艦隊指令長官は、東郷元帥のように真珠湾攻撃を陣頭指揮するでもなく、「完膚無きまで叩け」という命令を出すでもなかった。このため中途半端な戦果しか挙げられなかったにも拘わらず、大本営に「大戦果」と報じさせ、軍人を含む日本人全体の感覚を狂わせてしまった・・・後の敗戦に至る帝国海軍の拙い部分が象徴的にこの真珠湾攻撃に出ているような気がします。 | |
| 24 茂さん | 2013/06/14(金) 13:25:05 |
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>東南アジアの英領他を日本が制圧したら米国は当然、真珠湾と西海岸から艦隊を進撃させる計画でした
仰るように、出撃計画はあったんでしょう しかし、日本が東南アジアの英領他を制圧しても、アメリカ国民が「日本憎し」で一致団するとは思えません。米本土と違って、遠くに位置し、日頃馴染みの無い植民地が攻撃されたとしても、アメリカ国民の厭戦気分は完全には払拭されないんではないでしょうか。 加えて、戦力は根拠地から戦場への距離の二乗に反比例する、という戦いの原則もあります。つまり根拠地から戦場への距離が相手方より遠ければ遠いほど、戦力は幾何級数的に下がっていくということで、この点からも簡単に出撃できるものでもないと思います なにせ、ハワイからグアムまででも4000キロはあるんでしょうし、西海岸からとなれば7〜8000キロとなります。真珠湾攻撃が奇跡と言われたり、相手の陰謀にハマっただけと言われているのも、この原則を無視した攻撃だったからと言えます 全アメリカ国民の一致団結した支持の無い中で、大西洋も睨みながら、米海軍が虎の子の太平洋艦隊を危険な遠征攻撃に簡単に向かわせられたかどうかには疑問を感ぜざるを得ません。 | |
| 25 茂さん | 2013/06/14(金) 16:13:54 |
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かずさんへ
かずさんの「15」のコメントに対して色々とイチャモンを付けてしまい申し訳ありませんでした。この「チャンネル桜・掲示板」への初めての投稿でしたので少し拘りが過ぎたかもしれません。改めてお詫び申し上げます。 かずさんの「16」「17」「18」のコメントには100%同意いたします。 これに懲りず、これからもよろしくお願い申し上げます。 それから、三保さんへ なんだか、いわゆる「横スレ」が過ぎたようです。今後、気をつけます。 申し訳ありませんでした。 | |
| 26 かずさん | 2013/06/14(金) 17:57:32 |
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こんばんは 茂さん 何を仰いますか。気にする事等はあなたは何も言ってないじゃないですか。
掲示板て論争や議論になる時もありますが、茂さんのレスには大いに私は賛同ですよ! 歴史って多角的に見れるからいいんですよね。様々な方々の考えに触れて私は大変勉強になっています。スレ主の三保さんの様に見識や知識が深い人が多いのが、この掲示板の長所だと思います。茂さんもとても考えのある方とお見受けします。私はこれからも勉強させて頂ける行ける事を望んでますよ。 どうかよろしくお願いします。 | |
| 27 三保 平清さん | 2013/06/14(金) 18:43:46 |
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茂さんへ
☆なんだか、いわゆる「横スレ」が過ぎたようです。今後、気をつけます。 申し訳ありませんでした。 ★私は全く気にはかけていません。私に謝る必要はありません。今後も気にかけずに投稿されて下さい。 | |
| 28 EASTEYEさん | 2013/06/14(金) 19:56:23 |
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初めて投稿させていただきます。茂さんがおっしゃる真珠湾攻撃が敗因だという意見に同意します。アメリカが排日政策に出たのは、日本を戦争せざるを得ない状態に持ち込み、戦争への「大義名分」が欲しかったからだと思います。真珠湾を攻撃したことでまんまとアメリカの策略に嵌ったのではないでしょうか。
それから日本の戦略上の最大の欠点は、空軍が無かったことだと思います。 空軍を作り、ハワイに更に攻撃を加えて、前線基地を作ればかなり戦況が変わったと思います。 | |
| 29 マルヒロさん | 2013/06/14(金) 20:29:45 |
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私は海軍について述べたいと思います。
まず、これを語るには日露戦争の日本海海戦まで遡ります。日露戦争の勝利には大山満州軍の勝利、明石元二郎の謀略工作など様々な原因がありますが、なぜか日本海海戦の勝利が大々的に言われています。日本海海戦は素晴らしい勝利ですが、バルチック艦隊の士気の降下などの要因があるにも関わらず海軍の賞賛の嵐となった。 ここからが海軍の過ちの始まりです。時代の流れを読めず、大東亜戦争まで艦隊決戦を考えていた。艦隊決戦を考えていたから、艦隊保全主義という守りに入った為に攻撃を続けるべき時に退散するなどという行為を幾つもの戦いで行っています。 これを是正出来なかった統帥権の問題もありますが、海軍自体の問題も大きいとおもいます。 | |
| 30 茂さん | 2013/06/14(金) 20:33:18 |
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かずさん、三保さん、励ましてくれましてありがとうございます。また元気が出てきました。
直線的な言い方になる嫌いがあるんですが、議論が好きなだけですので・・・。 この「大東亜戦争・必敗論を排す」というテーマは、自虐史観を拝すことと同様に、日本人が自信を取り戻すためには非常に重要なテーマだと思っておりますので、これからも議論に参加させて頂きます。どうかよろしくお願い申し上げます。 EASTEYEさん、同意して下さってありがとうございます。 それから、マルヒロさんの仰る「アンタッチャブルな雰囲気」は私も前々から感じておりました。 このスレッドが盛り上がったらいいなあと思ってます。 | |
| 31 EASTEYEさん | 2013/06/14(金) 21:32:34 |
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マルヒロさんのご意見考えさせられます。先程真珠湾攻撃のことを述べましたが、日本には海兵隊がありませんでしたから、真珠湾への上陸作戦は陸軍が担当することになったでしょう。当時は現在の政治と同じで、省庁間の連携がとれてませんでした。更に陸軍の戦い方ですが、幾ら近代戦をしようとしても、最後には「関が原」か「戊辰戦争」になってしまったのではないでしょうか。戦争は、最後には陸戦で決着をつけるものだという妄信があったのだと思います。
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| 32 かずさん | 2013/06/15(土) 07:33:37 |
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みなさま おはようございます。 三保さんがとても良いスレ立ててくれましたよね。
マルヒロさんや茂さんの仰せの様に「アンタッチャブルな雰囲気」と言うのは得てして妙ですね! 戦後も落ち着いて来た頃から「海軍善玉論」がまことしやかに流布されていましたが、私は歳を追うごとに疑問が多くなって来ました。戦術で見れば海軍の敗北が戦略に影響を及ぼしてばかりだったからですね。やはり海軍は日露戦争時の「連合艦隊」の概念から抜け出せなかったんですね。総合的な軍隊では無かったし「会戦」の勝利しか思考出来ない「戦術艦隊」の枠を出ていませんでした。これは教育や伝統もあるんでしょうが、国力の差云々は全く別問題ですよね。EASTEYEさん仰せの様に「空軍や海兵隊」の存在が無かった事も大きな要因になりますね。陸海軍の対立はどこの国でもありましたが、日本は当事何故にあんなに対立があったのか?今となっては不思議な感じですが・・・ | |
| 33 三保 平清さん | 2013/06/15(土) 07:34:14 |
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EASTEYEさんへ
☆真珠湾への上陸作戦は陸軍が担当することになったでしょう。 ★これを日本は真剣には検討していません。海軍の関心はあくまでも敵の艦隊・・。まあ現実には海軍にはそんな兵力は存在せず、陸軍に依存する事になる筈ですが、肝心な陸軍とのその作戦の打ち合わせも、正式には殆ど出来ずに真珠湾攻撃へとなだれ込んでいます。陸軍は陸軍、海軍は海軍でばらばらに戦争をしている。これが日本の大欠陥・・。 ☆当時は現在の政治と同じで、省庁間の連携がとれてませんでした。更に陸軍の戦い方ですが、幾ら近代戦をしようとしても、最後には「関が原」か「戊辰戦争」になってしまったのではないでしょうか。 ★「大東亜戦争」の総括が行われていないから、この政治構造がまだ残ったままなで是正されない。今日の大問題である。 | |
| 34 三保 平清さん | 2013/06/15(土) 07:52:31 |
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マルヒロさんへ
☆なぜか日本海海戦の勝利が大々的に言われています。日本海海戦は素晴らしい勝利ですが、・・・・。 ★同感です。決して日本海海戦の勝利にケチをつける訳ではありません。日本海海戦とは世界史に残る希有な歴史の転換点でありました。が問題はその後です。日本海海戦に大勝利した後、何故そのまま連合艦隊は「ウラジオストック」攻略に向かわなかったのでしょう・・??それは戦争を長引かせる・・??既にロシア艦隊は壊滅したのに、海上戦闘ではロシアには戦闘能力が消滅しているのに・・それで尚ロシアが戦争を続けるでしょうか 。日本海海戦の大勝利の後に「ウラジオストック」攻略に向かわなかった事が、後の帝国海軍の性格を決定した・・。後は帝国海軍は艦隊決戦一本槍・・。 ただしこれは「東郷平八郎」の責任ではなく、海軍の責任でもないかも・・。責任は日本国の統帥部つまり政治にある。 | |
| 35 マルヒロさん | 2013/06/15(土) 18:37:14 |
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三保さん、皆様
本当にとても良いスレッドありがとうございます。 是非この中で大東亜戦争について色々議論できればと思います。 かずさん re:32のなぜ当時日本は対立があったのかですが、私の読んだ本の中に納得できる内容があったので紹介させてもらいます。ご存知でしたらすみません。 もともと明治維新後の軍政は「陸主海従」でした。陸軍参謀総長が海軍軍令部も統括していたのです。海軍はその不満に対して米国のアルフレッド・マハンが書いた「海上権力史論」の中にある海軍の任務は「通商破壊戦よりも艦隊決戦である」という理論を最大限に利用しました。 1893年に「海軍軍令部条例」が制定され、平時の陸海軍軍令機関が平等となりました。しかし、同時に「戦時大本営条例」が制定され、戦時には陸軍参謀総長が天皇の幕僚長となって全軍の統帥を行ったため、戦時においてはまだ陸軍が主導であり、日清戦争はこの体制で行われました。(続く) | |
| 36 マルヒロさん | 2013/06/15(土) 18:49:26 |
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(続き)
しかし、海軍は日清戦争後に「戦時大本営条例」の改訂に動き出した。統合幕僚本部創設案が出されたが、海軍は認めなかった。今例え認めても陸軍から幕僚長が出るためと海軍には幕僚長になれる人物がいなかったようです。この時から海軍は国防よりも海軍のメンツに固執していたそうです。その改訂を撤回した陸軍の川上操六はその後すぐに逝去したそうです。(このは何かきな臭いですね。) この流れで日露戦争を行い、陸軍・海軍の確執は続きました。戦略上の相違などから陸軍参謀次長児玉源太郎は海軍に対し、大幅な譲歩をして対露共同作戦会議を行った。 1903年に「戦時大本営条例」は改訂され、ここに陸海軍統帥権は戦時においても分断されたのです。 児玉源太郎は日露戦争を勝つために海軍に譲歩し、日露戦争を辛くも勝利しましたが、これが後の大東亜戦争に大きな影響を及ぼしたのです。 ここまで書いて、読み返してみると統帥権の分断の話になってしまいました。主旨と離れましたが、要は海軍は国防よりも海軍のメンツを重視したということです。日清戦争までは統帥権の問題もうまくいっていたが、日露戦争時には崩壊の道を辿り、その後はご存知のような流れです。 | |
| 37 三保 平清さん | 2013/06/16(日) 06:48:40 |
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マルヒロさんへ
陸海軍が日露戦争時に深刻な対立をして、これが後の陸海軍の統合指揮を不可能にした・・との、このご指摘は重大です。「大東亜戦争」の敗因は色々挙げられますが、直接的にはこの陸海軍の不統一が大きい。この背景には、陸軍は長州閥、海軍は薩摩閥の色が濃いですが、陸海軍の対立は即ち、その薩長の対立なのでしょうか・・。もしそうなら、それは明治維新の評価にも繋がる事ですから・・。明治維新は薩長の連携でなった。陸海軍の不統一が即ち薩長の対立ならば、その薩長の連携の構図は壊れている事を示していますから。これは明治国家を考える重大な要件と思います。 | |
| 38 マルヒロさん | 2013/06/16(日) 09:37:58 |
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三保平清さん
仰る通りこれは明治国家を考える重大な要件です。私もなぜメンツにこだわる必要があったのかと考えると薩長の対立も一つの原因にあると思います。大山巌など陸軍でも薩摩出身者がいましたが、内実は根が深いのではないかと。 当時は藩が一つの国家のようなものだったので、大げさに言うと大日本帝国は今のユーロのような感じではなかったのでしょうか。ただ一つ違うことはそこに皇室(天皇陛下)の存在があったこと。欧米列強に対抗するために日本を統一しましたが、内実は各藩の対立が往々にしてあった。 これは現代のグローバルにも通用する理論です。当時の日本人にとっても明治維新はグローバルだったのではないでしょうか。当時は藩ごとの統合ですが、皇室の存在が日本国家を可能にした。今はその単位が国ごとになっている。しかも対立が資本主義と共産主義、保守主義と新自由主義という側面からのアプローチです。日本国家がどうあるべきか、明治維新後の内部対立などの歴史から学びどのように進むべきか真剣に考えなければいけません。日本国内で意見が分かれている場合ではないのですが・・・ | |
| 39 茂さん | 2013/06/17(月) 10:08:36 |
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何年か前になりますが、この統帥の分裂を知った時「こんなんで戦争に勝てるわけがないじゃーないか」というのが第一印象でした。つまり「必敗論」そのものです。
陸軍の風下に立たされるのを良しとしなかった海軍の気持ちも分からないわけではありませんが、分裂したのが日露戦争直前。 以来、大東亜戦争まで約40年の間、陸海軍統合運用への動きというのは全く無かったんでしょうか。それと当時の諸外国はどうだったのか。この辺りがよく分かりません。 日米戦争は制海権を巡る日米両海軍の戦いであったにも拘わらず、私の知る限りでは、基本戦略の無視、情報の誇大宣伝と隠蔽、兵站軽視、敵前逃亡まがいの攻撃回避行動等、海軍の自滅的行動による敗戦だったような気がしています。統合運用が出来ていれば、この海軍の自滅的とも言える作戦行動・情報操作のかなりの部分は回避できていたかもしれません。 それにもかかわらず戦後は海軍善玉論が台頭するありさまです。 倒錯していますよね。 制度が悪かったのか。制度を悪用した軍部、私の考えでは特に海軍が悪だったのか。難しい処です。 明治国家のあり方論から少し外れてしまいましたがお許しください。 | |
| 40 かずさん | 2013/06/17(月) 15:15:45 |
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こんにちは 皆さん 茂さんの仰せの様に私も「戦争に勝てないと言うか勝つ気が上層部にはあったのか?」と以前から思ってましたよ。
マルヒロさんが丁寧にレスしてくれた事はまさにその通りだとは思ってるんですが・・・ 私自身は薩長閥や統帥部の有り方に加えて、「学閥」と言う存在が大きく影響していたのでは無いか?と思われるのです。藩閥や薩長閥は「バーデン=バーデンの密約」以降の大正末期からの陸軍の改革で大幅に変わりました。しかしそれが皇道派と統制派の禍根を残す事にもなりますが、特に陸軍も海軍も平時は出身学校による左官や官僚の人事を行っていた様です。つまり「官僚化」していったのが、大正の軍縮を経た頃からと言われていますね。官僚化は一概に悪いと言えません。軍隊の様な巨大組織を維持するには必要な制度だからです。 しかし官僚達は大戦争を考えてはおらず、局地的な紛争や事変を構想する頭脳集団になっていったのだと思われます。そもそも海軍の仮想敵国である米国との現状を考えれば、むしろ消極的な構想しか持ち合わせていなかったのでは無いでしょうか?↓ | |
| 41 三保 平清さん | 2013/06/17(月) 15:28:34 |
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茂さんへ
☆陸軍の風下に立たされるのを良しとしなかった海軍の気持ちも分からないわけではありませんが、分裂したのが日露戦争直前。 ★本当に私も、海軍の気持ちも分からないわけではありませんが・・です。ですが戦争に勝つには陸海軍の統合作戦が絶対に必要なのに・・。ここは陸軍か海軍かではなく、それを越えて統帥すべき政治の問題と思います。つまり明治政府の統帥の問題である。どうもここらが明治政府は胡散臭い。 ☆以来、大東亜戦争まで約40年の間、陸海軍統合運用への動きというのは全く無かったんでしょうか。 ★それが大問題なのに、戦後も余り真剣にその研究はされてこなかったのでしょうか・・。片や日本陸海軍を悪く言う反日勢力(GHQ史観の米国も含めて・・)、片やそれへの反発から日本軍の無条件庇護史観しか存在しなかったのが現実ですね。日本軍は無条件に庇護されても、その戦術戦略の批判まで許さない・・となるとこれは保守ではなくなる。保守とは伝統的価値観のうちに、批判精神を持つものだ。 | |
| 42 かずさん | 2013/06/17(月) 15:31:24 |
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→陸軍は満州を生命線と考えるのは当事の国是に則った部分もあるでしょう。対ソ戦略は防衛構想に近く、ソ連領への進攻は二の次の戦略だと思われます。官僚達(参謀達)の意見具申で軍の上層部は判断します。しかし国力を判断する役目は官僚には無く、戦力から作戦を考える官僚が殆どを占めるのですね。国力を考えるのは政府なんですが、それが出来たのが「大東亜戦争」の末期と言う有様でした。
これは政治の無策や軍の官僚化による閉鎖性では無いと思います。「学閥」や「学歴」による弊害ですね。現代社会だけが「学歴社会」では無かったのです。明治・大正を経て昭和の頃は学歴による組織の統率が、後々に大きな弊害を生んでいたと思います。 「基本戦略の無視、情報の誇大宣伝と隠蔽、兵站軽視、敵前逃亡まがいの攻撃回避行動等、海軍の自滅的行動」>茂さんの仰せの通りです。机上の理論は現場では必ず無理が出ます。戦場を知らない参謀や官僚の作戦は戦術から戦略までも破綻させていったのです。↓ | |
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| 44 かずさん | 2013/06/17(月) 15:46:00 |
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→これは戦後日本にも内包していた問題ではありますし、戦後の日本の有り方を考える上でも無視されつつある事でした。
「だから負けた」と言う結果と「何故に勝てなかったか」では思考や考察の始発点が、全く違う物になります。社会や生活の中でも二度、三度と同じ過失を人間は繰り返しますが、家庭や個人の生活の中ではそれは糧になりやがて身を結びます。 しかし国家と捉えれば大きな問題になります。しかし国家は一人一人の国民の社会で成り立ってるとしたらそれは日本人個々に内包する問題でもあるのです。 「歴史から学ばない政治家は真のリーダーとは言えない」とは言いますが、歴史から学ばない国民も幸福は形しか感じられないでしょう。「戦争に学ぶ」と言う事は過去の贖罪だけでは無い事に気が付けば、国家も社会も家庭も明るくなれるのですが。 話が纏まらないのでこれまでにします。 | |
| 45 三保 平清さん | 2013/06/17(月) 16:06:05 |
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結局陸軍の最終的戦略は満州・・なのでしょうか・・。日清日露の戦争も、結局は対ソ連であり、最後は満州・・となるのでしょう。なるほど陸軍は分かり易い。一方海軍の戦略とは・・??仮想敵国米国とは、艦隊整備の予算確保の為の主張・・。海軍は本当はどこの国との戦争を想定していたのでしょうか????海軍の戦略が分からない・・。
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| 46 マルヒロさん | 2013/06/17(月) 17:16:49 |
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かずさん
陸軍と海軍の対立について、あまりご存知ない皆様にも分かるようにと思い説明させてもらいました。長々とすみませんでした。 【「戦争に学ぶ」と言う事は過去の贖罪だけでは無い事に気が付けば、国家も社会も家庭も明るくなれるのですが。】 私もこの部分同意します。やはり、国民一人一人の民度を上げることが政治家、国家の質の向上に繋がりますね。となると、教育の話になるのですが・・・ここは別スレですね。 三保 平清さん 陸軍・海軍の仮想敵国は本当は分かれるべきではないと思います。帝国軍としてロシア・ソ連を仮想敵国として一致団結して臨むべきであったと思います。ここにも陸軍・海軍の確執が表れています。米国を仮想敵国とするのではなく、同盟国にするべきでした。日本・アメリカ・イギリスVSロシア・支那という海洋国家VS大陸国家というシナリオを作るべきであったと思います。譲って仮想敵国をアメリカとするなら、当時の時代に合った戦力増強をするべきでした。三保平清さんは実際、海軍はどこを仮想敵国とするべきだったとお考えですか? | |
| 47 かずさん | 2013/06/17(月) 17:17:34 |
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こんにちは 三保さん 陸軍の戦略は満州と言うのは仰せの様に「対ソ戦」を目的としていたからだと思います。
海軍は戦略と言うより大戦略は当初から持ち合わせていなかったのでは? 日英同盟がある中で南方への進出は考えていない戦略配備ですよね。 戦術的な思考での艦隊配備だったと思います。「邀撃戦」に特化した。つまり「日本海海戦」の様な思考です。国を仮想敵としたと言うより「米海軍」のみを仮想敵としていたと思いますよ。それは艦船の巡航性が低く、高速・高打撃力の設計思想にも見られます。 海軍が陸軍に追随すると言う構図は他国でもよくありますが、日本その者が太平洋の制海権と言う概念が、当初から希薄の様に思えます。実戦部隊の海軍にも戦略は無かったのは「邀撃戦」思考に遠因があります。戦術勝利が戦略に寄与していたと言う場面が殆どだからです。陸では大陸を海では邀撃をと言うのが、軍事的な戦略だったと思います。国家戦略はそこにはあまり無かったと言えます。 三保さんは陸海軍の戦略目的についてどの様な考えをお持ちですか? | |
| 48 三保 平清さん | 2013/06/18(火) 07:39:51 |
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マルヒロさんへ
☆陸軍・海軍の仮想敵国は本当は分かれるべきではないと思います。帝国軍としてロシア・ソ連を仮想敵国として一致団結して臨むべきであったと思います。ここにも陸軍・海軍の確執が表れています。 ★日本の置かれた地理的条件からも、対ソ対米の同時二正面作戦はとれないと素人でも思うのに・・。陸軍の対ソ作戦は日本の置かれた地理的条件から必然的にそうなる・・面があるが、海軍はそれにどう支援する戦略があったのでしよう・・。陸軍の下請けでは面白くないから、海軍独自の戦略を希望した・・??だったとしたら最悪・・。 ☆米国を仮想敵国とするのではなく、同盟国にするべきでした。 ★それがベストですよね・・。ただし米国は「オレンジ作戦」を着々と進めていて、日本には困難な面がありましたが・・。それでも最低限敵に回さない戦略が必要だった。 「西村真悟」議員がこんな事を言っています。まさにその通りだ。 http://www.n-shingo.com/cgibin/msgboard/msgboard.cgi?page=862 | |
| 49 三保 平清さん | 2013/06/18(火) 07:52:48 |
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かずさんへ
日本が敗戦へ向かう原因となったのは、「ミッドウェ−」ではなく、海軍がインド洋作戦から、太平洋作戦に切り替えた事が原因なのて゜しょう。それにしても海軍の戦略戦術は無定見・・。「暫減作戦」から「空母決戦」に切り替えてもケロッとしている。その「暫減作戦」も単に艦隊整備の為の主張ではなかったか・・と痛くない腹も探られようと言うものだ。 我が帝国海軍に大戦略やある・・?? | |
| 50 マルヒロさん | 2013/06/18(火) 11:47:52 |
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三保 平清さん
私も西村議員のメルマガを登録しているため、読みました。 米国オレンジ計画も中国進出を図る米国との満州の共同管理のこじれからですし、あの時米国と行っていれば・・・など様々想像が出来ます。不遜な言い方ですが、これだから歴史は面白いですし、勉強するに値します。 敗戦原因というのはいくつもあると思いますが、西村議員のブログにもあった諜報関係について少し書かせてください。 日露戦争時も明石元二郎という諜報工作員の活躍が日露戦争の勝利に大いに関係しています。ロシア攪乱のために革命グループに武器を貸与していたこと、バルチック艦隊内にも協力者がいたことなど。これはむしろ日本の諜報なのか革命グループの諜報なのか分かりません。現代から見ると革命グループにしてやられたという結論になりますが。ですが、当時の日露戦争勝利の影の功労者であることは、間違いありません。 ですが、これが後に日本、いや世界を変えていったのですが・・・ | |
| 51 茂さん | 2013/06/18(火) 16:02:30 |
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三保さん、眞吾の時事通信ありがとうございました
ただ、帝国海軍の誤りは「ミッドウェーから」ではなく「真珠湾から」だと思ってます また「仮に、この戦略が、その時イギリスの首相チャーチルの耳に入ったならば、チャーチルは即座にイギリスの敗北を悟ったはずだ」の部分も?です。チャーチルはとっくの昔からインド洋の危険を熟知していたはずで、これを回避するためにチャーチルは、あらゆる手を打ったはずです )杜等あらゆる手を使って帝国海軍を東に向かわせるよう仕向ける ▲ぅリスの世界に誇る最新鋭戦艦プリンス・オブ・ウェールスをインド洋に浮かべて帝国海軍の進出を阻む、等等 プリンス・オブ・ウェールスは開戦直後、史上初の航空機との戦闘で無残な敗北に終わりましたが、謀略によって帝国海軍を東に向かわせる策は見事に功を奏しました。 これが真珠湾だったと思ってます アフリカ戦線でロンメルと戦っていたイギリスは、帝国海軍がいきなりインド洋に進出してきたら、一挙に敗色濃厚となってたに違いないところ、真珠湾で大いに時を稼げぐことが出来た。 そしてミッドウェーで、インドもアフリカも安泰となった 大きな流れは、こういうことではないでしょうか | |
| 52 マルヒロさん | 2013/06/18(火) 17:30:42 |
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茂さん
一つ一つの戦いについて論じるのは三保さんの主旨とは違うかもしれませんが、勉強のため教えてください。帝国海軍を東に向かわせる謀略として英国が行ったことは具体的には何があるのでしょうか? 1942年のアフリカにおいてのドイツの快進撃当時、軍令部と連合艦隊も意見の不一致があったと認識しています。永野軍令部総長はインド洋作戦を上奏しているときに、井上成美南洋部隊はソロモン諸島やガダルカナル島の基地強化作戦に出ています。陸軍・海軍の不一致のみならず海軍内でも意見の対立があった。 私は陸軍・海軍の問題であるとの認識だったのですが、是非教えてください。 | |
| 53 三保 平清さん | 2013/06/18(火) 17:51:10 |
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茂さんへ
帝国海軍が「真珠湾」に向かったのは、英国の謀略と言うよりも、かねてよりの「山本五十六」が研究していた「開戦劈頭我が艦栽機航空部隊によりハワイを叩く・・」の作戦計画でしょう。それがまんまと「ル−ズベルト」の罠に嵌ったのかもしれませんが・・。しかし何にせよ、その「真珠湾」作戦の大成功(あくまでも見かけ上ですが・・)によって、その後の帝国海軍の作戦の連戦連勝がもたらされた・・と考えます。同時に我が海軍陸上航空機部隊が、英国艦隊を撃滅した。この時「チャ−チル」には打つ手がなかった。困り切った「チャ−チル」が米国に、「ド−リットル」の東京空襲を要請した・・。その「ド−リットル」の東京空襲に慌てた「山本五十六」が、インド洋から機動部隊を引き上げて、後に太平洋へと作戦の舞台を変更してしまった。こうしてインド洋を西進する作戦は終了してしまった。本来はインド洋作戦が継続される筈でしたが・・。 | |
| 54 三保 平清さん | 2013/06/18(火) 17:53:03 |
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続き
しかしこれも「山本五十六」一人だけの問題なのでしょうか・・。どうも帝国海軍の作戦はその場凌ぎで、確固とした戦略が見えない。そして太平洋での米国との消耗戦でずるずると敗北を重ねるようになる・・。「山本五十六」にすれば、「真珠湾攻撃」の不徹底による米空母の存在が寝ても覚めても忘れられなかったのでしょう。しかしこのインド洋から太平洋への作戦変更が、日本の戦勝の可能性を潰してしまった。 | |
| 55 茂さん | 2013/06/19(水) 07:02:04 |
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Re:52 マルヒロさんへ
謀略の中身が何であったかは分かっていません。 当時、謀略はどこの国も盛んにやっていました。この辺り、見えてこないのは日本くらいなものです。中でもイギリスは歴史的に諜報・謀略活動に優れたものを持っていましたが、このイギリスがアメリカと組んでのドイツ挑発をあきらめ、舞台を太平洋に移してまでもアメリカに早期参戦を促していた。イギリスは必死だったと思います。 しかし日本に参戦させると言っても、西に向かって参戦されたら逆効果もいいところです。 一方で連合艦隊司令長官の山本五十六は、昭和9〜10年ころから、真珠湾攻撃を持論にしていた。 これらを総合すれば、アメリカと緊密な情報交換を重ねながら、政治家・外務省・帝国陸海軍の英米派人脈を駆使して「東へ」の工作に全力を傾けてきたと考える方が自然ではないでしょうか。 真珠湾攻撃の報を聞いて、世界で最も喜んだのはチャーチルだったと思ってます。 | |
| 56 マルヒロさん | 2013/06/19(水) 10:04:51 |
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茂さん
言われる通り、イギリスは必死だったと思いますし、真珠湾攻撃をチャーチルはとても喜んでいます。その他は武器貸与法、両用艦隊法などチャーチルを助けています。当時アメリカとイギリスの利害が一致し、アメリカが参戦出来る様な謀略をおこなったことは理解出来ます。日本内部にも親英米派がいたと思っていますが、史実としてそういう資料があったのか、どの人物が関係していたのか具体的な内容を知りません・・・ ご存知であれば教えて頂きたいと思いました。 | |
| 57 かずさん | 2013/06/19(水) 17:04:15 |
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みなさん こんにちは やはり茂さんの仰せの事も一理あると思いますね。歴史を考える場合「戦略=歴史」もありますが、「戦術=戦略=歴史」もありますからね。
チャーチルは実際に権謀術数の人とも言われてましたしね。 私はインド洋に作戦転換したのが、敗因の始発点と思ってましたが、「東」への工作はあったかもしれません。 色々と知人に聞いてみたいと思いますので見解が纏まったら又レスしますよ。 このスレは続けて行きましょう。 | |
| 58 茂さん | 2013/06/19(水) 19:17:06 |
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マルヒロさん
>史実としてそういう資料があったのか、どの人物が関係していたのか具体的な内容を・・・ご存知であれば教えて頂きたいと思いました。 残念ですがイギリスもアメリカも未だ情報公開していません。 「卑劣な真珠湾奇襲攻撃」が広島・長崎への原爆投下の動機として利用され、原爆投下の報復を避けるために「日本には絶対に核武装させない」ことがアメリカの世界戦略の一環を成している間は、イギリスも含め情報公開は半永久的にないのでは、と思ってます。 どの人物が関係していたのか・・・・・。 イギリスは諜報・謀略に長けていましたから「本人も分からないうちに関係していた」というのが殆どではないでしょうか・・・戦後に表舞台に出てきた政治家・外交官・元海軍軍人等の中には確信犯に近い人もいたと思いますが(これは全くの私の想像ですが)・・・。 (次に続く) | |
| 59 茂さん | 2013/06/19(水) 19:25:15 |
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(続き)
インド洋と真珠湾奇襲攻撃を巡り、山本連合艦隊司令長官と激しく対立した挙句、最後は真珠湾に同意してしまった永野軍令部総長は、戦犯となった時「全てを話す」としていましたが拘置所で「風邪」のため急死しています。 山本長官の考えをよく知っていた永野元軍令部総長に喋ってもらっては困る事情が、どこかの国にあったということではないでしょうか。それがイギリスなのかアメリカか。 真珠湾が焦点になっているだけに、アメリカが「真珠湾へ」と工作するのは殆ど不可能と思われますが・・・。 | |
| 60 マルヒロさん | 2013/06/19(水) 22:57:43 |
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かずさん
是非色々なご意見、宜しくお願いします。 茂さん やはり、情報は公開していませんか・・・ 山本司令長官は米英と通じていたという意見はありますが、仮に本当であれば複雑な気分になります。日本人として国内問題であってほしいという私の希望ですが。しかし、これが現実の政治・外交ですね。永野元軍令部総長の「全てを話す」と言われていたことは知りませんでした。拘置所での急死、きな臭いです。 今後も議論させて頂き、勉強させてください。 | |
| 61 三保 平清さん | 2013/06/22(土) 09:35:29 |
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「大東亜戦争」勃発直前の日英関係の解明が焦点でしょう。日露戦争後も英国は対日関係を敵対関係とは見ていないようですが・・。その後の日英関係に英国は失望したのでしょうか・・。日本が戦艦「金剛」の英国貸与に応じなかった事とか・・。英国は第二次世界大戦を前にして、ドイツと絶体絶命の対立にあって・・。その時日本は頼みにならぬ・・と今度は憎さ百倍・・となったのでしょうか・・。それでも英国から日英同盟廃棄を言い出す、状況でもなかったように思われますが・・。対して米国の日英同盟廃棄への執念は凄かった。そして日英同盟廃棄・・。後は英米連合しての対日強行策・・。こんな事件まで起こった。「浅間丸事件」・・。これは偶然の出来事なのでしょうか・・。それとも英国による対日挑発なのでしょうか・・。軍港「横浜」の目前での大事件・・。
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| 62 茂さん | 2013/06/22(土) 16:14:19 |
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三保さんへ
日英同盟の廃棄は痛かったですね。ここから漂流が始まりましたね。 大東亜戦争勃発直前の日英関係は、ほとんど敵対的な関係と言ってよいのではないでしょうか。シナ事変ではイギリスは蒋介石を援助していましたから敵国そのものですし、日本と同盟を結んでいたドイツとは昭和15年から戦争状態に入ってますから。 ドイツを源流とする帝国陸軍から見れば、この状態は分かり易いんですが、イギリスを源流とする帝国海軍としては、すごく複雑な気持ちだったと思います。 | |
| 63 sannさん | 2013/06/22(土) 19:37:10 |
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戦争の勝敗が国力だけによるものなら、日本は必敗だったのでしょう。しかし、そうとばかりは言えないのではないか。日清、日露の戦争も世界の大多数は日本が敗れるほうに賭けていたのではないか。大東亜戦争もやりようによっては五分以上にもっていけただろう。それにしても上層部の無能以下敗因がおおすぎるよ。
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| 64 マルヒロさん | 2013/06/23(日) 03:45:44 |
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三保さん、茂さん
日英同盟はとても海洋国家どうしの同盟として素晴らしいものでしたが、これを一番崩したかったのが米国ですよね。対露に関しては日英同盟は多いに威力を発揮していました。日露戦争の勝利は日英同盟のおかげと言っても過言ではないと思います。英国から情報を多くもらっていたので、帝国軍の中に英国シンパがいたこともうなずけます。 第一次世界大戦への参加は日英同盟から必然ですが、その後の日本として日英同盟を続けるためにはどのようにするべきだったのでしょうか?もしくわ日英同盟の存続は不可能だったのでしょうか? | |
| 65 三保 平清さん | 2013/06/23(日) 08:43:23 |
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茂さん、マルヒロさん、sannさん
米国の対日戦争のやり方は戦前に、どう戦ってどう勝ちどう占領するかまで、徹底的にシュミレ−ションを済ませてから、どう転んでも米国に敗戦はない・・と踏んで日本に戦争をしかけてきました。「真珠湾攻撃」が日米戦の開始ではありません。「ABCD包囲陣」が既に、対日本への連合国の戦争の開始です。戦争とは武力戦闘だけではありません。「ABCD包囲陣」は武力戦闘に先立つ経済戦争でした。それを政府も国民も見抜けなかった。米国の対日戦争のやり方は「イラク戦争」と同じパターンなのです。 戦争に勝つには、戦争をブロデュースする事です。楽しくはありませんが・・。戦争とは政治のリアリズムです。好き嫌いではないと思います。ここが「お花畑」には分からない。「それにしても上層部の無能以下敗因がおおすぎるよ。」・・全くその通り・・。これは明治国家にその原因があると思います。明治新政府は一挙に武士を廃止した。階級だけではなく、その価値観までも敵視した。それまで政治のリアリズムを体現していたのは武士なのに・・。以降日本の政治は迷走する。戦争以前の問題です。 | |
| 66 茂さん | 2013/06/23(日) 19:47:08 |
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マルヒロさんへ
>日本として日英同盟を続けるためにはどのようにするべきだったのでしょうか?もしくわ日英同盟の存続は不可能だったのでしょうか? 本当に難しい問題ですね。 アメリカはオレンジ計画に沿って着々と日本を追い込もうとしていましたが、日本はアメリカのそのような敵視政策には気付いていません。 気付いていれば何とかしてイギリスを抱き込むとかの戦術を取っていた可能性もありますが・・・。 ただし、第一次世界大戦後は覇権がイギリスからアメリカに移っていますからイギリスはアメリカの日本敵視政策に逆らってまで日英同盟の継続に同意したということも無かったでしょう。 日英同盟は1921年のワシントン会議で廃棄が決定され、1923年に消滅しましたが、全ては世界支配を意図するアメリカ(又は背後に潜む国際金融資本)の強引さにあったと言えるのではないでしょうか。 国を守るということは本当に難しい・・・です。 | |
| 67 三保 平清さん | 2013/06/24(月) 09:08:41 |
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ここで突然議論の流れを遮って申し訳ないのですが、以前からどうしても言いたい事があって、ここで敢えて発言させて頂きます。皆さんご免なさい・・。
よく日本は戦争をした・・と言いますが、この言い方は間違っています。戦争には相手がある・・当たり前ですが。戦争とは相手と自分との間に起こる出来事・・。それを引き起こした責任の度合いは別として・・。両者とも戦争を望んでいなくても、それに巻き込まれる事もあり得る。日本は戦争をした・・は、この事を無視している。戦争の原因は常に誰か悪い奴がいて、それを引き起こすのだ・・と言う思い込みがある。そしてあんな大戦争に日本では未だに、その総括が行われていない。 日本には毎年台風がやってくる。これを、誰かが日本を台風に引き込んだ・・とは言わない。「大東亜戦争」とはそう言うものだ・・と考えます。「大東亜戦争」とは日本と海外の国家感との間に生じた台風のようなものかもしれない。日本、英国、米国、その他の国々との事象を、丁寧に検証する必要があると思います。みなさんの議論はこれを進めるものと嬉しく思います。では引き続きよろしくお願いします。 | |
| 68 三保 平清さん | 2013/06/25(火) 11:55:40 |
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第二次大戦の戦勝国には、例外なく大政治家が存在する。その大政治家を評価するかしないかは別として。戦争を始めるのも続けるのも止めるのも、政治的決定に他ならない。我が国はこの政治的決定が実に不明瞭であった。政治的決定の最終責任者は誰なのか??政治的決定の不明瞭さは、戦争に突入すれば忽ち、戦争遂行の過程での、戦略戦術の不明瞭さをら招く。誰の責任で決定されたのやら分からない作戦がはびこり、間違った戦略や作戦指揮が招いた結果に誰も責任をとらない・・。この根源は政治の枯渇である。「大東亜戦争」突入直前の我が国には、大政治家とは言わぬまでも、中政治家までもが人材枯渇の状況であった。その時天皇を政治において、輔弼すべき人材が遂に現れなかった。内閣総理大臣・・格好だけ・・。
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| 69 茂さん | 2013/06/25(火) 22:26:28 |
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Re:68 三保さんへ、少し反論させて下さい
>我が国はこの政治的決定が実に不明瞭であった 大本営政府連絡会議が正式決定していた「対米英蘭蔣戦争終末促進に関する腹案」は基本的な戦略・始め方・止め方を一応は示しています。帝国陸海軍がこの腹案に沿って一丸となって進んでいれば、戦争決定者も戦略戦術もハッキリしていたと私は思ってます。海軍の横暴による真珠湾と、それに続くミッドウェーが全てを不明瞭にしてしまった・・・のでは。 また戦争を望んでいなかった日本をギリギリまで追い込み、世界中を戦争に追い込んだルーズベルト・スターリン・チャーチルのような人物が大政治家とも思えないのですが。「敗戦の責任は自分にある」と言って死に赴いた東條閣下は立派だったと思っています。 >内閣総理大臣・・格好だけ・・ 陸海軍大臣現役制や統帥権の独立を盾にした軍部の横暴も大きかったのでは。 | |
| 70 茂さん | 2013/06/26(水) 01:57:19 |
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(69の訂正です)
「ルーズベルト・スターリン・チャーチル」と三人並べて書きましたが、チャーチルは確かに仰る通り、大政治家の部類に入ると思います。自国を守るためにあらゆる手を打っただけですから。 以上のように訂正いたします。 | |
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| 72 三保 平清さん | 2013/06/26(水) 10:12:35 |
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Re:69茂さんへ
☆帝国陸海軍がこの腹案に沿って一丸となって進んでいれば、戦争決定者も戦略戦術もハッキリしていたと私は思ってます。 ★その通りなのですが、それでもそれは真っ当な国家とは言えない・・と思うのです。戦略はそれで正しくとも、その正しい戦略を政治が掌握していない・・。政治が国家を掌握していない・・。海軍が横暴だったとしても、そんな横暴な海軍を存在させる、国家の統治のしくみがおかしい。要は国家とはどうあるべきかの、国家観の問題と私はとらえています。軍はあくまでも政治の下であり、その国家戦略の最終決定は政治家によってなされるべきだ・・と考えるもので・・。これは明治に遡るべき問題と考えます。 | |
| 73 三保 平清さん | 2013/06/26(水) 10:21:00 |
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☆海軍の横暴による真珠湾と、それに続くミッドウェーが全てを不明瞭にしてしまった・・・のでは。
★海軍のあり方には、私も激しく憤りを覚えますが、その海軍のあり方を正すべきは政治家です。その政治のあり方が、即ち国家の統治のあり方がおかしい・・のだと現在は考えるようになりました。仮に「真珠湾」や゜「ミッドウェー」がたまたまうまく運んでも、結局はきっとその後で躓いたに違いない・・と考えるようになりました。要は局地戦の作戦指揮の結果ではなくて、国家の根本体質のようなものが問題だった・・と考えます。 軍には大きな問題があったが、それ以上に大きな問題が政治には存在していた。軍のその問題を正す事の出来ない、当時の日本の政治のしくみが大問題である。当時の日本には、軍人か官僚か政治家なのか分からない・・が跳梁跋扈していた。軍人は軍人・・官僚は官僚・・政治家は政治家・・、その分を弁えて国家に奉仕すべきである。 | |
| 74 かずさん | 2013/06/26(水) 11:25:12 |
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こんにちは 私は今現在、茂さんが提示なされた「東進」策について考えておりますが、未だに結論が纏まりませんので、しばらく時間を頂きたいと思います。場合によっては別スレにしたいと思っていますので。
やはり大東亜戦争から遡れば「明治時代」の国家の在り方や思想に繋がりますので、その点にお詳しい三保さんにご教示頂ければと思います。 | |
| 75 マルヒロさん | 2013/06/26(水) 12:35:03 |
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三保平清さん、茂さん、かずさん
戦争というのは政治の延長線上であることは間違いありません。ですから、巻き込まれた日本にも責任があると私は考えます。巻き込まれないような国家を作ること、巻き込まれた場合の対処の仕方などを大東亜戦争から学ぶべきであり、このスレッドはとても大切だと思います。 大政治家かどうかはその国の国民が決めることであり、結果として日本は負けたのですから、(当時の体質の中で考えられるあらゆることを行ったと思いますが)日本には大政治家はいなかったと考えます。むしろ、大政治家を出せる統治機構ではなかったかもしれません。国家統治の問題は今まで議論している中で数多出てきましたので、三保さんの言われる「明治に遡るべき問題」というものには賛成です。 皆様のご意見是非伺いたいと思います。 | |
| 76 三保 平清さん | 2013/06/26(水) 14:11:36 |
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日本は何故「大東亜戦争」に敗れたか・・この重大な事に、戦後の日本国民も日本政府も知らぬ顔で避けてきた。触らぬ物に祟りなし・・違う・・触らぬ物に祟りありだ。何故「大東亜戦争」に敗れたか・・総括なしに日本の持続発展はない!!
戦争は政治の延長である。戦争と政治を別の物としてとらえる戦後日本社会がおかしい。日本の政治のしくみがおかしい。戦前から・・。政治のしくみが誤っていて戦争に勝つ・・などあり得ない。日清日露の戦争には、まだ明治以前の日本の倫理価値観が残っていた。それの完全に消滅した、そして英米の価値観に完全に埋没しながら、その英米と戦争して勝てる訳がない。「大東亜戦争」における戦闘の結果を分析する事も、「大東亜戦争」の文明論からの観点の意味も、両方が今必要である。戦闘の結果も文明論的にも日本必敗論は間違っている。本来は勝つ可能性が大きかった。 | |
| 77 茂さん | 2013/06/27(木) 09:25:32 |
| 78 茂さん | 2013/06/27(木) 09:37:33 |
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Re:76 三保さんへ、教えてください。
>本来は勝つ可能性が大きかった この「本来は」の意味ですが「明治以前の日本の倫理価値観が残っていれば」というような意味なのでしょうか。 >「大東亜戦争」における戦闘の結果を分析する事も、「大東亜戦争」の文明論からの観点の意味も、両方が今必要である。 このスレッドは「戦闘の結果」だけを取り扱うのですよね。 単なる確認です。 | |
| 79 三保 平清さん | 2013/06/27(木) 11:52:55 |
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78 茂さんへ
☆本来は勝つ可能性が大きかった ★済みません。紛らわしい表現になってしまいました。戦闘では十分に勝つ可能性があった・・但し緒戦の作戦成功(つきすぎでしたが、取りあえずつきも実力のうちと言う事で・・)をいかしてかつ早期に講和を開始していれば・・と言う条件でならば、勝つ可能性が大きかった・・と言う意味です。 ☆この「本来は」の意味ですが「明治以前の日本の倫理価値観が残っていれば」というような意味なのでしょうか。 ★そうです。日露戦争はそれ以前の日本の倫理価値観で戦って勝った。日露戦争では「上村彦之丞」や「乃木希典」のような提督が存在した。先の大戦にはそんな人物は見あたらない。 | |
| 80 三保 平清さん | 2013/06/27(木) 12:11:19 |
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☆このスレッドは「戦闘の結果」だけを取り扱うのですよね。 単なる確認です。
★戦争は政治の延長です。何故戦争に勝ったか負けたかは最終的には、政治がどうであったかになってくる。特に先の大戦は国家総力戦でした。「戦闘の結果」だけを見ていては、戦争は論議出来ないと思います。多くの戦闘をいかに繋げて、戦争を勝利に導くかは、国家戦略です。つまり政治以外の何者でもない。その政治を誰が担うかは別にして。当時の日本は軍政でしたが・・。軍人が政治の中枢を担っていました。軍人は戦闘の専門集団ですが、その戦闘の専門集団を活用し支援する大きな枠が必要だったと考えます。 日本は戦闘の専門集団は抜群に優秀だったが、これを支援運用するのに大きな問題があったと考えます。つまり軍の用兵に問題があった・・。それを議論しようかと・・。勿論戦闘の結果への意見も必要です。 | |
| 81 茂さん | 2013/06/27(木) 21:05:04 |
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Re:79 三保さんへ
(茂)この「本来は」の意味ですが「明治以前の日本の倫理価値観が残っていれば」というような意味なのでしょうか。 (三保さん)そうです。日露戦争はそれ以前の日本の倫理価値観で戦って勝った。日露戦争では「上村彦之丞」や「乃木希典」のような提督が存在した。先の大戦にはそんな人物は見あたらない。 この考え方は「昭和の政治家・軍人が戦争などしても所詮勝てるはずも無かったのだ。バカな戦争をしたものだ」という大東亜戦争必敗論に繋がってこないでしょうか。 昭和の政治家・軍人が明治以前の日本の倫理価値観を希薄化させてしまったのは、時代の流れの中での抗えないことであり、それは敗戦の「遠因」「背景」位に捉えておかないといけないように私には思えるのですが・・・。 特に、勝てないまでも引き分けに持ち込む、究極の戦略「対米英蘭蔣戦争終末促進に関する腹案」を我国は持っていたのですから。 | |
| 82 三保 平清さん | 2013/06/27(木) 21:16:17 |
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茂さんへ
☆特に、勝てないまでも引き分けに持ち込む、究極の戦略「対米英蘭蔣戦争終末促進に関する腹案」を我国は持っていたのですから。 ★これには賛同出来ません。「対米英蘭蔣戦争終末促進に関する腹案」は誰によって何時までそれが維持されましたか??もしそれに沿って日本の国家戦略が立案され、戦争指導がなされたならば、日本の作戦敗北の連続はあり得ません。その「対米英蘭蔣戦争終末促進に関する腹案」は放棄されたのです。後は作戦敗北の連続・・だったのでは・・。 | |
| 83 リベラルさん | 2013/06/27(木) 22:54:11 |
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<A>に近いという人は、「会社人」的なキャリアを歩んでいる。他方、<B>に近い人は、「仕事人」的なキャリアを歩んでいる。つまり、キャリア意識の中心軸が、雇ってもらっている組織に向いているか、それとも仕事そのもの・職種に向いているかの違いがある。
「会社人」的なキャリア意識の特徴は次のような点である。 働く忠誠心は会社に向ける、会社内での昇進や自己実現を目指す、会社の名刺で仕事をする、会社と自分はタテ(主従)関係、会社の要求に応じた能力を身につけることが求められる、組織ローカルな世界観を持つ、など。 他方、「仕事人」的なキャリア意識の特徴はこうである。 働く忠誠心は仕事に向ける、業界や社会の中での貢献や自己実現を目指す、個人の能力・人脈で仕事をする、会社と自分はヨコ(パートナー)関係、仕事の要求に応じた能力を自主的に身につける、コスモポリタン(世界市民)的な世界観を持つ。 | |
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| 86 三保 平清さん | 2013/06/28(金) 08:05:47 |
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81 茂さんへ
☆この考え方は「昭和の政治家・軍人が戦争などしても所詮勝てるはずも無かったのだ。バカな戦争をしたものだ」という大東亜戦争必敗論に繋がってこないでしょうか。 ★私は「大東亜戦争」を馬鹿な戦争とは思いませんし、日本が勝つべき戦争だったと思います。もし日本が勝っていれば、イスラエル対パレスチナの戦争もベトナム戦争も東西冷戦もあり得ない。日本は米国に戦争を計画的にしかけられた。「オレンジ計画」のように・・。これは日米の利害対立と言うよりも、人種差別的偏見であり、日本には避けようがなかった。 日本は戦争をした事が馬鹿ではなく、その戦争のやり方が馬鹿だったのだ。そして勝つべき大義が日本にはあった。馬鹿なやり方で勝てる筈の(少なくとも負けはしない・・)戦争に負けてしまった・・。その敗戦の影響は未だに大きく影を落としている。私は「大東亜戦争」は日本必敗論ではなく、日本不敗論なのですが・・。ただし幾つかの条件付きですが・・。 | |
| 87 マルヒロさん | 2013/06/28(金) 14:49:19 |
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三保さん、茂さん
割り込ませて頂きます。 お二方も今までの議論を通じて大東亜戦争を馬鹿な戦争だとは思っていないと私は感じています。ただ、敗戦要因がどこであったかという論点の違いだと思います。 私が思う一番の敗戦原因はやはり統帥権の問題です。日清・日露戦争までは何とか統帥権を保っていたが、途中から海軍の暴走が始まったと思います。この背景には明治維新にも大きな原因があると感じているため、「明治に遡るべき問題」という三保さんの意見には賛成です。また、「対米英蘭蔣戦争終末促進に関する腹案」通り陸海軍が意思統一して動けば、負けは無かったと私も思っていますが、ここでも海軍の暴走があります。海軍がインド洋方面に進出せずに、南東太平洋に進出した・・・・ここの暴走には茂さんが言われる米英の諜報も多いにあると思います。この部分は今かずさんが調べてくれていると思います。 明治から議論していくのか、大東亜戦争の戦い・戦術を議論していくのか、どちらもとても必要なことであると思っているため、出来れば三保平清さんから問題提議して頂ければ助かります。 宜しくお願い致します。 | |
| 88 三保 平清さん | 2013/06/28(金) 23:25:40 |
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マルヒロさん、茂さん、Re:87
上記マルヒロさんの主張に全面的に賛成です。日本が「大東亜戦争」に敗戦した直接の原因は、陸海軍の統合した戦略がとれなかったから・・。日本の陸海軍はそれぞれに日本の戦勝を目指しているとはいえ、同床異夢・・国力で連合国に及ばない日本がなけなしの人物資源を、ばらばらに運用して、国家総力戦を勝ち抜ける筈がない。この点から言えば、日本は負けるべくして負けた・・とも言える。しかしこれは日本には所詮連合国には相手にもならぬ存在だった・・を意味してはいない。これは逆に日本に、陸海軍の統合した戦略がとれていれば、敗戦はなかった・・と言う事である。では何故陸海軍の統合した戦略がとれなかったか・・はこれは政治の問題であり、国家の体質の問題である。そしてその国家の体質の問題とは明治維新にまで遡る問題である。 | |
| 89 マルヒロさん | 2013/06/29(土) 00:08:55 |
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三保 平清さん
ここの話題とズレるかもしれませんが、ここに投稿させてもらいます。 今こそ国体の本義と臣民の道をに三保さんが投稿されていますが、東北という観点です。 どこで読んだか忘れましたが、海軍の暴走は虐げられた東北の方々の政府に対する復讐もあるという論点を聞いた事があります。 全く違っていたらすみません。この点について何かご存知でしたら教えて下さい。 | |
| 90 かずさん | 2013/06/29(土) 00:34:38 |
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こんばんは 私は三保さんの明治維新の頃からを伺ってからレスしようと思いましたが、先にマルヒロさんのスレに関した事で私が知ってる事をレスしたいと思います。
私は東北の人間なんで以前から聞いた話ですが、米内・井上・山本の三将軍はかなり「薩長」に対して憎しみの感情があったと聞いた事があります。やはり幕末の戊辰戦争では三氏共に奥州と越後の士族の子孫だったからです。特に山本長官は強い憤りがあったとか。 開戦前夜に山本長官は「維新でこの国を変えてしまったのは薩長であり無責任に国を運営して今日の結果を招いた。その責任を執らされるのが、東北の人間だ。俺や南雲が薩長の尻拭いをするのだ」と泣きながら親しい人に語ったと言われてます。南雲とはハワイ攻撃の南雲中将です。南雲中将は私の地元山形県米沢市の方です。 これは伝聞ですが、実際にそう言ったと思われますね。参考にはならないでしょうが・・・ | |
| 91 マルヒロさん | 2013/06/29(土) 01:04:59 |
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かずさん
コメント有り難うございます。 私はこの話をどのように理解するべきなのか困惑しています。 米内・井上・山本三将軍は対米開戦には反対した人物ですが、反対以前は仮想敵国をアメリカとして国力増強を行っていました。ところが両用艦隊法などアメリカの軍事力が勝ってきてから、対米開戦に反対したと理解しています。 「無責任な国家運営」は海軍の責任も大きいと思っていたのですが、その海軍の三大将がこのように話すとは、どういう経緯なのでしょう。かずさん、ご存知でしたら教えて下さい。 もしかしたら、アメリカを利用して薩長の政治体制を海軍の力で変えようとしていたのでしょうか・・・ | |
| 92 かずさん | 2013/06/29(土) 09:11:08 |
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マルヒロさん おはようございます。 私が90でレスした話は公刊戦史に載ってる様な類では無いのですが、地元で従軍体験者から複数聞いたし書籍の中でも述べてる人もいましたね。
米内・井上・山本の三氏の中で一番リベラルだったのが、米内氏でその考えに井上・山本の両氏が近かったと伺いました。 「薩長」閥に対する恨みと言うより、明治政府が作り上げた国家運営方法つまり政治機構や政権運営にかねてから不満を持っていたと私は解釈しています。 特に米内氏ですね。 軍人としてと言うより政治家としての面が米内氏は強かったからだと思います。 私論ですが、山本氏の述懐した事は軍人としてより政治面での考えと思われます。 西洋列強との大戦争に至ったのは薩長閥が作り上げた「明治政府」にあったと言いたかったのでは?と思います。 <アメリカを利用して薩長の政治体制を海軍の力で変えようとしていたのでしょうか>はかなり近い思考はあったと思われます。特に米内・井上両氏には 戦争末期の井上氏は統合幕僚府の創設に徹底して反対してた様ですし、効率的に日本が戦争に対して纏まってしまえば完膚なきまでに滅ぼされてしまうと懸念してた様です。 | |
| 93 マルヒロさん | 2013/06/30(日) 20:01:11 |
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かずさん
なるほど・・・・ありがとうございます。とても勉強になります。 教えてください。 1.明治政府が作り上げた政治機構・政権運営に不満があったとは、具体的にはどういった部分なのでしょうか? 2.「纏まってしまえば完膚なきまでに滅ぼされてしまう」ということは、戦争末期の話であれば私の知識でも理解できますが、アメリカとの開戦以前からそのような考えがあったのでしょうか? 質問ばかりで申し訳ありませんが、よろしければ教えてください。 あと、ここら辺りの事を書いた面白い書籍があれば是非教えてください。 | |
| 94 かずさん | 2013/07/01(月) 10:34:37 |
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おはようございます。マルヒロさん。 1に関してですが、米内氏にあった事だと思います。米内氏は総理大臣まで務めた人物でしたから、軍人としてと言うより政治家としての面は強かったからです。
米内氏は極端に言質の少ない方でしたから、戦前も戦後も殆ど語ってはいないので具体的な 政治機構・政権運営への不満は推測するしかありません。 2についてですが、終戦近くなって大本営の陸海軍部の統合案が出た頃に次官級には井上氏のかつての部下が多く、意見を求められた際に「断固反対すべき」と部下達に言ったそうです。戦前からは無かったですよ。井上氏は一司令官でありながら対米戦に備えた「新軍部理論」を打ち出していた位の人でしたから。しかしその考えも現場からも軍上層部からも無視されてしまいましたが。 答えになって無いと思いますが、こんなとこです。 | |
| 95 マルヒロさん | 2013/07/01(月) 14:45:46 |
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かずさん、皆様
いつも勉強させてもらってます。 まだいくつか質問させてください。 陸軍と海軍の分裂は、全てではないにしろ日清・日露あたりでは本当に薩長の対立だったのでしょうか?それが時代が経つにつれ、明治維新・戊申戦争の奥羽越列藩同盟などの東北の問題となったということでしょうか・・・? 陰謀論的なものを含むため今まで躊躇していましたが、米内光政氏や山本五十六氏がアメリカのスパイであったという話があります。諜報的な活動も含むため私の意見としては難しいですが、日英同盟時日本はは英国と、かなり密に諜報活動関係をしていたため、そうなる可能性は否定出来ませんし、米英の大東亜戦争時の力関係から言っても納得できます。留学時代からという話もあります。 皆様はどうお考えなのでしょうか? | |
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| 98 三保 平清さん | 2013/07/01(月) 17:52:25 |
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私はユダヤ陰謀論は信じてはいないのですが・・。「河豚(フグ)計画・・ユダヤ満州共和国」と言うのがあり、それにユダヤ人が期待していたらしい。しかしそれを日本が裏切って、逆に彼らの反感を買い、日本は彼らによって戦争へと追い込まれていった・・と言うのですが・・。私個人は満州へユダヤ人を入植させるべきだったと思いますが・・。支那人とユダヤ人とでは、そりゃユダヤ人でしょう・・。
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe400.html | |
| 99 茂さん | 2013/07/02(火) 05:50:22 |
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Re:95
マルヒロさん、おはようございます。 >米内光政氏や山本五十六氏がアメリカのスパイであったという話があります スパイであったかどうかというのは、尾崎秀実のように本人が自白でもしない限りなかなか判断は難しいのでは。 ただ、その言動からして米内がソ連にかなりシンパシーを感じていたことは確かなようです。若い時モスクワに駐在武官として勤務していた関係以来とも言われています。 山本はよく分かりませんが、少なくともスパイでは無かったのでは。 結構単純な人間だったのかも・・・と最近の私は思ったりもしています。米内と近い関係にありましたので、米内にある程度操られていた・・・と思ったりもしています。例の三羽ガラスで三国同盟に反対した後「山本の命が狙われているので、船に乗せておけ」とかの訳のわからない理由で、本来軍政畑の山本を連合艦隊司令長官に送り込んだのも米内でした。 ウィキペディアなどを見ると海軍上層部は全て「英米協調派」とか「対米開戦に反対した」と書かれていますが、これが海軍指導者層を分かりにくくしているのだと思います。海軍善玉論にもっていきたいのでしょう。 | |
| 100 マルヒロさん | 2013/07/02(火) 10:07:27 |
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三保平清さん、茂さん
おはようございます。 私も陰謀論はあまり信用していませんが、少なからず連合国の諜報活動があったとは思っています。茂さんの言われるように自身が認めない限りスパイとは判断し難いので私の書き方は不適切であったかもしれません。三保さんに紹介して頂いたサイトも見ました。私はこういう話は好きなのである程度知っていましたが、また勉強になりました。ですが、本当に彼らが動かしているのか疑問です。この辺りは議論に値するものなのか私にはわかりません。 しかし、様々な資料を見ると海軍は疑われる可能性が高い行為をしていることも確かなのです。ですが、結果論だけで言うと皆様はどうとらえているのでしょうか? 今現在日本は正しい国家ではないにしても存続していますし、経済的な豊かさは享受しています。これを海軍のおかげという言い方はおかしいかもしれませんが、それなりの役割を担っていたと捉えるのか、海軍のこういった行為が無ければ、日本は大東亜戦争に負けず、違った世界になっていたのか? 当時の方々はどのように考えていたのか、日本をどのような国家にしようと考えていたのかもっと知りたいと思いますので、教えてください。 | |
| 101 茂さん | 2013/07/02(火) 17:30:07 |
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Re:100
マルヒロさんへ >今現在日本は正しい国家ではないにしても存続していますし、・・・・・海軍のこういった行為が無ければ、日本は大東亜戦争に負けず、違った世界になっていたのか? ご皇室の存在のお陰で日本という国は存続していますが、大日本帝国は昭和20年8月15日をもって滅びました。大日本帝国から平和国家日本への転換が日本人の自発的意思によるものならば、大日本帝国だろうが何だろうが連続性は認められますが、アメリカを中心とする連合国、つまり外国の手によって変えられたとあれば、ご皇室の存在以外、連続性は断ち切られたと考えた方が良いのではないかとっております。 経済的な豊かさは確かにもたらされましたが、経済的豊かさをもたらした高度成長自体、大東亜戦争を身をもって戦い、生き残った兵隊さんのお陰であり、海軍上層部のお陰ではないと私は考えています。 「アメリカなんかに負けるもんか!」・・・日本の兵隊さんの心意気は私達も受け継いでいきたいと思ってます(↓に続く)。 | |
| 102 茂さん | 2013/07/02(火) 17:34:11 |
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(続き)
飽くまでも可能性でしかありませんが、真珠湾が無ければ大東亜戦争は全く違った展開になっていたはずですし、戦後の世界は勿論のこと、日本も大日本帝国の存続という意味で全く違ったのではないか・・・と私は強く思ってます。 「腹案」をクローズアップさせて真珠湾の無意味さを浮き彫りにさせるか、「腹案」を消し去って真珠湾の格好良さを浮き立たせるか。 ここが全てだと私は思っています。 | |
| 103 三保 平清さん | 2013/07/03(水) 15:31:00 |
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茂さん・・102
茂さんは「真珠湾」に拘っておいでですが、それでは大局が見えないのではないでしょうか・・。「真珠湾」とは完全な作戦失敗とは言い切れません。「真珠湾」を非難するのは、後付の論理・・後出しじゃんけんかもしれません。「真珠湾」攻撃をやった事が失敗ではなく、そのやり方が問題だったのでは・・。「真珠湾」攻撃のキャスティングが間違っていた。第三次攻撃・・燃料タンクなどの施設を攻撃しなかったのは、その司令官のキャスティングに問題があったのでしょう。もし「真珠湾」攻撃において、。第三次攻撃が行われていれば、その後の戦局はがらりと変わっていたでしょう。加えて第三次攻撃をやらなかっただけでなく、近くに敵の空母の存在を察知していながら、これに攻撃しようとしていない・・これが後に「ミッドウェー」の敗北に繋がった。 更に加えて外務省が「最後通牒」の手交をさぼったのが、戦局を日本不利にした。これらがもしまともに行われていたなら、全く違った戦局(日本優位の維持)となっている筈です。 | |
| 104 マルヒロさん | 2013/07/03(水) 16:29:43 |
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茂さん
軍人の方々の祖国守るという意志とその方々への尊敬の念を持つことに対しては賛同致しますが、私は国家の連続性が断ち切られたという箇所に対しては少し反論があります。様々な分野での解体はあったかもしれませんが、そこも未来永劫続くであろう日本国家の一部として我々が認識するべきところだと思います。茂さんの言われる意味と違っていたら申し訳ありません。 また、真珠湾攻撃に対してですが私も三保平清さんの意見に賛成です。 茂さんのご意見として、真珠湾攻撃の内容を言われているのか、そもそも真珠湾攻撃自体を否定されているのでしょうか?もし、真珠湾攻撃自体を否定されているのであればどのような方法があったとお考えなのか是非教えてください。 | |
| 105 茂さん | 2013/07/03(水) 19:26:27 |
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Re:103 三保さんへ
私が一番拘っているのは「対米英蘭蔣戦争終末促進に関する腹案」です。 この腹案のポイントは、強国アメリカを刺激せずにイギリスを降参させ、これによってアメリカの参戦目的を削ぎ講和に持ち込む、というものです。中でも肝は「アメリカを刺激しない」ということで、アメリカを相手にしたら大変だと言うことは政治も軍も分かっていたからこそ、苦肉の策として陸軍参謀本部・海軍軍令部、つまり大本営が策定し、11月15日には政治も入って大本営政府連絡会議として決定・・・という経緯を辿っています。 統帥権が分裂し、かつ統帥権の独立から政治が軍に口を挟めない中にあって、11月15日までは政治と陸海軍共同で戦争を終わらせる戦略が策定されていた。統帥権の分裂や独立という国力を削ぎかねない弱点を、政治・陸軍・海軍が歩調を合わせて何とか補い、避けられそうもない戦争の終わらせ方で合意していたと思われるのです。 (↓に続く) | |
| 106 茂さん | 2013/07/03(水) 19:36:54 |
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(続き)
しかし海軍上層部はその裏で密かに、開戦同時の真珠湾攻撃を決定し強行してしまいました。つまり「アメリカを刺激しない」という戦略上の肝を真珠湾攻撃で一撃のもとに破壊してしまった訳です。その後海軍は一旦はインド洋に戻ろうとしますが「真珠湾の大成功」がミッドウェーを誘発し・・・。 ですから腹案に拘った結果、腹案の肝を破壊した真珠湾攻撃そのものに拘っているのであって、キャスティングや第三次攻撃、空母の問題などではありません。 これに「外交交渉打切り通告遅延」が重なり、厭戦状態にあったアメリカ国民が総決起、という最悪の状態を惹起してしまいました。 「通告遅延」も含め、腹案の狙いを破壊するための敵の謀略に引っ掛かった・・・と私は思っています。 | |
| 107 三保 平清さん | 2013/07/03(水) 20:09:45 |
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茂さんへ・・Re:105
☆この腹案のポイントは、強国アメリカを刺激せずにイギリスを降参させ、これによってアメリカの参戦目的を削ぎ講和に持ち込む、というものです。 ★これによって戦争指導がなされたならば、日本の敗戦はなかったと思います。これは途中で廃棄されたから、日本は敗戦したのでしょう。アメリカを相手にしたら大変だと言うことは分かってはいても、そのアメリカが日本を潰しにきたのです。それで日本はどうするか、座して死を待つか・・又は勝ち目は兎も角討って出るかの、絶対絶命の立場に置かれたのだと思います。そこで一か八かの「真珠湾攻撃」・・「真珠湾攻撃」とは犬が象の首に飛びついていったようなものでしょう。象がのっしのっしと歩いてくれば、ライオンでもこれをよけます。しかし日本と言う犬は逃げずに、象の首に飛びついていった。子供の犬達を守る為に・・。それが「真珠湾攻撃」だったと理解しています。他に犬にはどんな選択肢があったとお考えですか・・。自分の巣に向かって、のっしのっしと歩いてくる象に対して・・。 | |
| 108 茂さん | 2013/07/03(水) 20:11:40 |
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Re:104 マルヒロさんへ
>国家の連続性が断ち切られた よく言われている「歴史の断絶」という意味で使ったのですが、私の悪い癖で直線的な言い方になってしまったかもしれません。 我々の先人である戦前の人々の苦難の道の選択であったにも拘わらず、戦争に敗れたからといって、戦勝国によって与えられた「侵略国家」「無謀な戦争をしたバカな国家」というプロパガンダを素直に信じ込み、大東亜戦争や先人の苦労を顧みようともしない戦後日本。皇紀2673年の上に現在があるのに、昭和20年8月15日をもって新生日本が誕生し、自分たちが一から作り上げたように思っている戦後日本は、国家の連続性を否定しようとしているように見えるのですが・・・。 真珠湾については(106)をご覧いただきたく。 | |
| 109 茂さん | 2013/07/03(水) 21:13:03 |
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Re:107 三保さんへ
象はのっしのっしと犬に向かってきた訳ではありません。頭(アメリカ政府)では歩いて行きたかったのですが、体(アメリカ国民)が厭戦気分で一杯だったため動くに動けなかったのです。ルーズベルトは「あなた方の息子たちを戦場には送らない」を公約して三選を果たした関係上、無理は出来なかったので、蒋介石の援助や石油の禁輸といった間接的な方法で日本を締め上げるしかなかった。腹案は西へ展開することで、援蔣ルートの根絶やインドネシア・中東に石油を求める等、アメリカの締め上げ策への打開策を持っていました。 しかし、犬が飛びついてくれば話は別です。体(アメリカ国民)は本能的に反応し、頭と一体となって、それこそのっしのっしとこちらに歩いてくるようになってしまったのです。犬が(寝ている)象に飛びついて徹底的にやられたから「無謀な戦争」とイメージされてしまうのでは・・・。 それと・・・腹案は廃止されたというのは聞いたことがありませんが・・・。 | |
| 110 三保 平清さん | 2013/07/03(水) 23:10:51 |
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109 茂さんへ
☆☆象はのっしのっしと犬に向かってきた訳ではありません。 ★象はのっしのっしと犬に向かってきたのです。「ABCD包囲陣」であり、日本への石油禁輸であり、日本人移民への差別的制限であり、資産凍結です。「大東亜戦争」をいきなり「真珠湾攻撃」から話しを始めるのは、「忠臣蔵」を吉良邸討ち入りから話しを始めるようなものです。「大東亜戦争」はいきなり「真珠湾攻撃」から始まったのではありません。戦後そのようにGHQによってされてはいますが・・。ライオンでも逃げ出す象にいきなり飛びついていく犬はいません。それなりの事情あっての事です。こう言う人もあります。戦前の米国の天文学的デフレギャップ・・その膨大な需要を作り出す為の戦争・・。遂この前も「イラク戦争」をしかけたばかり・・。戦前の日本はある意味で、イラクの立場に置かれていたのかも・・。 http://homepage2.nifty.com/niwaharuki/ronbun/19.6-makurokeizaigaku.htm | |
| 111 マルヒロさん | 2013/07/04(木) 01:48:42 |
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茂さん
「対米英蘭蔣戦争終末促進に関する腹案」は1941年の11月15日に決定しました。しかし、その後11月26日にハルノートが提示されました。ここで大日本帝国は米英に対する宣戦布告を決め、12月8日に宣戦布告をしました。米に対して宣戦布告をすると決めた以上、太平洋艦隊があるハワイを攻めるのは当然の行為だと思います。その後すぐにマレーを攻め英国とも開戦することになります。 ハルノートを提示される以前は茂さんが言われるアメリカを刺激しないという考えはあったと思いますが、提示された時にはその考えは無くなっていると私は思います。それでも真珠湾を攻撃するべきではないという茂さんはアメリカと開戦するにあたってどこを攻撃するべきだとお考えなのでしょうか? もしくわ、ハルノートを提示された時点でも戦争回避の策を見つけるべきであったとお考えなのでしょうか?私はアメリカはどのような方法をとってでも日本との戦争を望んでいたと思います。遅かれ早かれの問題でしょう。どうせ開戦するなら真珠湾攻撃は間違っていないと私は思います。攻撃内容には疑問がありますが。 | |
| 112 茂さん | 2013/07/04(木) 06:55:43 |
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Re:110 三保さんへ
我国は自衛のための戦争をしただけだ、ということを説明するのであれば、その通りです。 マッカーサーも概略、このような証言をしています。 しかし、このスレッドは自衛戦争云々を論議しているのではありませんよね。 三保さんんが「象はのっしのっしと犬に向かってきた」と主張したいのであれば、それでも結構ですが、腹案のような賢い戦い方もあった・・・そうすれば、あんな大負けはなかったのかも・・・しかし、真珠湾で台無しになってしまった・・・と言いたいだけなんですが。 | |
| 113 茂さん | 2013/07/04(木) 07:13:40 |
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Re:111 マルヒロさんへ
>太平洋艦隊があるハワイを攻めるのは当然の行為だと思います >それでも真珠湾を攻撃するべきではないという茂さんはアメリカと開戦するにあたってどこを攻撃するべきだとお考えなのでしょうか? >どうせ開戦するなら真珠湾攻撃は間違っていないと私は思います。攻撃内容には疑問がありますが。 「速に極東における米英蘭の根拠を覆滅して自存自衛を確立すると共に、更に積極的措置に依り蒋政権の屈服を促進し、独伊と提携して先づ英の屈服を図り、米の継戦意志を喪失せしむるに勉む」と腹案は冒頭で明記しています。 再三申し上げていますように、イギリスを屈服させること等で、アメリカの継戦意志を喪失 させ・・・講和に持ち込むことを基本戦略にしていたのですが・・・。 真珠湾への暴走がこの戦略をメチャクチャにしてしてしまいました。 米太平洋艦隊が向かってきた場合には「漸減邀撃作戦」で臨むことが海軍の基本的な考え方だったと思います。 | |
| 114 三保 平清さん | 2013/07/04(木) 08:07:24 |
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112 茂さんへ
☆我国は自衛のための戦争をしただけだ、ということを説明するのであれば、その通りです。 ★おっしゃる通り我国は自衛のための戦争・・防衛戦争をしたのです。これを国際社会に認めさせなければなりません。しかし戦後の国際社会は戦勝国体制が支配しています。彼らはこれを認めようとはしません。 ☆腹案のような賢い戦い方もあった・・そうすれば、・・ ★腹案のような賢い戦い方をして欲しかった。これが行われなかった。何故なのか??だから戦争の総括が必要なのです。その後の作戦は現実としては、無定見な線戦の設定と拡大・・でした。これが日本の敗戦を招来した。もし腹案のような賢い戦い方であったならば、日本は「大東亜戦争」に絶対に敗戦していない。これが「大東亜戦争」必敗論を排す・・なのです。 腹案とは違った原因は、「真珠湾作戦」に見えますが、いざ「真珠湾作戦」がとりあげられると、もはや誰も正面からはこれに反対しないのが問題でした。過去に「漸減邀撃作戦」を主張していた人達も沈黙しています。これは「漸減邀撃作戦」か「真珠湾作戦」なのか以上に、深刻な体質であると考えます。 | |
| 115 三保 平清さん | 2013/07/04(木) 08:25:37 |
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「真珠湾作戦」後も「インド洋作戦」は行われています。しかしそれにはしっかりとした戦略がない。だから簡単に太平洋へ作戦の振り替えが行われた。海軍には確固とした戦略が存在しない。確固とした自衛戦争の戦略があれば、「決戦海面は・・だ・・」がはっきりとしている筈です。
「漸減邀撃作戦」にもそれは全く不明ですし、あっと言う間に、「真珠湾」になったりする。私は、「真珠湾作戦」自体には反対ではないのですが、作戦上の決戦海面が決定せずころころ変わる・・。国防の為の基本戦略が不明・・これは国家戦略が不明・・と言う事だと思います。国家戦略が不明・・国防の為の基本戦略が不明・・これでは戦勝は絶対にない。もしこれがしっかり確定していれば、「大東亜戦争」の日本敗戦はなかった。それで、「大東亜戦争」必敗論を排す・・なのです。 | |
| 116 マルヒロさん | 2013/07/04(木) 11:22:44 |
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茂さん、三保平清さん
真珠湾攻撃に対するご意見が色々出て勉強になります。 茂さんがおっしゃる通り「対米英蘭蔣戦争終末促進に関する腹案」には真珠湾攻撃は含まれていませんが、(私は海軍に対しては色々疑問がありますが)この攻撃に対して私は肯定しています。ですが、攻撃が中途半端で徹底的な破壊をしていなかったことに問題があったと考えます。徹底的な破壊の後、西亜作戦を行い、南東太平洋方向への無謀な戦線拡大をせずに、兵站をしっかりと行った「漸減邀撃作戦」をすれば日本は勝てないまでも負けは無かったと考えます。 また、蒋介石を援助していたという時点で米国は日本に対して宣戦布告していたと解釈するべきです。真珠湾でアメリカ国民が戦争に同意していますが、遅かれ早かれ真珠湾を攻撃させなくても、違った作戦で開戦したと思います。ここは仮定の話ですので私の想像です。 | |
| 117 三保 平清さん | 2013/07/04(木) 11:54:37 |
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116 マルヒロさんのお話に続けさせて貰います。「ルーズベルト」は「真珠湾攻撃」以前に、米国から日本を攻撃する計画をしていました。これは結果的には実施されませんでしたが・・。「真珠湾攻撃」以前から日米戦争は始まっていました。だから日本は、座して死を待つよりは・・と一か八かの「真珠湾攻撃」を行ったのです。決して「真珠湾攻撃」によって日米戦争が始まったのではありません。
フライングタイガー 日本爆撃計画・・で検索してみてください。色々と出てきます。米国民の意志は戦争反対でしたが、米国政府はそうではありませんでした。 http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogbd_h11_2/jog116.html | |
| 118 茂さん | 2013/07/04(木) 17:31:23 |
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Re:116 マルヒロさんへ
>この攻撃に対して私は肯定しています 私の考えでは、この真珠湾攻撃はいろいろな弊害も生み出しています。 ]合艦隊指令長官といっても極論すれば現場の指揮官に過ぎません。この現場の指揮官が本部である海軍軍令部の方針に異論を唱え、最後は「受け入れられなければ連合艦隊司令長官を辞する」とまで言って、海軍のトップである永野軍令部総長を恫喝し、永野総長もその恫喝に屈してしまったという重大な規律の乱れの結果が真珠湾です。以降は山本長官の主張通りにミッドウェー、ガダルカナルと信じられないほどの遠征決戦を繰り返し、「インド洋」「漸減邀撃作戦」とはかけ離れた戦いになり果てました。 大本営政府連絡会議で決定した腹案、つまり国家の決定を海軍が裏切ってしまった 「アメリカ国民が日本憎しで一致団結」という最悪の結果となり、ガダルカナルから沖縄まで日本人がなぶり殺しの目に会うことになった上、原爆投下の口実にも使われてしまった。 これらについてはどのように思われますか。 | |
| 119 茂さん | 2013/07/04(木) 19:02:14 |
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Re:117 三保さんへ
>一か八かの「真珠湾攻撃」を行ったのです これも自衛戦争の範疇の話で、このスレッドのテーマではありませんね。 以前から日米戦争が始まっていたからと言って、国家の意思に反してまでも博打のような超遠征攻撃をやって、原爆の口実にされてもよいのでしょうか? | |
| 120 茂さん | 2013/07/04(木) 19:31:11 |
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Re:116 マルヒロさんへ
>蒋介石を援助していたという時点で米国は日本に対して宣戦布告していたと解釈するべきです 実質的な意味においてはマルヒロさんの仰る通りなのですが、日本も蒋介石も宣戦布告せず、したがって形式的には飽くまでも事変であり、戦争となっていませんので国際法の適用は受けず、米国の蒋介石援助を宣戦布告と看做すことは出来ません、あくまでも形式上のことですが・・・(真珠湾の後、蒋介石が宣戦布告し、日中戦争となりました)。 >違った作戦で開戦したと思います マルヒロさんの気持ちは良く分かります。私も同じです。腹案通り進んでも狡猾なアメリカはどこかで日本を罠にはめ「卑劣なジャップ」としてアメリカ国民の怒りを誘ったことだと思います。 ただ、その場合のアメリカ国民の怒りは、真珠湾ほどであったでしょうか。原爆投下の口実にまでされるほどのものになったでしょうか。その場合でも、アメリカを刺激したくないという日本国家の意思は必ず反映されていたと思っているのですが。 | |
| 121 三保 平清さん | 2013/07/04(木) 20:19:57 |
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Re:119119 茂さんへ
☆これも自衛戦争の範疇の話で、このスレッドのテーマではありませんね。 ★失礼ですがおっしゃる事の意味がよく分かりません。 ☆以前から日米戦争が始まっていたからと言って、国家の意思に反してまでも博打のような超遠征攻撃をやって、原爆の口実にされてもよいのでしょうか? ★、国家の意思に反してまでも、「国家の意思」とは何ですか??誰が「国家の意思」と決定するのですか??? 「原爆の口実にされてもよいのでしょうか?」・・これは奇妙な論理ですね。あなたは「真珠湾攻撃」をやったのだから、原爆投下は仕方がない・・との原爆容認なのですね。「真珠湾攻撃」は「真珠湾攻撃」であり、軍事施設への攻撃であり、攻撃自体は国際法にも違反はしていません。原爆投下は原爆投下です。これは国際法違反であり、人類の道義にも反しています。両者を結びつける訳にはいきません。それを結びつけるのは、原爆投下をやって無辜の民の大量虐殺をやった米国の言い訳でしかないのです。米国でも「原爆投下は間違っていた・・」と言う人もいるのですが、あなたはその原爆投下容認なのですか・・?? | |
| 122 茂さん | 2013/07/04(木) 21:28:14 |
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Re:121
>「国家の意思」とは何ですか?? 昭和16年11月15日の大本営政府連絡会議の決定です >あなたはその原爆投下容認なのですか・・?? 私は日本人です 米国政府内の多くの要人が無警告の原爆投下には反対だったにも拘わらず、トルーマンは「真珠湾攻撃は無警告だった」として警告無しの原爆投下を強行しました | |
| 123 三保 平清さん | 2013/07/04(木) 22:10:39 |
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122 茂さんへ
☆私は日本人です 米国政府内の多くの要人が無警告の原爆投下には反対だったにも拘わらず、トルーマンは「真珠湾攻撃は無警告だった」として警告無しの原爆投下を強行しました ↑ ☆☆あなたはその原爆投下容認なのですか・・??★これの答えになっていません。 | |
| 124 マルヒロさん | 2013/07/04(木) 22:19:22 |
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茂さん
RE:118 ↓△亡悗靴討篭弔訥未蠅如∋笋今までのスレで申し上げている海軍の暴走と何ら変わりません。これは統帥権分断の問題であり、海軍内にも分裂があったということで真珠湾攻撃とは何ら関係ないと思います。 N磴┸深醢儿況發なくても違った攻撃で仕掛けてきて、日米は開戦します。であれば、その後の戦いは真珠湾攻撃のせいではないと考えます。それが戦争です。原爆投下の口実も米国が言っているだけで、真珠湾がなくとも投下しています。 私は真珠湾攻撃も海軍の暴走であることは認めますが、真珠湾攻撃自体は間違っていなかったと考えます。 RE:120 そうですね、事変にしたのはお互いにそれを望んでいたので宣戦布告ではありませんが、内容的には明らかに宣戦布告ですよね!!! 真珠湾ほどであったかどうかは、全て仮定の話なのでわかりませんが、真珠湾に匹敵するような内容でアメリカは仕掛けてきただろうと想像します。 | |
| 125 EASTEYEさん | 2013/07/04(木) 23:39:31 |
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三保平清さん、今度はこちらのスレッドにお邪魔します。そしてこの投稿スレッドになさっている皆様、激論の中の割り込みお許し下さい。三保さんのご意見につきましては、別のスレッドでの投稿にて理解しているつもりです。
三保さんは大東亜戦争に至った経緯、過程、そして結果とその後の日本についてその源泉が幕末の動乱にあるとの見解をお持ちです。私も全く同感です。 私は、その別のスレッドで薩長出身者で伊藤博文だけが唯一評価できる政治家だと記しました。彼は民主主義=資本主義であること、「法」の機軸はキリスト教であることを短期間のうちに理解し、わが国にもその「機軸」を定め、憲法を制定なければならないと考えました。そこまでは良かったのですが、キリストに変わる日本の機軸を、当たり前に考えれば天照大神や神武天皇になるところを、在ろうことか現人神であられる天皇にしてしまったことが、その後に大きな禍根をのこすことになったと考えます。日本は絶対君主制ではなく立憲君主制を採用しましたが、天皇に拒否権がないことが、本来はこれによって議会が機能するはずだったのが、逆にその後軍に主導権を握らせる結果になったと考えます。 | |
| 126 EASTEYEさん | 2013/07/05(金) 00:07:47 |
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<続き>軍隊は天皇に帰属しているため、政府が軍隊の行動に口出しするのは憲法違反(統帥権干犯)になってしまったのですが、私はそもそも天皇をこのような地位に置いたのが薩長の策略だったと考えてます。天皇、いや朝廷の威を借りて権力を維持しようとしたのです。陸軍と海軍との確執についてですが、そもそも海軍の基礎を築いたのは江戸幕府です。当時これからの日本の防衛に必要でこれまでの日本に欠けてたのが海軍力であることを痛感していたのは江戸幕府でした。そしてその幕府を守ろうとしたのが、現在の東北と新潟の諸藩でした。このことを忘れないでください。その頃薩長は「鎖国派」だったはずで、権力を掌握後に開国派に寝返ったのです。三保平清さんの仰る通り、戦後現在に至る政治の混乱は薩長が招いた結果なのです。それを改めるチャンスは何度かあったのに全て薩長閥に潰されて今日に至っているのだと思います。因みに私は東北人です。私は親戚も含め誰一人靖国神社に参拝した者はおりません。
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| 127 三保 平清さん | 2013/07/05(金) 10:44:49 |
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一昔前なら東北出身の人が、このように明治以降の体制に公然と不満を述べるのは許されない雰囲気があったのでしょう。でもそれが変わりつつあるようです。私は九州の人間ですが、東北出身の人へのわだかまりなどありません。九州の人間は皆そうですよ・・。東北出身の人を異常に特別視するのは、明治以降の明治新政府の人達からなのでしょう・・。
「西郷隆盛」は庄内藩の人を思って処置した。それに感激した庄内藩の人達が「南州翁遺訓」を残した。更に西南戦争では「西郷隆盛」に従って戦死した人までいる。薩長とは言っても、薩摩と長州とでは、若干雰囲気が違うような気もします。薩摩の方が明るいような気もします・・。「西郷隆盛」の影響なのかもしれませんが・・。長州の悲劇は、幕末にあれだけの人材を輩出しましたが、図抜けて有能な人達が、明治維新を待たずして次々と倒れていった事でしょう。その人達が残っていたら、明治維新も随分と変わっていたでしょうに・・。 | |
| 128 マルヒロさん | 2013/07/05(金) 11:31:49 |
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EASTEYEさん、皆様
今後も是非色々ご意見投稿して頂き、議論お願い致します。 明治維新前後、この問題を語るにはそれ以前の江戸期から議論しなければならないかもしれませんが私はまだまだ不勉強なため是非いろいろ教えてください。 ひとつ私が思った考えを述べさせてください。 組織というものは大きい、小さいに関わらず必ず派閥というものは存在します。明治維新前は藩が人民にとっては一つの国のようなものでした。それがいきなり大日本帝国として変わるとやはり藩ごとの派閥は存在してきます。藩を通り越して日本を考える方もいらっしゃいましたが、やはり藩の派閥はあります。これが良い・悪いということではありません。しかし、時が経つにつれてその藩閥も少しは和らぐのではないでしょうか?明治維新から70年後の大東亜戦争はその和らぐ期間が短すぎ、日本が一つになっていなかったのでは・・・ 様々な意見があるとしても、先人の方は日本を守るために戦ったということは私は信じています。そこは大前提として今後も議論させて頂きたいと思います。 | |
| 129 やすひろさん | 2013/07/05(金) 17:39:01 |
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個人的には外敵が存在していたので、大東亜戦争の頃には十分に国家はまとまっていたと考えます。
どちらかと言えば戦争前は学閥や軍閥で意見の相違が大きかったのでは? 軍毎に立ち上げ時の地方閥が残っていたとしても、基本は士官学校の教育や成績が優先されたし、入隊後は軍功が出世の大きな要因でしょう。 それよりも日本のアジアに対する軍事進攻に関して、「アジアの解放」か「物資を求めての侵略」かで討論される方もいらっしゃいますが、そんなに単純な問題でしょうか? その時代を生きた人がそれぞれの信念に基づいて日本が如何に発展するかを考えて行った行動で、理由は一人一人違うと思われるのに、当時を生きていない又は中心に居なかった現在の私達が、レッテル付けするべき問題では無いと思うのですが、如何でしょうか? | |
| 130 EASTEYEさん | 2013/07/05(金) 19:14:01 |
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三保平清さんお気を遣わせてしまい申し訳ありません。明治憲法の国防上の欠陥は、天皇の統帥権の問題と、もうひとつ軍部大臣現役制がありました。要するに当時の陸海軍大臣は政治家ではなかったということです。この規定を陸軍は最大限に活用し、陸軍の言うことを聞かない首相には「大臣を引き受ける者がいない」として組閣が出来ないように画策しました。
更に5.15事件と2,26事件が起こり、政治家やマスコミは「明日はわが身」ということで、軍部批判を控えるようになったばかりか、特にマスコミは軍部を賞賛する記事を大々的に載せるようになって、報道に乗せられた民衆は、政府の方針を批判するようになりました。こうしてやがて大東亜戦争に突入したわけですが、戦争終結後程無くしてアメリカの支配下になり、そのまま現在にいたっているのです。幕府が通商条約を締結し、鎖国を止めて開国し、幕府が倒れ明治新政府が出来て明治憲法が発布されてから、昭和20年8月15日までの日本の国家体制や政治のあり方、国防体制などの諸問題について日本は、アメリカの言いなりのなって自ら殆ど総括してないのです。 | |
| 131 三保 平清さん | 2013/07/05(金) 19:58:40 |
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EASTEYEさんへ
☆明治憲法の国防上の欠陥は、天皇の統帥権の問題と、もうひとつ軍部大臣現役制がありました。要するに当時の陸海軍大臣は政治家ではなかったということです。この規定を陸軍は最大限に活用し、陸軍の言うことを聞かない首相には「大臣を引き受ける者がいない」として組閣が出来ないように画策しました。 更に5.15事件と2,26事件が起こり、政治家やマスコミは「明日はわが身」ということで、軍部批判を控えるようになったばかりか、特にマスコミは軍部を賞賛する記事を大々的に載せるようになって、報道に乗せられた民衆は、政府の方針を批判するようになりました。 ★全くその通りかと・・。では何故「天皇の統帥権の問題と、もうひとつ軍部大臣現役制・・」が出来上がってしまったのでしょうか・・。これは天皇には全く責任のない話です。天皇をそのような国家の機構に組み込んだ者の責任が問われるべきです。はっきり言えば、明治新政府・・。 | |
| 132 三保 平清さん | 2013/07/05(金) 20:00:22 |
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続き
明治新政府は如何に天皇を利用するかは考えているが、尊皇の精神などない。それが中途半端な「大日本帝国憲法」となって現れた。「大日本帝国憲法」とは日本国統治の根幹であるべきだが、日本国最高政治指導者と、その権能を明確に規定していない。天皇が日本国を統治する・・は建前である。現実は立憲君主制なのだから、そのようにはっきり「大日本帝国憲法」に書かれるべきであった。 明治憲法の国防上の欠陥は、・・明治維新にまで遡る必要があると存じます。小生は維新そのものを否定するものではありません。但し維新は明治維新が唯一無二ではなかった。他にも維新のやり方はあった・・が小生の思いです。 | |
| 133 [Delete] |
| 134 EASTEYEさん | 2013/07/05(金) 22:25:35 |
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三保平清さんその通りです。大方の国民は、幕末から明治に至る日本の様相について殆ど理解してないと思います。「異人館」などという観光スポットがありますが、新政府発足以前に幕府が各国領事館を設置したなんて、社会科で習ったはずなのに殆ど方がそんなに重要なことだとは思ってないでしょう。確かに幕府は外交に関して余りに稚拙でした。それは既にこれらの欧米諸国がどうやって植民地化したのかを知っていたために、なるべく刺激しないようにという消極的かつ優柔不断に振舞おうとしたためでした。では新政府はなにをしたか・・・積極的かつ諸外国と対等に付き合うために、日本語を止めて国語を英語にしようとさえ真面目に考えていたのです。とある外国領事館員に対して「これまでの我が国の歴史は一切無いものとして、これから新しい我が国の歴史を作ります」と真面目に語ったとか・・・。明治新政府には天皇の存在なんかどうでもよかったのです。天皇を支配しようとした正に国賊です。そのやり方はきっと急進的な共産主義者もびっくりだったでしょう。
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| 135 EASTEYEさん | 2013/07/05(金) 23:01:47 |
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世間ではひところ歴史ブームが起こって、新撰組カッコいい!土方イケメン!などと騒いでおりましたが、現実はそんなものではなかったことを理解してほしいですね。この頃の動乱が、戦争を含めたその後の現在に至る日本の方向性を決定づけたことを分かってほしいです。皆さん「”戦前の”日本は軍国主義でした」と簡単に言いますが、それでは”戦前”とはいつ頃から言うのか答えられますか。満州事変からですか。私も含めて答えがはっきりしないと思います。最近中国や韓国が「安倍政権は以前の軍国主義国家に突き進んでいる」と盛んに言ってますが、以前のような軍国主義は志向していないことを理路整然と答えられる日本人は何人いるでしょうか。
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| 136 マルヒロさん | 2013/07/06(土) 00:48:26 |
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EASTEYEさん、三保平清さん
いやっー、とても勉強になります。 私は歴史認識について教科書に毛が生えたレベルしか知りませんから、とても勉強になります。 ドンドンやりとりして下さい。 陰で勉強させてもらいます。 | |
| 137 マルヒロさん | 2013/07/06(土) 01:28:38 |
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EASTEYEさん、三保さん
二つ質問させて下さい。 一つは、やりとりを見ると陸軍についての話題があったのですが、大東亜戦争時の陸軍に対してのお二方はどの様な評価なのでしょうか? 二つ目は明治政府に対しての肯定意見あれば教えて下さい。 | |
| 138 三保 平清さん | 2013/07/06(土) 07:04:16 |
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マルヒロさんへ・・137
私には陸軍とは・・など答えられませんが、陸軍と言う組織立ち上げ時の人間の影響は大きいだろうな・・と。つまり「山県有朋」の影響です。「大村益次郎」であったならば・・とついつい思ってしまうのですが・・。陸軍の皇道派統制派は分かりにくいのですが・・。そしてこれが組織の致命傷になったのかも・・。ただそれでも海軍よりは、陸軍の戦略は分かり易い。内部で意見の違いはあろうとも・・。海軍よりは分かり易い。海軍の戦略は一体何なのだ・・と思います。これは陸軍海軍の問題と言うよりも陸軍海軍を組織した明治新政府の問題だろうと考えるのですが。陸軍と海軍とではその組織の持つ文化が全く違うのに、明治新政府はそれを考えていたのだろうか・・と。そして明治新政府がこの統合指揮の重要さに気づいていない。それでも明治は何とかなったが・・。 | |
| 139 かずさん | 2013/07/06(土) 14:12:04 |
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こんにちは いよいよ芯に迫って来ましたね。陸軍の皇道派と体制派のいきさつが、後の226事件に結びつくのですが、この時の事件を治める上で海軍は鎮圧に協力姿勢を見せてますね。
この時も政治家は顕然とした態度はとれていません。 それに政治機構や体制が腐敗していたともとれる社会情勢もありました。 この頃から「陸主・海追」の構図が顕著になっていったのではないでしょうか? 特に海軍は515事件が海軍が起した事以来、海軍部内の統制と政治不干渉が顕著になり、ただただ軍備拡張に没頭したと思います。515事件で首謀者や参加者を厳罰に処さなかった事が、226の後の契機になったと思うし、陸軍主体で鎮圧を断行しておけば陸軍主体の軍の統合にも繋がったのではないでしょうか? | |
| 140 最弱三段さん | 2013/07/06(土) 16:36:56 |
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戦争のような国家の存亡をかけた一大事には、極力人間的な感情を排除しなければならないですよね。
これは仕方のないことかもしれませんが、人間的な確執とか、馬が合うとか合わないとか、とにかく、太平洋戦争に関する本を読んでいると、作戦の策定から実際の作戦遂行の場面まで、そういう個人的な好悪や情実によって結果を誤ったことが多すぎるような感じを受けますね。 | |
| 141 EASTEYEさん | 2013/07/06(土) 20:08:05 |
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マルヒロさん、明治憲法では軍隊は天皇に直属していました。政府が軍隊の作戦に干渉すると憲法違反になったわけです。加えて「軍部大臣現役制」がありましたから、先に記したように陸軍は政府の決定に深く関与することになったのです。そこには陸軍の野望が隠されていたのです。2.26事件が起こって露骨な軍部批判が出来ずらくなった時、政友会の議員が議会において、当時の陸軍大臣に「最近の軍部の行動は、独裁強化への布石ではないのか」と詰問しました。これに対し当然陸軍が激怒し、議会を解散するか議員を除名するように首相に迫ったのです。これでお分かりだと思います。陸軍は当時の世論の後押しを受けて海軍を権力下においた軍事独裁を狙ったのだと考えてます。天皇の直属なのに天皇は何ら決定権が無かったわけですから。
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| 142 かずさん | 2013/07/07(日) 10:50:27 |
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こんにちは 皆さん やはり陸海軍の対立と海軍の独自性と言うのは三保さんの仰せの様に明治政府の大局に沿った統合案が持てなかった事やそれを抑える大政治家が出現しなかった事に大きな遠因があるとこのスレで思いました。
話は変わりますが、当のアメリカはどうであったか?アメリカも陸海の対立は酷い物でした。島嶼戦が予想される太平洋戦線でも船舶は全て海軍が独占していたそうです。しかしマッカーサーはめげずに陸軍の幕僚達にありとあらゆる船舶を陸軍徴用船として集めさせました。その中には遠洋漁業船や捕鯨船、遊覧船から廃船間際の貨物船まで集めた様です。 海軍は冷笑していた様ですが、1944年の時点で船舶の総トン数は海軍の総トン数よりも大きくそれが巨大な輸送力に繋がったそうです。上陸用舟艇、水陸両用戦車も陸軍の開発です。 殆どは海兵隊に供与され使用されました。ルーズベルトは海軍びいきでしたが、それでもマッカーサーの卓越した戦略案は承服していたそうですね。これはただ単に工業力の違いでは無く柔軟な思考の司令官であったと言うべきです。↓ | |
| 143 かずさん | 2013/07/07(日) 11:15:16 |
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日本は柔軟な思考を持つ事が好まれず、計画や前例に沿った沿革で行動を推し進める事に常に危険を孕んでいましたね。これは日露戦争の時にも言えた事ですが、日本海海戦や奉天会戦の勝利を金科玉条にしてその後の軍教育を勧めて来た事に大きな問題がありました。それでも大正・昭和とかけて鶏鳴な人も現れますが、現場からは遠ざけられます。
航空主兵論は山本長官以前からありましたしたが、容易に移行は出来なかったのは航空機の性能がまだ全世界的に発展途上だったからですね。 全般の作戦計画は各国共にトップは陸軍でした。日本の場合は陸海軍大臣及び軍令部と言う明治以降の弊害を慣習としたのが、何よりも異色でした。そこに「天皇親政」と言う言葉は詭弁でしかないのですね。陸海軍の各々の面子しか無い様に見えます。帝国憲法以前に既成者は無責任の誹りを免れませんし、それを盾に戦略よりも戦術に狂奔した海軍上層部には大きな責任があります。陸軍もですがね。 | |
| 144 三保 平清さん | 2013/07/07(日) 22:51:17 |
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これまで日本においては海軍善玉、陸軍悪玉・・が信じられていたようですが、それに疑問が持たれるようになったのは良い事だと思います。更に日本悪玉が本当なのかも追求されるべきと考えます。更に更に歴史は・・は悪い奴、・・は良い奴と弁別出来るものでしょうか?歴史は勝者によって書かれる・・とも聞きますが。歴史に単純な善悪の決めつけは出来ないのでしょう。現実の国際社会ではそれが行われていますが・・。
さて日本にのみ限って見れば、明治以降作られた陸軍と海軍の組織には大きな問題があったと思います。それは個々の陸軍と海軍の問題と言うよりも、軍隊そのものを統率すべき国家の形態そのものに問題があったと思います。はっきり言えば明治国家の国家運営に問題があった。明治維新を行い、日清日露の戦争に勝った明治国家に、あからさまな批判は出来なかったのですが・・。明治国家を迂闊に批判すれば左翼と逆に批判された。しかし何故「大東亜戦争」に敗戦したかを考えると、これは避けて通れない。その日本の陸軍と海軍なのですが。 | |
| 145 三保 平清さん | 2013/07/07(日) 23:21:17 |
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続き
どこの国でも国家の運営には間違いはある。国家の運営に間違いがあれば、軍隊の運営にも間違いがある。しかし日本の明治国家は、軍隊のその運営に決定的失敗をしながら、その明治国家そのものへの批判は控えられてきた。そしてその咎めが個々の陸軍と海軍それぞれに向けられてきた。問題は個々の陸軍と海軍と言うよりも、それ以上に明治国家の国家運営であると思います。とは言え、個々の陸軍と海軍に目を向ければ、陸軍にも大きな問題があったが、それを上回る問題が海軍にはあった。前に陸軍と海軍とでは、その文化が違う・・と書きましたが・・。 明治国家は海軍とは何かを理解していなかったのでは・・と思います。陸軍と海軍との、その文化の違いとは・・。陸軍とは農業国家の延長の運営です。しかし海軍とは農業国家の延長では運営は出来ない。海軍とは商業国家の延長の運営です。海軍とは商業国家のセンスがなければ、その運営に成功しない。日本の明治国家は農業国家の延長上に、海軍を創って失敗したように思えます。西欧列強にはこの海軍とは何か・・のセンスがあった。それを日本の明治国家は理解出来なかったのでは・・と。 | |
| 146 蒼の盾さん | 2013/07/08(月) 00:29:51 |
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戦争の内容については語るほどの知識がないので止めておきますが、
一つ問題として挙げたいのがプロパガンダ戦についてです。 「大東亜共栄圏」というネーミングに違和感を感じるのです。 ここは「アジアの開放」「人種平等の原則」わかりやすいこの2つのみを大々的にやるべきでしたかなあと。 当然、大東亜会議でこの2つは挙げられていますが、どうしても「共栄圏」の影に隠れてしまっていると感じるのです。それに大東亜会議は戦争が始まった後ですのでどうしても弱い。 このお題目と工作資金を使ってアメリカの黒人を使って暴動も誘いたいところです。 アジアにおいても「大東亜共栄圏ってなんぞや?」ということをよく聞かれたそうです。 答えは「誰も良くわからん」のですから、アジアの人たちも欧米から日本に支配が変わるだけだと解釈してしまう人もいたでしょう。 それが後の裏切りに繋がったかも知れません。 | |
| 147 三保 平清さん | 2013/07/08(月) 10:41:43 |
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蒼の盾さんへ・・146
☆ここは「アジアの開放」「人種平等の原則」わかりやすいこの2つのみを大々的にやるべきでしたかなあと。 ★陸軍は「大東亜戦争」の戦争目的が、「アジアの開放」と「日本の自存自衛」とに割れて統一出来ず、海軍は「日本の自存自衛」であったようです。ここでも陸海軍の意思統一が出来ていません。もし日本国を挙げて、「アジアの開放」と「日本の自存自衛」を掲げて戦っていれば、陸海軍の協調ももっととれたのかもしれせんし、海軍もインド洋だ、太平洋だと、ウロウロする事もなかったのかも・・。その上で「アジアの開放」を世界に宣伝しながら戦えば、英米もやりにくかったでしょう。しかしその宣伝戦に、当時の日本はからっきしだった。しかしそうであったとしたら、開戦直後の快進撃時に海軍も、インド洋からまっすぐインド解放に向かったでしょうが、果たして海軍にその腹があったのか・・なかったのか・・。 | |
| 148 EASTEYEさん | 2013/07/08(月) 19:39:31 |
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海軍と陸軍との確執についてですが、先に記したように海軍を創設しようとしたのは幕府でした。それが関係しているのかもしれないですね。私事ですが、私の父は海軍航空隊に所属しておりました。私が高校生の頃、父から関数や3次元ベクトルなどの計算を教わりました。私の父は海軍航空隊に所属してまして、編隊飛行をしたり、敵機と空中戦をする場合に必要な知識だったのだそうです。また実家に昔短波ラジオがあって、私が幼少の頃、父はよくラジオから流れてくる無線を傍受しカタカナで訳してくれました。陸軍はどのような訓練をしていたのかわかりませんが、もしかしたら海軍にはエリート意識みたいなものがあったかもしれません。でも投稿されてる皆さん、海軍に物申したい方は、私の父に気を遣わずどしどし海軍批判してください。
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| 149 EASTEYEさん | 2013/07/08(月) 19:56:28 |
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142のかずさんのアメリカはどうだったのかということですが、アメリカには国防省があった時点で日本とは決定的に異なっています。またアメリカには海兵隊があって、海上から陸上へ速やかに作戦行動がとれたのでした。これを日本が真似しようとすると、陸軍の兵隊が海軍の輸送艦に乗り込むことになります。私は戦術に関して素人なのですが、先に海軍の航空機で敵に損害を与えて、その後陸軍が陸上に作戦を移行させた場合、陸上作戦での人的被害の方が断然多いと思うのですが、この分野にお詳しい方がおられましたら、ご教示お願いします。
更に日本には空軍がありませんでした。要するに責任分担が曖昧だったのではないでしょうか。それから陸軍にも航空隊が組織されてたはずです。子供の頃「隼」戦闘機のプラモデルを作りましたが、当時の陸軍航空隊のことをご存知の方がいらしたら、ご教示お願いします。 | |
| 150 かずさん | 2013/07/08(月) 21:09:46 |
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こんばんは EASTEYEさんの仰せの様にアメリカに国防総省があったのは存じてますよ。
私が142で言いたかったのは『マッカーサー』の独創性なんですよ。陸軍の大将(元帥)でありながら太平洋戦線が島嶼戦になると看破してたのは彼だったんです。それと国防総省は関係ありませんよ。日本では占領軍司令官としての面が強い人ですが、戦略的には比類ない程優れた人だったのです。日本の将卒にその様な人物が居なかったのが悔やまれます。 海兵隊に関しては以前からありますが、師団単位の実戦投入はガ島進攻が初めてです。海兵隊は敵前上陸が主任務ですが、橋頭堡や要地を確保した後に陸軍と後退します。その為に輸送に必要な船舶も陸軍が揃えたので展開出来たと言う事です。それを言いたかったのです。 米国でも陸海の対立、海と海兵隊の対立や不協力はありました。 | |
| 151 蒼の盾さん | 2013/07/09(火) 00:52:06 |
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Re:147
三保 平清さんへ 「アジア解放」はプロパガンダの建前であってインドは放っておいてもいいんじゃないかという思いがあります。やはり本来は「日本の自存自衛」こそが最上課題です。 しかし援蒋ルートは潰さなくてはいけません、インドを独立させるか、それともルートの途中を塞ぐかの2択です。 もしインド洋に海軍派遣するなら絶対に独立させなければいけないし、それが出来ないならそもそもやるべきじゃありません。 結果だけで語ってはいけ無いかもしれませんが、なにがしたかったの?とは言いたくなります。 海軍としてはハワイ占領してそこに海軍の重点置く以外なかったと思います。 なのにハワイを爆撃だけでゆるし、アリューシャン、ソロモンとより重要性の低い場所はしっかりと占領します。 ミッドウェーと栗田ターンという、ありえないレベルの失態もありますし。 海軍への疑問は募ります。すいません、実はこれらの行動がどこで行われたかのかも今ひとつわかってないのに発言しています。 | |
| 152 蒼の盾さん | 2013/07/09(火) 01:01:47 |
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>実はこれらの行動がどこで行われたかのかも今ひとつわかってないのに発言しています。
「これらの行動方針が」 に訂正します すみません、一応緊張しながら書き込んでいるのですが、あとから読むといつも滅茶苦茶です。 | |
| 153 三保 平清さん | 2013/07/09(火) 06:55:04 |
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蒼の盾さんへ
☆「アジア解放」はプロパガンダの建前であってインドは放っておいてもいいんじゃないかという思いがあります。やはり本来は「日本の自存自衛」こそが最上課題です。 ★これと同じ議論が陸軍でもぶつかり合って、とうとう解決を見なかった。私の考えでは、「アジア解放」は日本の建前・・。「日本の自存自衛」は日本の本音・・。しかしこの両者は切り離せない。「日本の自存自衛」を図る為には、最終的には、「アジア解放」をやるしかなかったのでしょう。日本が生存していく為に必要な資源は、植民地支配されているこの「解放されるべきアジア」に存在していたのですから。これを国家としてしっかり詰める必要があったのに、それをなおざりにして戦争を遂行したのが大間違いであった。もし海軍が真剣に「インド洋作戦」を行うのなら、「インド解放」を考えてやらねばならない。それを実行するか、後で行うのかは別にして、いずれ決断を迫られる・・の自覚が必要だった。 これは今の日本にも世界にも通じる事と言えるのではないかと・・。戦後国際社会は、ウィグル、チベットを見捨てた。その咎めが現代である。 | |
| 154 三保 平清さん | 2013/07/09(火) 10:23:15 |
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145に書いた事を再掲します。
陸軍とは農業国家の延長の運営です。しかし海軍とは農業国家の延長では運営は出来ない。海軍とは商業国家の延長の運営です。海軍とは商業国家のセンスがなければ、その運営に成功しない。日本の明治国家は農業国家の延長上に、海軍を創って失敗したように思えます。 欧米はこの海軍の運営にたけていた。日本はこの海軍の運営に失敗した・・と思います。日本陸軍にも間違いはあったが、結果としては支那との戦争では、相手を圧倒した。ロシアもひけた。「大東亜戦争」でも米国に対して、敗北はしても敢闘している。その敗北も陸軍だけの責任ではなく、海軍の兵站補給が円滑に行われなかったから・・が大きな要因なのではと・・。 日本の帝国海軍の思想は、農業国家の延長の上にある。これでは商業国家のセンスを持つ欧米には勝てない・・。「大東亜戦争」の海軍戦略が、「日露戦争」の「日本海海戦」の再現を期待していたか・・の如く・・。それは農業国家思想の延長上に海軍を建設してしまったからだ。海軍運用の極意は商業国家のセンスである。 | |
| 155 三保 平清さん | 2013/07/09(火) 10:52:35 |
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帝国海軍は初めから終いまで、艦隊決戦に拘ってそこから一歩も出られなかった。「連合艦隊」と言う思想そのものが、「日露戦争」に対して発想された事であるのに、時代の変化に全く適合せず、帝国海軍は「連合艦隊」の為の作戦しか立てなかった。時代は国家総力戦であるのに、そう言う戦略の変更が出来なかった。これほど思想的に、がちがちに凝り固まったのは、そもそも商業国家のセンスが欠落していたからだ。日本にも古来海軍はなかったが、水軍はあった。水軍は海賊とも呼ばれるが、本来は水運による物流利権を確保した存在である。物流利権は兵站輸送であり、その情報の確保が死活問題となる。ここが農業国家には分からない。これが「大東亜戦争」において、帝国海軍が兵站と情報を軽視した原因である。
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| 156 三保 平清さん | 2013/07/09(火) 11:02:43 |
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日本の歴史において「織田信長」は水軍を上手に使った。「織田信長」は商業の重要性を見抜いていた。「楽市楽座」をやったように・・。
帝国海軍は「織田信長」からは先祖帰りしてしまった。本来は日本人に兵站や情報の能力が欠落している訳ではないのに・・。帝国海軍は兵站や情報を軽視した事では、戦国大名以下だ・・。「大東亜戦争」の戦勝には、「井上成美」の「新軍備計画論」の実現が必要だった。艦隊決戦思想が、農業国家による急ごしらえの海軍の産物である。艦隊決戦思想とは、国家総力戦の時代には全くそぐわない代物だった。「日本海海戦」の再現が帝国海軍の夢だったのか?? | |
| 157 三保 平清さん | 2013/07/09(火) 11:17:17 |
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帝国海軍はそのハードは立派に建設した。しかしそのハードを運用するソフトの構築に失敗した。コンピューター、ソフトなければただの箱・・。仏創って魂入れず・・。
そして「大東亜戦争」時には、帝国海軍を運用する人々の人材が払底したが如くである。将官などの人材不足は目を覆うばかり・・。その下の人材は高度の能力を持った人がきら星の如くにいる。そのは高度の能力を持った人達が、帝国海軍を運用するに至るまでに、日本は敗戦してしまった。帝国海軍の少佐中佐には、それこそ有能な人達がきら星の如く並んでいるのに・・。 | |
| 158 マルヒロさん | 2013/07/10(水) 11:03:59 |
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皆様
とても勉強になります。 陸軍は農業、海軍は商業という観点は私は持っていなかったのでとても勉強になりました。言われてみれば納得する部分も多いです。海上輸送の点から水軍(海賊)の役割は発生しています。三保さんのご意見に私は賛成で、ここを考えれば、海軍の役割は通商破壊と兵站補給です。これを行わなかったのが海軍です。 私が知りたいのはなぜこれを行わなかったのか、いや行えなかったのか? ただ単に海軍が無能(敢えて無能という言葉を使いますが)なだけなのか、今議論されている遺恨があったからなのか?日本国家として考えたときの無謀な作戦が多すぎます。 皆様のご意見教えてください。 | |
| 159 三保 平清さん | 2013/07/11(木) 09:38:53 |
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マルヒロさん、ご賛同頂き有り難うございます。
昭和の帝国海軍に将官の人材が払底したのは、これが大きいと思います。大角人事・・。これで次代の帝国海軍を担う有能な人々が一挙に失われた。「日本国家として考えたときの無謀な作戦・・」はこれが原因と考えます。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%A7%92%E4%BA%BA%E4%BA%8B | |
| 160 三保 平清さん | 2013/07/13(土) 08:06:05 |
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ここは「大東亜戦争」必敗論を排す・・なので、私の考えを・・。日本が「大東亜戦争」に敗北しないやり方は・・。殆どの人は、それを軍事的観点から見ている。しかし戦争は政治の延長です。私に言わせれば、日本の「大東亜戦争」敗戦は、国際社会の反日勢力へ、日本が政治的に敗北したのだ・・と見ます。確かに日本を物理的に破壊したのは、米国の圧倒的な工業力でした。米国は事前に、対日戦争計画の細部までを検討しつくしてた上で、戦争をしむけてきた。それに対し日本の誰も真剣に、それに警鐘を鳴らしていない。まさか米国と戦争にはなるまい・・。
米国は対日戦争をシュミレーションし尽くして戦争に踏み切った。そして戦争後の対日占領計画を策定している。これが「GHQ」の対日政策となった。一方日本は米国との戦争を夢想だにしていない。日本は対米戦争を計画すべきだった・・と言うのではない。対米戦争とは・・の政治的シュミレーションが必要だった。実際の戦争を避けるには、戦争時のシュミレーションが必要だ。それは政治家の役目だ。軍人の役目ではない。それが出来ずに「大東亜戦争」の敗戦となった。「大東亜戦争」の敗戦とは政治的敗北だ。 | |
| 161 駿河山人さん | 2013/07/13(土) 19:34:19 |
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戦争はスポーツではない。大東亜戦争は負けたが正しい戦争だった。
1939年人口350万のフィンランドは人口一億七千万人の隣国ソ連の領土割譲の要求を拒否して戦った。善戦したが敗北した。しかし指導者マンネハイムは英雄として国民の尊敬を集めている。これは日本人は民族の英雄として東條英機の銅像を建てなければいけないということだ。だから米国は東條英機の灰を太平洋に撒いた。 東條英機が英雄であることを知らないのは日本人だけである。 | |
| 162 三保 平清さん | 2013/07/15(月) 18:16:04 |
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日本が「大東亜戦争」に敗北しないやり方は・・。に続けます。それは日本が世界の反日国に、政治紛争においてまず敗戦しない事が前提である。戦争は政治の延長である。戦争は政治紛争が武力対決に変化したものである。そして武力対決に勝っても、その後の政治紛争に敗れる事は往々にしてある。日本国内でも「徳川家康」は、「豊臣秀吉」に「小牧長久手の戦い」で戦には勝ちながらも、その後の政治紛争では、「豊臣秀吉」に敗れ、その後「豊臣秀吉」に従った。フランスは本来第二次大戦においては戦勝国ではない・・。しかし今日では戦勝国として収まっている・・。政治においてフランスは勝利した。軍事的勝利ではなしに・・。
戦争は政治の延長である。これが今日の日本では理解されない。今日の日本では右も左も狭い軍事的視野の枠内からの限定的議論だけだ・・。反日左翼は日本の軍事力=絶対悪からの議論・・日本の右は反反日左翼の立場に限られた戦争論・・。これでは戦争の本質は分からない。戦争は政治の延長である・・日本でこれが理解されなくなったのは明治以降の話。 | |
| 163 かずさん | 2013/07/17(水) 03:31:36 |
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こんにちは 三保さんのスレだけあって大変勉強になっております。
戦争は政治の延長である・・日本でこれが理解されなくなったのは明治以降の話。とはその通りだと思います。敗北しない要因が分れば「必敗論」も成立しませんからね。 そうですな。「紛争」や「事変」とは「戦争」は次元が違いますからね。 政治的紛争・・・まさに現代で言えば対中・韓に例えられる事になりますでしょうか? 最近、若い人に問われて困っていたのが、「条約や同盟があれば友好国」では無いか?と言う事でした。実際の国際情勢はいつの時代もそうでは無いと言う事を教えるのに苦慮しておりましたが、戦争は政治の延長であると言う事は愁眉を開けた言葉であります。 ありがとうございました。 クラウゼビッツの戦争論を改めて考える機会にもなりました。 「 | |
| 164 三保 平清さん | 2013/07/17(水) 10:50:01 |
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かずさん、今日は・・Re:163
☆最近、若い人に問われて困っていたのが、「条約や同盟があれば友好国」では無いか?と言う事でした。 ★条約は戦争で勝った方が、自分の優位を一方的に相手に力で押しつけたもの・・ではなかったでしょううか・・。遂最近まで・・。今でもそうではないのかなぁぁぁあ。 米国ではインデアン戦争の結果として、白人が原住民から土地を奪い、原住民を居留地に囲い込んだ。それでこの居留地の生活に耐えられない原住民が立ち上がって、又戦争となった。その戦争に負けた原住民は更に過酷な条件の居留地へと追い込まれていった。この時白人と原住民との間に交わされたのが条約でした。 条約を結ぶ行為そのものが、「弾の飛ばない戦争・・政治戦」なのでしょう。 同盟も結ぶから味方とは言えません。相手が敵であろうとも、更により大きな敵をその相手と共通に持つならば、敵の敵は味方・・の論理で、相手と結ぶ事は当たり前に行われますね。日本の戦国時代では全く普通の事として行われた。こう言う事を若い世代は知らないのでしょうか・・。 | |
| 165 かずさん | 2013/07/17(水) 21:00:04 |
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こんばんは 三保さん 確かに教えるのは難しいんです。 歴史全般から入れる子はいいんですが、「権利」や「約束事」を金科玉条の様に教えられてる子だとこれがなかなか・・・
私は教員では無いので持論で教えていますが、三保さん仰せの様に戦国時代辺りからの方がいいですね。 まさに生活・政治・軍事の歴史その物ですからね。 なんか話が個人的な事になって申し訳ありませんでしたが、地域の子供等の夏休みの自主講座で歴史担当させられてるもんですから・・・おっさん方は引退して私の様な若造の中年が担がれてる次第でした。 これからも三保さんや他の皆様にもご教示賜りたいと思いますので皆様よろしくお願いします。 | |
| 166 三保 平清さん | 2013/07/20(土) 14:29:26 |
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日本では戦争と言うと、武力紛争の戦闘状態しか思い浮かべない。これは大いなる間違いだ。これでは「大東亜戦争」は如何に始まったかが分からない。昭和16年12月8日、日本海軍がいきなり米国へ殴りかかった・・は正しくない。昭和16年12月8日には、日米は既に戦争下にあった。それは「弾の飛ばない戦争」である。その「弾の飛ばない戦争」をしかけたのが米国である。降りかかる火の粉は払わにゃならぬ・・。「弾の飛ばない戦争」とは経済戦争だ。それも「ABCD包囲陣」ではあきたらず、更にエスカレートさせた「ハルノート」が日本につきつけられた。これでは如何に平和を求めていようと、日本は立ち上がらざるを得ない。もし立ち上がらなければ、体のいい奴隷国家である。昭和16年12月8日に、何故日本は「真珠湾攻撃」を行ったのか・・が今日の日本では理解されていない。武力戦闘の開始は「真珠湾攻撃」が是か非か・・の議論は別にせよ。あれでは日本立ち上がらざるを得ない。
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| 167 三保 平清さん | 2013/07/20(土) 14:40:59 |
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続き
それを理解して後の「大東亜戦争」論でなければならない。それを理解せぬ「大東亜戦争」必敗論・・ちゃんちゃらおかしい!!昭和16年12月8日、日米は既に戦争状態であった。「弾の飛ばない戦争」・・対日経済封鎖を米国は強めた。座して死を待つ訳にはいかなかった日本・・。「真珠湾攻撃」が是か非かとの論議と何故日米開戦か・・の論議は別の次元の話しだ。弾は飛んではいなかったが、日本は殴られ続けていた。もうこれ以上殴られ続ける訳にはいかない・・が昭和16年12月8日の武力戦闘の開始であった。それを避ける為には別の政治的方策で、米国を押さえ込む必要があった。戦争とは政治の延長である。一般的に言って、政治が無策で、武力戦闘に勝て・・は無茶だ。 | |
| 168 三保 平清さん | 2013/07/20(土) 14:58:50 |
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戦争とは政治の延長である。国家と国家が武力戦闘を始めるのも、それを終息させるのも政治の役割である。この政治の役割が当時の日本では全く機能していない。特にどのように武力戦闘を終息させるかを、政治は全く考えていない。戦争とは政治の延長である。武力戦闘をどのように開始し、どのように終息させるかを考えられなかった日本・・。もしこれらを考える政治力が機能していた・・と仮定すれば、日本には「大東亜戦争」必敗論ではなく、「大東亜戦争」必勝論だろう・・。現実の戦争も緒戦は日本の連戦連勝・・。その時インド洋の戦勝を確定させていれば、そしてそこで講和を成立させていれば・・。日本には絶対に敗戦はなかった。ただその時点で講和に踏み切る政治力が存在している・・と言う条件で。
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| 169 マルヒロさん | 2013/07/22(月) 18:41:22 |
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三保 平清さん
仰ることごもっともです。私も戦争は政治の延長という考えであり、インド洋が一番重要なポイントであったと考えています。 しかし、私はアメリカはどうしても原爆を使いたかったのではと思っています。そのため、日本が正しい戦略をもってインド洋で戦勝していたとしても、何とかして原爆の開発が出来るまでは講和はしなかったのではないかと・・・・ そのために、海軍を操っていたのではないかと。ここまでくれば妄想ですが。 ここからは私の個人的な考えですが、原爆は開発された時点でパンドラの箱を開けてしまったのです。大東亜戦争で連合軍と講和出来ていたとしても、アメリカはどこかで、どこかの国に原爆を投下したでしょう。しかし、おかしな言い方ですが原爆投下が日本である意味良かったと私は思います。これが日本以外であれば、今の世界はなかったのではと私は考えます。 私が言っている意味は原爆を甘んじて受け入れるということではありません。私は広島出身ですし、親類も亡くなっています。その上での発言です。 これを踏まえて、私は日本が世界の覇権国家になるべきであり、その使命があると思っています。 | |
| 170 三保 平清さん | 2013/07/22(月) 19:01:10 |
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戦争による勝利を確定させるのは、相手に敗北による停戦を認めさせて講和条約を結ぶ事である。いくら戦争を有利に押しまくっていても、相手が敗戦を認めて、その条約を結ばない限り、戦勝とはなりません。相手を地球上から消し去らない限り・・。相手が敗戦を認めて、相手とその条約を結ぶ行為は、最高に政治的な行為です。この行為を「大東亜戦争」時の統帥部は実に軽視している。(戦闘に)勝ちゃあ何とでもなる・・。
仮に戦闘を優位に進めたとしても、何時かはどこかで相手と停戦講和しなければならない。そして戦闘を優位に進めていても、停戦講和の政治的手続きに勝たねば、戦勝は得られない。故に戦争は政治の一部である。「大東亜戦争」時の統帥部は、これをどう考えていたのか??その調停はどこに頼むつもりだったのか??これに確たる見通しがなくては戦争を終われない。勝って終わってこそ、戦勝が得られる。相手が音を上げなければ、永遠に戦争を続けるつもりだったのだろうか??戦争を終わらせる手続きは、政治の仕事である。戦争をマネージするのは政治である。政治が機能せずして、戦勝はないっ!! | |
| 171 三保 平清さん | 2013/07/22(月) 19:19:52 |
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マルヒロさんへ・・169
おっしゃる事同意です。原爆攻撃を受けて立ち上がれる国は、日本以外はあり得ない。決して原爆投下を肯定する訳ではありません。人類史の上で何時かは原爆投下と言う不条理が避けて通れない道ならば・・。そしてその不条理を行った国には、その咎めが人類史の上でなされるのでしょう。 個人的には原爆開発以前に、英国との間に停戦講和を為すべきであった・・との思いを持ちます。それで日英間に講和が成立しようとも、マルヒロさんのおっしゃる通り、米国は講和に応じなかったかもしれません。しかし米国内には、講和を望む声が澎湃と満ちあふれたでしょう。そして「ルーズベルト」は窮地に立たされていたでしょう。その時日本は米国に対して、優位な交渉が可能になったと思うのですが・・。 | |
| 172 マルヒロさん | 2013/07/23(火) 00:06:36 |
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三保さん
そうですね、米国内の世論などの利用も三保さんの言われる政治ですね。よく考えれば今の日本も当時と全く変わっていません・・・歴史から全く学んでいない。 話が少しさかのぼってしまい申し訳ないですが、以前の質問で海軍の無謀な作戦は大角人事によるとの見解ですが、ではなぜそのような人事がおこったのか? 外国と戦っているとい言うよりは、むしろ国内で戦っており、そちらのほうが重要だと思っていたとしか考えられません・・・。 | |
| 173 [Delete] |
| 174 三保 平清さん | 2013/07/23(火) 01:27:35 |
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マルヒロさん・・172
☆外国と戦っているとい言うよりは、むしろ国内で戦っており、そちらのほうが重要だと思っていたとしか考えられません・・・。 ★戦後日本の戦争遂行を調査した米国の調査官が、確かそのような事を言っていたような・・対象は海軍だったか陸軍だったか覚えていませんが、勝者の余裕か日本軍に同情していたような・・。特に帝国海軍の上層部には、軍人と言うよりも官僚と言った方がいいような人が多かったようにも思えます。「軍服を着た官僚」・・が。「海上護衛戦」にもありますが、「・・軍令部もお役所なんだ・・」。帝国海軍の現場は非常に優秀・・しかしその用兵家ときたら・・お役所仕事で戦争をやっていたように思える事も多々あります。「・・事件」「・・事件」のオンパレード。 | |
| 175 三保 平清さん | 2013/07/25(木) 17:48:34 |
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戦闘と言う武力行使は軍人が行う。しかし戦闘を停止して、国家と国家との武力紛争を終結させなければ、戦争は終わらない。戦争を勝つには、相手に自国の勝利を認めさせた上での、講和が必要である。それは政治の仕事である。この政治の役割が「大東亜戦争」では認識されていたのか??「大東亜戦争」における必敗論も必勝論も軍事的側面の勝ち負けの論争だけで、これが抜け落ちている。
1939年5月満蒙国境「ノモンハン」において日ソの一大戦闘が起きた。長らくこれは日本の大敗北であった・・と信じられていた。しかし実際の様相は違っていた。日本軍は苦戦したのは事実だが、戦闘に一方的に敗北してはいなかった。それでも実際も日本は負けたのだろう。それは戦闘では敵を圧倒しても、それの終結作業で敗北しているので。ソ連軍は戦闘で日本軍に大損害をうけながらも、その後の政治宣伝で内外に「勝った勝った」と大宣伝を行い、戦闘で負けても、政治宣伝で「ノモンハン」事変に勝った事にしてしまった。戦争は政治の延長である・・を日本は理解していなかった。 戦争は政治の延長である・・を日本は理解していたと仮定して、「大東亜戦争」必敗論は成り立たない。 | |
| 176 最弱三段さん | 2013/07/26(金) 12:58:27 |
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この前のチャンネル桜の選挙特番で、水島社長が、インターネット桜?大学の構想を語っておられましたが、是非、具体化してもらいたいものですね。
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| 177 三保 平清さん | 2013/07/27(土) 12:10:06 |
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「大東亜戦争」の敗戦は、明治新政府が作り上げてきた国家体制の破綻である。明治新政府は大きな過ちを犯した。明治新政府の作った陸軍と海軍は、どこまでも対立抗争しその統合運用が不可能だった。これで国難に国を挙げて対処は出来ない。国軍を戦時に実際に統帥するのは誰なのか??戦時に実際に統帥する者が天皇の下にある・・のが正常だろう・・。1940年、昭和天皇の大命降下によって出来た「米内光政内閣」に、陸軍は陸軍大臣を送らず、「米内光政内閣」を瓦解させた。これは明確な陸軍の、「昭和天皇」への反逆である。その陸軍は「皇軍」の筈なのに・・??
更に明治新政府は国家統治に当たる政治家を育成していない。それまでは武士がそれを担当していた。「大久保利通」が作り上げたのは、「官僚国家日本」だった。1938年「国家総動員法」が施行されだ。これは国家の危機に当たり、資源人の集中的管理を行い、その効率の増大を意図したもの・・。結果はこれを契機として「官僚統制」の悪弊のみが広がり、その効率は上がらなかった。 | |
| 178 三保 平清さん | 2013/07/27(土) 12:20:53 |
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続き
戦争は政治の延長だ。戦争は刀だ。刀を持っていれば、武士ではない。夜盗だって刀は持つ。剣法を心得てこそ武士だ。問答無用と武士を廃した明治新政府の国家体制には剣法が存在しなかった。剣法とは剣をふるう技だけではない。刀を抜くべきか、抜かざるべきか、抜いた刀をどう収めるべきか、を決めるのも剣法である。刀は軍隊・・それをふるう剣士は政治家でなければならない。刀をふるえない剣士が巷にあふれたのが、「大東亜戦争」の前の日本。「軍人が暴走して・・」、責任を軍人になすりつけて平然としている戦後日本。戦前も戦後も変わらない。武士がいない。剣法が顧みられない。 | |
| 179 三保 平清さん | 2013/07/28(日) 09:19:35 |
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私は上記の、戦争は政治の延長と言う意識があって、それで「大東亜戦争」を戦っていれば、日本に敗戦はなかった・・と言う考えです。「大東亜戦争」にも勝つ事が出来たのではないか・・と言う議論を、最近ようやくちらほら見受けるようになりました。これまでその議論さえ封じられてきた。曰く「日本は侵略戦争をやったのであり、その日本に勝つ機会があったなどとは、侵略戦争を賛美する事だ・・」と言う偏った見方の史観によってそれは許されない事だったが・・。そしてこれまでの日本の「大東亜戦争」に対する見方は、「もし・・海戦にあそこで勝っていれば・・」的な見方ばかりのように思えます。私も以前はそうでしたが、「もし・・海戦にあそこで勝っていたとしても」、結局は敗戦していたのでは・・と思うようになりました。
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| 180 三保 平清さん | 2013/07/28(日) 09:21:55 |
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続き
戦争において戦う相手を決めるのは政治です。「大東亜戦争」突入以前、日本は米国政府の悪意を持った敵対意識に全く気づいていない。敵が誰なのかが分かっていない。敵を持たない事が平和ではない。例え戦争になろうとも、守るべき国家の利益を守り、その上で国家間の武力衝突を未然に防ごう・・が平和への努力だ。「孫子」に「戦わずして勝つ・・」が「善の善なるもの」。これを理解せずして、戦後は「戦わずして負ける・・」が「善の善なるもの即ち平和・・」と言う事になった。私に言わせれば両者の根は同じ・・。 | |
| 181 [Delete] |
| 182 三保 平清さん | 2013/07/29(月) 07:22:21 |
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上記訂正です。
これを理解せずして、戦後は「戦わずして負ける・・」が「善の善なるもの即ち平和・・」と言う事になった。私に言わせれば両者の根は同じ・・。 ↓↓↓ 「戦わずして勝つ」を理解せずして、戦後は「戦わぬ=善の善なるもの=即ち平和」と言う事になった。 「戦わずして勝つ」を理解しない事と、戦後の「戦わぬ=善の善なるもの=即ち平和」と言う事の両者のその根は同じ・・。戦後のこれは、平和を求めているのではなく敗北を求めている。敵に屈して、敵の支配を受けて、それを平和とは言わない。 | |
| 183 最弱三段さん | 2013/07/29(月) 10:38:48 |
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国家の存在意義というのは、何なのでしょうかね。
右翼と平和主義者の思想的な違いというのは、国家観の違いなんでしょうね。 平和主義者的考え方からすれば、国家の前に国民があるということでしょう。 そういう発想からすれば、彼我の国力分析を行って、我劣るならば、知力を振り絞って妥協の道を模索せざるを得ませんね。 国力で我より相当勝る相手と戦争をすれば、よほどの幸運がなければ、ほとんど勝つ見込みはないでしょう。 許容範囲は、四対六がせいぜいでしょうね。 もっとも、そうであるなら、はなから戦争など仕掛ける必要はないでしょうけれどね。 つまり、国力があるのなら戦争を仕掛ける理由はないし、国力がなければ戦争で負ける確立が大ということですね。 そして、国力の不足を補い国家を維持していくためには、外国との連携が必須です。 国際的にも孤立し、国力でもアメリカに相当劣っていた日本が、太平洋戦争で敗北したのは、ある意味、当然ですね。 ところで、国家は、国力のあるときにこそ、争いの種を潰しておかなければなりません。 中国・韓国と日本の現状を見るにつけ、それを怠ってきた日本の政治家・官僚・財界人の罪は、極めて重いと思いますね。 | |
| 184 三保 平清さん | 2013/07/29(月) 14:13:59 |
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最弱三段さんへ
☆平和主義者的考え方からすれば、国家の前に国民があるということでしょう。 ★不思議なご意見ですね・・。国家の前に国民がある・・???国民とは国の民と書きますが、国家がなければ国民はありません。国家が出来ていなければ、ただの民です。国家あっての国民であり、国民あっての国家なのです。両者は同時に生まれます。どちらが先などありえません。 ☆我劣るならば、知力を振り絞って妥協の道を模索せざるを得ませんね。 ★その妥協などあり得ない状況で戦争になるのですが・・。要するに国力が相手に下回っていれば、戦わずに降伏せよ!!と言いたいのですか???その場合相手より国力が上回っていれば、相手を力でねじ伏せても構わない・・国力が下回っているのに、自分に従わず、抵抗する相手が悪い・・と言う理屈になりますが・・???力があれば侵略してよい・・とあなたは言っているのですよ!! | |
| 185 三保 平清さん | 2013/07/29(月) 14:32:13 |
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続き
☆国力があるのなら戦争を仕掛ける理由はないし、・・ ★大嘘を言ってはいけませんね。「大東亜戦争」は、日本に国力で勝る米国がしかけてきた。「大東亜戦争」の開始は「真珠湾攻撃」ではなく、「ABCD包囲陣」とそれに輪をかけた「ハルノート」です。 「インデアン戦争」では明らかに力が上の白人が、土地を奪って抵抗するインデアンと戦争をしている。 植民地とは国力がある国家が、国力の弱い国へ戦争を仕掛けて植民地にしたのでしょう。その植民地は更に国力で上回る国に、戦争で奪われた。そしてアヘン戦争はどうなのですか?????? 支那の「蒋介石」は妻の「宋美麗」に米国で反日宣伝をさせ(これは宣伝戦と言うれっきとした意図的戦争行為です。)、支那では「通州事件」や対日テロを起こし、支那事変を挑発した。大陸での戦争は支那が引き起こした。「盧溝橋事件」も支那の「劉少奇」が自分がやったと言っておりますが・・。 ☆中国・韓国と日本の現状を見るにつけ、それを怠ってきた日本の政治家・官僚・財界人の罪は、極めて重いと思いますね。 ★ 「・・韓国と日本の現状」・・??韓国は戦前は日本の一部で、日本と戦争はしていませんが・・。 | |
| 186 三保 平清さん | 2013/07/29(月) 14:34:35 |
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続き
結局「理屈抜きで日本が悪い・・??」←こりゃもはや宗教的刷り込みだ!!!理屈が理屈として通らない!!駄目だっこりゃ!!! | |
| 187 最弱三段さん | 2013/07/30(火) 07:29:28 |
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三保平清さんへ
理屈抜きで日本が悪いなどと言う人はいないでしょう。 まず、太平洋戦争の敗戦による悲惨な現実があった。 なにしろ、昭和天皇が、マッカーサーに頭を下げて、食糧援助を請わなければならないほどの窮状ですよ。 当然のことながら、何故、日本が戦争の道を進み、大惨敗を喫したのかという分析がなされますよね。 その過程で、当時の日本国家の問題点が、いろいろと浮き彫りになってくるわけですよ。 日本悪玉論に傾きすぎるのもよくないが、日本善玉論に傾きすぎるのもよくありません。 例えば、森山優著『日本はなぜ開戦に踏み切ったか: 「両論併記」と「非決定」 (新潮選書) 』には、当時の日本国家の問題点が、的確に分析されています。 | |
| 188 三保 平清さん | 2013/07/30(火) 10:07:28 |
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最弱三段さんへ
理屈抜きで日本が悪いなどと言う人はいないでしょう、・・と言いつつ、あなたは「大東亜戦争」の責任は日本にある・・と言っています。日本の戦争の相手米国の責任は全く触れずに、日本が悪い・・しかあなたは言っていません。ごまかしはいけません。 ☆なにしろ、昭和天皇が、マッカーサーに頭を下げて、食糧援助を請わなければならないほどの窮状ですよ。 ★その日本をそんな窮状に追い込んだのはどこの国なのですか?? 昭和天皇が、マッカーサーに頭を下げて、食糧援助を請う←この言い方に日本への敵意がよく現れている。当時日本に主権はありません。行政権の施行は出来ないのです。日本国の行政は占領軍に委ねられていた。だからマッカーサーに依頼したのです。 「マッカーサーに頭を下げて、食糧援助を請う」←何と言う表現だ!! 日本に戦争をしかけて、日本をそんな窮状に置いた米国の責任は問わないのですか!!! あなたには人間の感情が存在するのですか??? | |
| 189 三保 平清さん | 2013/07/31(水) 18:40:35 |
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「大東亜戦争」はしかけられた戦争であったとは言え、日本には戦争を大局から俯瞰し、終結まで指導する存在がない。戦争にはそれをマネージする事が必要である。戦争を倫理や道徳では理解出来ない。戦争を演劇に例えれば、戦争にもプロデューサーや演出家やその脚本が必用だ。これらをしっかりと準備出来た芝居は当たる確立が高くなる。軍人とは芝居を演じる役者である。役者さえ揃えば、芝居が出来る訳ではない。「大東亜戦争」時の日本には、陸軍と海軍と言う役者が、俺が主役だ俺が主役だと揉めていて、彼らをキャスティングする者がいない。二人の主役が舞台の上で「俺が・・」「俺が・・」を主張していて、芝居になる訳がない。この芝居の興行主は誰だったのだろう???これらがきっちり揃っていて、初めて戦争に何故勝った負けた・・の議論が出来る。
主役の演技だけでは芝居にならないように、軍人の戦闘だけでは、戦争には勝てない。多くの場合、戦争はしかけた方が優位である。それはしかける側が十分に脚本も演出もそのキャスティングも準備してしかけるからである。戦争を芝居に例えれば、軍人は役者である。その軍人の演技しか見ずして芝居の批評はすべきでない。 | |
| 190 三保 平清さん | 2013/07/31(水) 18:51:27 |
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「大東亜戦争」を軍人の戦闘だけ見ていては、その本質が分からない。「大東亜戦争」を「・・作戦」や「・・海戦」の連続と捉えたのでは、「大東亜戦争」を理解出来ない。しかし戦争の中枢は軍人の戦闘だ。戦争を芝居に例えて、脚本も演出もそのキャスティングもその他の必要事項も全て揃っていたと仮定して、役者の演技即ち軍人の戦闘を考察すれば・・。
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| 191 三保 平清さん | 2013/08/04(日) 00:00:55 |
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日本で語られる「大東亜戦争」の論議とは、その戦闘歴に過ぎない。戦闘の経過=戦争ではない。何故か日本では、戦争=戦闘の経過である。国家と国家の軍事衝突は何故起きるか・・。一旦戦争が決着しても、戦争に至った原因の紛争がそれで、決着するとは限らないのに・・。「大東亜戦争」がまさにそれである。「大東亜戦争」により、地球から植民地が消えた。しかし「大東亜戦争」をひきおこした原因の全てが消滅した訳ではない。戦後にあらたに生じた問題もある。なにより敗戦国は厳しく処断されたが、戦勝国の矛盾は何一つ解決されていない。それは「大東亜戦争」の名称が「太平洋戦争」に変更させられた事に現れている。。
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| 192 三保 平清さん | 2013/08/04(日) 00:05:28 |
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こんな矛盾に戦後日本は頬被りしてきた。戦中は「鬼畜米英」・・戦後は「米国の民主主義」に全面屈服・・。何故こんな体たらくとなるのだろうか・・。戦前も戦後も日本は国家の中枢の支配層に問題がある。戦前はそれが、米国から戦争をしかけられても、何も手を打てない政治の体制であり、戦後はそれがひたすら米国に追随するあさましい結果となった。日本の政治は軍を軍人を、批判出来る資格を持たないが、それを全て軍の責任にして平然としている。この国家を運営する指導層の欠陥は、そのまま陸海軍の中にも存在した。戦闘現場の人間の勇戦敢闘に引き替え、陸海軍とも軍の作戦を決定し、軍を運用する用兵家には決定的な欠陥があった。「日本軍は上にいくほど馬鹿になる・・」は世界の軍隊の共通認識となった。以上を含んでその戦闘経過をたどると・・。
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| 193 三保 平清さん | 2013/08/04(日) 00:30:51 |
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何故日米開戦か・・の議論はさておき、いざ「大東亜戦争」が勃発するや、緒戦は日本の大勝利・・第一段作戦は思わぬ大成功を収めた。昭和17年の前半だ。ここで第二段作戦は「長期不敗」の体勢を築くか、それともそのまま短期決戦による勝利を目指して、更に攻勢を続けるかで道が分かれた。短期決戦をごり押ししたのが、海軍の連合艦隊だった。日本は特に海軍は連合艦隊にひきずられて、攻勢を続け戦線を拡大した。これが日本の命取りとなった。米国相手に、短期決戦の勝利などあり得ない。米国はたとえ短期決戦に負けても、手はあげない。米国を屈服させるには、長期の戦闘はやむを得ない。長期の戦闘を覚悟せずして、米国と戦争する・・が実に甘い見通しだった。海軍の連合艦隊は、それを戦略として米国と戦争し、結果日本は敗戦した・・が現実だろう・・。艦隊決戦による短期決戦で勝利して米国と講和する・・実に甘い誤った見通しだった。日本敗戦の重大な責任が海軍の連合艦隊にある。
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| 194 三保 平清さん | 2013/08/08(木) 20:05:37 |
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国家の命運をかけると言う悲壮な決意で始まった「大東亜戦争」も、蓋を開ければ大勝利の連続・・、これで何時しかその悲壮な決意もどこかへ消えてしまった。そして早く一発決戦で戦勝を確定したいと、聯合艦隊が焦りに焦った。米国は焦って勝てる相手ではない。そして長期戦になれば、我が国が圧倒的に不利になる・・。そのジレンマの中で、聯合艦隊は艦隊決戦の一発勝負を求め続けた。そして長期不敗の体制を築く・・などは放棄されてしまった。そして長期不敗の体制のない中での長期戦が始まったのが、昭和17年の後半から・・。聯合艦隊を核心とする帝国海軍は、ただただ艦隊決戦の一発勝負による戦勝を求め続けた。しかしもはやそんなものはどこにも存在しない幻の勝利に過ぎなかった。
海軍の使命は、陸軍も同じで最終的には国家の国防を果たす・・である。聯合艦隊による艦隊決戦勝利も、その国家の国防と言う使命を果たす・・と言う前提の中で成立する。明治期の聯合艦隊にはそれが存在した。しかし昭和の聯合艦隊にはもはやそれが存在しなかった。にも拘わらずそれをのみ追い求めて、国防に失敗したのが昭和の帝国海軍だ。 | |
| 195 三保 平清さん | 2013/08/09(金) 08:27:02 |
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「大東亜戦争」の第一段作戦が大成功に終わったが、何故か帝国海軍は作戦の舞台をインド洋から太平洋へ敢えて移した。これが昭和17年後半以降の作戦である。そして今度はこの作戦に負け続ける事になる。すると一度微笑みかけた勝利の女神は、もう日本へはもう微笑まなかった。この基本路線を敷いたのが「山本五十六」だが、だからと言って「山本五十六」一人を責めて済む話ではない。第一段作戦の勝利を確定させたのも又「山本五十六」なのだから。この「山本五十六」には毀誉褒貶が付いてまわる。「山本五十六」はアメリカのスパイだった・・と言うのもある。
それは極端としても、「山本五十六」はミイラ取りがミイラになったのかもしれない。ミイラとは艦隊決戦至上主義である。「山本五十六」は、本来ミイラとは対極にある人物だ。誰が「山本五十六」をミイラ取りにしたのか??「山本五十六」に限らず、大正昭和の帝国海軍においては、人事がでたらめだった。その極端な事例・・「大角人事」。この「大角人事」において、近代戦争を勝ち抜く人材を失った陣容で、帝国海軍は第二段作戦に突入した。この「大角人事」がなかったとして「大東亜戦争」必敗論は成り立たない。 | |
| 196 三保 平清さん | 2013/08/09(金) 23:53:13 |
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戦争に於いて軍事を統制出来ない政治では、一時的にははどんなに勝ったとしても結局敗戦する。孫子に曰く「百戦百勝は善の善なるものにあらず・・」。戦争は政治の延長である。これを忘れた帝国海軍がインド洋の戦勝を打ち捨てて、戦いの場面を太平洋へと移して、第二段作戦が開始された。まずは「ミッドウェー海戦」を手始めとして・・。この「ミッドウェー海戦」には、初めててひどく痛めつけられて敗北した。その敗北の原因は色々挙げられるが、重大な原因に指揮通信の不備がある。もっと具体的に言えば、暗号戦の完敗である。近代戦に於いて、指揮通信能力が相手に劣っていては絶対に戦勝は望めない。指揮通信能力が相手に劣る・・はその機材もだが、それを扱う人の能力がそれにも増して重大である。日本はこの両方とも敵に大きく劣っていた。この指揮通信能力が相手に劣る・・は以後の海戦全てについてまわる事となる。
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| 197 三保 平清さん | 2013/08/10(土) 14:28:34 |
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この「ミッドウェー海戦」の前に、「サンゴ海海戦」が行われていた。「サンゴ海海戦」の海上戦闘自体には、日本は負けてはいない。しかし「サンゴ海海戦」の作戦目的はポートモレスビー上陸占領だった。この作戦目的は破棄された。つまり作戦は失敗した。作戦に失敗なら敗北だ。サンゴ海における海上戦闘には勝っても、その作戦目的を達成出来なかった。つまり戦略的には敗北した。「井上成美」は何故ポートモレスビー上陸を断念したのか??それは彼には戦闘の状況を正しく判断出来なかったからだ。それは「井上成美」の責任ではなく、彼の下に必用な状況判断の為の情報が集まらなかったからだ。「サンゴ海海戦」において、史上初めての空母対空母の戦闘が行われた。空母対空母の戦闘となると、その戦闘距離は一挙に何百マイルをはるかにこえた。勿論こんな遠い距離は人間の目には見えない。それを埋めるのは電波を使った通信兵器だ。この情報通信に日本は敵に圧倒的に劣った。かくて「井上成美」には戦況の把握が出来ず、ポートモレスビー上陸を断念した。攻撃一点張りの情報通信の軽視・・偵察行動の軽視・・はその後も敗戦まで換わらない。
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| 198 三保 平清さん | 2013/08/13(火) 08:48:40 |
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第二段作戦はそれまでの第一段作戦とは全く戦争の様相が変わってしまった。第一段作戦においては、陸軍の果たす役割が非常に大きかった。この第二段作戦において、その骨格は殆ど海軍主導である。海軍主導による第二段作戦は兎に角「艦隊決戦至上主義」で戦争が遂行された。「艦隊決戦」に勝てば、全てが解決する・・。しかしもはや「艦隊決戦」の勝利によって、戦争の勝敗が決まり国家の興亡が決まる・・と言った時代ではなくなっていた。にも拘わらず海軍は、このもはや存在しない幻の勝利を目指して戦争を遂行していく。
第一段作戦においては陸軍の主導する「大東亜」の理念が戦争指導にある程度現れていた。しかし第二段作戦においては、作戦の面からはこれが希薄となる。海軍は「大東亜共栄圏」構想に賛成はしても、それを具体的に進める戦略は持っていなかった。それをもし持っていたら、海軍主導による「インド独立工作」が日の目を見ただろう。その時第一段作戦の成功を以て、「大東亜戦争」は終結していた可能性が大きい。 しかし海軍は、もはや存在せぬ「艦隊決戦」による勝利目指して、第二段作戦を遂行していく。そして「大東亜戦争」は破局へと向かう事になった。 | |
| 199 三保 平清さん | 2013/08/13(火) 09:04:44 |
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「大東亜戦争」は第一段作戦から第二段作戦に変質した。この時「大東亜戦争」に敗戦の事態が現実化した。第一段作戦において、陸軍はシンガポールを占領した。これは歴史に於いて特筆すべき事である。第一段作戦を継続し、インドを第二のシンガポールにしたならば、米国もそれ以上戦争を継続出来たか疑問である。国力は如何に有り余っていようが、その時米国民が戦争の継続を望むだろうか・・。勿論米英は日本にそうさせない為のあらゆる工作をしかけてくるとして・・。「大東亜戦争」を第一段作戦の成功を以て終結させる為には、戦争の調停者が必用である。陸軍も海軍も、具体的にそれを思い描いていたのだろうか・・。戦争の終結行為は純粋に政治の仕事である。この戦争の終結行為に勝って初めて戦争は勝つ。それを配慮せずして戦勝などあり得ない。
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| 200 三保 平清さん | 2013/08/13(火) 09:29:06 |
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ところが第二段作戦に入るや、戦争を如何に勝利して終結に導くか・・などの考慮は雲散霧消したかの如くである。兎に角艦隊決戦に勝利すれば全て解決・・と言う事で、それ以外の事へは関心が向かわない。かくてもはや存在しない幻の勝利目指して、海軍主導の戦争指導は続く。例えその艦隊決戦に勝利したとしても、それで米国が屈服する事などあり得ない。米国は資源も人も工業生産力も、日本とは桁違い・・。例えその艦隊決戦に敗北したとしても、それで日本に屈服する事はあり得ない。そして初めから米国と米海軍の戦争指導は、艦隊決戦に勝利などではなかった。局地の水上艦隊戦闘の勝利は目指しても、それは艦隊決戦の勝利を目指してはいなかった。片やそれをのみ追い求める帝国海軍の戦争指導が、第二段作戦に敗北を続けさせた。艦隊決戦の勝利に拘る帝国海軍の戦略は、もはや日本の国防の遂行と相容れなかった。
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| 201 三保 平清さん | 2013/08/14(水) 10:54:58 |
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日本は米国相手に絶対避けるべき長期消耗戦に入って、「ガダルカナル」で一方的に押され始めた。そして中部太平洋で次々と島を失っていく。この時米国の戦略がどうして読めなかったのだろう。敵の狙いは島の占領・・そして制空権を握る事・・。なのに負けても負けても帝国海軍は「今度こそ・・今度こそ・・」と、もはや存在せぬ幻の勝利の、艦隊決戦を指向して戦い負け続けた。帝国海軍の戦闘の現場にいた将兵は世界最強だった。しかしそれを使う用兵は目を当てられぬ程酷い用兵だ。これでは如何に世界最強の将兵を有すると言えども、戦勝はあり得ない。どんなに立派な贈り物をしようとも、送り先を間違えれば、贈り物は相手に届かない!!当たり前!!用兵の決定的間違いの事例・・「戦艦大和」「戦艦武蔵」を使う時期を誤った。
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| 203 三保 平清さん | 2013/08/14(水) 10:59:15 |
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「戦艦大和」「戦艦武蔵」は当時世界最強の戦艦。あれだけ大きな期待をかけられながら、建造されながら、この国家興亡の一大事に何故使い惜しみをした??「戦艦大和」「戦艦武蔵」はは第一段作戦においてこそ出撃すべきだった。「戦艦大和」「戦艦武蔵」が第一段作戦に出撃すれば、戦争は終結していた可能性が高い。「戦艦大和」「戦艦武蔵」を積極的に使う時期は、第二段作戦の「ガダルカナル」の攻防戦まで。使うべき時に使わずに、後は溝に捨てるような使い方だ。制空権をなくして後に無謀な突撃をさせて・・。何を考えていた聯合艦隊!!
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| 204 三保 平清さん | 2013/08/17(土) 01:17:01 |
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私は九州にいますが、もう随分前にそのある地方新聞に、「竹島」を韓国が不法占拠した時だったと思いますが、不断は左翼張りの論陣がその時に限って、「戦艦大和」をあんな使い方をせずに残しておけば、彼らもこんな事は出来ないのに・・と言う主張が目を引きました。「戦艦大和」は沈まずとも、敗戦ですから戦勝国に奪われて、日本に残る事はないでしょうが、私はオヤと思いました。いつもは左翼張りの論陣がその時に限って・・。実はその左翼張りの論陣は、その地方誌の本当のカラーではなく、それは配信社のカラーだったのですが・・。「戦艦大和」の使い方がおかしい・・と言うのはその通りではないかと思いました。「戦艦大和」こそ、第一段作戦で使うべきだった。そしてその後も「戦艦大和」を誤った使い方をしている。この「戦艦大和」の誤った使い方に、海軍統帥部の欠陥が如実に表れている。これでは海戦を何度やっても、第二段作戦に勝利は望めない。
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| 205 三保 平清さん | 2013/08/17(土) 01:24:39 |
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続き
第二段作戦に勝利を望むとすれば、海軍統帥部の人材総入れ替えが必用ではないかと・・。海軍統帥部の人材総入れ替えなど非現実的ですが、あの「大角人事」がなければ、例え第二段作戦となったとしても、日本の敗戦は防げた・・と考えます。まあその人達(「大角人事」で海軍を追われた人達)なら、第一段作戦から第二段作戦への変更などしなかったとは思いますが・・。その時「大東亜戦争」必敗論などあり得ない。日本は米国へ敗れたのではない。日本は自らの持つ宿痾に敗れたのです。その責任を論ずるのが厭さに、米国の工業力に敗れたと言う事にしている。さてその第二段作戦の海戦・・。 | |
| 206 三保 平清さん | 2013/08/17(土) 01:52:12 |
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よく・・海戦から日本の敗戦が決定的になり・・と言った見方がなされますが、私はそう言った見方はとりません。確かに「ミッドウェー海戦」では、あの「運命の五分間」がなければ・・などと言われたりもしますが。しかし「運命の五分間」は、たまたまそれが米国に味方しただけ・・。その「運命の五分間」が存在したとして。しかし次の海戦では日本側にそれが味方するのかも・・。確立は結局50%・・。そんな運命頼みで作戦はたてられません。帝国海軍の作戦立案は根底から間違っていた。それが顕著にはっきりするのは、「トラック島」空襲です。ある日「トラック島」は米海軍の空襲を受け潰滅した。「トラック島」は「帝国海軍の真珠湾」とも呼ぶべき重要な根拠地なのに、突然空襲を受け潰滅した・・そんな事態が何故発生したのか??そんな事態を許すようで、・・海戦だ・・海戦だと言っても戦勝は無理でしょう。それが帝国海軍の持つ宿痾・・。
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| 207 三保 平清さん | 2013/08/17(土) 07:34:43 |
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この第一段作戦と第二段作戦を通じて作戦を立案したのが「山本五十六」だ。見方は分かれるが、結果的にであっても、第一段作戦の勝利を作り出したのは、海軍のこの「山本五十六」だ。しかし第一段作戦から第二段作戦への戦略の変更を、積極的に実行していったのも「山本五十六」だ。「ミッドウェー海戦」を実行したのも、勿論「山本五十六」だ。そしてその「ミッドウェー海戦」には敗北した。その後の第二段作戦もずるずると敗れていく。しかし「山本五十六」戦死後、「山本五十六」を超える人材が果たして現れたか??「山本五十六」をどう見るかが肝だ。そしてこの「山本五十六」を聯合延滞司令長官に任命したのは誰なのか・・??
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| 208 三保 平清さん | 2013/08/17(土) 07:48:28 |
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「山本五十六」はそもそも日米戦争に反対する立場であった。「山本五十六」が真価を発揮したのは、海軍次官の時であった。海軍次官の次に海軍大臣に就いていれば、あんな日米開戦はなかったと思われる。「山本五十六」は「大角人事」で海軍を追われた人達と同じ立場だった。「山本五十六」は生粋の軍人と言うよりも、寧ろ政治的に力量を発揮する人だ。だから海軍の軍政畑に置いておくべきだったのでは・・。それを危険視して、「山本五十六」を敢えて軍政畑から、作戦実行部隊に変更したのには、「大角人事」と同じ意志が働いている。「山本五十六」を批判するだけでは済まない。帝国海軍の持つ宿痾の根は深い。この深い宿痾の根はそのままに第二段作戦がずるずると実行されていく。「山本五十六」の他に「井上成美」がいる。この「井上成美」がその後何をしていたかが、第二段作戦の実態を知るのに役立つ。この深い宿痾の根を排除するべき人材が昭和の帝国海軍には存在しなかった。明治の「山本権兵衛」は遂に昭和の帝国海軍には登場しなかった。そして第二段作戦が実行されていく。
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| 209 三保 平清さん | 2013/08/17(土) 09:09:17 |
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「井上成美」も「大東亜戦争」の実際の作戦に於いては大した役割を果たしていない。「サンゴ海海戦」の総責任者でもある。「サンゴ海海戦」も戦略的には、日本の敗北だ。だから一人「井上成美」の責任で済ませられるのでしょうか??これも「山本五十六」を批判するだけでは済まないのと同様です。「山本五十六」が海軍大臣で真価を発揮したとすれば、海軍軍務局長の「井上成美」も、その下で真価を発揮した。これが所謂「海軍三羽烏」・・。この「海軍三羽烏」体制に反発し、それを打ち砕いたのが、「海軍艦隊派」だ。この「海軍三羽烏」体制が戦後の「海軍善玉論」の根底をなしている。
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| 210 三保 平清さん | 2013/08/17(土) 09:25:52 |
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更に「井上成美」は重大な貢献を昭和の帝国海軍にしている。それが「新軍備計画論」、しかしこれは海軍大臣「及川古志郎」によって黙殺された。この「井上成美」こそ、「新軍備計画論」の中の、帝国海軍の「カール・デーニッツ」たるべき人物だ。潜水艦作戦の指揮をとるべき人物だ。大西洋での潜水艦作戦は、昭和十八年以降は終息に向かう。連合国の対潜作戦がそれを封じた。それまでなら非常に効果があった。太平洋での戦の、第一段作戦と第二段作戦初期に、「井上成美」がこの帝国海軍の「カール・デーニッツ」として指揮をとっていたならば・・と悔やまれる。帝国海軍の具体的その機材は「ロー35型」潜水艦・・。後に「ハー201型」潜水艦・・。「ハー201型」潜水艦は特攻意外に攻撃手段がなくなった敗戦直前も、敵を攻撃する態勢をとっていた。
帝国海軍の「カール・デーニッツ」を「井上成美」が演じつつ、第二段作戦を戦えば、第二段作戦においても、帝国海軍はあんな敗北の連続とはならなかった筈だ。その証明の敗戦直前の「イー58潜水艦」の、「インディアナポリス」撃沈が挙げられる。その時昭和の帝国海軍においても、「大東亜戦争必敗論」は成り立たない。 | |
| 211 三保 平清さん | 2013/08/18(日) 09:54:10 |
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「大東亜戦争」を芝居に例えれば、日本は最悪のキャスティンク゛で芝居を演じたようなものではないかと・・。巷間あの芝居のあの役者の演技は・・とよく取りざたされるが、その芝居のキャスティンク゛や演出やましてその脚本は・・などが、話題にのぼる事は非常に希なのではないかと・・。役者の演技よりも、そのキャスティンク゛が問題ではないでしょうか。役者がまずい演技をするのを責めるよりも、良い演技をする役者を探し出してきて、その役につける事の方がずっと重要です。役者にはその役をに付く競争をまずさせる事・・。ずい演技と責められる役者も、彼に最適の役がある筈だ。その役を見付けて彼に割り振ってやれば、彼もその役を生き生きと演じ、芝居も成功するのではないでしょうか・・。観客の目に入らないキャスティンク゛が非常に重要です。
「ミッドウェー作戦」は完敗しましたが、違うキャスティングなら勝った可能性が大きいのでは・・。ひとまず「ミッドウェー作戦」自体の是非はおいて。あの負け戦の中での「飛龍」の奮戦は凄い!!「ミッドウェー作戦」は戦う前に、そのキャスティンク゛で敵に負けているのではないでしょうか?? | |
| 212 三保 平清さん | 2013/08/18(日) 10:05:53 |
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「・・海戦」において・・と言う人の判断は正しかったのか・・も大事ですが、「・・海戦」が必用か必用でないか・・や、「・・海戦」をやるとして、その布陣(キャスティンク゛)は・・の方が、ずっと大事でしょう。まず「大東亜戦争」を決断するに当たって、海軍と陸軍の役割の調整や、その戦略の調整は真剣に行われたのでしょうか??後に「Bー29」への本土防空が必用となった時、その本土防空の責任は陸軍と海軍では調整済みだったのでしょうか??陸軍の兵力が大陸から太平洋の島々のに配備に付く為の、移動時の船舶の護衛はどうするか・・などの調整は陸海軍で出来ていたのでしょうか??それが全くないかのような第二段作戦・・。役者の演技しか頭にない芝居の興行が成功するものでしょうか??
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| 213 三保 平清さん | 2013/08/20(火) 15:17:23 |
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不謹慎かもしれませんが、「大東亜戦争を」を芝居に例えれば、「第一段作戦」と「第二段作戦」は悲劇と喜劇ぐらいに違う。ところが「第一段作戦」が「第二段作戦」へと切り替わった時点で悲劇と喜劇が入れ替わったぐらいに芝居が変質した。なのに演出も脚本もキャスティングも、そのままで芝居を続けているようなものだ。悲劇の脚本で喜劇の芝居が出来るのか?又その逆が出来るのか?しかも主役のキャスティングは陸軍?それとも海軍?こんな芝居があるものか!!芝居を演じている役者(前線の将兵)も当惑したのではないだろうか?悲劇をやっているつもりが途中で喜劇になっていた・・??そんな「第二段作戦」で、もはや幻に過ぎない「艦隊決戦の一発勝負」による戦争の勝利に執着した帝国海軍・・。
悲劇なのか喜劇なのかを決めて、その「第一段作戦」に決着を求めれば、「大東亜戦争」必敗などあり得なかった。それに決着がどうしても付かず、「第二段作戦」にもつれこむ事はありうるが・・。その時の「第二段作戦」は悲劇なのか喜劇なのか、明らかになった上での芝居なのだろう。 | |
| 214 三保 平清さん | 2013/08/25(日) 19:01:42 |
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日本は戦争を国家による戦闘行為としか捉えていない。武器を持って殺し合う野蛮な殺戮行為・・とだけ。戦争の本質はそんな単純なものではないだろう。単にそれだけなら、確かに善悪の判断で済ませられるだろう。殺戮行為には違いないが、それだけでは済まない・・論理や倫理だけでは説明出来ない複雑さである。それを戦闘行為としか捉えないから、「恒久平和」・・などと、とぼけた事を言い出す輩が出てくる。「恒久平和」を求める事は「不老不死」を求めるようなものだ。「不老不死」を求めても、それは絶対に手に入らない。「不老不死」を求める事は、倫理にもとる行為である。人間である限り死はいずれ避けられない。「不老不死」を求める事は人間が神になろうとする事である。人間は人間として死んでいかねばならない。だから人間が「恒久平和」・・などとは言ってはいけない。
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| 215 三保 平清さん | 2013/08/25(日) 19:22:43 |
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この「恒久平和」と裏腹の思想が、昭和(明治はそれが正しかった・・)の帝国海軍の一発勝負による「艦隊決戦」の絶対勝利追究だ。「恒久平和」も「艦隊決戦」の絶対勝利もどちらも、一旦それを達成してしまえば、後はそれを成り立たせる努力をしなくともよい。この両者は対極にあるようで、実は裏腹の関係だ。一時の努力なら出来ても、長期間のまして絶えまざる努力など及びもつかぬ・・。国防とはそして平和とは絶えまざる努力によってしか成り立たない。結果的に帝国海軍(統帥部・・用兵家)は「艦隊決戦」の絶対勝利だけを追究し、日本国の国防を蔑ろにした。それが日本国の命の綱・・海上交通路の維持を無視させた・・。それが「絶対国防圏」の陥落破綻だった。日本国の命の綱・・海上交通路の維持と「絶対国防圏」の防衛よりも、「艦隊決戦」の絶対勝利だけを目指した帝国海軍(統帥部・・用兵家)によって第二段作戦が遂行されていった。これでは前線で勇戦敢闘した将兵が浮かばれぬ。その英霊の祀られた「靖国神社」に参拝をとりやめた元総理は元帝国海軍軍人である。昭和の帝国海軍地に落ちたり!!明治の先輩が泣いている!!
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| 216 三保 平清さん | 2013/08/25(日) 19:43:47 |
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ここで戦争を芝居に例えれば、昭和の帝国海軍(統帥部・・用兵家)とは主役を演じる役者だった。この役者は演技もろくに出来ずして、脚本は自分に都合のいいように書き換え、演出家の存在を無視して、自分勝手に芝居をしたようなものだ。芝居が主役の役者だけでどうして成り立つか?脚本演出そして表の目にはとまらぬ多くの裏方の働きで芝居は成り立つ・・。それが興行として成功するには、この全員の総合的な力が必用だ。更にその人の努力を超える運が左右する・・。芝居が興行として成功するにも、これだけの条件に恵まれなければならない。まして国家と国家が興亡をかけて殺し合う戦争においてをや???
日本国の国防を全うする為に戦ったとは言えない・・と言われてもやむを得ない帝国海軍主導の第二段作戦が続く・・。 | |
| 217 三保 平清さん | 2013/08/27(火) 11:46:41 |
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日本はその第二段作戦には負け続け、体制の立て直しが出来ないまま「マリアナ沖海戦」となる。これは「マリアナ」まで遂に日本が追い詰められたと言う事である。この「マリアナ」は日本の「絶対国防圏・・マリアナ」である。その「マリアナ」の防衛体制が全く整っていない。もしこの時「マリアナ」に防衛体制が整備されていれば、「絶対国防圏・・マリアナ」陥落はなかった。それは「ペリリュー」や「硫黄島」における我が将兵の敢闘と、地下要塞化された「ラバウル」には敵が来なかった事で明らかだ。そしてその「マリアナ」防衛に向かう陸軍兵力の護衛すら海軍には出来ず、その多くが上陸できずに海の藻屑と消えた。その責任を誰かがとったのか???
帝国海軍はここでも艦隊決戦しか頭にない。そしてその時帝国海軍には油が満足にないので、「マリアナ」での戦闘は避けたかった。しかし敵はその「マリアナ」に来た。結局「マリアナ沖海戦」には大敗し、「マリアナ」は敵に奪われた。海戦に負けても、次の機会がない訳ではない。しかし「マリアナ」が敵に奪われた事は、日本国にとって取り返しがつかなかった。 | |
| 218 三保 平清さん | 2013/08/28(水) 20:46:50 |
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勝って戦争を如何に終結に導くか・・が問題だ。戦争が終結した時に勝っている事が問題だ。戦争の途中で如何に派手に勝っていようが、戦争終結路には負けていた・・では話にならない。艦隊決戦による勝利が、もはや戦争の決着をつける決定的要素ではなくなった事を、昭和の帝国海軍は理解しなかった。艦隊による水上の決戦は起きたが、それはもはや、その勝利自体が戦争を決定し終結させるものではなかった。局地の水上戦闘において敵をどれだけ叩いても、それで敵が戦意を失わねば、勝利は望めない。しかるにこの艦隊決戦による幻の勝利が戦争の勝利を決定する・・と言う思いから帝国海軍は逃れられなかった。ひたすらその思いで第二段作戦を戦った。この「マリアナ沖海戦」もそれだった。米国は「マリアナ沖海戦」において、「マリアナ」占領を目的としていた。「マリアナ」を占領しそこから「Bー29」を対日爆撃に飛び立たせる為に・・。「マリアナ」海域における海上戦闘の勝利を究極の目的としていなかった。
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| 219 三保 平清さん | 2013/08/28(水) 20:52:15 |
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そんな事はあり得なかっただろうが、もし「マリアナ沖海戦」に日本が勝っていたとしても、それで戦局はをひっくり返らなかたっだろう。あくまでも一時の時間稼ぎ・・。負け戦の時には時間稼ぎは大事だが、それによって戦局が好転する・・の前提である。米国はもし「マリアナ沖海戦」に負けていたとしても、それで一時は力を弱めても、その対日侵攻を諦める訳ではない。所詮一つの局地の艦隊戦闘の結果・・。それが戦争の帰趨を決定する訳ではない。日本海海戦とは決定的に意味が違う。日本海海戦の再現を夢見た昭和の帝国海軍の「マリアナ沖海戦」・・。「明治の頭で昭和の戦争を・・」と言った人がいる。
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| 220 かずさん | 2013/09/04(水) 11:07:25 |
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三保 平清さん こんにちは お久しぶりでございます。 いつもながら素晴らしいレスに大変勉強させて貰っています。今後も期待しております。
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| 221 三保 平清さん | 2013/09/05(木) 14:32:53 |
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かずさん、今日は
私は帝国海軍へ、いつもきつい事を言っている・・と思われているでしょうが、帝国海軍が嫌いな訳ではありません。人間の出来が悪いので思ったままを口にするだけです。かずさんは私などと違って器量が大きい。違う意見でも穏やかに包み込んで包容力のある表現で相手に対しているように見受けます。見習うべきとは思うのですが・・。 さて帝国海軍を見ているといつも思う事があります。それは組織のあり方です。帝国海軍には組織として違和感を感じるのです。帝国海軍は偉大ですが、どこかおかしい。帝国海軍は世界に冠たる海軍でしたし、日本はそれを誇るべきでしょう。帝国海軍は偉大な海軍でしたが、その組織運営がおかしい。帝国海軍の構成員の前線の将兵は世界最強でしょう。しかしその構成員を動かす用兵家がおかしい。 | |
| 222 三保 平清さん | 2013/09/05(木) 14:34:26 |
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続き
別の言葉で言えば、現場と間接部門とでもいいますか・・。戦闘の現場の前線の将兵は世界最強・・これは帝国陸軍についても言える。ひょっとすると日本と言う国家自体がそうであったかも・・。「欲しがりません、勝つまでは・・」であれだけ苦しい生活に耐えながら戦争に協力する国民が他にあるでしょうか。しかるに国家の中枢は・・と思うと、遂きつい事も言いたくなります。 | |
| 223 マルヒロさん | 2013/09/14(土) 21:25:09 |
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三保平清さん、皆様
ご無沙汰しております。 三保さんのコメントいつも勉強させてもらってます。 三保さんの考えを是非教えてください。なぜ、帝国海軍はそのような組織になってしまったのでしょうか?大角人事に関してもなぜそのような人事が行われたのか、なぜなぜと考えていくとどこまで遡ればよいのでしょうか?色々議論させてもらいましたが、イマイチすっきりしません。 是非ご教示下さい。 | |
| 224 [Delete] |
| 225 hnxyy654さん | 2013/09/15(日) 06:19:40 |
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皆様・・横から済みません
僕個人は日本が大東亜戦争に敗れた大きな敗因は戦い方を間違ったからだと思っています。 そもそも工業力が桁違いのアメリカを相手に勝つための戦争を仕掛けた時点で負けが決まっていたと感じています。 また日本がアメリカと戦った時にアメリカ政府や軍だけではなくアメリカの世論までも敵に回してしまった事が一番の敗因だと思っています。 紺碧の艦隊と言うアニメをみた事がある僕なりの感想ですがアメリカの世論を見方に付けてアメリカ政府と軍を孤立させる形でアメリカと戦争をしていればあんな悲惨な負け方をしなくて済んだのでは?と思っています。 何れにしよ勝つための戦争を仕掛けてアメリカ全体を敵に回した時点で負けが決まっていた戦だったと思っています。 当時のアメリカ政権のみを倒す目的で戦っていればよかったのでは? | |
| 226 三保 平清さん | 2013/09/15(日) 10:23:21 |
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Re:223マルヒロさん返事遅れてすみません。大変失礼しました。
ひとさまにお教えするような立場ではないのですが、私個人の考えを述べれば、帝国海軍はその創立の時から問題を抱えたままではなかったか・・と考えます。即ち明治国家の過ち・・ではないかと。これはあくまでも私個人の考えで間違っているかもしれませんが・・。 帝国海軍は敵を叩き潰すのが目的となってしまったのではないかと・・それも格好良く・・。国防の使命を達するには、敵を叩き潰すのが常に最善と言う訳ではないと思いますが・・。敵を叩き潰す以前に、国防の使命とは何か・・の哲学が必用ではないかと・・。そもそも明治国家が出発するや、何故「西南戦争」が起きたのか真剣に議論されたのでしょうか??「西南戦争」は一体誰の為の戦争だったのか??真剣に考えられたのでしょうか??これが「大東亜戦争」をどう戦うか・・が疎かになった理由ではないかと・・。 | |
| 227 三保 平清さん | 2013/09/15(日) 18:38:24 |
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日本が「大東亜戦争」を何故戦ったか・・その是非はさておいても、戦い方に問題がある。戦争は如何に負けないか・・である。負けない為に勝つのだ。しかるに昭和の帝国海軍は、別の目的の為に勝とうとしたように見える。米国相手の戦争は如何に負けないか・・の体制を、しっかりと作り上げなくてはならない。それが長期戦になろうとも。短期戦が望ましいが、相手の米国はおいそれとはそれに乗ってこない。戦争と言う重大事は軍人だけには任せられない。しかし昭和の日本は、その軍人に全てを委ねるしかなかった。国家の最重要な意志決定は、軍人や官僚に委ねられない。そうせざるを得なかった日本の国家作りに過ちがあった。「大東亜戦争」敗戦の根源は明治にあり・・。戦時の軍隊の統帥さえ不明確・・。建て前は天皇と言う事になってはいたが・・。戦争の勝ち負け以前の大問題。
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| 228 最弱三段さん | 2013/09/16(月) 09:01:12 |
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だいたい、2.3年しか戦う自信がないと海軍のトップが言っているのに、勝つも負けるもないでしょう。
日本の統治範囲にあった、満州・朝鮮・台湾が、ある意味、不毛の地であったのが、日本にとっては不幸でしたね。 外交で、しばらくは切り抜け、国力を貯めてから最終決戦に望むという、石原完爾流が良かったのですよ。 もっとも、数年やり過ごせば、世界情勢が大きく変化し、戦争をする必要はなくなったかもしれませんがね。 | |
| 229 三保 平清さん | 2013/09/16(月) 09:32:36 |
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Re:228最弱三段さんへ
☆だいたい、2.3年しか戦う自信がないと海軍のトップが言っているのに、勝つも負けるもないでしょう。 ★この発言(山本五十六)には右も左もいぶかしがる人が多い。2.3年しか戦う自信がないのならば戦わない事だ。しかし戦わない事は戦わずして相手に屈する事だ。相手に屈する事を何とも思わない人は、屈すればいいと考えるのだろう。それは奴隷になる事を意味する。奴隷になる事を平和とは言わない。 2.3年しか戦う自信がないのならば、もう一つ方法がある。それは2.3年経過せずして短期決戦で相手に勝つ事・・。「山本五十六」はこれを選択した。そして「山本五十六」の他の人間にも、その決定に責任がある。それが結果的には甘かった。ただし最悪の存在は強大な軍事力を背景に、日本に無理難題を強要した米国政府・・。 | |
| 230 hnxyy654さん | 2013/09/16(月) 16:07:26 |
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Re:229
当時の軍の組織としての体質では無理かもしれませんが戦い方を間違いさえしなければ理想的な負け方を選択できたかも知れないです。 まずは戦争前の下準備として・・ 大和や武蔵などでかいだけで金食い虫の大型戦艦の建造は全て凍結し空母部隊や航空戦力の拡充を行い更にB-29などの爆撃機を迎撃する為の高々度迎撃機の開発と拡充を行う。 そして戦艦などの打撃艦隊の代替として敵に探知されにくい潜水艦の開発と潜水艦部隊の拡充を行う。 同時にルーズベルトやトルーマン政権を失脚させる目的でのロビー活動を積極的に行う そして宣戦布告の理由は白人による奴隷支配からの脱却が目的だと大々的なロビー活動を他のアジア諸国と連携しながら行いアメリカを孤立させる。 そして真珠湾攻撃を行った後に真珠湾を占領し石油の確保をする。 そして真珠湾を拠点としたアメリカ封鎖作戦を行いパナマ運河を潰す。 それと同時にアメリカの艦船や戦艦を封鎖する目的で敵に探知されにくい潜水艦部隊を太平洋に大量に配備しアメリカを兵糧攻めにする。 ルーズベルトやトルーマンが失脚し大統領が変わった時点でアメリカと戦争終結の交渉を始める。 | |
| 231 hnxyy654さん | 2013/09/16(月) 16:09:04 |
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↑続き
こんな戦い方をしていればアメリカに戦意を喪失させる事が出来て日本にとって理想的な負けを得る事が出来たのでは? アメリカに勝とうと思わなければあんな悲惨は負け方はしなかったと思いますよ。 | |
| 232 三保 平清さん | 2013/09/16(月) 16:58:48 |
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Re:231 hnxyy654さんへ
☆こんな戦い方をしていればアメリカに戦意を喪失させる事が出来て日本にとって理想的な負けを得る事が出来たのでは? ★理想的な負け・・・???それだったら戦わずに降伏する事です。「アメリカに戦意を喪失させる事が出来ていれば」、日本は戦争には負けません。要するに「ルーズベルト」と米国民との分断・・日本の戦国時代には常識だった・・調略・・。調略は戦わずして勝つ方法で負ける方法ではありません。 ☆アメリカに勝とうと思わなければあんな悲惨は負け方はしなかったと思いますよ。 ★まず「アメリカに勝つ」と言う事の定義が必用ですね。私は「アメリカに勝つ」と言う事は「アメリカに負けない」事と思っています。そんな事が可能だったか・・。可能だった。日本の戦後は右も左も、「アメリカと戦って勝てる筈がない・・」と頭から思い込んでいる。「山本五十六」もそう思い込んで「真珠湾攻撃」を立案したのですが・・。 | |
| 233 三保 平清さん | 2013/09/16(月) 17:01:30 |
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続き
「アメリカを屈服させる」事は不可能ですが、「アメリカに負けない」事は可能だったと思います。そのやり方は「井上成美」の「新軍備計画論」に沿ってやる。「山本五十六」の、アメリカとガチンコの四つ相撲では絶対に勝てません。しかしアメリカを屈服させる事は出来なくとも、「ルーズベルト」の野望を打ち砕く事は可能だった。その時日本は米国には敗れなかった。 | |
| 234 [Delete] |
| 235 三保 平清さん | 2013/09/16(月) 17:27:21 |
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hnxyy654さんへ
・・・でしょうね。ああびっくりした。遂きつい調子になりましたが失礼。 | |
| 236 hnxyy654さん | 2013/09/16(月) 17:35:22 |
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Re:232
僕の言葉がまずかったのか・・ 僕が言った理想的な負けと言う意味はアメリカとの戦争で無理してまで勝つという意味ではなくルーズベルトやトルーマンを失脚させる目的の情報戦や世論戦で戦えばよかったと言いたかったのです。 石油を確保する為には真珠湾攻撃だけは欠かせないですが、だからと言ってむやみに戦火を拡大させて無駄な戦闘をする必要はないという意味です。 要するに真珠湾を拠点に潜水艦部隊を広域に展開させてアメリカににらみをきかせながら情報戦のみで戦えばよかったと言いたかった訳です。 当時の日本の勝つと言う意味は局地的な戦闘行為などで相手を屈服させる事を意図しており政治的な意味や戦略的な意図が欠落していると思います。 このような局地的な戦闘行為のみで勝っても仕方のない事だと思います。 | |
| 237 三保 平清さん | 2013/09/16(月) 20:58:43 |
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hnxyy654さんへ
☆・・アメリカとの戦争で無理してまで勝つという意味ではなくルーズベルトやトルーマンを失脚させる目的の情報戦や世論戦で戦えばよかったと・・ ★それには全く賛成です。しかしそれが実現する事は日本が米国に勝つ事です。国家紛争に勝つと言う事は、軍事的勝利だけでなく、政治的勝利、情報戦の勝利、外交の勝利などもあります。目的は軍事的勝利ではなく、国家紛争を解決する事です。それが出来ない時に軍事的衝突つまり戦争になります。軍事紛争によらずして解決出来ればそれにこした事はありません。それが成ったとすれば、それを敗戦とは言いません。政治的勝利、外交の勝利と言うべきです。 | |
| 238 三保 平清さん | 2013/09/16(月) 21:11:56 |
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続き
☆要するに真珠湾を拠点に潜水艦部隊を広域に展開させてアメリカににらみをきかせながら・・ ★これは開戦前に「新軍備計画論」に述べられています。それを無視黙殺したのが、「及川古志郎」海軍大臣・・帝国海軍の人事はなってない。日本は米国の物量に敗れたのではない。日本国内のでたらめ人事で自らの首を絞めたのです。海軍大臣にこそ「山本五十六」が就任すべきだった。「米内光政」海軍大臣の後に・・。「新軍備計画論」が実行される為に。「新軍備計画論」が実行されていれば、hnxyy654さんの言う通りになっていたと思います。拠点は「真珠湾」ではないでしょうが・・。 | |
| 239 hnxyy654さん | 2013/09/16(月) 22:01:36 |
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Re:238
>これは開戦前に「新軍備計画論」に述べられています そうですか、この事は知りませんでした。又勉強にもなりました。 当時の軍人の方にもきちんとした戦略家の方ががいらっしゃったのですね? やはり山本五十六さんはかなりの戦略家で先を見通す願力があったと言う事ですね? >帝国海軍の人事はなってない。日本国内のでたらめ人事で自らの首を絞めたのです 僕も同様に思います。 当時の巨艦、巨砲主義などクソの役にも立たない理論で実際に大きいだけで足の遅い大和や武蔵はほとんど役に立ちませんでしたよね? やはり潜水艦や墳式戦闘機や高々度迎撃機などの技術開発と拡充を行うべきだったと思います。 そうすれば日本に原爆を落としにやってきてB-29も撃墜出来たはずですし、帝都や本土を空襲される事もなかったはずだと思います。 | |
| 240 三保 平清さん | 2013/09/17(火) 09:06:34 |
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hnxyy654さんへ
「新軍備計画論」を書いて提出したのは最期の海軍大将「井上成美」です。「山本五十六」は軍人よりも政治家の方が向いていたのでは・・と思います。その「山本五十六」と「井上成美」は大の親友だったとか。この「山本五十六」が地団駄踏んで悔しがった人事が、「堀禎吉」が海軍を追われた「大角人事」です。この時次の時代の帝国海軍を担う人材がごそっといなくなった。人事の面からは、この時に帝国海軍は取り返しのつかない痛手をこうむった。帝国海軍の敗北はこれで決定したとも言える・・。この後戦艦大和級などが就役したが、人材の欠落を機材で補う事は不可能でした。 「大角人事」で「堀禎吉」が海軍を追われた時、「山本五十六」は巡洋艦一隻と「堀禎吉」一人とどっちが大事かと大層憤慨しています。大艦巨砲主義は後出しじゃんけんと言われるので言いませんが、建造された戦艦「大和級」の、その後の使い方がでたらめです。 | |
| 241 三保 平清さん | 2013/09/17(火) 09:14:58 |
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戦艦「大和級」は建造されたのだから、効率的に使うべきだった。その使い方は英国東洋艦隊撃滅後のインド洋でしょう。出来ればインド洋を更に西へ、アフリカに向かって・・。日独連携へ・・。人も機材もその使い方を知らなかった昭和の帝国海軍・・。これでは勝てない・・これでなければ勝っていた。インド洋で日独連携をして、日英の休戦講和へと・・そうなれば米国も世論が対日戦争の継続を許さなかったと思います。まあその時日本が英独休戦の調停をすると言えば、英国もそれに応じたでしょう。
戦艦「大和級」がインド洋で派手に咆哮すれば、米国も時間稼ぎに日本との休戦に応じたのではないかと思います。 | |
| 242 hnxyy654さん | 2013/09/17(火) 09:37:27 |
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三保 平清さん
色々とアドバイス有難う御座います。 僕は此処まで詳しく知らないので三保平清さんのスレットは読むだけでもかなり勉強になりますよ。 またこの当時にも先見の目を持たれていた戦略家がいた事も知ることが出来ましたし日本の敗戦の原因が当時の人事に問題があった等、勉強になりました。 | |
| 243 最弱三段さん | 2013/09/19(木) 20:36:02 |
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戦争とスポーツを単純に比較するのは良くないかもしれませんが、力の差が相当ある相手と戦うときには、戦う前には相手の過小評価と自らの過大評価、そして自らに都合良く作られた作戦計画、実際に戦っているときに、実力差通り劣勢になったときには、根性論や神に祈るといったようなパターンなどがよく見られますよね。
太平洋戦争へと突き進んだ日本も似たようなものだったんじゃないですか。 戦術や戦力論も大切ですが、日本人の気質や国民文化の面から分析してみると、案外、簡単に、敗戦の理由が説明できるかもしれませんね。 | |
| 244 マルヒロさん | 2013/09/20(金) 01:08:03 |
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Re:243
当時の状況を考えると実力云々の問題では無いですよ。あの時立ち上がらなければ今の日本はありません。祖先を信じることが出来ませんか?日本という国を考えれば間違ったことは今までの歴史の中でありません。 | |
| 245 三保 平清さん | 2013/09/20(金) 08:00:22 |
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Re:243最弱三段さんへ
☆力の差が相当ある相手と戦うときには、戦う前には相手の過小評価と自らの過大評価、そして自らに都合良く作られた作戦計画、・・。 ★日露戦争の時にも状況は同じと思いますが、こちらは常に相手を引き回しつつ最期に大勝利していますが・・。世界の戦史には圧倒的な敵に打ち勝った例がゴマンとある。あっそうだ。元寇もそうだ!! | |
| 246 最弱三段さん | 2013/09/20(金) 13:09:18 |
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日露戦争の時は、世界に、日本の味方がいましたよね。
なにしろ、莫大な戦費を外債で調達できたのですから。 それと比べて、太平洋戦争はどうだったのでしょう。 さらに膨大な戦費は、国内調達でしょう。 つまりは、世界から孤立した戦いだったのではないですか。 ドイツやイタリアがいたではないかとかおっしゃらないでください。 あんなのは、実質的には、同盟国でもなんでもありません。 なぜなら、彼の国々も世界から孤立していたからです。 またまた、スポーツの例を出して恐縮ですが、いわば、完全アウェーの戦いですよ。 観客は、ほとんどが相手びいき、審判もしかり。 あのとき立ち上がらなければ今の日本はなかったというのは、逆説的な意味では正しかったと思いますよ。 ところで、日本人で、科学分野のノーベル賞を受賞した人たちというのは、アメリカの大学で研究した人たちが多いですよね。 また、過去に偉人とされている人たちも海外の経験がある人たちが結構います。 どうしてなんでしょうね。 | |
| 247 三保 平清さん | 2013/09/21(土) 16:51:43 |
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☆太平洋戦争はどうだったのでしょう。
★「大東亜戦争」と言う。 ☆つまりは、世界から孤立した戦いだったのではないですか。 ★味方がなければ理不尽な脅しに屈して、戦わずして降伏せよ・・とでも・・。大陸に係わらず「光栄ある孤立」を貫いた国もありますが・・。周りがドロボー集団なら、ドロボーには係わらずにいた方が良い。孤立が常に悪いのではない。不利かもしれないが・・。 ☆ところで、日本人で、科学分野のノーベル賞を受賞した人たちというのは、アメリカの大学で研究した人たちが多いですよね。 また、過去に偉人とされている人たちも海外の経験がある人たちが結構います。 どうしてなんでしょうね。 ★意味がよく分からない。何を言いたいのか。科学は欧米が育てたもの・・。科学は欧米が世界標準・・当然では・・。私は排外主義ではないのだが・・。 | |
| 248 最弱三段さん | 2013/09/22(日) 07:42:55 |
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今、読売新聞の朝刊で、毎週土曜日に「昭和史」という連載が行われています。
偏向的記事などと言わずに、皆さんには、読んでみることをおすすめしますね。 「日本という国はすばらしかった」、「日本人は優秀だった」と思いたいのは、日本人としてごく普通の感情でしょうが、そういう感情をできるだけ押さえて、歴史を振り返ってみることも大切だと思いますね。 | |
| 249 三保 平清さん | 2013/09/22(日) 08:38:02 |
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Re:248
歴史を振り返るのは結構な事です。しかしその戦前の世界を動かす原理と、今とでは全く違っています。戦前は強者が弱者を一方的に侵略収奪する植民地主義が公然と行われていた。日本もそんな国の一国だった・・と言うかもしれないが、日本は植民地支配の為に植民地を持った事はない。日本国の安全保障の為に、世界と条約を結んで外地を統治支配していた。日本国の安全保障が成り立てば、その支配統治は必用なかった・・ その新聞にはそんな事は書かれていますか??戦前に対外膨張や対外強攻策を煽ったのはそんな新聞ではなかったのですか??戦中には「鬼畜米英」で敗戦するや「歴史を振り返る・・」??その新聞は「満州は日本の生命線」と煽った事はなかったのですか??戦前に於いては「満州は日本の生命線」だったと私は思いますが・・。それを主張した新聞が戦後に口を拭って「歴史を振り返る」??日本は満州を満州国としたが決して「日本国西北部」などとして日本領土に組み込んだりはしていません。それを自国の領土に組み込んで「・・東北部」などと呼ばせている国が現在存在する。その歴史も是非その新聞には振り返って狙いたい。 | |
| 250 三保 平清さん | 2013/09/22(日) 08:40:27 |
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「歴史をふりかえる」・・オイオイオイオイオイッ!!!!!!!!
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| 251 最弱三段さん | 2013/09/23(月) 09:44:27 |
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満州国は、国際的に承認された国家ではありませんよね。
また、日本が満州国の成立に主導的な役割を果たしたのは明らかでしょう。 こういうのを、傀儡国家と言うんですよね。 実際上、植民地と変わらないじゃないですか。 日本の外交の失敗は、対中国の諸事案に関するものだと思いますね。 ところで、歴史を振り返るというのは、個人がすることです。 新聞、雑誌や書籍は、その判断材料を提供するにすぎません。 新聞は、公共の図書館で閲覧できると思いますので、とりあえず、読売新聞の「昭和史」シリーズを読んでみることをお奨めしますね。 程度の差こそあれ、バイアスがかかっているのは、チャンネル桜の諸論評でも同じことでしょう。 私は、チャンネル桜の諸論評に共感できることも多くありますが、一歩下がって考えることが大事だと思っています。 | |
| 252 マルヒロさん | 2013/09/23(月) 10:35:46 |
| 253 最弱三段さん | 2013/09/23(月) 11:09:13 |
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私の結論的なものは、すでに出ているのですがね。
あの戦争は、昭和天皇の意向を無視した、情緒的かつ無謀な戦いであったということです。 そう考えたからといって、別に、左翼の人間たちと同じような反日本・親特亜になる必然性など、全くありませんがね。 保守が、戦前日本への郷愁に縛られていたのでは、たまったものではありません。 | |
| 254 三保 平清さん | 2013/09/23(月) 15:43:07 |
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Re:253あの戦争は、昭和天皇の意向を無視した、情緒的かつ無謀な戦いであったということです。
↑ 今の時点では何とでも言える。典型的な後出しじゃんけん・・。 これだからなぁぁ!!!!!! 戦前への郷愁だって???????戦前と戦後と言う区別しか出来ないのか????常にAかBかでないと判断出来ないか・・・なさけない・・!!!サヨクの頭・・唯物論の頭!!! | |
| 255 最弱三段さん | 2013/09/25(水) 17:30:27 |
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大東亜共栄圏の虚構<http://members2.jcom.home.ne.jp/mgrmhosw/minaosu22.htm>
この記事については、どうですか? | |
| 256 最弱三段さん | 2013/09/26(木) 06:34:36 |
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前回紹介したのは、「日本史をみなおす」<http://members2.jcom.home.ne.jp/mgrmhosw/minaosu.htm#shinpanhashigaki>という記事の一部でした。
いろいろと、おもしろい記事が掲載されています。 まあ、左翼史観だと言ってしまえばそれまでですが、その中にも一片の真実ありということです。 | |
| 257 三保 平清さん | 2013/09/27(金) 10:24:24 |
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Re:243
☆戦争とスポーツを単純に比較するのは良くないかもしれませんが、力の差が相当ある相手と戦うときには、戦う前には相手の過小評価と自らの過大評価、そして自らに都合良く作られた作戦計画、実際に戦っているときに、実力差通り劣勢になったときには、根性論や神に祈るといったようなパターンなどがよく見られますよね。 太平洋戦争へと突き進んだ日本も似たようなものだったんじゃないですか。 戦術や戦力論も大切ですが、日本人の気質や国民文化の面から分析してみると、案外、簡単に、敗戦の理由が説明できるかもしれませんね。 ★これは典型的な敗北主義である。敗北主義と言う言葉を知っているかどうかは知らないが・・。太平洋戦争ではない。「大東亜戦争」だ。 | |
| 258 三保 平清さん | 2013/10/03(木) 08:43:26 |
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戦争をまず悪い事として思考停止してしまう。戦争と平和は対極に存在するものなのか???同じ事の表裏の関係ではないのか???戦争をまず善悪の基準で判断しようとする事が問題だ。戦争を政治的にどう処理するかの、政治家の行動には善悪の判断は必用であっても・・。
戦争を思考停止して何が平和なのか???思考停止を平和とは言わない。戦後の日本は平和だったのか???北朝鮮に日本国内からも、大勢の無辜の日本国民が拉致された。「竹島」は武力で収奪されたまま・・そして大勢の漁民が殺害されているのに・・。日本人44人が死傷(うち5人が死亡)、3,929人が抑留・・とあるが。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E5%B3%B6_%28%E5%B3%B6%E6%A0%B9%E7%9C%8C%29 ↑↑ これを平和と呼ぶのか??? | |
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