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桜問題提起スレッド
禅や精神世界の小話を纏めます。
投稿者:miyazakiさん投稿日時: 2022/05/28(土) 23:57:41

 ちょっと振り返ったらここに投稿させて頂いて10年以上経ってました。

 そこで小話を読み易く少しずつ纏めていこうと思います。


    ある禅師が臨終を迎えようとしていた。他国で修行させていた弟子が最近大悟したとの

知らせがあり禅師はこの弟子を枕元へ呼び寄せた。

禅師「じつはのう、お前に伝えていない禅の奥義がまだもうひとつあってな。それが

これに書いてあるのじゃ」と弟子に封書を手渡した。すると弟子は

「何を馬鹿な、あなたは気でも狂ったのですか?」と一瞥もせずそれをそばにあった

火鉢の中に置いた。メラメラと炎が立ち昇りすぐに灰になった。

それを見た禅師は「でかした」と言うとにっこり笑って息を引き取った。


      
                   ●

  
61 miyazakiさん 2023/01/07(土) 23:25:15
 
  タッカー N キャラウェイの追想録より(Zen Way, Jesus Way著者)


 私は夕暮れに古都京都の禅寺 南禅寺の広々とした庭を散策していた

 頭上では蔦に覆われた用水路の煉瓦造りの細い溝を水が勢いよく流れ

 大きな松の梢からそよいでくる風と混ざりあっていた

 松葉を焼く匂いを味わいながら私は夕闇の奥に赤く輝く小さな焚き火の方へ

 進んでいった 墨染の衣を着た雲水が熊手を使って砂をきれいに整えていた

 
 時のない満ち足りた沈黙のあとで私は彼に話しかけた

 「あなたはなぜ禅をするのですか?」

 「この煙になるためです」と彼は応えた


           すべてが語られている




                     ●






62 miyazakiさん 2023/01/07(土) 23:53:41

  完全な知性の人は花になる かの人は〈今 ここ〉を生きる

  かの人には過去がない かの人には未来がない

  過去も未来も持たないがゆえに現在に生きているとも言えない

  現在とは過去から未来にかけて起こる動きの中継点にすぎないからだ

  過去と未来が消えると現在もまた消える あとに残るのは〈時間のなさ〉だ

  〈今〉とは時のない瞬間だ それは永遠だ

   仏陀はそれを瞑想と呼んでいる





                    ●




63 miyazakiさん 2023/01/18(水) 20:44:23
  禅の時間      桃水禅師のお話

 桃水禅師は寺を黙って出ていき行方知らずになりました

 弟子たちが苦労してあちこち探していると乞食たちのなかにいる桃水を

 見つけました そして弟子が 「私も師のそばで修行させてください」と言うと

 別の禅師の名前を出し「この禅師の元で命を懸けて修行しなさい 私のことなど

 忘れるがよい さすれば さすが桃水の弟子と呼ばれよう」


 乞食や肉体労働者として生涯を過ごした桃水 おんぼろな掘っ立て小屋に住んで

 いると知り合いの男が「小屋のなかにこれを掛けなさい でないとキリシタンと間違われて

 役人に連れていかれるぞ」と阿弥陀如来の掛け軸を無理矢理置いていった

 すると桃水は「やれやれ ┐(´д`)┌ 」 と言いながら消し炭でこんな詩を

 掛け軸に書いた


        せまけれど  宿をかすぞや 阿弥陀どの

        後生頼むと 思し召すなよ


   せまい所ですが 宿をお貸ししますよ阿弥陀さん

   でもね何か願いを叶えてと頼むような下心はありませんよ

   

   流石 桃水 本物は違うねえ


 




                     ●








64 miyazakiさん 2023/01/22(日) 18:12:33
 禅の時間   西郷どんの師は無三禅師

 へえ 私も知らなかったが西郷隆盛も青年期に禅師の元へ通っていたのか

 大山巌の回顧録に朝早く禅師の所へ行く西郷たちの事が書かれているそうだ

 もっともどうやって逃げ出そうかという企みがバレて怒られたなんて話もある

 さて無三禅師は薩摩久志良の百姓の出 当時百姓は出家できず無三は

 士族の名をかりて出家していた その事を知った南林寺の和尚は島津の殿様に

 問答を仕掛けて無三禅師を試すことを進言

 そして島津公の元へやって来た無三に「如何なるかこれ久志良の土百姓」と問うた

 当時薩摩では百姓は蔑まれることが多かった

 この奇襲攻撃問答に無三は少しも乱れることなく応えた

          「・・・泥中の蓮華・・・」

 島津公はこの応えに深く感銘を受け 無三に帰依したという



 ★蓮華は仏陀の蓮の花の教え 大悟解脱を表す

  根は深く地獄の泥にありながらその花は中空で水に触れることもなく咲いている

  解脱とは蓮の花のようなものだと




                    ●





               
65 miyazakiさん 2023/01/28(土) 21:21:23

               禅の時間   大梅禅師

 大梅が馬祖に尋ねた 「仏とは何でしょうか?」

 馬祖「仏とは現在の心だ」

 これを聞いた大梅は大悟して山中に引きこもると何年も、季節の変わる山々をただ

 眺めて暮らした ある日、馬祖は大梅を試そうと使いの僧を送った

 僧「あなたはただ一度馬祖禅師に会っただけで大悟されましたが いったい

 どんな言葉で悟られたのですか?」

 大梅「現在の心が仏」

 僧「今では馬祖禅師の教えは違います」

 大梅「では 何なのだ?」

 僧「馬祖は今や 仏であるこの心そのものは 心でもなく仏でもない と言って

   おられます」

 大梅「あの老漢め! いつになったら人の心を惑わすことをやめるのだ?

    あのクソじじいには  心でもなく仏でもないと言わせておけ

    私はこの 現在の心が仏だ を曲げるつもりはない!」


  使いの僧は寺に戻って馬祖にこのやり取りを報告すると馬祖は大梅を評して言った


  馬祖「・・・梅の実も熟したとみえる・・・」





 
 
66 miyazakiさん 2023/01/28(土) 22:06:30
 馬祖の教えは六祖慧能の根本的な洞察に近しく従うものだった

 とりわけ「心より他に仏はない」という教えにおいて


 この「心」という言葉は思考 感情 情緒 執着でいっぱいの心である

 しかしその同じ「心」が〈空〉にもなり得る

 心が〈空〉になった瞬間 心と無心の間には何の違いもなくなる

 だから混乱する必要はない 何人かの師たちがその言い方を用いている

 「現在の心には全てが含まれそこにはブッダさえも含まれる」と

 だが条件はその心が空になることだ そうなれば心そのものがそのままで

 ブッダになる

 釈迦自身の言明は意味深い 彼は言う「まさにこの身がブッダ まさにこの心が

 蓮の花の楽園だ」だがその一方で彼は絶え間無く「あなたは肉体ではない 

 あなたは心ではない」と言い続けている ではこの矛盾を通して いったい彼は

 何を言おうとしているのか?

 

 



 
67 miyazakiさん 2023/01/28(土) 22:50:37
      ちょっと わき道へ行こうか 心配するな変な所には連れて行かない

 

   言っておくが大梅は新人ではない 様々な師の元へいき命を懸けて修行してきた

   例えるなら充分な火薬を背負った爆弾だ そして師は信管だ

   だからこそ「現在の心が仏」 この言葉だけで爆発 大悟したのだ

   蛙が水に飛び込む「ポチャン」という音で点火した日本人もいるし

   信管は不足してはいない何とかなる 大悟しないのは爆薬が足りないのだ根本的に


   
   島津の殿様「如何なるかこれ? 久志良の土百姓(どんびゃくしょう)!!」


   無三禅師「 泥中の蓮華  泥多ければ仏大し  」


   島津の殿様「帰依いたします あなたの弟子にしてください」







   

 
68 miyazakiさん 2023/01/29(日) 17:16:23
          本道に戻って

 釈迦はこの矛盾を通して何を言おうとしているのか?

それは「あなたが肉体と同化しなければ まさにこの肉体が世間にある全てと同じく

   ブッダになる   心が〈空〉のなかに消え去れば まさにこの心が大空と同じ

   広大なものとなる」

 釈迦は自己矛盾を言っているのではなく 真理を指し示すために矛盾対立した

 言い方を用いているにすぎない


大梅「あの老漢め! いつになったら人の心を惑わすことをやめるのだ?

    あのクソじじいには  心でもなく仏でもないと言わせておけ

    私はこの 現在の心が仏だ を曲げるつもりはない!」

  
 大梅は馬祖が表現を肯定から否定に変えたことをはっきり理解した

 凡庸な者なら惑わすこともできるが大悟、解脱、光明を得た者を

 惑わすことはできない

 
 
69 miyazakiさん 2023/01/29(日) 17:29:05

 ここで もし大梅が馬祖に同意していないと考えるなら あなたは理解していない

 大梅は完璧に馬祖に同意している それが同じ意味であることを理解している

 単にその表現を肯定から否定に変えただけ 表現が変わっただけで表現されているものは

 同じだ

 だから大梅は言う「あのジジイには好きなことを言わせておけ 私はこの

 〈現在の心そのものがブッダである〉を飽くまで通すぞ


 師である馬祖はこの報告を受けて言った


  「梅の実も熟したとみえる」




                    ●


70 miyazakiさん 2023/02/04(土) 01:21:51
    回小禅師   戦うことの効能

 戦う 争う と言った言葉にすぐ眉をひそめたり その上っ面の言葉に

 なんの内省もなく ただ嫌悪するのがゾンビであり、エセ平和主義です

 そのくせ自分の家庭はボロボロな者が本当に多いです

 「みんな仲良く」って口で言って刑事事件沙汰になりそうだった夫婦なんて

  ものもそうです

  で、私が掲示板の中に見ているのは その人の「戦い方」です

  その人がどういうものと どういうふうに戦ってきたかが文のひとつひとつから

  見えてくること べつに戦うような文でもない雑話のなかにもちゃんとそれは

  現れます

  そして戦うというのは動物として当たり前のことであり

  色々な能力を引き伸ばすものであり 

  また自分について知ることの学習でもあり

  その恩恵は計り知れないということ


  むろん 無駄な戦いも多くあります

  しかし戦うということにネガティブなイメージしか持てなかったり

  それを避けようとしてしまう人というのは 

  そこから何も学ばない 不毛なケンカを繰り返してきたか

  何も生まれない不毛な「なーなー」を繰り返してきたかのどちらかです


               


  

71 miyazakiさん 2023/02/04(土) 02:01:02
 肉体的に戦うということが身体能力を伸ばすように 言葉や思考で戦うということは

 特に対人関係の中で結果的には 本当に自分に必要なパートナーを

 探し出せる大きな力になります だってそんなの当たり前でしょ?

 私は、連れ添うのに理想的なのは「戦友的な人」であるといい

 共感した人も沢山いましたよね では その人と出会うのは一体どこになりますか?

 それは正しく「戦場」ですよ あなたが戦っている時 その時にこそ

 そばにいる「誰か」です


 戦友というのは和気あいあいとした中で見つかるものではありません

 戦っているときこそ その人の真の姿が出ますから

 何故なら命がかかっているからです いろいろな意味で





72 miyazakiさん 2023/02/04(土) 19:35:50
 この世界は保育園から老人ホームまで非戦闘地域なんてありません

 平和的であることを他人に擦り付ける者がこれほど多いと言うのは

 裏を返せば この世界がもとより いろいろな次元での争いに満ちている

 という大前提の中で その当たり前の事実を見ないで避けたいと思うやからの

 うわ言なのだと思います

 戦うということは戦う技術だけを発達させるだけに留まらず

 仕事 対人関係 状況判断 戦友の選び方 情けのかけどろと斬りすてどころ

 パワーの配分 自己管理 そして愛し方と 人間としてのあらゆるものを

 調整したり内省することのできるチャンスなのです




                  (-.-)y-~





 
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75 miyazakiさん 2023/02/12(日) 22:36:26
             

 西洋は歴史の言葉で考え 東洋は神話の言葉で考える

 歴史は事実に基づくものであることに対し 神話やたとえ話は真実に基づく

 事実は特定の場所 特定の時間に起こる 事実には限界がある 一時的なものであり

 時間上の出来事だ 

 真実は永遠なるもの その表現も時間上のものだが にも関わらず時間の制限は

 受けていない だから東洋の人たちはラーマやクリシュナの正確な歴史が無いことを

 全く気にしたことがなかった 東洋にあるのは物語だ 西洋的な見方をすれば

 それは ただのお話であり空想にすぎない 確固とした証拠が無いからだ

 釈迦の正確な誕生日でさえ突き止めるのは難しいが東洋の我々は気にしない

 我々は釈迦の仏陀の悟りの境地を問題としきた 「悟り」と釈迦の自分史と何の関係がある?

 仏陀の彫像を造る際 それが仏陀に似ているかどうかに関心を払わなかった

 この事にも注意を払いなさい 仏陀の彫像は仏陀を見ながら彫られたわけではない

 仏陀の彫像はあらゆる覚者の本質を表すために造られた

 我々が彫像に投じたものは あらゆる覚者の本質の集積だ
                    











 

 
76 miyazakiさん 2023/02/23(木) 00:26:04
               食についてのコラボ

   レバノンの覚者

  植物のように太陽の光を浴びて人も自ら栄養素をつくれるなら

  この広大な宇宙にはそれが可能な知的生命体も存在しうるのに

  地球では食べるためには屠らねばならず 渇きを癒す為には生まれたての

  仔牛から乳を奪わねばならないというなら それを礼拝の儀式としなさい

  

  インドの覚者

 食物には敬意を払いなさい

 生命は食物を通して入ってくる だから思考が沈黙するほどに食べ、

 飲みなさい 生命は水を通しても入ってくる 水は渇きを癒す

 水と共に動きなさい 水が自分の渇きに触れ 渇きが消えるのを

 沈黙し 見つめなさい 一杯の茶を飲むのに どうして無駄話ができよう

 暖かい生命が自分の中を流れている それに満たされ 敬意を払いなさい

 日本に茶道が存在するのはそのためだ お茶 全く平凡なもの

 日本人はそれを非常に神聖な地位にまで押し上げた
77 miyazakiさん 2023/02/23(木) 00:47:44
   レバノンの覚者

 あなたが獣を屠るとき 心のなかで言いなさい 「あなたを屠るその同じ力で

 私もいつか屠られ同じように食い尽くされる 私があなたを殺すことを許した

 法律(掟)が さらに強い者が私を殺すことを許す

 あなたの血も私の血も天上の樹を養う同じ樹液なのだ


 インドの覚者


 問いの内容が生死に関わるような物事のとき 人は答えを求めて

 その存在全体が飢餓に陥る 渇望し 存在全体が答えを受け取る準備ができる

 そして答えが与えられたとき 人はそれを噛みしめ それが血となり肉となり

 心臓の鼓動そのものとなる

 
78 miyazakiさん 2023/02/23(木) 20:57:15
               預言者より 

                 祈り

  人は悩みと需め(もとめ)のときに祈ります だがもし喜びの溢れるとき

  満ち足りた日々にも祈ることが出来たなら

  祈りとは ただ 生ける大気(エーテル)のなかにあなた自身が拡がっていくこと

  あなたの心の闇を空間へ流し出すのが慰めになるなら 心の夜明けをそこに

  溢れさせるのも喜びになる

  また あなたの魂があなたを祈らせようとしても あなたが泣くことしかできないとき

  あなたが笑えるようになるまで魂は あなたを祈らせ続けるでしょう

  
  あの見えざる神殿への参詣は恍惚(エクスタシー)と

  甘美な交わり(コミニュオン)以外のものであってはなりません

  なぜなら神殿に入ったとしても ただ求めるためだけなら

  何も得られず へりくだるだけのためなら何も高められはしません

  他人のための願い事をするにしても聞き入れられるわけでもないのです

    つづく





  



  
79 miyazakiさん 2023/02/25(土) 01:45:11

 神は言葉をお聞きになりません 神自身があなたの唇を通して語りたもうもので

 なければ  

 私には教えられません 海の祈り 山の祈り 森の祈りを

 しかし海 森 山から生まれてきたあなたは実は自分の心のなかに

 見つけるのです

 「神よ あなたは翼ある私たち自身 私たちの意思は私たちの中のあなたの意思

 私たちの願いは私たちの中のあなたの願い あなたのものであり 

 私たちのものである夜々を 私たちの中のあなたの衝動が あなたのものであり

 私たちのものである日々に転じて行きます

 あなたに願うことは何もありません 私たちの需めが生まれる前にもうご存知ですから

 私たちが需めているのはあなた あなたを頂ければ 全てを頂いているのです」と


 
80 miyazakiさん 2023/02/25(土) 20:39:13
                 ある禅師かたりて

                東洋と西洋 瞑想の違い

  西洋の瞑想は思考の類いにすぎない より崇高な物事についての思考が

  瞑想と呼ばれている 

  神について  キリストについて  愛について考えるとき

  それは瞑想と呼ばれる



  東洋においては 思考と瞑想は何の関わりもない

  神について考えようが 貨幣について考えようが それが要点ではない

  対象が何であろうと思考は瞑想の妨げとなる

  東洋では瞑想は無思考 正に混じりけの無い実存の状態を意味する

  

                   ●



81 miyazakiさん 2023/02/26(日) 14:11:48
                  
                  ある禅師訳して


                  泥中の蓮華(現代語訳)


 島津の殿様「如何なるか これ 久志良の土百姓(どんびゃくしょう)!?」


 無三禅師 「泥中の蓮華」


 島津の殿様 「帰依します」

  


 蓮は実に象徴的な花だ その花は泥から生まれる

 最も美しい花は泥から生まれる

 祈りは性欲から生まれ 魂は肉体から生まれる

 性欲、肉体は泥に当たるものだ そして神聖さは世俗から生じる

 表面的には不可能なことにように見える

 泥だけを見れば それが蓮を生み出せるとは信じがたいだろう

 蓮だけを見れば それが汚れた泥から生じたとは信じがたいだろう

 だが、それが事の真相だ

 最も低いものは最も高いものと繋がっている

 最も高いものは最も低いものに含まれ

 最も低いものは最も高いものに含まれている

 全ては繋がりあっている そして生とは梯子のようなものだ

 何ひとつとして否定されるべきではない

 これこそが仏陀の教えの土台となる

 たとえそれが汚れた泥であろうとも

 すべては蓮の花に変容されねばならない

 


82 miyazakiさん 2023/03/01(水) 22:10:23
                労働(大御宝)

 あなたが働くのは大地と大地の心と足並みをそろえるため

 怠け者は季節にとってはよそ者 彼は生命の歩みから外れていく

 生命の歩み それは 威厳に満ちて 

 誇り高い服従のうちに無窮を目指して進んでいく

 労働しているとき あなたは笛となり時のささやきを音楽に変えていく

 周りがひとつ声で歌っているのに誰が声も音も出ない葦でいられましょうか

 労働は呪い  苦役は不運   ひとはそう言う

 しかし私は言いましょう 労働するときあなたは大地の遥かな夢を担い

 それを果たしていきます 大地の夢が生まれたときあなたの分はもう

 定まっていたのです


 
 

 
83 miyazakiさん 2023/03/01(水) 22:23:33
 
 そして優しい心で種をまき 喜びに満ちて刈り入れること

 あなたの愛するひとがその実りを食べるかのように

 さらに それはあなたのつくる全てのものに自分自身の精神の息吹を吹き込むこと

 そして 天上の神々が まわりに立ち あなたを見ているのを知っていること

 
84 miyazakiさん 2023/03/04(土) 23:57:28
              あるインドの覚者かたりて

  私たちは究極なるものから生まれたもの

  神の海に揺らぐ波だ

  それ故 神の特性は何であれ、波の特性となる

  神が完全なら私たちも完全だ

  完全になろうとする考えそのものが馬鹿げている

  だがその完全性を私たちは丸ごと生きぬいてはいない

  あなたはこの世界を十全に生きる必要がある

  この世界を壮大なドラマとして捉えておくこと

  東洋では〈神の遊び〉と呼ばれる

  あなたはドラマのなかで帝王かもしれない 大富豪かもしれない

  だが慢心するのは間違いだ また貧乏であろうとも深刻にならないこと

  私たちは 皆 色々な役を演じている

  可能な限り、美しく演じなさい

  けれど全てがゲームであることを片時も忘れてはならない

  そして死の訪れとともに最終の幕が降ろされる

  それから役者全員が退場する 

  彼らは皆 絶対宇宙のエネルギーのなかへ消え去る



                    ●





  

  
85 miyazakiさん 2023/03/18(土) 08:47:40
     
               愛国NHK 教養講座

             真理について(国会中継の途中ですが)

 真理が十全な姿で その多層的な意味において語られるときは

 必ず対立し矛盾し合う言明が為されねばならないことになる

 マハヴィーラのサヤタヴァダ論とは 対立する観点のバランスを

 取ろうとする試みに他ならない

 最初の文章でどんな事が言われたにせよ 二番目の文章では その反対の

 言明が為されなければならない こうすることで、そうしなければ

 言い表されないままになってしまうその対極も中に含まれ熟慮されることになる
 
 対極を排除したままで置けば その真理は不完全なままでいなければならない

 ということは明晰で曖昧でなく見える真理は全て、本当は半面の真理ということだ


     つづく



 
86 miyazakiさん 2023/03/18(土) 09:04:31

 矛盾性は 真理に本来内在するものであり それが真理の美であり また

 真理の複雑さでもある だが真理の〈力〉は対極を中に含んでいるそのことの

 中にある

 面白いことに 偽りの物事は対極を包含し得ない

 偽りのものは真理の片一方でしか存在できないが片や真理は その中に

 自身の対極を呑み込んでいる

 偽りがあまり曖昧でないのは その為だ 偽りは明晰なものだ




 
87 miyazakiさん 2023/03/18(土) 19:19:55

     ある禅師 キリストをかたりて

 
  人々は非常時にしか変容しない

  だからキリストは世界は終末を迎えていると言わねばならなかった

  キリストは大衆のために非常時の雰囲気を作り出していたのだ

  彼の言葉を理解したものは変容した しかし大部分の人はそうではなかった

  2000年経ってキリストは間違えたのだろうと思う聖職者もいた

  世界は滅んでいないからだ 

  だがキリストは非常時を唱えなければならなかった

  人々が変容するのは その時だけだと知っていたのだ




  
88 miyazakiさん 2023/03/21(火) 22:51:24
                自由について(預言者より抜粋)


  私は見たことがあります 

  あなたがたが言う自由の前にあなたがたが ひれ伏しているのを

  まるで奴隷がその身を裂かれてもなお 暴君を称えてやまないように

  神殿の森 城塞の陰で 一番自由であるはずの者が その所謂自由を

  軛(くびき)か足枷(あしかせ)のように身に纏っているのを

  
  私の心は痛み 血を流します 

  なぜなら自由になれるのは 自由を求めるその心さえ鎧(よろい)だと感じ

  自由を究極の目標として語るのを止めるときだけ

  本当に自由になれるのは 日々の労苦 夜々の窮乏 悲歌が消えるときでなく

  むしろ生きているあなたがたがをそれらが取り巻いていても

  自由で縛られず またそれらを超えて起っているとき

  自由であろうとして払い落とそうとしているもの

  それはあなた方自身の一片ではありませんか

  
89 miyazakiさん 2023/03/21(火) 23:01:17

 暴君を廃絶したいというなら 先ず見てください

 あなた方の中に据えられてきた暴君の玉座が砕かれたか否かを

 なぜなら如何なる専制君主と言えども 自由な者 誇り高い者たちを

 どのようにして支配できましょうか その専制が彼ら自身の自由に

 その汚辱が彼ら自身の誇りに及んでいないならば


90 miyazakiさん 2023/03/25(土) 18:01:22
  
         ユダヤ神秘主義・ハシディズムより

        本当に生きたければ 死ぬ用意をすることだ


  全ては源泉に帰る 帰らなければならない

  生は源泉の忘却 死はその想起 生は源泉からの離脱 死は源泉への回帰

  死は醜いものではない 死は美しい しかし美しいのは全身全霊で生きた人だけ

  生きることを恐れなかった人 美しく生きた者 よく愛した人 よく踊った人

  よく戦った人 全存在を祝うに至った人だけだ

  生がどんなものであるにせよ 死はそれを曝けだす 死は見事に暴露する

  幸せに生きてきたなら死はそれを露にする

  今だけ 金だけ 自分だけ、とばかりに肉体的な慰めや喜びに生きていれば

  死は当然 非常に不快で嫌なものになる なぜなら肉体から去らねばならないのだから

  

91 miyazakiさん 2023/03/26(日) 01:20:30
           ハシディズムと神道の相似点

 極めて自己中心的な宗教がたくさんある 自分のことだけ考えて

 共同体のことなど少しも考えない どうしたら「私」は解放されるか

 自由になれるか 解脱に達するのか、、こうした宗教は自我を落とそうとするが

 落とそうとするその努力がかえって自我を強めてしまう

 ハシディズムは 自我を落とすなら共同体の中で人々と一緒に生きることが

 最良の方法だと言う 人々と関わり 人々の喜び、悲しみ 人々の生 人々の死と共に

 生きることだと 宗教的には、自我に自由はない 自我からの自由があるだけだと

 ハシディズムは共同の生を方便として用いる

 助け合って種をまく春の祭りがあって 夏 嵐との荒ぶる祭りがあって

 黄金色の豊穣 秋祭り  食べたり飲んだりするような細やかなことを神聖にする

 生のありきたりのものが神聖な恩寵で満たされる




 

 

 

 

 
92 miyazakiさん 2023/03/29(水) 19:19:49

            ある禅師かたりて

               狂信者について

   ○○の神を信じると声高に叫ぶことはできても

   その叫びは何ものも証明しない それが証明するものは

   ただひとつで あなたは神を疑っているということだ

   疑いだけが声を大きくする 自分の中に疑いを持つものしか

   狂信的にはなれない 共産主義もそうで狂信的な共産主義教徒は

   共産主義が正しいと心から信頼できない人だ

   狂信 それは攻撃的にならざるを得ない 他人に何かを証明するためでなく

   自分に対して自分の信仰が本物であると証明するためだ

   本当に宗教を知った人は少しも狂信的ではなくなる

   柔らかく とても敏感で繊細になる 攻撃的でなく慈悲深い人になる

   その上 知ったが故に、他人のことも極めてよくわかるようになる

   正反対の考えを持つ人のことでさえ理解し得る





                      ●






   
   

   
93 miyazakiさん 2023/04/15(土) 23:50:33

              市場(大御宝)

 大地の恵みを交換してこそ あなた方は満たされます

 交換は 愛と優しい正義によらなければ ある者を貪欲に誘い

 ある者を飢えに導くのです

 海と田畑の働き手が市場で 織屋 陶工と出逢うとき神々に祈りなさい

 秤と勘定書を清めてくださるように 値うちに相応しく秤ることができるように

 また歌い手 踊り子 笛吹が来たなら その才能を買いなさい

 彼らも果実と香料の集め人 持って来るものは夢でできていても

 それは魂の衣と糧なのです

 そして市場を去る前に確かめなさい 空(から)の手で帰る者はいないかと

 なぜなら一番小さい者の需要が満たされないうちは

 神々は心静かに風の上で眠れないからです




94 miyazakiさん 2023/04/19(水) 21:14:03
               

                   大御宝と道



 あなたがたのうちの《神なるもの》はあたかも大海のよう

 いつまでも汚れることがありません

 それはまた大気のよう 翼あるものを浮かび上がらせます

 それはまた あたかも太陽のよう

 もぐらの道を知らず 蛇の穴をさがそうともしない

 しかしあなたがたのうちには《神なるもの》だけが住んでいるのではありません

 うちにある多くのものは まだ人間そのもの そしてまた多くのものは

 まだ人間ではなく 輪郭のない小さな生きものとして霧のなかを歩いている

 まどろみながら 目覚めのときを求めて

 あなたがたは皆一緒に まるで行進のように《神なるもの》に向かって

 歩んで行きます

 あなたがたは道です そしてまた道行く者です







 

 
95 miyazakiさん 2023/04/29(土) 20:49:28

 サディズム等の倒錯はどこからやって来るのか?

 おそらくそれらはとてもとても深い(集合無意識)と呼ばれるところからだ

 子宮のなかで人間は何十億年もの生物の過程を約十カ月で通り抜ける

 胎児にはエラがあり我々が魚だった頃の名残であろうと言われている

 我々の普通の意識 合理化したり論理的だったりする意識はとても小さいものだ

 その後ろには フロイトの偉大な発見 無意識のマインドがあり

 それは普通の意識の九倍の大きさで我々の全ての本能を包含している

 身体の機能 うちなるメカニズム 感情やフィーリング ロジックを除いて

 人間の全てがある そしてそこは深い暗闇の次元 さらにその奥には集合無意識がある

 それは過去の全てを包含する かつて我々はサメ 狼

 蛇 一本の樹木だったことがあるのだ

 八千四百万回の生を繰り返すという東洋の考え方は意義深い

 数字は正確ではないかも知れないが あなたが人間になる前に八千四百万回の

 誕生があり その全ての誕生と経験が集合無意識の中にある

 それは殆ど原始からの全歴史になってしまう

 それはユングの功績だ 彼は集合無意識という概念を用い心理学の世界に紹介した

     つづく


 
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97 miyazakiさん 2023/04/30(日) 07:14:20
  

 何百万 何千万という生の集合無意識がある あらゆる種類の経験が蓄積されている


 仏教ではこれをアーラヤ ヴィジュニャーナ(阿頼耶識 あらやしき)と呼ぶ

 それは無限だ

 さてサディズムは一方的に相手に苦痛を与え流血させ快感を得るが

 苛めやSNSで精神的に相手を傷つけ死に至らしめても構わないというのも

 サディズムの発露ではないかと言われている


 例えばサメの狂乱索餌 集団が狂乱状態になりながら獲物を襲うとき

 多量の血が流れ 獲物が騒音をたてている(特に苦悶時)

 サメにとっては飢えからの解放 至福の瞬間であり苦悶や悲鳴はそれを彩るものかも知れない

 この記憶が集合無意識にある そして希に少数の人に浮上してくる 

 通路を持っている人 これは変種の通路だ 指が六本ある人が生まれたりするように

 例外 奇形だ 自分の快楽の為に人を傷つけるのは犯罪 そして治療の必要な犯罪である


98 miyazakiさん 2023/05/02(火) 18:04:04
           ある禅師かたりて  薔薇と蓮華

   対等性は類似性を必要としない 薔薇と蓮は同じように

   太陽の光を浴びる権利を持ち 雨を浴びる権利 風にそよぐ権利を持つ

   だが これらを同じところに植えなければならないというのはおかしい

   男と女は違うからこそ世界は豊かなのだ

   交響曲で ヴァイオリンとオーボエが常に同じ旋律を奏でなければならないとなったら

   音楽は死んでしまうに違いない




    

   
99 miyazakiさん 2023/05/03(水) 21:26:21

                賢明なる大司教

 ある鉱山採掘地域の小さなカソリックの教区に管理視察の目的で大司教が来た

 教会に集まった大勢の人々 そこに一人の思春期の少女がいて

 大司教は彼女に質問した 「結婚とは何かね?」 彼女は答えた

 「それは、そこに入っていく人たちが より明るく良い未来を自らに用意するために

  しばらくの間 耐えることを強いられる とても苦しい状態のことです」

  地域担当牧師は彼女に反論した

  「違う 違う それは煉獄の定義ではないか」

  すると大司教が言った

  「彼女の意見を尊重したまえ それは正しいかも知れないのだぞ

   私やあなたが結婚について何を知っているというのだ」





  

 
100 miyazakiさん 2023/05/03(水) 22:33:39
        ある禅師かたりて・ サディズムについておまけ

         臨済は杏山に言った 「この畜生め!」

   これは非難ではなく事実について言っている

   禅では人間の心は億千万年の動物の遺産でしかなく釈迦・仏陀・禅師・たちは

   そこを超えた




                     ●



  

  
101 miyazakiさん 2023/05/04(木) 21:07:09
            ハキーム・サナイ 宮廷詩人

  人とその合理性は その庭で最近熟した果実にすぎない

  神の本質について語ることは何であれ 

  あなたの深みから外れている

  盲者が自分の母の姿を描写するが如く











102 miyazakiさん 2023/05/04(木) 22:04:32

           埼玉の左官屋の爺さん語りて

 昭和三十年ごろのことさ どういうわけか小学校で苛められてな

 相手は一人なんだが年上で腕力もあって太刀打ちできなくて

 そんで来る日も来る日も苛められて もう辛くて悲しくて子供だったけど

 橋から飛び降りて死ぬことまで考えた

 追い詰められた俺は ある日とても早起きして 母ちゃんに風呂敷を頼んだ

 「ずいぶん今朝は早く学校にいくんだね 風呂敷?」 

 母ちゃんは俺の顔を見て何か悟ったらしく黙って風呂敷を出してくれた

 俺は仇の通学路に先回りして木の上に昇ってヤツが来るのを待った

 そしてヤツがやって来て下を通り抜ける瞬間 大きな石を入れた風呂敷を落とした

 頭すれすれにドスン!と 

 ヤツは無表情に俺を見上げて 俺と目と目があった 何秒間か無言で見つめあった

 それから何事もなかったかのように歩き出して 行ってしまった

 そんでそれを境に ヤツは二度と俺に手を出さなかった

 こんなジジイになっても 俺は卑怯だったのか そうでもないのかはわからねえ

 だが あれしかなかった あれしかなかったと今でも思ってる





 
103 miyazakiさん 2023/05/14(日) 19:16:52
         ある禅師かたりて 二種類の愛

 C・S・ルイスは愛を 必要の愛 贈る愛 この二つに分けた

 アブラハム・マズローも 欠乏の愛 存在の愛 に分けた

 その定義は意義深い 理解されなくてはならない

 

 必要の愛または欠乏の愛は 他人に依存する未熟な愛、と言うかそれは真の愛ではない

 子供は産まれ母親に依存する 母親への愛は欠乏の愛だ 母親なしでは生きられない

 母親を愛するのは母親が命の綱だからであり実際には愛はない

 子供はどんな女性でも愛する それが自分を守ってくれるなら 必要を満たしてくれるなら

 母親は子供が食べる食物のひとつだ 母乳ばかりではない 愛も それもまた必要物だ


さて 多くの人類が一生を通じて幼稚なまま 成長しない 年は取るものの

 マインドの上では成長しない その精神は幼稚で未熟だ 常に愛を必要としていて

 食べ物のように愛を渇望している


              つづく



 

 
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106 miyazakiさん 2023/05/15(月) 20:34:25


 必要とするより 愛し始める瞬間に人は成熟する 溢れだし分かち合う

 その強調するところは完全に異なる 最初その強調はどうやって獲得するかにある

 次にその強調は いかに与えるかにある いかにより良いものを 無条件に

 これがやがて人に訪れる成長、成熟だ 成熟した人だけが与えることができる

 成熟した人だけに 贈る愛 存在の愛がある

 若き特攻兵士の中には 一瞬にして成熟した人がいただろう

 「自分は十分愛された もういい 今から自分が愛する番だ 焼かれる祖国 同胞を前に

  自分はどうなってもいい 命を捨てても愛する番だ」

  

 そのとき愛は依存ではない 相手がいなくても愛に在ることが可能だ

 そのとき愛は関係性ではなく状態だ

 

 深い森のなかで評価する者も無く花が咲くとどうなる?

 薫りを知るものもなく 美しいと評価する者も無く 喜びを分かつ者も無いとしたら

 花は死ぬだろうか? 苦しむだろうか? 狼狽えるだろうか? 自殺するだろうか?

 いいや 花は咲き続ける ただ咲き続ける 何も変わらない 人がいようといまいと

 花は大気にその芳香を放ち続け 神に、全体なるものに その喜びを捧げ続ける

 

 
 
107 miyazakiさん 2023/05/16(火) 20:23:21
 二人の成熟した人間が愛に在るとき 生における偉大な矛盾のひとつが起こる

 最も美しい現象のひとつ

 彼らは共に在り、それでもなお 途方もなくひとりだ 

 彼らは正に共に在るので ほとんどひとつだ しかしそのひとつであることは

 彼らの個性を破壊しない 実のところ それは個性を高める 彼らはより個性的になる

 (これは日本人にとって何かを思い起こさせるだろう)

 自由とともに愛が流れるとき そこには美がある

 依存とともに愛が流れるとき そこには醜さがある

 心に留めておきなさい 自由は愛より価値がある だからこそインドでは

 究極が〈モクシャ)と呼ばれる それは自由を意味する

 もし愛が自由を破壊していれば それに価値はない

 




                     



 
108 miyazakiさん 2023/05/28(日) 01:04:20

               ムハンマドのお話

 ムハンマドが朝の祈りを捧げに 一人の若者と共にモスクへ向かった

 若者は初めてモスクで祈りを捧げるという経験をした

 その帰り道 夏の朝で人々はまだ眠りから覚めていなかった

 彼は言った「ムハンマド 未だに眠っているこの愚かな罪人たちを

 どう思われますか? 今は祈りを捧げる時間だというのに」

 ムハンマドは空に向かってこう言った

 「私は神に謝らなければならない もう一度モスクへ戻るが

 あなたには着いてこないで欲しい 連れてきたのは間違いだった 

 あなたも眠っていたほうがよかった 少なくともこのエゴを持つことはなかっただろう

 今 祈りを一回捧げただけで あなたは聖者になり これらの人々は罪人というになった

 あなたを連れて来てしまったために私自身の祈りは台無しになった

 どうか二度と来ないで欲しい 」

 ムハンマドはモスクに戻り祈った 神の許しを乞うために

 彼は泣いていた 涙が頬をつたっていた





                    ●




 

 
109 miyazakiさん 2023/06/03(土) 00:27:46
             愛国NHK 世界の逸話

               それもお前の力

  幼い子供が庭で遊んでいた 側には父親がいた その子は大きな石を抱えようと

  一生懸命やってみたが石が大きすぎてだめだった 汗だくのまま諦めた

  すると父親は「お前は力を出しきっていないよ」と子供に告げた

  「そんなことないよ ボクは一生懸命やった でも石が大きすぎて

   どうしてもだめなんだ」と子供が反論すると 

 「いいや お前は父さんに助けを求めなかったね 助けを求めることも

 お前の力なんだよ 父さんがここにいるのに助けも助言も求めなかった

 だからお前は自分の力を出しきってはいないんだ」






  

   
110 miyazakiさん 2023/06/03(土) 01:20:22
           ユダヤ神秘主義 ハシディズムより

 理解すべきことは 無上の喜びが舞い降りて来るのを待ち望んではいけないと言うことだ

 そんなことは決して起こらない

 無上の喜びとは あなたの実存に蓄積された小さな喜びに過ぎない

小さな喜びの総和が無上の喜びなのだ

一服のお茶を飲むことを楽しむ 食べ物を食べることを楽しむ

温かな湯に入ることを楽しむ 美しい朝と歩くことを楽しむ

祝福するのに他に何が要る? 夜空いっぱいにきらめく星たち 祈るのに 他に何が要る?

東の方角から昇ってくる太陽、、、 頭(こうべ)を垂れるのに他に何が要る?

無数の棘の間から顔を出し蕾を開かせる薔薇の花

か弱く壊れやすく それでいて風や雨や雷に立ち向かう薔薇の花

その勇気を見るがいい 信頼を理解するのに他に何が要る?

神に至るこうした隙間を見失ったとき 技法が必要になる

瞑想とか座禅とか呼ばれるものもそのひとつだ











  
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